とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第三十六話
古き宮殿を守る騎士――ガーディアン。
崇高な主の命を遵守する、絶対なる守りの要。
全身を覆う鎧に重厚な剣、堅牢な盾。
重装備に固めた騎士は兜の向こう側に暗黒の瞳を覗かせて、虚無の殺意を持って迫り来る。
――少女の罠に囚われた、哀れな侵入者に。
「ぬわわわっ!?」
「ふわーん、助けて下さいです!?」
恐るべき速さで肉薄する巨人兵。
豪快に振り上げる剣を目の当たりにして、俺達は一も二もなく逃げ出した。
俺が立っていた場所に振り下ろされた剣は、轟音と激震を辺りに轟かせる。
ビリビリ震える空気に戦慄。
距離を取って振り返ると、磨かれた床に大きな剣筋が穿っている。
鏡面のような大理石が粉々になり、パラパラと巨人兵の周囲に破壊の余波を撒き散らしていた。
「冗談じゃねえ!? あんなのと戦えるか!」
一対一の決闘などと言った、崇高な戦いではない。
実力差は明確――
明らかに敵は斬るのではなく、叩きつけている。
一撃でも食らえば身体は真っ二つどころか、ミンチ肉にされるだろう。
剣の技量がどうとか言うレベルではない。
俺は一方的に嬲られるだけの非力な罪人でしかなかった。
「チビ、お前の出番だ」
「はぇ? ミ、ミヤにどうしろと言うんですか〜!?」
「お前があの兜に飛び付いて目を眩ませている間に、俺は逃げ――のおおお!?」
「冗談じゃないです、絶対、絶対、嫌です!」
プンスカ怒って、俺の高貴な顔面を蹴るチビ。
細い小さな足でも踵が目に衝突すれば、痛いに決まってる。
些細な冗談で怒るとは、大人気ない奴である。
馬鹿な事を言い合っている間に、巨人兵は猛烈に凹んだ床から剣を再び持ち上げる。
濃厚な存在感を醸し出す騎士に、言葉はない。
手も足も出ない俺達に対して嘲りや驕り、弱者を嬲る高揚もない。
自らに課せられた任を遂行するべく、標的を義務的に抹殺する。
付け入る隙の無い相手に、俺は露骨に舌打ちした。
「……アレは魔法兵器の類ですぅ」
「魔法……兵器?
魔法に機械の概念とかあるのかよ」
物理的世界の根幹を変換する力、魔法――
ファンタジカルな能力とばかり思っていたが、機械的要素まであるらしい。
凶悪な敵から目を逸らさないまま尋ねると、チビは丁寧に説明してくれた。
「不思議な事でも何でもないです。
あのインテリジェントデバイスでも、魔法を使う際の補助として電子機器が運用されています。
魔法使用時の演算補助や、魔法データを随時活用する為の記憶装置――
膨大な魔力と機器を維持する予算が必要となりますが、逆に条件さえ揃えば製造は可能ですぅ」
予想を超えた高技術に苛立ちを覚える。
禍々しい姿で立ち塞がる巨人を見て、尚更そう思えた。
チビのくそったれな魔法理論で言えば、奴はある種の警備ロボットなのだろう。
大仰な武器と盾、全身を覆う鎧を苦もなく動かす動力は主人より与えられた魔力。
身体の何処かに動力源があり、内蔵された記憶装置に単純な命令がインプットされている。
……何だよ、本来の魔法は科学技術も利用しているのかよ。
御伽話のような、子供心に夢と希望を与える幻想ではないのか。
夢も希望もねえな、全く……
確かに便利そうだが、同時に俺は失望を覚えていた。
何故かは、正直分からない。
俺だって別に夢見る年頃じゃない。
社会の汚さなんぞ腐るほど味わったし、童話やアニメに逃げる馬鹿でもない。
でも――何か、腹が立つ。
こんなものを魔法として、認めたくはなかった。
――へ?
「待てよ……?
魔法兵器って事は――」
気がついた瞬間、敵は既に次の行動に移っていた。
物言わぬ巨人兵が無造作に携える刀身に宿る紅蓮の光――
ド素人な魔法使いでも一目瞭然の魔力が、巨大な刃に殺意と共に乗せられる。
「……な、何か熱そうだね……は、はは」
「……ポ、ポカポカに暖まりそうです……ふ、ふふ」
互いに不自然な笑顔を浮かべて、後ずさる。
剣の間合いから遠く離れた俺を嘲笑うかのような、射程外からの猛烈な紅の閃光。
輝ける剣を天空に掲げて、信じられない速さでフルスイング。
――光速の予備動作。
ワンテンポ後には――
「戦術的撤退!」
「イエッサーです!」
大広間に、艶やかな紅蓮の華が咲く。
熱を孕んだ爆風は広間の空気を瞬く間に取り込んで、熱気と化す。
剣先から放たれた炎の烈風をかろうじて回避したものの、衝撃に煽られて紙屑のように吹き飛ばされた。
烈風の真っ只中で視界が反転、抵抗は無意味。
爆風は俺の身体を豪快に投げ飛ばし、凄まじい勢いで壁が迫り来る。
視界が右往左往する状況下で意識を保てたのは、奇跡と言うべきか――
修羅の舞台で、俺の中の本能が悲鳴を上げる。
激突すれば――死。
トマトのように真っ赤な汁を垂らして、硬い壁に飲み込まれて潰れる。
フェイトの裏切りで奪われた胸の温もり――
凍てついた警戒心が――持っていた傘のスイッチを押す。
開く、真っ黒な傘の花。
抵抗は許さぬとばかりに傘の花弁は散り、茎が圧し折れてバラバラに砕ける。
勢いは殺されず――されど、軌道は捻じ曲がる。
風の中で一回転して、衝突コースは床に変更された。
受身が取れたのは、身体が覚えた危険への対処――
床に派手に転がされて、ようやく俺の身体は停止した。
「う、ぐ……」
耳鳴りが酷い――
頭を打たなかったのは不幸中の幸いだが、床との接触で肌が摩擦熱に焼かれた。
肌を刺す痛みに顔が引き攣る。
魔力の炎は自然現象を比べて歪なのか、燃え滓一つ残さない。
剥き出しの皮膚に軽度の火傷があり、地面を擦った裂傷から血が零れている。
何より――鼻に伝わる刺激臭。
歪んだ鼻骨より強烈な痛みが走り、冗談のような量の夥しい血が噴き出す。
脳天を床に直撃しなかったのは幸運だが、唇まで汚す鼻血が気持ち悪い。
歯を食い縛って、手を握る――確かな感触。
傘は骨ごと砕けたが、竹刀だけは何とか確保出来たようだ。
魔力の余波が、広間内の空気を黒く染めている。
濁った視界にフラついていると、涙顔の少女が飛び込んでくる。
「だ、大丈夫ですか!? しっかりして下さいです〜!」
30センチの細い身体を悲しみに揺らして、俺の傍へ飛び寄る。
普段の憎まれ口は完全に消えており、俺を案ずる素直な気持ちがそこにあった。
死の恐怖が、生の実感に変わる。
――童話の中の存在が、目の前にいる。
子供の頃誰もが一度は憧れた、幻想の妖精。
御伽話のように優しく、可憐な表情を悲しみに濡らしていた。
押さえても溢れ出る鼻血を止めようと、アタフタしている。
圧倒的に不利なこの状況だが、迂闊にも笑みが零れる。
夢も希望も無い、冷徹な計算に基づくロジック塗れの魔法。
現実が引き起こす、ありふれた現象。
ユーノの生きる世界の魔法がそんなつまらん力でしかないと言うのなら――
俺は魔導師になんぞ、ならない。
悪いな――なのは、それにユーノ。
今まで助けてくれた事には素直に感謝してる。
お前達が居なければ、アリサを救えなかった事だって認める。
でも、俺は……お前達とは別の道を往く。
俺は、俺が望む"魔法使い"になる。
そして、フェイト。
魔法も満足に使えず、紙屑のようにぶっ飛ばされた俺を今頃何処かで見てるのか……?
思惑が外れたのなら、御愁傷様と言わせてもらうぜ。
生憎――俺は割と、しぶとい。
曲がった鼻を無理やり元に戻して、乱暴に鼻を拭う。
懸命に呼びかける俺の相棒に視線を向けて、大丈夫とばかりに笑ってやる。
「大丈夫。この程度、慣れっこだ」
「べっ――別に心配した訳じゃないです!?
貴方に死なれたら、マイスターが悲しむから仕方なくですよ!」
……そういうのも心配という気がするぞ、俺。
床を派手に擦った肌が痛々しいが、歯を食い縛って起き上がる。
血の混じった唾を吐いて、チビをポケットの中へ収納した。
「今がチャンスだ。一旦、身を隠すぞ。
戦いながらだと、融合が出来ない」
正統な主ではない俺と、不完全に誕生したミヤ。
未熟な俺達が融合化するには、あの激しい痛みに耐えなければいけない。
体内に異物を混入する反発力は伊達ではなく、この世のあらゆる毒素を凝縮した呪いに苛まれるのだ。
とてもではないが、周りを見る余裕など無い。
現状成功率は100だが、毎回死の隣り合わせの荒業――
隙だらけの俺目掛けて攻撃されれば、回避する余裕は無い。
――考えてみれば、これほど実戦に不向きな力は無い。
「で、でも何処へ逃げるんですか?
此処は敵さんの罠の中ですよ」
「敵にさん付けするなよ、お前……まあいい。
あのデカブツ、見た限り思考能力は皆無だ。
魔力の余波で視界が遮られている今の内に、あそこの螺旋階段の上へ逃げよう」
広間の中央から、高らかに天へ向かう階段――
各階層へ精密に繋がっており、常会への橋渡しになっている。
俺より遥かにデカい図体の騎士では、昇る以前に階段が砕ける。
「で、でも二階にも待ち構えてたら、上と下で挟まれます!?」
「そうなったら、またその時に考えよう」
「実はあんまり考えてませんね!? そうなんですね!?
反――うきゃー!?」
空気を切り裂す紅の閃光――
追撃を予想していた俺は瞬時にその場から離れて、階段へ向かって走る。
一瞬後、背中を焼く魔力の余熱に冷や汗が出る。
敵の魔法発動は俺の感覚を超える速さ――
攻撃された後に回避したら間に合わない。
間一髪という言葉はこれほど似合う状況は無い。
「どうするんだ! どうしても残りたいなら残れ。
俺は怪物対戦する気は無いので、二階へ逃げる」
「つ、つつつ、連れて行ってください!
置いて行かないで下さい、ふえええ〜〜ん」
やばい……コイツ、マジで可愛い。
健気にズボンのポケットに抱き付くチビに、改めて愛着がわいた。
轟音が駆け巡る中、俺達は階段へ辿り着いて駆け上がる。
重低音が階段に重々しく木霊して、俺は背筋を震わせた。
どうやら階上へ避難したところで、簡単には逃がしてくれないらしい。
だけど、あんな重装備と重量では到底階段なんぞ昇れ――
――天地を揺さぶる衝撃。
突如足の下の硬い感触が消えて、急激な落下感に襲われる。
反射的に手摺にしがみ付いて階下を覗き、度肝を抜かれた。
巨大な剣で階段を破壊する騎士。
階段の支柱に鬼のような剣戟を駆使して、階段に破壊活動を行っている。
足元を容赦なく破壊されて手摺にぶら下がるだけの俺はその度に揺らされて、生きた心地がしない。
「そ、そこまでするか、あいつ!?」
「は、早く上へ! 上へ逃げて下さいです!?」
言われるまでも無い。
日本中旅して回った俺の足腰と体力を舐めるなよ!
幸い、完全に壊れたのは一階から二階へ繋ぐ階下を少々。
完全に破壊される前に俺は全力で飛び乗って、残った階を全力脱出。
建物の悲鳴を背後に、二階の奥通路へと駆け抜けていった――
“家”とは、家族の在り方を示す象徴であるという。
どういう人生を送っているか、どういう生き方を望んでいるか――
家は寒暖から家族の命を守る事以上に、心身を形成する大切な場所でもある。
優しい家庭であるならば、子供に心身の成長を、大人に心身の安定をもたらす。
――仮に、冷たい家庭であるならば。
どれほどの建築物であれど、心身を冷たく濁らせる。
この奇妙な王宮を駆け回って三十分。
不案内な敵の巣窟を縦横無尽に走り回って、俺は場違いにそんな感慨を抱いた。
ただ広いというだけではなく、人の温もりがまるで感じられない。
照明施設を必要としない明るさを維持されているが、俺にはまるで夜道を一人歩いているような寂しさに襲われている。
センスあるインテリアに恵まれているが、正直綺麗なだけの廃墟にしか感じられなかった。
こんな事、あの連中の前では絶対言ってやらないが――
――たとえ狭くても、俺には高町家やはやての家の方が好きだった。
もしかすると、此処がフェイトの家なのかもしれないな……
哀しい孤独を纏う少女を思い出し、俺はしんみりした気分を頭を振って追い払う。
気分を変えて、俺はポケットの同行者に話しかける。
「――撒いたみたいだな」
「安心しましたです……」
足を止めて振り返るが、巨人兵が追ってくる気配は無い。
階段を破壊していたので追う手段が無くなった為と考えられるが、逆に俺も逃げ道を失った。
迫り来る脅威から逃れるべく走り回ったのはいいが、最早何処が何処だか分からない。
言えるのは無駄に広いという事。
そして――
「誰もいない、みたいですね……」
「嵐の前の静けさだったりして」
「ぶ、不気味な事を言わないで下さいです〜!」
あはは、モゾモゾとポケットの中に隠れやがった。
追っ手の気配が本当に無いなら融合するべきだが、俺もチビも不安は消せなかった。
追撃が無いのが逆に不気味だ。
融合する瞬間に奇襲を仕掛けられたらたまらない。
安全を確保出来る場所まで逃げる必要がある。
「にしても、この建物。出口とか何処かにないのか?
いい加減変わり映えのしない風景に飽きたんだが」
俺だっていい加減危機感は抱いている。
敵の罠の中をのんびりする程、お気楽な神経は持っていない。
何処かに脱出口は無いか先程から探し回っているが、影も形も無い。
この王宮から早く脱出して、俺様を罠に落としたフェイトに折檻せねばなるまい。
――フェイトめ……絶対に、ゆるさねえぞ。
俺を怒らせた事を思う存分後悔させてやる、くっくっく。
「……鼻血出してますぅ、どんなエッチ事考えてるんですかー?」
「鼻が折れたら血ぐらい出るわ!?」
つーか早く帰って治療しよう、イテテテ……
熱風に飛ばされて床を派手に殴打したので、また服もボロボロ。
軽傷とはいえ全身の火傷が目立つし、病院に借りた傘まで壊した。
フィリスの怒り狂った顔が思い浮かび、今から頭が痛い。
馬鹿話をしながら結局打開策も思いつかず、更に走る回る事十分――
降りる階段が見つからず、結局上へ昇って王宮探索。
部屋を見て回りながら金目の物を懐に入れようとして、チビに怒られるの繰り返し。
襲撃は一度として再来せず、不安と警戒心だけが満ちていく。
融合する機会すら与えない不気味な静けさは――
――唐突に、終わった。
立ち塞がる扉。
賞賛の言葉一つ思い浮かばない、悪趣味な模様をした大きな障害。
俺達が此処へ来たのは偶然だ。
案内人は誰一人おらず、指針も無く走り回っていただけ。
……なのに。
まるで俺達を待っていたかのように、扉は圧倒的な存在感を誇っている。
魅惑に満ちた香りに誘われたかのように、俺達は今扉の前に立っていた。
何なんだ、この感覚……?
扉の向こうから、言い様のない圧迫感を感じる。
未熟な俺に気配を感じる力は微塵もないが、生死を隔てた体験が感覚を鋭くしていた。
息苦しさに、胸を押さえる。
俺より遥かに魔法寄りな存在のチビは、ポケットの中で小刻みに震えている。
「す、凄い魔力です……」
まさかフェイト……? ――いや、違う。
フェイトやアルフとは何度も対峙している。
俺とて剣士の端くれ、一度でも戦った相手の存在を間違えたりはしない。
ならば、この扉の向こう側に居るのは……
黒幕。
この王宮の絶対なる主。
ジュエルシード事件に積極的に関与し、フェイトや凄腕のアルフをも従わせる王者が君臨している。
さしずめ、扉の向こうは王の玉座といった所か……
「引き返すべきですー!
この大いなる魔力……先程の魔法機械を操作している主さんがいます。
貴方では絶対の絶対に勝てません!」
「だからさん付けするなと言うのに……」
……勝てない、か……
俺は熱に焼かれた頬を汚らしく擦って、嘆息する。
海鳴町に滞在してから、俺が楽に勝てる相手なんてお目にかかった事がない。
武力に優れた者,知力に長けた者、心宿りし者――
どいつもこいつも皆、俺より遥かに強かった。
誰もが皆暖かな生活を送り――己が道を強く見据えて歩いている。
俺は、どうだろう……?
一人で歩み続ける、それはいい。
孤独である事を恐れた事などない。
だけど、一人で歩き続けても――何も変わりはしなかった。
この町に住んでからの俺がどのように変わったのかは、分からない。
自分の行く末に迷いが生まれているのも事実。
孤独を終の棲家と決めていたのに、奇跡を望んでアリサを救った。
家族として、はやてとやり直す事を願った。
なのはを最後まで突き放せなかった。
フェイトに裏切られて――心の底から傷ついた。
強くなりたい、あの男のように。
鋼の精神と静かなる心を持つ、黒き戦士に。
その為にも――
「――ミヤ、お前は此処で待ってろ。
俺は一人でも行く」
「そ、そんな!?」
「フェイトが、俺を此処へ連れて来たんだ。
きっと――この扉の向こうに、答えが待っている。
あいつの本当の心が、きっと在る。
俺は確かめに行かなければいけない。
――アリサとの約束を、今こそ果たすために」
裏切られたからこそ、俺は気持ちを固めた。
何が何でもフェイトに思い知らせる必要がある。
あの悲しみに満ちた孤独を、俺が奪い取ってやる――
無理やりにでも笑顔にしてやるぜ、フェイト。
俺はチビに最後の礼を言って、ポケットから出すべく手を伸ばして――
「――アイタタタタタ!? こらこらこら、痛いイタイイタイ!?」
指先から伝わる鋭い歯の感覚に、絶叫。
骨から指を食い千切らんとする残虐非道な妖精に、恐怖の悲鳴を上げる。
「うーうーうー!!」
「痛いっつーに!? 分かった、分かった!?
降参、降参! 俺が悪う御座いましたー!!」
理不尽な謝罪を強要されて、半泣き状態の俺。
ミヤは今だに俺の指を噛みながら――
――涙をポロポロ流して、首を振り続けている。
ここから出したら、許さない。
一人で格好つけるな。
自分だって――力になれる。
このまま置いていったら絶交だと、目が語っている。
言葉には出せない気持ちを、純粋な瞳に乗せて――
どこまでも、素直にはなれない少女。
このまま指を離しても、決して今の気持ちを言葉にはしないだろう。
……そうだな。
最初からもう、俺は一人ではない。
退路を絶たれた身、窮地に陥った現状だが、まだ絶望ではない。
パンドラの箱と同じ。
強大な悪意の世界にも――希望が残されている。
伝承と同じ、小さな……小さな希望の光が。
俺はもう片方の手で竹刀を握り直し、噛み続ける相棒に目を向ける。
「また俺が間違えたら叱り飛ばしてくれ、ミヤ」
「……」
チビは頬を染めて俯き、今度は指をしゃぶり始める。
お詫びのつもりなのか、可憐な唇とピンク色の舌で丹念に吸い付く。
くすぐったくて仕方がない。
俺は笑って――そのまま扉を蹴破った。
激しい音を立てて扉が開き――
「――ようこそ、時の庭園へ。
歓迎するわ、我が救世主」
――俺はいよいよ、黒幕と対峙する。
<第三十七話へ続く>
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