親と聞いて思い出せる顔は、実のところ無い。

温かな家庭の思い出も、冷たい家庭の断裂も俺には無縁だった。



捨てられた赤子――



生まれた時から、一人ぼっちだった人生。

腐臭漂う生ゴミに埋もれて、寒空の下で俺は孤独の産声を上げた。



















とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第三十八話







 凍てついた空気――


冷たい室温が醜く肌を汚す火傷を突き刺して、痛みを与え続ける。

応急手当も出来ない鼻は出血だけは止まったが、緩慢な息苦しさに反する激痛が煩わしかった。



――地下牢に投獄されて、丸一日が経過。



トチ狂った母娘の条件を渋々呑んだ俺。

愛用の竹刀を放り捨てて無抵抗を示すと、プレシアは歓喜の表情を向けた。


殺したい。


逆にフェイトは辛そうに俯くが、その偽善ぶった態度が余計に苛立ちを募らせる。

俺に同情や憐憫を向ける事で、仕方なかったんだと裏切った罪を正当化するつもりなのだろう。


死んでしまえ。


現状で反撃できる手立てが無い以上、俺に出来る事は限られる。


すなわち――時間稼ぎ。


『あんたの要求は呑んでやる。ただし――幾つか条件がある』

『貴方が、私に条件を? 自分の立場が理解出来ないのかしら』


 それはこっちの台詞だ、このクソばばあ。

罵詈雑言を口に出さず吐き散らして、俺は自分の舌を出す。


『嫌なら、ここで舌を噛む。
少なくとも、これでテメエの願いだけは叶えられない。

未来永劫味わえ。

大切な者を救えなかった、痛み。
狂おしい程の愛情を持て余す、絶望の人生を――』


 腹が立つが――俺はあの女の痛みを、知っている。


喪って初めて気付く、かけがえの無い人間の存在感――


どれほど祈っても、どれほど願っても永遠に戻らない愛しき者。

世界が絶望に染まる瞬間を、俺は間違いなくこの目で見た。

生きている事すら、苦痛になる。

死ぬ事が安らぎになる。

明るい世界に、絶え間ない憎悪を抱く。

案の定、プレシアは顔色を変えた。


果てしない悲しみと苦痛の果てに見出した、小さな希望――


喪ってしまったら、今度こそ取り戻せない。


『待ちなさい! 条件とは何なの……?
この娘なら――』

『解放しろとは言わない。あんたにとって、レンは俺を繋ぐ生命線だ。
身柄だけ、俺に渡してくれ。この条件は譲れない』

『あらあら、信用されてないのね』


 誰が信用するか、お前らなんぞ。


平気で人を裏切る娘、平然と重病人を人質にする母――


気の狂った母娘の傍になんぞ置けるか。

こいつの事だ、気分次第でレンをどのような目にあわせるか知れたものではない。

貴重な存在を渡す事に躊躇するプレシアに、俺は一気に畳み掛けた。


ここが勝負。


一歩でも引いたら、二度とこんな提案は通らない。


『この城に俺達を閉じ込めれば、どの道二人とも逃げられない。
俺は此処が何処だか分からないし、瞬間移動も出来ない。
こいつはただの一般人だ。

あんたの手の平の上に居る事に違いは無い』

『……いいわ。

その代わり――貴方も私に、アリシアを還してくれるのよね?』

『……まあな』


 出来るか、ボケ。

こいつの前でそう言えたら、どれほどすっきりするだろう。

話の通じない相手に説得を試みる愚かさを嘆くしかない。

下手な事を言えばまたぶっ飛ばされるので、俺は頭の中で整理しながら話す。


『……勿論だ、願い事は叶える。
ただ、さっきも言ったが条件がある。

これは俺ではなく、あんたに必要な条件だ。

俺がアリサを復活させた時は――』


 相手に気を使って話すのは初めての経験だ。

自分の思った通りに会話してばかりなので、疲れる事夥しい。

俺はユーノやなのはと重ねた論議を、再度繰り返す。


何て事は無い、言葉を言い換えただけ。


"出来ない"のではなく、"出来る"には条件が必要だと。

プレシアは頭こそイカレているが、知識面では卓越していた。

興味深く俺の推察を聞き入って、ユーノより数段早く結論を出す。


『つまり――アリシアの"器"と"魂"が必要なのね』

『詳しい条件は分からないが、白紙の頁に記述を行うには本人の願いが必要だ。
願いを生み出すのは、当人の意思――つまり魂だな。
俺はその頁を使って、空っぽの器に生命を供給出来る。
アリサの今の状態も、幽霊の素体を固めて出来上がった存在だ。

その二つを用意してくれさえすれば、あんたは娘を取り戻せる』


 ――訳ねえだろ、馬鹿。

今にして思えば、アリサは本当に特別な存在であった事が分かる。

幽霊でありながら、他者に認識される存在感。


明確な自意識を持ち、死人に己が命を供給出来る力を持った存在――


事件の経緯や経過はリスティが調査中だが、暗い廃墟で長い間孤独に耐えてこの世に未練を残して来た。

相当な意思の持ち主だ。

あれほどの奇跡を、アリシアにまで求めるのは酷だろう。

この女がそれで納得するかは非常に怪しいが、どちらにしろ時間は稼げる――



結局俺の目論見通りに事は進み、この場は一時的にお開き。



レンは俺に預けられたまま、フェイトの案内で地下牢に入れられた。

簡易ベットに洗面所、風呂にトイレ。

申し訳程度の施設だけが設置された冷たい牢獄で、正面は太い鉄の獄で遮られている。

周囲は壁と天井で閉ざされて、窓も無い。

警察の留置所に入れられた経験がある俺でも、この待遇には霹靂した。

要求を受け入れる条件にVIP待遇と付け加えるべきだった。

更に腹が立つのは、竹刀の携帯を許されている事だ。

床に投げ捨てた竹刀を御丁寧にフェイト様が拾ってくれやがりましたので、今も俺の手元にある。

完全に舐められている証拠だった。

竹刀程度持っていてもどうにもならないと、高を括っているのだろう。


……その通りなので、忌々しい。


レンがベットの上で安眠しているのを確かめて、俺は立ち上がって直接鉄の檻を打ち据える。


「――いっ、てええええええ!?」


 手の平の火傷に走る柄元からの衝撃に、俺は仰け反った。

ビリビリ伝わる勢い任せの反動が痛くて堪らない。

俺は思わず竹刀を放り捨てて、手の平にフーフーと息を吐く。


「やっぱり竹刀で鉄を切るのは無理か……」

「当たり前ですー、何を考えてるんですか」


 呆れた声を上げて、ポケットからひょっこり顔を出す妖精さん。

今の今まで隠れていた分際で偉そうな奴である。

俺はそのまま座り込んで、小さな相棒に目をやった。


「お前の力でどうにか出来ないのか、これ」

「書とアクセス出来ない以上、ミヤは融合して力を引き出す事しか出来ませんです。

つまり、ミヤを使用する術者の資質に依存されます。


マイスターの魔力なら出来ますが、貴方程度では全然無理ですねー……ふにゃにゃにゃ!?」

「悪かったな、ド素人で」


 ポケットから引き摺り出して、柔らかな頬っぺたを左右に伸ばす。

涙目でバタバタ暴れる姿がコミカル。

ちょっとだけ気が晴れた俺は解放して、ミヤを見やる。


……ミヤをみやるか、フフ……


空しいので言うのはやめよう。


「お前の真の主って、はやてなんだよな?
今までちゃんと聞かなかったけど、あいつって魔導師なのか」

「マイスターはミヤや書の事を何も知りませんです。
ただ、魔導師としての資質は確実に備わっています。

マスターに相応しい才能を」


 ――車椅子の少女。


はやては己が無力を嘆き、俺の力になれない事に涙を流していた。

この事実を優しいあの娘が知れば、一体どうするのだろうか?

魔法と呼ばれる力を持つ事に歓喜するか、恐怖を覚えるか――


一つだけ言えるのは、俺より遥かに優れた実力者になるという事か……


「魔力ってのは、簡単に言えば魔法を使う為のエネルギーの事だろ?
燃料の質が高ければ高いほど、強力な爆発力を発揮出来る。


たとえば――なのはと俺を比べてみると、どっちが強い?」


 ユーノの話から察して、なのはが魔導師になったのはまだ最近だ。

スタートに差はあるが、それほどの開きは無い。

実戦経験をどれほど積んだのか分からないが、俺も俺で幾つかの修羅場は掻い潜っている。

問題は――資質の差。


なのはの無邪気な微笑みが目に浮かぶ……


花見以後、俺に弱さや甘えを見せるようになった女の子。


争いを心から嫌う平和な少女に、資質なんて――


ミヤはそんな俺の期待を、申し訳なさそうな顔で裏切った。


「えと……これはあの、あくまでミヤが感じた印象なのですが……

貴方の通常の魔力を100とすると、なのはさんは、その……10000以上の魔力を御持ちで――

ああっ!? し、しっかりしてくださいです!?」


 文字通り泡を吹いて、俺は倒れた。


……百倍以上って、何ですか?


俺の存在なんぞ虫けらだと、そう言いたいのか。

心の奥底でほのかに温かく映し出されていたなのはの笑顔に、歪みが生じる。

儀式の際俺が発動させた力を、あいつは遠くからどんな眼で見ていたのだろう……?

100ぽっちしか無い俺を笑っていたのか。


もう、何もかもが信じられなかった。


なのはやユーノが助けてくれた事すら疑問視する俺がいる。

あいつ等ほどの魔導師なら、俺の力量なんぞ簡単に見抜けただろう。

ちっぽけな力しか持たない俺がご大層な理想を唱えていたのを、哀れんで助けたのかもしれない。

何が妹だ。

何がおにーちゃんだ。


馬鹿にしやがって……


「……う、ぐ……えぐ……」


 歯を食い縛っても、目頭が熱くなるのを抑えられない。


俺を利用するプレシア。

俺を裏切ったフェイト。

同情で俺に付き合うなのはやユーノ。

自分の無力を嘆くはやては、俺より遥かに優れた力を持っている。

恭也は俺より剣の腕も男としての器も優れ、月村やフィリスも感嘆していた。

アリサだって――


"あーあ、あたしも恭也さんみたいな男の人を好きになればよかったな。
すごく、大切にしてくれそう"


   ――俺よりあいつと出会っていた方が良いと、そう言ってたじゃないか。

地面にうつ伏せになったまま、冷たい床を濡らす。

フェイトの裏切りからヒビ割れた心から、悔しさと惨めさが溢れ出てくる。

お前に価値など無いと、フェイトの冷たい眼差しが訴えている気がした。

何を信じていいのか、分からなくなった。

最後の最後、自分だけ信じれば良いと思っていたのに――


――俺はその自分にすら、裏切られた。


孤独を求めていた俺が、レンを見捨てられなかった。

千切れるように叫んだ俺の本心は、中途半端のまま無力に震えている。

世界の全てが、俺を嘲笑っているように見えた。


「な……何を泣いてるんですか!? 男のクセにカッコ悪いですよー!」

「……」

「あ、あぅ……その、言い過ぎました、ごめんなさいです」


 反論せず突っ伏したまま泣きじゃくる俺に、ミヤは慌てて謝った。

元気に言い返してくるとでも考えたのだろう。

生憎、俺にはもうそんな余裕は残されていなかった。


カッコ悪い――確かにそうだ。


大の男が小娘一人に誑かされて、地下牢へ落とされて泣いている。

何よりも、自分に裏切られたのが一番情けなかった。

ミヤの好意ですら、哀れみでしか受け止められない。

俺は涙に声を詰まらせたまま、何とか言葉を吐き出した。


「……すま、ねえな……こんな事にまで付き合せてしまって……
お前、本当は――はやてが主、だもんな。

レイジングハートのように、本来の主の傍にいるべきなのに」

「そ、それは、その……そうなのですけどぉ……」

「こんな状況、はやてなら一瞬で解決出来るんだろ……


俺、だから――お前の力を、満足に引き出せねえ……」


 自分一人で生きていく事すら出来ない。

誰かに頼れば、裏切られて終わる。

でも――優しい人達に同情されてまで、生きるのは辛過ぎた。


病院で感じた恭也への嫉妬が、なのはやはやて達を巻き込んで膨らんでいく。


フェイトの裏切りが起因して爆発し、心がズタズタに引き裂かれた。

自分に裏切られた俺に、何が残されているというのか。


「……あの。一つだけ聞いてもいいですか?」

「……」


 床に顔を擦りつけたまま何も答えない俺に、困り果てたようにミヤは呟く。

大切な事だと、言うように――



「どうして、レンさんを助けようと思ったんですか?」



 そんな事――俺が、聞きたい。

ミヤが耳元に立つ気配を感じるが、文句を言う気力も浮かばない。

御伽話の妖精は、倒れ伏した男にまで優しさを向けた。


「せ、責めている訳では無いんですよー!?
あのあの……とても立派だと、思ったんです!

ただ、その……貴方があそこまで御怒りになったのは……

プレシアさんとフェイトさん――だけではないんじゃないですか?」

「……」


 ミヤのか細い声が、悲しみに濡れる俺の心に浸透する。

何か言いたいが、肺の奥底から震えて声が出ない。

ミヤは心からの思い遣りを乗せて――


――俺の本心を、打ち明けた。


「本当は――レンさんにも、怒ってたんでしょう……?  

死ぬなんて、許さないって――」



 俺の中で今度こそ――何かが決壊した。



「……そうだよ……孤独だの何だの言って、結局誰かに助けられてばかりだよ!

何が一人だ、偉そうに。
なのはにも勝てねえくせに、フェイトにも裏切られたくせに――
家族だって言ったって、はやてを傷付けてばかりだよ!!

あいつより遥かに弱い俺が――みっともなく、泣かせてばかりいるよ……」


 上っ面なんて、最早どうでも良かった。

俺は床に顔を擦り付けて表情を隠したまま、泣き叫んだ。


高町の家を出て――溜め込み続けた気持ちが、溢れ出る。


「恭也が皆に尊敬とかされて……妬ましかったよ。
だって、しょうがねえだろ!

あいつ、すんげえすんげえカッコいいしよ!!

男の俺が憧れて、そんなに悪いか!!
月村やフィリスだって、俺が先に出会ったのに……あいつの事好きになって……
アリサまで取られて……ぐうううう!!


悔しいけど……憎めねえんだ!!
あいつみたいになりたいって思っちまうんだ!


でも、やっぱり悔しいんだーー!!」


 意味不明な言葉。

自分で何を言っているのか、もう分からない。


「魔力が10000以上だと!? 何なんだ、それは!
生まれ持った才能なんて卑怯だろ!!

フェイトやアルフも何だ、あいつら!?

自分ばっかり不幸ですって顔しやがって!! 
強いってだけで、充分幸せだろうがーーー!!」


 情けねえ男だと笑いたきゃ、笑え。

運命の女神が司る物語の主人公には、到底似合わない。

恭也のように模範的な、堂々とした男にはなれない。


「何が不満なのかしらねえが、自分の力で変える努力をしろよ!
お前ら、俺よりずっと強いじゃねえか!!


フェイト、アルフ……頼むから……こんなみっともない真似、しないでくれよ……


たとえ敵でも、俺は――」


 そして、俺は――遂に、言ってしまった。


「お前らを――尊敬してたんだぞ!」


 そう――そうだ、そうなんだ……

信頼を踏み躙られたから、こんなに悲しいんじゃない。


御伽話の存在――非現実の世界を開いた本人が、卑劣な事をした事が許せない。

アリサの死を悼んでくれた尊敬すべき敵が、影でコソコソしているのが気に入らない。


二人に、幻想を重ねているんじゃない。

フェイト・テスタロッサだからこそ――アルフだからこそ。


俺は、悲しいんだ……


「レンにも怒ってただと!? 悪いかよ、ええ!?
俺はフィリスや晶のような、赤の他人に親切な人間じゃねえからな!
お前の気持ちなんか知るか、バーカ!


戦うって約束したくせに逃げようとしやがって、この臆病者! 弱虫!


何が何でも死なせねえからな!

俺が、生きていて欲しいと思ってるんだ! 理屈なんか関係あるか!」


 あー、なんか……スッキリしてきたぞ。


吐き出せば吐き出すほど、清流に洗い流されていくかのように悲しみが癒えていく。

思い出してきた、俺という人間を。


そう、俺は皆の言うように――馬鹿なんだ。


俺はいつの間にか、顔を上げていた。

荒れ狂う波を抑える様に息を吐くと、ミヤが小さな手のひらで濡れた頬を拭う。

そのオロオロした表情に、作為的な感情はまるで見出せない。

何も分かっていないのだろう、こいつは。


この御人好しな妖精の言葉で、今――どれほど、俺が救われたのか。


気が狂いそうな感情を全部吐き出して、俺はようやく落ち着く事が出来た。

苦い心が、ミヤの親身な愛情で甘く染まっていく。

生まれたばかりの赤ん坊のように、この娘はどこまでも純粋だった。

俺はミヤを自分の手に乗せて、視線を同じくする。


「ミヤ、お前の願い事を一つ叶えてやる」

「ふぇっ!? きゅ、急にどうしたんですか!?」

「いいから言えって。
お前には助けて貰ってばかりだからな。借りくらい返させろ。

あんなクソババアの願い事より百億倍、真剣に叶えてやる」


 俺の申し出にミヤは戸惑った顔のまま、人差し指を顎にあてて考える。

――俺はもう、こいつの願い事は何か知っている。

最終的に何を求めるか、幼くも綺麗な心を持つ女の子が何を願うか理解していた。


それでいい。


こいつの願い事だから、俺は叶える。

ミヤは考え続けた末に、真剣な眼差しで俺に言った。


「ミヤは――皆が仲良しさんでいてほしいです。
マイスターも、なのはさんも、ユーノさんも、レンさんも――

そ、その……」

「言え、いいから」

「は、はいです!


その……フェイトさんも、アルフさんも……あ、貴方も、皆……仲良しさんでいてほしいです。


喧嘩しないでほしいです……

で、出来ればプレシアさんにも、その――」


 そう、だよな。

お前はやっぱり、そういう奴だよな――

一瞬だけ瞳を閉じて、俺は心の何処かで覚悟を決めた。


「――分かった」

「えっ!? で、でも……」


 あれほどまでの狂態を見せた後だ。

悲しみ、疲れて、泣き果てて――もう二度と誰も信じないと決めたばかり。

なのはですら恨んだ。

恭也に妬みを向けて、誰からの愛情にも疑ってしまった。

不信は、簡単にはと消えない。

今度皆に会ったら――なのはですら、俺は疑いの眼差しを向けてしまうに違いない。

はやてを再び家族と呼べるかどうかも、怪しい。

俺の弱った心は、一刻も早く誰も居ない世界へ行きたがっていた。


――けれど。


「勘違いするなよ、ミヤ。
俺はお前の願い事だから・・・・・・・・・、あいつらともう一度接してみる。
誰の為でもない。
お前の為に、願いを叶える努力をする。
フェイトの裏切りで全てを覆されてしまったけど――

――もう一度だけ、頑張ってみるよ」


 瞬間――眩い光が中空に放たれる。

暗い地下室に煌く七色の閃光はミヤと俺を中心に放たれて、二人を飲み込んでいく。

眩しさに、俺は堪らず目を瞑う。


瞼の裏を焼く虹の光は一瞬―― 


気付けば光は消失し、地下牢に平穏が戻った。


「くっ……一体何だっ――あれ、ミヤ……?」


 恐る恐る目を開けると、ミヤの姿が消えていた。

まるで光の中に消失したかのように。


心臓が、鼓動する……


不安は一瞬で心を覆い、俺は焦燥のまま叫んだ。


「ミヤ……おい、ミヤ!!」


 お前まで、お前まで居なくなったら、俺は――


"こ、ここでーす。貴方の中に居ますです!"

「な、何だって!?」


 慌てて後頭部に手を当てると、滑らかな長髪の感触が伝わってくる。

間違いない、融合してる!?

馬鹿な、痛みをまるで感じなかったぞ……ん?


ミヤの居た場所に、仄かな光を放つ一枚の紙。


キラキラと、星のように闇の中で輝いている。

俺は訝しげに紙を拾って、ゆっくりと広げてみた。

俺と感覚を共有するミヤもまた紙の中を覗き――悲鳴を上げた。


"うきゃー!? み、見ては駄目ですー!!"

「何だよ、一体……あれ?

これ……はやてと俺は分かるとして――」


 紙に描かれているのは、恐らくミヤの"願い"。

純粋な妖精が俺に願った瞬間、彼女の切なる祈りが新しい一枚を刻んだ。


不可思議な現象――


突如の融合化に、アクセス不能な本からの新しい願いの頁。

まるで誰かの意志が働いたかのように、全ての現象は滑らかに行われた。

それはまだいい。

気になるのは、こいつが願った内容なんだが……


車椅子の少女を真ん中に、俺が彼女を守るように立っている。

それはいい、納得出来る。

はやてが俺の手を握って微笑んでたり、ミヤはなぜか主ではなく俺のポケットに入っているのも許そう。



問題は――その周りに居る・・・・・連中。



赤い髪の少女。
桃色の髪を涼やかに流す、一人の女性。
慎み深い姿勢で立っている、金髪の女の人
無骨な顔立ちの男。


そして――はやての背後で小さく微笑む、紅い瞳の女。


知らない連中がオンパレードで、立っていた。


「何だ、こいつら? 
真っ黒な・・・・服着て、はやての周りに立ちやがって。
怪し過ぎて釣りが出るぞ」

"えーと、その……何と申しますか……"


 凄く言い辛そうに、ミヤは頭の中でモゴモゴ口を濁らせる。

明らかに日本人ではないところを見ると、ミヤの知り合いだろうか?

本の知り合いって、意味不明だが。


しかし、こう言っちゃなんだが――


「どいつもこいつも、暗い顔した連中だな……
この先頭に立っている怖い顔したピンク女・・・・・・・・・、見ろよ。

眉間に皺寄せて、笑顔の一つも浮かべられねえんでやんの」

"あわわわわ……あ、あ、あまり彼女達の悪口を言わない方が賢明かとー!"

「何でだよ、別にいいじゃん。

特に、このツリ眼のチビ・・・・・・

生意気そうなツラしてやがるぜ、あっはっは」


「――思っていたより、随分余裕だね」


 和みつつあった空気を壊す、女の声。

誰だか一瞬で分かった俺は竹刀を手に取って、身構える。


「やれやれ……会うなり、物騒な歓迎だね」

「嫌味を言いに来たなら、即刻消え失せろ。
お前の顔なんぞ、見たくねえ」


 俺の静かな糾弾に――意外にも、アルフは悲しげに視線を落とした。


手に持っているのは、湯気の立ったスープとパン。


――食事を持って来たのだと知り、この期に及んで戸惑う俺に舌打ちをした。
















































<第三十九話へ続く>







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