とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第二十九話
海鳴大学病院内は、フィリスの領域。
大怪我を負った俺が逃げ切れる筈もなく、簡単に掴まって医務室へ連行。
――説教が終わった頃には、すっかり夜を迎えていた。
「う〜、腹減った……」
色んな人間と話したが、一日を終えてフィリスの怒った顔で埋まった気がするぞ。
休日の――夜の病棟は静かで、窓から外の景色も静謐そのものだった。
――中庭に、人影は無い。
あくまで……あくまで偶然に、通り掛かったので、見てみたが誰も居ない。
ベンチに座って泣いていた少女の姿も。
一つ息を吐いて、俺はそのまま自分の病室へ。
今日一日出来る事は全て終えたので、一人病院内をブラブラしても仕方ない。
外出禁止を言い渡されているので、気軽に夜の散歩も出れない。
空いた時間は鍛錬が常の俺だが、この身体で鍛錬すれば悲鳴を上げそうだ。
渋々自分の病室へ帰ると、
「良介、また怒られたらしいね・・・・・・」
「フィ、フィリス先生って怖いんですか・・・・・・?」
――恐々した顔で出迎えるガキ共に、嘆息。
俺が怒られた事は、どういう経路を伝ってか少女達の耳に届いていた。
今後のフィリスを見る目も変わるに違いない。
言い訳をするにはレンとの事も話さないといけないので、やめておく。
……あいつが少しでも元気になったんなら、それでいい。
どうせ明日も暇なので、病室へでも顔を出してみるか。
長い病院暮らしの予定を一つ立てたところで、夕御飯タイム。
担当の人が運んでくれた味気ない夕御飯を――
「・・・・・・今度はお前か」
「えへへ、はやてちゃんと相談して交代でおにーちゃんの御世話をすることにしました」
そんな仲の良さを発揮してどうする。
呆れる俺の前で、何やら御満悦ななのはが夕御飯の準備をしてくれた。
担当のおばさんは兄思いの妹に感激したのか、目頭を熱く滲ませている。
・・・・・・本当の兄貴はあっちの寂しそうなお兄さんなので、お間違えなく。
昼間の借りがあるので、俺はフォローしてやる事にした。
「どうせ面倒見るなら、恭也の面倒を見てやれよ」
「お兄ちゃん、ですか? えーと……」
困った顔で、兄貴と俺を見比べるなのは。
確かに唇を切ってるので食べるだけで痛いが、我慢すれば俺は別に一人で食べられる。
手厚い介護は、逆に俺の負担だ。
態度で示してるんだが、義理堅いなのはは大怪我の俺を放っておけないようだ。
とはいえ実の兄も大切で、どちらを取ればいいのか悩んでいる。
人の良さがよく表れる少女だった。
「なのは、宮本が困っている。
……俺も大丈夫だから、自分の分を食べなさい」
おお、ナイスフォロー。
自分のくだりで躊躇いが無かったら、満点だったぞ。
流石に実の兄貴の言う事なら、なのはも言う事を聞くだろう。
安心して、お箸に手を伸ばそうとすると、
「無理をしては駄目だと、フィリス先生も言ってました。
わたしに手伝わせて下さい!」
こ、この頑固者め!?
絶対に譲らないとばかりに、俺の箸を掴んでいる。
俺を純粋に思い遣る気持ちが、強さを生んでいる。
高町の血は、この小さな女の子にも確実に受け継がれていた。
おー、恭也の困った顔を見るのは初めてだな。
頑なな妹に、兄も手を焼いている。
終いには、食べてやってくれと視線で訴える始末。
――負けてどうする、貴様!?
俺も力尽きる。
「分かった……もう勝手にしろ」
「はい、勝手にします」
くっそー、嬉しげに笑顔なんぞ浮かべやがって。
だんだん強くなってくるなのはに、ちょっとだけ脅威を感じた。
「良介もなのはちゃんには弱いんやな……わたしも見習おう」
「こんなの、真似するな」
――微笑ましい兄妹に、見ているはやても楽しそうだ。
個室にしなかったのは、正解だったのかもな……
フィリスの見事なカウセリングに脱帽。
これで行動の自由さえ制限されなければ満点なんだが。
なのはは用意された真っ白なナプキンを広げる。
――?
白いナプキンの隅っこに――何か書いてある。
"今夜0時、屋上で御待ちしています。 ユーノ・スクライア"
端的なメッセージに、俺は驚いて顔を上げる。
なのははナプキンを丁寧に広げながら、俺を見上げて小さく首を縦に振る。
俺が昼間出て行っている間に、何処かでなのはと連絡を取り合ったのだろう。
全てが解決してからノコノコ出て来やがって、この野郎。
日が変わる時刻、病院の屋上でユーノが待っている――
深夜の病院――まして屋上は完全に出入り禁止だったと思うが、どうやって入る気だあいつ?
普通に見舞いに来るのが一番早い気がするが……まあ、丁度いい。
ユーノには聞きたい事が、山ほどある。
そもそも直接的な原因ではないにしろ、あいつが発端でジュエルシード事件が始まったんだ。
謎だらけのまま色々と放置していたが、俺は今度こそ見つめ直さなければいけない。
アリサに何が出来るのか、フェイトに何をしてやれるのか……?
答えを出すには、ヒントが必要だ。
現実から逃げない為に、非現実的な世界ヘもう一度飛び込む――
今度は、一人じゃない。
なのはがいる、ユーノもいる。
それに、あの時俺を助けてくれたチビスケだって――
――あれ……?
そういや、あれからチビの奴はどうしたんだ。
昨日は確かはやての頭上の戸棚に――げっ!?
「……? おにーちゃん?」
「何でもない、何でもない!」
想像を絶する光景に、動揺の叫びを上げそうになった。
怪訝な顔をするなのはに必死で手を振って、心の平静を訴える。
――子供の頃金魚を飼っていた奴なら、今の俺の気持ちを御理解頂けると思う。
この申し訳なさと、微小な罪悪感。
俺は冷や汗を流しつつ、口パクで戸棚に向かってコッソリ呼びかけた。
"い……生きてるか、チビー?"
"お……
お腹……お腹、すいたです〜"
金魚と同じく、妖精にも餌って必要なんだ……
感慨深く見つめながら、俺は内心合掌する。
――息も絶え絶えの女の子が、戸棚の陰で突っ伏していた。
「もう少しで死んじゃうところだったんですよ〜! ハグハグ」
「だから、悪かったって言ってるだろ」
病院の売店で買ったパンを、文句を言いながら食するチビスケ。
院内の店は閉店が早いので、食事中に部屋を出る羽目になって大変だったつーのに。
なのはの奴、行儀が悪いとかうるさかったからな……早いところ戻らねば。
誰も居ない休憩室を陣取って、俺達二人は小声で話していた。
「誠意が足りませんです!
折角……折角あんなにいっぱい助けましたのに、この仕打ちは酷すぎますです〜!
う〜、モグモグ」
「まず食ってからにしろよ、お前」
本人なりに真剣に怒っているのかもしれないが、こいつの挙動は微笑みを誘う。
人形サイズの女の子が、自分の背丈程あるアンパンを小さな口で齧っているのだ。
ソファーに座って食べる、可憐な妖精――
銀蒼色の髪が透き通るように眩しく、黒のドレスが愛らしさを惹き立てている。
――この、不思議な感覚。
幽霊と聞けば怪奇現象が一般的なのに、蓋を開ければ小生意気な美少女。
ファンタジーと言えばモンスター系なのに、出て来たのは可憐な妖精。
特に俺のような剣士には、幽霊退治や妖怪退治が基本だろう。
何とも俺に似合わない、メルヘンな相棒が出来たものである。
チビは小さな唇をアンコで汚してブツブツ文句を言っていたが、食べ終わるなり静かになる。
……?
時折俺の顔を見上げては俯く、その繰り返し。
いい加減焦れた俺が問い質すより早く――
「あの……
す……少しは、元気になりましたですか?」
「? 見りゃ分かるだろ。大怪我絶好調だ」
「違いますぅ!
その、えと……アリサ、さんの事で……」
「あ――」
――涙に頬を濡らして戦った、あの夜。
喪った悲しみと救えなかった怒り、己の弱さに慟哭した戦い。
激情を剣に乗せて、荒れ狂う感情とアリサへの高き想いを胸に勝利を収めた。
俺とミヤはあの時、心を一つにしていた――
あの夜の一番の理解者は、間違いなくこいつだ。
ゆえに俺の深い悲しみや、捩れ狂った怒りを理解している。
俺が言うのもなんだが、ミヤは心優しい女の子だ。
たとえどれほど嫌いな人間であれ、嘆き悲しむ人間を笑う真似はしない。
俺は――小さな相棒に、しっかりと頷いた。
「もう大丈夫。アイツの為に出来る事を、今探してる。
お前も――協力してくれないか」
ミヤは小さな瞳に驚きを映した後に、屈託の無い笑顔を見せる。
「仕方ないですね……
ミヤが居ないと、本当に駄目な人なんですから〜!
マイスターを心配させたくないので、協力してあげます」
「調子に乗るな」
「はぅっ」
親指でデコピンすると、愉快な悲鳴を上げてチビはソファーに転がった。
――恩着せがましい物言いは、こいつなりの照れ隠し。
あまりの微笑ましさに、生来の意地悪心が芽生える。
「で、どうすればいいと思う?
俺に何が出来るかな、ミヤ先生」
「え? えーと、ですね……
…。
ちょ、ちょっと考える時間を下さいです〜!」
目をグルグルして考えるこいつは優しく、温かい――
ミヤがいる限り、俺は二度と馬鹿な真似は出来ないだろう。
他人の干渉が、今は力強く感じられた。
深夜0時――密会の時間。
消灯時間を軽く超えて真っ暗な部屋の中で、俺達はベットから起き上がる。
はやてと恭也が寝静まるのを布団に潜って待っていたのだが、はやてが予想以上に元気だった。
昼間安静にしていたのが効いたのだろう。
早く寝ろと何度も言ってるのに、俺に話しかけてくる。
夜中にコッソリ誰かと会話するのに憧れていたのだそうだ。
はやてには借りがあるので邪険にも出来ず、お陰で延々と話し込んでしまった。
同室の人間に迷惑がかかるとようやく話し終えたのが、午後11時。
一時間で寝静まるのを待って、俺はなのはを連れて病室の外へ――
「お前の兄貴が起きてくるかと思ったが……
いやに寝つきがいいな、あいつ」
俺が一番危惧していた事態が軽く回避されて、拍子抜けだった。
あの妹馬鹿が、夜中に大切な妹と二人出かける事は断固として認めないだろう。
警戒されてしかるべきなのだが、無事に抜け出せた。
なのはは辺りを見渡して、俺に小声で返答する。
「ユーノ君が結界を張ってくれたんです。なのは達とお話しやすいように」
「結界……?」
また新しい単語が出たぞ。
現代日本に生きている侍に分かり易い用語を出して欲しい。
「あ、すいません! 結界というのは――」
「あー、今はいい。聞きたい事はてんこ盛りなんだ。
後で全部聞くから」
「はい、では屋上へ急ぎましょう」
俺と同じ怪我人のくせに、元気な奴である。
真夜中にエレベーターは使用出来ないので、階段で駆け上がる。
――静寂に満たされた、病院。
空気は冷え切り、命の鼓動が感じられない。
まるで病院全体が世界から切り離されたかのように――
結界、その意味はよく分からない。
だが、俺はこの異質の空気に何度も触れている。
フェイト・テスタロッサ。
あの娘と出会った時、世界はこの病院のように死んでいた。
確信出来る。
――誰も出会う事無く、屋上へ辿り着けると。
途中、うるさい奴が俺のポケットから小声で話しかけてくる。
"結界も満足に察知出来ないなんて、恥ずかしい人ですねー"
"知らないんだから、しょうがないだろう!?"
"でも、本当にいいんですかぁ……?
ミヤをなのはさんに紹介するなんて"
そう――俺はこいつを、なのはに見せる事にした。
いつまでも隠し事は出来ないし、入院生活の最中餓死されたくない。
何より――
――チビを、俺の相棒だと認めたから。
これからの戦い、間違いなくこいつの力が必要となる。
フェイトやアルフ、アリサの一件は俺一人で太刀打ち出来る範囲を超えていた。
何度も何度も思い知らされたが、俺一人で結論を出すとロクな事になりそうに無い。
俺一人の責任で済めば、別にいい。
だけど、今回の事件はアリサやフェイトは言うに及ばず、なのはも関わっている。
もう――喪うのは、御免だった。
意地を張るのはやめない、つまらんプライドは今も残っている。
でも、もうこれ以上喪わない。
自分勝手な結論で喪うくらいなら、誰かに助言を求めて最善を導いた方がよっぽどマシだ。
チビスケも、その一人。
今度共に戦う相棒として、皆に紹介したかった。
なのはなら、こいつの存在を異端には思わないだろう。
"お前には、今後も世話になるからな。
お前だって男の俺より、女のなのはの方が生活面で相談しやすいだろう。
はやてには、まだ顔を合わせづらいみたいだし"
"マ、マイスターには絶対に言わないで下さいです!"
全ての事情を知っても、はやてはお前を責めたりしないと思うんだが……
本人なりの反省なのだろう。
助けられた俺が言える台詞ではなかった。
小声で応酬し合う俺達をなのはは怪訝な顔を見つめているが、何も言わない。
俺達は無事に屋上へ辿り着いた。
これまたどういう理由か、屋上への扉も開いている。
首を捻る俺を、なのはは苦笑していた。
痛む腕に歯を食い縛りつつ、軋みを立てて扉が開かれる――
――現実から、非現実へ。
昔と変わったのは、俺が自分からこの世界へ足を踏み出した事。
高町家から出る事を考えていたあの頃から、非常識なこの世界の扉は開いたのだろう。
俺はこの世界で――アリサと出逢い、別れた。
ならば、きっとこの世界にこそ答えは眠っている。
燻り続ける俺の想いが、今度こそ明確な形で完成を遂げる筈だ。
行こう、今度こそ逃げずに。
確固たる決意を持って、俺達はもう一つの世界へ足を踏み出した。
春の終わり――夜空は寒気と暖気を地上へ送ってくれる。
停止した世界の狭間。
灯りの届かない空間は、厳かな空気を纏っている。
フェンスで囲まれた屋上に、人の息衝く気配はない。
ざわめく空気。
高鳴る鼓動。
警戒を持って踏鞴を踏む俺に、なのはがぎゅっと手を握る。
驚いて見下ろすと、なのはは優しい微笑みを浮かべて俺を見つめ返す。
……苦笑して、柔らかな髪を撫でる。
緊張は解けた。
暗闇の屋上へ足を一歩踏み出したその瞬間、俺となのはを待ち受けていたかのように――
――屋上の中央が光を放つ。
「――なっ」
暗き世界を優しく照らす、エメラルドの光。
奇妙な文字と記号が、屋上の床にサークルの軌跡を描いている。
大きな光の円は規則的に周回、俺達を歓迎するかのように輝きを誇っていた。
"御待ちしていました、宮本良介さん。それに、なのはも"
「うん! おにーちゃん、連れて来たよ」
「……? 何処に居るんだ、お前」
神出鬼没なガキは、変わらず姿を見せない。
周辺を警戒するが、気配一つ感じられなかった。
――未熟な俺には人の気配を敏感に察する感性がない。
"申し訳ありません。貴方にはまだ、姿を御見せ出来ません"
「何だよ、まだ信用してないのか俺の事」
"率直に言えばそうです"
肯定しやがった!?
おのれ……戦場からとっとと逃げ出した弱虫のくせに。
それに、こいつ――
「――何かお前、怒ってないか?」
"……いいえ"
「間があった!? 今明らかに、感情を押し殺しただろ!
酷い奴だな。
ちょっと待ち惚けさせたくらいで、へそを曲げるとは」
"それだけじゃありません!
貴方のせいで、どれほど苦労したと思ってるんですか!?"
「苦労したのは俺のほうだよ!?
あれから、ジュエルシードの暴走を止めるのは大変だったんだぞ!
てめえだけとッとと逃げやがって、卑怯者! 弱虫!」
"弱虫!? 何て酷い事を!
大体、僕は逃げたんじゃありません!
貴方が放った風が、僕を――!?"
「何だと、この――!?」
「二人とも、喧嘩しないのー!」
――不毛な言い争いを続ける俺達を容赦なく斬る、なのはの怒声。
ピッタリ収まった男達を、なのはは怖い目で睨む。
「仲良くしないと駄目です!
ユーノ君も! おにーちゃんも!
言いたい事があるなら、なのはが全部聞きます!
さあ――何ですか!!」
俺と、姿が見えない筈のユーノを一睨み。
優しい顔立ちゆえに、怒ると猛烈に怖かった。
可愛らしい声なだけに、怒りの罵声が心を容赦なく縮ませる。
俺達は固唾を呑んで、
「お――お互い、冷静になって話し合おうではないか。
俺達、仲良しだもんな!」
"ま――まったくです。僕も貴方とは仲良くしたいと、常々思っていました!"
あはははは、と恐怖が混じった笑い声がハモる。
なのはもようやく納得したのか、笑顔が戻った。
――何だ、この空気……
非現実的な世界に、庶民じみた何とも言えない雰囲気が流れる。
"怒られるなんて、情けないですねー"
"やかましい"
ポケットを殴って、茶化す妖精さんをノックアウト。
その間に取り成す様に、ユーノが慌しく説明を行った。
"と、とにかく、二人ともその魔法陣の中へ。
回復の結界魔法を発動させているので、傷の手当を行ってください"
「魔法……陣? あれがそうか」
胡散臭さ大爆発だが、文句を言えばまたなのはが怒りそうだ。
サークルの内側は人二人分は軽く入る広さで、特に問題は無い。
なのはは軽い足取りで、俺は重い足取りで歩み寄って――
"……、一応聞きますが何をやってるんですか?"
「いや、照明設備が何処にあるのかなって」
「おにーちゃん!」
「へいへい、入ります入ります」
話が進まないのは事実なので、俺は渋々入る。
回復の魔法って言われても、こんな光で怪我が治ったら病院の存在価値なくなるぞ。
半信半疑で、魔方陣とやらの中央へ立つ。
――へ……?
度肝を、抜かれた――
傷ついた俺の身体を抱き締めるように、光が虚空を描いて包み込む。
エメラルド色の燐粉が腫れた顔に、裂傷した手に、弱った足に染み入ってくる。
――痛みが、薄らいでいく……
身体全体を愛撫されているような感覚が、俺の全神経を柔らかくしてくれる。
このまま眠れば、きっと気持ちが良いだろう。
眼帯を、取る――
半ば閉ざされていた視界が、光を纏って美しく世界を映し出す。
これが――
「これが、魔法……」
……世界の、神秘。
科学とは違う、もう一つの世界の力――
驚愕に茫然とする俺に、ユーノが静かに語りかけてくる。
"なのはの怪我はすぐに、貴方の怪我は完全に治癒するまで時間がかかります。
病院側への対処も考慮して、少しずつ回復させていきましょう。
なのはもそれでいい?"
「うん! ありがとう、ユーノ君!」
なのはは既にこの現実を受け入れているのか、落ち着いた様子で腰掛けている。
自分だけ立っているのが馬鹿みたいなので、驚きから冷めた俺も同じく腰を下ろした。
光は、少しずつ俺達の周りに舞い降りる――
幻想的な美しさに、溜息が出そうだった。
傷を癒す、この力。
ならば――
「――ユーノ、率直に聞く」
"はい"
――唇を、噛む。
諦観と希望が同時に噴き出るのを堪えて、俺は絞り出すように呟く。
「魔法で――
この、力で……
――人間を、生き返らせる事は出来るか?」
"――! 貴方は……"
「答えてくれ。
出来る、のか……?」
一秒に満たない、時間。
永遠のように長く感じられる、沈黙。
静寂は――簡単に、断ち切られる。
"……、不可能です。
魔法は、万能な力ではありません。
消えてしまった命は――二度と元には戻りません"
「――っ」
消えた命は……もう、戻らない。
永遠に。
あの――笑顔も、決して……
……分かっていた……分かっていたさ。
魔法が万能なら――この世界が容易く奇跡を受け入れてくれるなら。
あいつは、死ななかった。
幸福を、許されていた――
優しくなんてないのだ、結局。
何処の世界でも、奇跡は安売りなんてしていない。
俺は、馬鹿だ……
「おにー……ちゃん……
まさか……
アリサ、ちゃん……が?」
本当に、馬鹿だ……
賢しいなのはが、気付かぬ筈がないだろうに。
最低の、告白をした――
傷付けないようにしたいが故に、最悪な形で気付かれてしまう。
俺は――
――頷くしか出来なかった。
なのはの目が驚愕に見開かれて――双眸に、熱い雫が盛り上がる。
項垂れる俺のシャツを掴んで、必死で揺さぶる。
「嘘……だよね? 嘘、だよね!
なのはをまた困らせようとしてるんだよね!?」
「……」
「……、わたし、言ったの……
おにーちゃん、連れて帰ってくるって。
アリサちゃん、寂しそうだったから――
――絶対、って言ったの。
またいっぱい話そうねって、約束……した、ん……だよ?」
堪らなかった。
震えるなのはの心が、俺の心を容赦なく締めつけた。
俺は言い訳も出来ず、事実を話すしか出来なかった。
俺は、弱すぎた。
「……アリサは……
俺に、命を託して……
……消えた……」
「――――――!!!!」
なのはは、俺の胸の中へ飛び込む。
痛いほど俺を締め付けて、首筋に爪を立てた。
哀しく、切なく、力ずくで――
「どうして……?
なんで、なんで……なんで!!
どうして――守ってくれなかったの……?
何で、アリサちゃんが、死なないといけないの!!」
アリサは、既に死んでいた。
そんな事実が、何の慰めになるというんだろう――
「――俺の、せいだ……俺を、庇って、あいつは……」
「馬鹿!
おにーちゃんの、おにーちゃんの……馬鹿!
アリサちゃんは、おにーちゃんが好きだったの……大好きだったの!
だから、アリサちゃん……おにーちゃんを……
でも、でも……!!
おにーちゃんの、馬鹿……アリサちゃんの、馬鹿……
わたしの、馬鹿……
……助けられなかったよぅ……おにーちゃん……
わたし、何にも――出来なかったよぅ……
ごめんね、ごめんね……」
優しい光の中で――
――なのはは心の中の悲しみを無茶苦茶に吐露して、俺にぶつける。
魔法は、万能ではない。
傷は癒されても――悲しみは、癒せないのだから。
胸の中で泣き続けるなのはに、俺は伝える。
「――なのは。アリサは、こう言っていた。
"フェイトを、笑顔にしてあげて"と」
「――!」
顔を、上げる。
涙に濡れるなのはの頬に、そっと触れる。
「俺は、いや――なのは。
俺達で、約束を果たそう。
アリサの為に出来る事を、全部やろう。
俺とお前が出逢った事、俺達とアリサが出逢った事、アリサがフェイトと出逢った事――
偶然じゃない、偶然で終わらせてはいけない。
信じ続ければ、必ず想いは実現する。
俺にそれを教えてくれたのはお前だぜ?
だから――今一度、俺を助けてくれ、なのは」
「おにーちゃん……
うん……うん!!」
――泣きじゃくるなのは。
桃子が、俺の悲しみを癒してくれた。
だから今度は俺が、この娘の悲しみを癒す番だ。
不器用な手で――俺は桃子のように、なのはの小さな背を抱いた。
そのまま苦笑して、俺は見上げる。
「ユーノ――お前も、宜しくな」
"よ……よかった〜〜〜〜〜!!
また忘れられたらどうしようかと、僕は、僕はーー!"
……マジ泣きするなよ……
<第三十話へ続く>
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小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
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