とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章  村のロメオとジュリエット 第百四十六話
                              
                                
	 
  美由希が語り始めた話は思い出ではなく、物語だった。 
 
ダムが堰を切って溢れ出たように、彼女から物語が語られる。お伽噺のように。 
 
本人も自覚していなかったが、彼女なりに鬱積した思いがあったのかもしれない。 
 
 
いつしか彼女は、自分の悩みを打ち明けるように語っていた。 
 
 
「私ってね、今の父さんが妹――ええと、私にとっては実の母親で、恭ちゃんにとっては叔母になるのかな。 
その人から預かった容姿なの」 
 
「ほうほう、となるとお前は恭也とは従兄弟になるのか」 
 
「うん、良介も実感しただろうけど、うちは家族構成が複雑だからね」 
 
「個性的な面子が揃っているからな、桃子もよく面倒見られるもんだ」 
 
 
 美由希の実の母親、俺にとっては師匠にある御神美沙斗は、自分の娘を捨てたかのように言っていた。 
 
本人としては復讐第一で捨ててしまったのだと自責の念があるのだろうが、美由希の口から聞かされると事実は若干異なっている。 
 
そのまま放置したのではなく、自分の兄に預けたのであれば、彼女なりに配慮はしたのだろう。 
 
 
桃子と話していた時養育費とか言ってたけど、実際は兄を通じて支払っていたのではないだろうか。 
 
 
「私の母親はね、今の父さんに私を預ける時にこう言ったそうなの。 
"剣の家に女はいらないから捨てた"、と」 
 
「……」 
 
 
 ――もっと言い方があるだろうと思ったが、多分師匠は恨まれるために言ったのではないだろうか。 
 
師匠からすればどう言い繕うと、自分の愛する娘よりも復讐を選んだことには違いない。 
 
だから全ての未練を断ち切る為、そして自分の縁を全て捨てるために、心を鬼にしたのだろう。 
 
 
美由希は俺を見る。 
 
 
「どういう悩みがあるのか分からないけど、これだけは自信を持って言えるよ。 
私の母親と違って、良介は親としてディードちゃんを大事にして、あの子の剣を育てている。 
 
男とか女とか関係なく、あの子のやりたい道を進ませている。立派な親だと、私は思うよ」 
 
「お、おお、ありがとうな」 
 
 
 一瞬何言っているのか分からなかったが、思い返すと元々は俺の悩み相談として聞いたのだった。 
 
まさかそう繋げてくるとは思わなかったので、一本取られた気分だった。 
 
しかしこれで礼を言って終わると、そもそもの目的が成立しないので、必死で会話を立て直す。 
 
 
コミュニケーションというのは、本当に難しい。剣で切り合ったほうが早い。 
 
 
「美由希はどう思っているんだ」 
 
「そりゃそんな事言われたら怒るし、かーさんも当時すごく怒ってたよ。 
お父さんとは仲良し夫婦だったんだけど、それを聞かされた当時はものすごく父さんに怒ってた」 
 
「お、お前に直接言ったのか、親父さん……」 
 
 
 死んだ人を悪く言う気はないが、師匠からそんな伝言を聞かされて、なのはの親父さんは何とも思わなかったのだろうか。 
 
いや……違うか。きっと当時の親父さんは、今の俺と同じような心境だったのではないだろうか。 
 
自分の妹である師匠の苦境や復讐心は痛いほど分かる。師匠だって本心で美由希を捨てたかった訳では無い。 
 
 
御神美沙斗の気持ちが分かるからこそ、悩み抜いて美由希へ直接伝えたのだろう。俺も実際、美由希の気持ちを直接聞いているしな。 
 
 
「ガキンチョの頃は理解できなくても、大人になれば置き去りにされたと分かるもんな」 
 
「うん……だから母親のことは怒ってるし、私のために怒ってくれたかーさんの事は本当の母親だと思ってる」 
 
「お前が剣を今でも邁進しているのは、母親への反発心もあるのか」 
 
「えっ――ど、どうだろう……最初はそうだった、のかな。 
なんか良介にそう言われて、ドキッとしたよ。今までそんな事考え、なくはなかったけどさ…… 
 
自分が好きで頑張っているから、そんな事思いもよらなかった」 
 
 
 基本的に真面目な美由希は俺から指摘されて、思いがけず考え込んでしまう。 
 
今更思い悩むということは、剣に対する気持ちは純粋なものなのだろう。つまり母親への負の念は少ない、と見るべきか。 
 
勿論話からしても怒りはあるだろうし、捨てるという伝言を聞かされて何も思わないはずはない。 
 
 
と言うか当時の師匠も未来の弟子が悩むのだから、そんな伝言しないでほしかった。 
 
 
「お前の話からすると母親は剣士で、今もどこかで生きているんだろう。会いたいとか思わないのか」 
 
「思わないよ、今更」 
 
 
 それはそうだよね。分かっていたが、がっかりポイントである。 
 
説得するのが難しくなるのだから、そこは天然のお人好しを発揮して恨んでもらいたくはなかった。 
 
 
とは言え、ハイそうですかとはいかない。 
 
 
「良介だって前に聞いた話だと、捨て子だったんでしょう。親が生きているのなら会いたいの?」 
 
「うーむ、びっくりするほど興味ないな」 
 
「でしょ」 
 
 
 しまった、捨て子のことなんか言わなければよかった。説得がひたすら難しくなってしまう。 
 
確かに俺も今更自分を生んだ親に何ぞ会いたくはない。 
 
美由希と違って俺をゴミ捨て場に捨てたのだから、本当に要らなかったのだろう。親心なんぞ有りはしない。 
 
 
別に恨みは今更ないけど、会ってどうこうしたくはない。 
 
 
「そもそも会ってどうするの、私を捨てた人だよ。向こうだっていい顔しないでしょう」 
 
「お前が立派な剣士になったとわかれば、喜ぶんじゃないか」 
 
「剣の家に女はいらないとか言っておいて、そんな手のひら返されても嫌だよ」 
 
「まあな……」 
 
 
 くそっ、何でそんな反論できないような正論を言いやがる。どうしろってんだ。 
 
だが、意外と手応えはあった。俺と同じような境遇だと気づけたのもよかったしな。 
 
重い話になるかと思って気が滅入っていたが、正直似た境遇の人間とは話がしやすい。 
 
 
確かに説得は難しくなったが―― 
 
 
「……えへへ、何だか私達、共通点多いね」 
 
「そうだな、まさかこういう話をお前とするとは思わなかったな」 
 
「よかったらさ、またこういう話をしない? 
自分のルーツとか振り返れて、剣への思いが振り返れそうなんだ。こういう重い話、気軽にできないから」 
 
「ああ、正直俺もディード達のことで色々考えてたりするんだ。また聞いてくれ」 
 
「勿論だよ」 
 
 
 少しずつでも、俺を通じて歩み寄ることはできそうな気がする。 
 
師匠と和解するのは難しいかもしれないが、それでも俺が間に入ればお互いに気持ちの整理ができるのではないだろうか。 
 
 
美由希の言い分ではないが、今日は話ができてよかった。 
 
 
「これで良介がフィアっせと結ばれてくれれば最高なのにね」 
 
「なのはと結婚すれば、お前とは義理の兄妹だな」 
 
「ちょっと!? なのははまだ小さいし、初恋だって――あ、なのはに絶対聞かないでね!? 
こういうところで芽生えちゃうんだよ!」 
 
「少女漫画の見すぎ」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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