とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第三十話
俺は今まで、独りで生きてきた。
未成年の旅回りは楽ではなかったが、気ままそのもの。
世間体さえ気にしなければ、生活に不自由しなかった。
自力で生活して、自力で解決する――
自由を満喫していた。
他者が干渉されない人生を、何不自由なく過ごして来た。
孤独だけが、友達だった――
俺は今、悩んでいる。
他者に関わった結果、足掻き苦しみ続けている。
皮肉な事に赤の他人に干渉して、一人では解決出来ない問題に陥ってしまった。
人間関係が織り成す、絆と言う名の拘束――
自由に羽ばたいていた昔か、悲しみの渦に落ちた今か。
――何時か、選ばなければいけない日が来る。
その答えを今、俺は探し出す。
この街で出逢った、他人と共に――
俺が誰かの助けをこれほど痛切に求めたのは初めてだ。
――かまわない。
はやてを悲しませ、フェイトを救えず、アリサを死なせ、月村を傷つけた。
俺の身勝手な決断が原因だ。
答えは出ないのは、俺の中に存在しないから――こんな簡単な事にすら、気付けなかった。
正解が出ないのならば、探せ。
今までずっと目を背けていた存在を、今度こそ見つめろ。
自分一人では生み出せない発想や定石も、他人がいれば見つけられるかもしれない――
――子供と異世界人、妖精だけどね。
大丈夫かよ、このグループ……俺は頭を抱えた。
なのはが落ち着いた所で、情報交換をする事にした。
互いが持っている情報を提供し、事態の把握に望む。
俺やなのはの治癒には時間がかかるので、丁度良かった。
治療の魔法陣の中は寝巻き姿でも温かく、身体に優しい――
長話になるのでゆったりと座って、話し込む姿勢に入る。
"なのはから、事情は聞いています。
――ジュエルシードや僕の事を、なのはに聞いたそうですね"
「ああ。簡単に整理すると――
お前がジュエルシードを発掘。
輸送中に原因不明の事故が起きて、この世界にばら撒かれてしまった。
責任を感じたお前はジュエルシードを追跡、時遅く石は暴走して手に負えず――」
俺の隣で行儀よく座るチビッ娘を、顎でしゃくる。
「――なのはに、助けを求めた。
そこまで話は聞いている」
"そこまで理解して頂いているなら、話は早いですね。
――僕の責任でなのはを巻き込み、貴方に迷惑をかけてしまいました。
本当に申し訳なく思っています"
「ユーノ君、わたしは別に――!」
「――そうだな、お前のせいでこっちは散々な目に合った」
「おにいちゃん!?」
非難の眼差しを向けるなのはを、俺はそのまま見つめ返す。
「事実だろ。
ジュエルシードの暴走が人的被害を招く事くらい、お前だって知ってる筈だ。
発掘されなかったら、この世界は多分無縁でいられたぜ」
「で、でも――ユーノ君はそんなつもりで……」
……なのはの言いたい事は、分かる。
俺だって全責任を、ユーノに押し付けるつもりはない。
少なくとも――
――はやての一件は、間違いなく俺が原因だ。
あの娘の孤独を深め、心を傷つけて、石を渡した結果だ。
ただ……子供のなのはにはちょっと理解し辛いかもしれないが、男ってのは厄介な生き物なのだ。
責められない方が、辛い場合がある。
誠実で責任感の強い奴なら尚更だ。
自虐とは違った意味で、自分の罪を誰かに罰してもらいたい。
――前へと、進む為に。
悲痛に訴えるなのはの栗色の髪を触って、
「お前の言いたい事も、分かる。
でも誰も悪くないとか、誰かが悪いとか、責任の所在を曖昧にするのはやめようって事。
ジュエルシードを探索したユーノに、責任はある。
関わった俺達にだって理由があり、それぞれに責任を負っている。
俺は――はやてを巻き込んでしまった。
お前は――フェイトと出逢ってしまった。
一つ一つはバラバラだけど、きっかけはジュエルシードだ。
全員で、解決しよう」
「――っ、はい!」
「ユーノも、御免なさいはもう無しだ。
俺もなのはも、今更引き返すつもりはないぜ」
"……分かりました。
改めて――宜しく御願いします"
俺達は多分――何かが欠けている。
誰か一人では解決出来ず、それでいて誰にも譲れない宿命を抱えている。
ユーノはジュエルシード、なのははフェイト、俺はアリサ。
欠けたピースを求めて、俺達はこうして集まった。
今こそ組み立てていこう――このパズルを。
気持ちを引き締めて、本題に入る。
まずは、この間の話の続き――なのはに、助力を求めた場面からだ。
姿を相変わらず見せないユーノだが、俺に対して少しは信頼する気になったらしい。
詳しい解説を元に、嘘偽りない話を聞かせてくれた。
関わったなのはも途中幾度か口を挟み、その時の己の心情を物語る――
ユーノとなのはの話によると――
ジュエルシードの暴走を止める力が無く、困り果てたユーノ。
助力を嘆願する声に答えて、なのはが現場へ出向いた。
はい、まずここでストップ。
「もう一度確認させてくれ。
ユーノの助けを求める声を、なのはは夢の中で聞いたんだよな。
その声って、今のこんな感じか?」
直接頭の中に響くユーノの声――
聞き取り辛さはまるで無く、むしろ肉声よりハッキリと聞こえる。
発音に淀みは無く、タイムラグは零に近い。
早速ユーノが解説を入れてくれた。
"そうです。
『念話』と呼ばれる魔法で、離れた相手に自分の言葉を伝えます。
念話の到達距離は術者によって異なる分、あなた方が使用する携帯電話の方が便利かもしれません"
携帯電話――分かり易い例えである。
道具を使うか、魔法を使うか。
道具だと誰でも平等に使用可能、魔法だと個人個人で到達距離が異なる。
アンテナを立てられないだけ、不便かもしれない。
――ん……?
「電話は互いに受話器が無いと連絡出来ない。
念話の場合、どうなんだ?
送信者が念話を送ったとして、仮に受信者が普通の人間だったら届くのか」
それによって、今後の話が異なってくる。
仮に普通の人間でも受信可能なら、なのはに届いて当然。
だが、もし普通の人間には受信不能なら――
俺が本当に聞きたい事を察したのだろう。
神妙な声で、ユーノが返答する。
――俺の予想通りの、答えを。
"……無理です。
魔力を持たない者に、言葉を伝える事は出来ません。
この付属効果を利用して、魔導師を見分ける手段として僕達は利用します"
「なるほど……
ジュエルシードが暴走した時、現場周辺や近隣の住民には聞こえず――なのはだけに、届いたのは。
――なのはに、魔力が備わっていた為か」
魔導師とは、多分魔法を使う人間を指しているのだろう。
大仰な言い方だが、なのはにはその魔導師としての資質が合った。
当の本人は、俺の視線を恐縮したように受け止めている。
こんな小さな女の子が……魔導師ね……
複雑だった。
予測は出来ていても、身近な奴が異端の世界に居るのは。
しかも、よりにもよってなのはなのだ。
優しい過程で生まれ育った、誰からも愛される女の子。
明るい世界で無邪気に微笑む姿が似合っている、こんな小さな子供が――
――その子供は顔を俯かせて、小さな声で呟く。
「あ、あの、おにーちゃん……
……黙っていて、ごめんなさい……」
「……」
なのははきっと、この事は誰にも言ってないのだろう。
大好きな母親、優しい兄や姉、家族のように慕う同居人にも――
――俺と再会した時、なのはは声を上げて泣いた。
自分の感情を初めて曝け出すように。
悲痛な事件を目の当たりにして、辛い事も沢山あったに違いない。
己の弱さを優しさでブレーキをかけて、頑なに一人背負っていたのだ……
俺は――鼻を、鳴らした。
同情?
憐憫?
慈愛?
大丈夫、気にしてないよ――そう言って、優しく慰めろってか?
けっ――馬鹿馬鹿しい。
俺は、そんな奴じゃない。
「……そうだな、なのはの分際で俺に隠し事とは百万年早い。
御詫びに、この前対戦したゲームソフトとハードを俺に差し出すように」
「えー!? だ、駄目です!」
「なんだぁ〜、反省の気持ちが無いのか貴様。
上辺だけか? 謝ればそれで済むと思ってるのか!
ガキの分際で、世間体とはやるじゃねえか」
「で、でも、あれはなのはが貯金をしてやっと買ったんですよ!?」
「俺なんか無一文だぞ!
現実を見たくないから、この事件に関わったといって過言ではない!」
「素直に、そんな事話さないで下さい!?」
う〜と困った顔をしながらも――なのはの目尻に、涙。
俺にムキになって反論する姿に、変わらぬ日常の笑顔があった。
――この程度で、変わるもんか。
なのはが誰であれ、俺にとってなのははなのはだ。
ひ弱で苛めるとすぐ困った顔をする――俺より強い、女の子なんだ。
頬っぺたを抓り合っていた最中、なのはがふと手を止める。
「ま、待って下さい!?
お、おにーちゃんは――ユーノ君の声が、届いてるんですよね?」
――ギクッ
"……みたいだね"
馬鹿、肯定するな。
今の空気を読めないのか、貴様は。
なのはは今まで誰にも内緒で、一人戦ってたんだぞ!
そこへこんな情報を聞かされたら、どういう反応を示すかわかるだろ!
俺の嫌な予感は――
――なのはの、期待に満ちた瞳で確信に変わった。
「じゃ、じゃあ!
おにーちゃんもなのはと同じ、魔導師になれる素質があるって事ですよ!」
自分と同じ、を強調する小さな魔導師さん。
俺は剣士なの、けーんーし!
大体、簡単になれる職業じゃないだろ。
ユーノ、黙ってないでお前もビシっと言ってやれ。
"少し違うよ、なのは。僕も今だに信じられないけど――
――彼も君と同じ、魔導師だ。
彼がジュエルシードを封印する瞬間を、僕は見た"
「えー!?」
「えー!?」
「ど、どうして、そこでおにーちゃんまで驚くんですか!?」
いや、俺の驚きはユーノが一部始終見てた事。
融合する瞬間や俺が風を放った場面もバッチリ見てたのか、こいつ。
人様が苦しんでるのに、他人顔で見学三昧とは許せんな。
正体を見せた瞬間、俺のローキックをお見舞いしてやる。
ハァ……、ついにバレたか。
話すべき事とはいえ、抵抗は拭えない。
「おにーちゃん!」
「うわっ!?」
ガックリする俺の胸元に飛び込む、小さな女の子。
戸惑う俺を尻目に、なのはは頬を染めて俺の胸に頬擦りする。
「やっぱり……やっぱり、そうだったんだぁ……
あの時おにーちゃんの髪の毛が綺麗だったり、魔力の残滓を感じたのも――
おにーちゃんが、なのはと一緒……う〜、嬉しいよぉ」
分かったら離れろ、この野郎!?
必死で抵抗するが、なのはは歓喜に表情を輝かせて抱き付いたまま。
幼い頃別れた肉親と再会でもしたかのような、感激の嵐だった。
天使の笑顔を浮かべて、なのはは俺を見上げる。
「頑張って一緒に戦おうね、おにーちゃん!」
「やだ」
「そ、そこで否定しないで下さいよー!?」
いや、脊髄反射的に。
どうせお前の事だから世の中の平和とか、人々の生活を守る為とかだろ?
俺は正義の味方ではないので、ヒーロー役はなのは一人に任せる。
俺は、俺の目的を果たす。
――ま、まあ、手伝ってやるくらいはいいけどよ。
感激の抱擁を終えて、なのはは名案を思いついた顔をして首に手を伸ばす。
「おにーちゃん、紹介するね。
わたしの大切なパートナー、"レイジングハート"」
なのはの白い首にぶら下がる、紅玉。
曇りの無い紅い宝石はなのはの声に応える様に、眩く輝く。
美しい光に目を奪われた途端――飛び込む声。
"宜しく御願いします"
無機質な音声――
無感情な女性の声は俺に簡単に挨拶し、消失する光と共に静まる。
この石が、喋ったのか……?
明らかに日本語ではなかったが、その意思は明確に伝わった。
正直石の形をした電子機器にしか見えないんだが、ふーむ……
"レイジングハートはデバイスと言って、魔法を使う際の補助道具です"
流石は、解説役。
御困りの視聴者を、置き去りにする真似はしない。
"貴方に分かり易く言えば……魔法使いの杖、ですね。
童話等で見た事は無いですか?"
「あるある! あー、なるほどね……あれだろ?
自分の持っている魔力とか込めて、呪文とか唱えて、魔法を放つんだろ」
なのはは元気良く頷き、ユーノもその通りですと苦笑。
"僕達の世界でも、一般的には杖と呼ばれていますね。
デバイスは携帯用にカードやアクセサリの形状を取り、使用時に主の武器となります。
レイジングハートは待機状態は見ての通りで、使用する際杖に変形します"
「へぇ……、こんな小さい玉がね……」
つついてみる。
――何も言わないが、嫌がっているように見えた。
"各デバイスは状況に応じて最適な機能を発揮出来るように、複数の変形パターンを持っているものが多いんです。
レイジングハートのように、思考能力を持つタイプをインテリジェントデバイスと呼ばれています"
ユーノ、絶好調である。
どうだと言わんばかりに、ユーノは聞いてもいない詳細まで説明する。
今こそ僕の出番だと、叫んでいるかのように。
本人の顔は見えないが、輝いていそうだ。
説明は分かり易いので助かっていると言えばそうなんだが……お前はそれでいいのか。
「ふーん、なかなか便利そうだなその道具。
自転車の補助輪みたいなもんだろ?
思考能力があるなら、手助けだってしてくれそうだし」
「うん、なのはも何度も助けられてるの。
ありがとう、レイジングハート」
"マスターを助けるのは、当然の事です"
なのはに優しく撫でられて、心なしか嬉しそうなレイジングハート。
道具ではなく、一人のパートナーとして背中を預けてくれる――
レイジングハートにとって、なのはは至上の主なのだろう。
俺には到底真似出来ない。
孤独を掲げる剣士にとって、己の背中は常に警戒だけを向けている。
自分の命を託せる、戦友――
思えば、俺はそんな奴は一人もいない。
――候補者は約一名いるが、こいつは結局どうなんだろうな……
信頼関係以前の問題だ。
レイジングハートのように道具の形をしていれば、いっそ俺も割り切れるんだが。
「おにーちゃんも、デバイスを持ってるんですか?」
――来た、来ましたよこの質問。
俺にとって避けられない話題、その2.
窮屈そうに俺のポケットの中でゴソゴソするチビを、日の目に晒す時がやってきた。
「ああ。デバイスじゃないけど、サポートしてくれる奴はいる。
紹介するよ。
――出ていいぞ、チビ」
「は、はいです……」
ポケットの中から、顔を覗かせる小さな女の子。
愛らしい顔を羞恥に染めて、おずおずとなのはの前に出る。
緊張しきった表情で、ぎこちなく頭を下げた。
「は、初めまして……ミヤと言いますぅ。
宜しく御願いしますです、なのはさん」
「わぁ〜、可愛いー!」
歓声を上げて、なのははチビのプニプニした頬を触る。
触られる度にビクビクしていたが、なのはの無邪気な様子に次第に緊張が解けていった。
久遠と最初に会った時もそうだったけど、やっぱり女の子だよな。
子狐や妖精のような可愛らしさに、なのはは大層弱いようだ。
チビの柔らかな銀蒼の髪を撫でながら、なのはは不思議そうに呟く。
「ミヤちゃんの髪、あの時のおにーちゃんと同じ色……」
「ミヤでいいですよ〜、なのはさん!
それで、えーと……」
俺を見るな、俺を。
髪の毛を掻き毟りながら、深々と嘆息する。
自分の恥を晒すのは正直好ましくないが、話すと決めたんだ。
覚悟を決めよう。
「――俺から話すよ、何もかも全部。
ジュエルシードやフェイト、アリサとの事も。
ただ前以って言っておくが、はやては本当に無関係なんだ。
事情も何も知らないから、問い詰めないでやって欲しい」
二人から承諾を受けて、俺はジュエルシードを拾ったところから説明する――
蒼い石、フェイトとの戦闘(久遠の事は伏せる)――高町家との別れ。
公園での出会い、自宅訪問、奇妙な本、家族宣言、フェイトとの再会、束の間の日常。
――アルフの襲撃と、はやてとの別れ。
山中での孤独、月村との再会、なのはとの情報交換。
ジュエルシードの暴走、はやての本、ミヤの誕生、融合化。
そして。
そし、て――
「アルフは、強かった……俺では、勝てなかった。
傷付いて、倒れて――俺は、死んだ。
あの時俺は間違いなく、アルフに殺されたんだ……」
――このくだりを話すのは、まだ辛い。
別れ際のアリサの微笑みは、俺の心を切り刻む。
最早取り戻せないと――答えを出せない俺に、神が突きつけている様で。
「そんな俺を助けてくれたのは、アリサだった。
夢の中か、あの世か、生死の境か――今でも分からないけど、真っ白な世界だった。
座り込んでいた俺の前に、あいつは現れた。
最後に自分の心を全て俺に預けて――アイツは、逝ったんだ」
「グス……グゥ……アリサちゃん……」
悲しみは簡単に消えない、俺が一番よく知っている。
頬を濡らすなのはを、笑う気には到底なれなかった。
チビも必死でなのはの頬を、励ますように撫でている。
「夢から醒めた瞬間、夢が夢ではない事を知った。
後は――正直覚えていない。
悲しみに狂いながら戦って、アルフとの決着をつけた」
"そう、ですか――
御辛い事でしょうに、話してくれて有難う御座いました。
大よその事情は分かりました。
その後紆余曲折あって、この病院へ搬送されたんですね"
「ああ。決着後は、特に話す事は無いな。
チビとこの病院で再会して、なのはやはやてと同じ部屋になった。
一日寝たり、悩んだりの繰り返しだ」
"それでいいと思います。
今の貴方には、心を落ち着ける時間が必要でしょう"
「分かってる……ただ」
"――それでも。
そのアリサさんの為に、何かしてあげたいと言うんですね。
僕達に協力を申し出てまで――
納得出来ました。
貴方が、随分素直に事情を説明してくれたので"
「どうせ捻くれ者だよ、俺は」
ユーノの苦笑に、舌打ちで返す。
確かにアリサの事で悩んでなければ、ユーノやなのはに関わろうとはしなかった。
面倒事は嫌いな俺だ、ジュエルシード事件も自分一人で追っただろう。
腹を割って話し、俺の知らない情報を元に思考を練るしかない。
――だが。
こいつらは、俺の予想を超える馬鹿だった。
"なのは、僕はひとまず先に彼に協力しようと思う。
君もそれでいいかな?"
「うん! わたしだって、アリサちゃんの為に何かしてあげたい!」
「ちょ、ちょっと待て!?」
思わず、腰を浮かせそうになった。
魔法陣から出ると、寝巻きでは春の終わりとはいえ寒い。
動揺した俺は、上擦った声を上げてしまう。
「協力って何だ、協力って!
お前等は、ジュエルシードの事で精一杯だろ!?」
"そのジュエルシードの一件で、貴方やアリサさんを巻き込んでしまったんです。
僕にも手伝わせて下さい"
「俺一人で――」
"貴方ではどうしようもないので、僕達を頼ったんでしょう?"
僕から答えは出せませんが、相談相手にはなれると思います"
呆然。
確かにユーノやなのはの情報を元に、答えを導き出そうとした。
力を貸して欲しいと、願っていた。
でも――ユーノには最優先すべき目的があるんじゃないのか?
自分の知らぬ世界へ飛び込んで、危険を冒してまで償う事を決意した。
その決意を後回しにしてまで、何故――
言葉に詰まる俺の裾を、傍らの少女が引っ張る。
「今は何が大切で、何が大切じゃないか――分ける事なんてないです。
どんなに辛い気持ちでも、逃げずに。
どんなに悲しい気持ちでも――絶対に、捨てたりしないで。
一つ一つ真剣に、向き合っていきましょう」
「なのは……ユーノ……」
はは……俺もいよいよヤキが回ったな。
こんなガキ共に諭されるなんてよ……
悔しいが、グウの音も出なかった。
呆れる程真っ直ぐなこいつらの想いは――俺がかつて、捨てたもの。
価値が無いと、ゴミ箱に放り捨てた子供心だった。
答えが今の俺に無いのなら――
――ゴミ箱を、もう一度漁ってみるか。
今なら、曇りの無い目で見つめ直せるかもしれない。
俺はお礼代わりに、言ってやった。
「実は俺より年上だろ、お前ら」
小学生の分際で何だ、その悟り様は。
ユーノやなのはは困ったように笑うだけだった。
「ジュエルシードでアリサを生き返らせて下さいって御願いするのは、どうだ?
願いを叶える石なんだろ」
"ば、馬鹿な事を言わないで下さい!?
死者蘇生なんて大それた事を願ったら、どんな事態になるか計り知れません"
「ちぇ……なら、魔法で死体を癒すとか」
"治癒が出来るのは、生命力のある状態だけです。
何度も言いますが、魔法では消えた命を元通りには出来ません"
質疑応答タイム。
思い付く限りを話してみるが、返ってくる答えは辛辣そのもの。
酷い奴である。
"もう少し、建設的に考えましょう。
アリサさんの為に墓を立てるとか、供養をするとか"
「なんか、常識的だな……」
"貴方の考え方が、非常識なんです!"
――ユーノの意見は、正しい。
アリサとの約束を果たし、事件が終わればフェイトやなのはと一緒に墓参りする。
誰でも考えられる、何よりも大切な供養だ。
あの世で、アリサもきっと喜んでくれるだろう――
――そう思えないのは、きっとこの一頁があるから。
俺は一枚の紙を広げる。
俺と一緒に、微笑むアリサの絵。
まるで頁の中で彼女が生きているように、絵のアリサは幸福に彩られていた。
ミヤが保管してくれていた"願い"を、ユーノやなのはにも見せる。
「多分――これが、あいつの唯一の未練。
成仏したあいつが最後に遺した、俺へのメッセージに思えてならないんだ」
ユーノに話を聞いてみたが、はやてやアリサの頁に関しては不明らしい。
何故彼女達の願いが、本に宿ったのか――
魔法関連を疑って見たのだが、ユーノにも心当たりは無いらしい。
考えられる一番の原因は、はやてが持っている本。
ユーノは魔法関連の書物の可能性を示唆していた。
強い魔力を持つ魔導書は、持ち主を守る力を秘めている物もあるらしい。
はやてがあの暴走の中守られていた理由も頷ける。
チビに聞いたが、何故か黙秘――
協力すると言っておきながら、自分の出生や本の中身には触れようとしなかった。
他の話題にはむしろ積極的に関わって来るのに、本の事になると口を閉ざす。
……結局、本に関しては一時保留となった。
今は、アリサに集中する。
どうすれば。
どうすれば――
何時の間にか、口が滑っていた。
俺の心の、弱音が……
「――正直気が触れていると、自分でも思う。
未練たらしい情けない奴だって、俺が誰よりも自覚している。
でも。
初めて、なんだ……
最初で、最後だと思う。
初めて――
――心から救いたいって、思えたんだ」
「おにーちゃん……」
どうしようも、ないのか?
皆誰だって大切な人が死ねば苦しむ、悲しむ、嘆く、足掻く。
――そして、諦める……
結局、俺も同じか?
あいつとの出会いや数日間の結び付きは、神の気まぐれでしかないのか。
これは映画じゃない、本でもない、ドラマでもない――物語でもない。
この現実の中で――出会える筈のない、出会いをしたんだ。
俺が少しでもこの町に未練を無くせば、あいつが少しでもこの世に未練を無くせば。
出会って、なかった。
この世の誰よりも特別だと、信じる気持ちすら間違えているのか?
アリサ……俺はお前に、何もしてやれないのか!!
俺の為に、自分の命を差し出してくれたお前に。
大切な、命を……
……。
……い、のち……?
俺に、自分の命を与え……
俺の中、に――命。
アリサの、命……
――あ……
「ぁ……ぁあああああああああああ!」
「わっ!?」
我知らず、その場から飛び上がっていた。
突然叫ぶ俺にびっくりして、腰を落としてしまうなのは。
チビも小さな目を見開いて、飛び上がる俺を呆然と見ている。
"急になんですか、いきなり!?
怒ったり、泣いたり、悲しんだり、喜んだり……
感情の起伏が激しすぎます"
「うるせえ!
ユーノ、死んだ人間を生き返らせるのは無理なんだよな?
その理由をもう一度だけ、聞かせてくれ」
"? ですから――
魔法というのはそもそも自然の摂理をプログラム化して、魔力で任意に書き換えて、物理的作用を引き起こす技術です。
世界の根幹を支える定理を、覆す事は出来ません。
貴方は魔法を奇跡の具現化のように見えているのかもしれませんが、それは大きな誤解です。
死は、存在の消滅――
消滅した存在をプログラム化した所で、元には戻りません。
ゆえに生命の蘇生はは科学でも、魔法でも、誰にも踏み入る事の出来ない禁断の領域なんです"
――お前、自慢話とか大好きだろ?
安易な希望に縋る俺に厳しくしているつもりかもしれないが、何か楽しそうに聞こえるぞ。
姿が見えないのに、熱烈な存在感をこの魔法教授殿から感じられる。
まだまだ講義が続きそうなので、頭の悪い生徒は必死で止める。
「分かった、分かった!?
ようするに――消えた命は、戻らないんだろ?」
"ゼェ、ゼェ……分かって頂けましたか……"
興奮するな、気持ち悪い。
俺は息を荒げる小さな先生に、質問の手を上げる。
「ならさ――こういう理屈なら、どうだ?」
――数分後。
俺に縋り付いて、なのはが泣いた。
<第三十一話へ続く>
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小説を読んでいただいてありがとうございました。
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