Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その2 角兎
一刻も早く王都へ辿り着き、優れた術者を見つけて自分の世界へ帰してもらう。その願いは今も変わらない。
だからこそ、安全な南のルートを選んだ。全員無事に帰還するには、全員が安全でなければならない。
怪我や病気で立ち止まってしまうと、余計に時間を消費してしまう。着実に、進んで行く。
「レベル1のままだと後々詰んでしまうぞ、友よ」
「魔王退治が目的じゃないんだよ、この旅は。武功で名を上げる必要はない」
「なるほど。確かにこれまで友は武ではなく知で難関を乗り越え、王女を始めに多くの人々を救ってきた。
友のやり方に賛同する我輩とした事がとんだ失言だった、すまない」
根本的に勘違いしている気がするが、論戦で疲弊したくないので追求はやめておく。
進路を南へ――途中村に立ち寄って、一泊。次の日にはこのナズナ地方を超えておきたい。
安全な進路を取った甲斐もあって、途中この地方を旅する人達から話を聞く事が出来た。
この人達は復興した港町へ向かっていてすれ違いではあるが、旅先の貴重な情報はお互いに必要としている。
俺達は港町の今の様子を、彼らからナズナ地方に関する情報を交換し合う。
「へえ、港町ではそんな騒動になっていたのかい。俺も見たかったな、その放送ってのを」
「何をかくそう、我らが真実の探求者――むごっ!?」
「余計な事まで喋るな」
「……どの道あれほど顔を晒せば、近隣一帯にまで広まるのは時間の問題だぞ」
葵一人黙らせた程度ではどうしようもないらしい。異世界の噂の広がり方も侮れない。
一国の女王に戦争を仕掛けて無傷で済んだのは奇跡に等しいが、取った行動の影響力まではどうしようもない。
旅先で騒がれる事がないように注意して、早くナズナ地方を超えよう。
「この先"ファイターラビット"が出るから、注意した方がいいよ」
「安全なルートでもやっぱり出るのか、モンスターは……」
安全快適に旅する上で必要な不可欠な、モンスター出現情報。
港町の案内所でも一通りの情報は仕入れていたが、旅人の生の情報とでは鮮度が違う。
冒険者として経験豊富なカスミに、そのモンスターの詳細を聞いてみる。
「非常に好戦的な兎のモンスターだ。
人間であろうと、モンスターであろうと、見つけ次第集団で殴りかかってくる」
「殴る? 噛むんじゃなくて?」
「脚が発達していて、飛び上がって相手の顔を狙ってくる」
兎の分際で喧嘩根性のあるモンスターだな。大地を蹴って、ふわふわの毛を生やした拳(?)で殴ってくるのか。
野生の動物、しかも集団で襲って来るとなると厄介である。こちらは非戦闘員が多い。
葵はいくら殴られてもビクともしないだろうが、氷室さんが傷つけられたら自分の理性を保つ自信がない。
「今までの傾向からして襲われそうだな……道を変えるべきか」
「必要ない、私が退治する」
雇った護衛の女性から、自信に満ちた保証を頂けた。
「それは頼もしいけど、集団で襲われて大丈夫なのか?」
「ファイターラビット程度なら何匹襲ってこようと倒せる。
数を頼みとするモンスターは総じて、単に無鉄砲なだけだ」
なるほど、相手の実力も把握せずに本能のまま襲いかかって来るのか。
無双している訳でもないのなら、血気盛んなだけの迷惑な生き物でしかない。
「それに奴等には特徴的な長い角があって、それを折ると戦意を喪失する。
旅の間に襲われた人達の多くが、この角を折って難を逃れている」
「それほど労せずに折れるのか。どれくらいの長さだ?」
「これくらいだ、ほれ」
旅の人が現実を見せてくれた。童話のユニコーンほど大袈裟ではないが、そこそこ長い。
有害なモンスターなのは間違いないが、旅慣れた人間ならば追い払えるらしい。
俺達は全く旅慣れていないが、カスミがいれば大丈夫だろう。
「ファイターラビットの角の価値を聞いておきたい」
「価値はないよ。数が多いし、誰でもとは言わないけど取れやすいからね」
「稀少価値はないのか。ふむ、残念だな」
どうせモンスターから金や道具を手に入れるのは冒険者の基本、とでも思っているのだろう。やれやれ。
葵は実に熱心にモンスター情報の詳細を聞き、好奇心を大いに満たしていた。
その中で、俺も興味をひかれる話題があった。
「"蒼い目"のファイターラビットなら、金では換算出来ない特別な価値があるよ」
「詳しく話を聞かせてくれ」
「兎の目は赤いだろう?
モンスターであるファイターラビットも赤い目をしているんだが、この地方で蒼い目を見かけたものがいるらしい。
その兎の肉を食えば不老不死になるとか、どんな難病も治るとか、言われているんだよ」
「素晴らしい……その兎こそ、吾輩が求めていたロマン!」
「根拠のない噂話だろう、それって。鵜呑みにするなよ」
「あはは、その通り。明確に確認された例はない」
だろうな。でなければ、曖昧に噂が広まっていく筈がない。
ツチノコレベルで騒がれている、長い旅の退屈や孤独を慰める逸話なのだろう。かまっている暇はない。
――鼻息荒くしている冒険者気取りが、一人いるけどな。
「貴重な話、ありがとう。道中、気をつけて」
「そちらこそ、旅の安全を祈っているよ」
――こうしてすれ違い、恐らく二度と会う事はない。そう思うと、不思議な寂しさに襲われる。
元の世界でも大都会の中で、大勢の見知らぬ他人とすれ違っていたというのに。
この魔法文化の世界なんて認めるつもりはないけれど……旅ならではの感覚を、俺は味わっていた。
「――半数とは言わないが、最低でも二匹は倒せ」
「心得た!」
「キキョウは馬車の周囲を警戒、氷室さんは馬を見ていてくれ」
角を生やしたゴツい兎が、十匹。懸念は現実のものとなり、襲撃を仕掛けられた。
プロとアマの冒険者が出陣、俺達非戦闘員は手に入れた馬車を守る布陣を作る。
幸い見渡す限り障害物のない広い平原で、モンスターの襲撃は事前に察知出来た。
「馬車には一歩も近づけん!」
「修行の成果を見せてくれる――ぬああああっ!?」
おー、殴られてる、殴られてる。馬車を守りながら、俺を含めた非戦闘員が観戦していた。
"ファイターラビット"――通称、角うさぎ。長い角の生えた愛らしい兎のモンスター。
兎は小型の動物なのだが、モンスターともなるとそれなりに見栄えする。顔が可愛いので、余計に怖いのだが。
旅人からの情報通り見事な脚力で飛び回り、生意気に殴りかかってくる。
闘争本能が高いゆえか、牙を向くものを優先的に襲うらしい。馬車の方には、今のところ来ない。
「……皆瀬さんは小剣ですか?」
「あいつは大剣を欲しがっていたけど、カスミに怒られたらしい。技術もない剣は敵ではなく、味方を傷付けるだけだと」
熟練の冒険者であるカスミはかすらせもせず、兎の角を正確に斬っている。
殺せばもっと効率的だろうが、こちらを気遣ってくれているのだろう。気遣いは嬉しかった。
葵は相手の機敏な動きに翻弄されているが、実戦を通じて剣を振る動きが良くなっている。
余裕で八匹倒したカスミは相手の警戒網より若干離れた位置から、葵を叱咤激励してくれている。
彼女の指導力は盗賊退治での仕事振りを見ていれば分かる。あんな男でも強くしてくれるに違いない。
元の世界に帰れば、役には立たないのだが。
「……あいつ、俺に付き合ってくれているだけなのかな」
「? どういう意味ですか、京介様」
「あいつは冒険者になる事を、心から望んでいる。アニメやゲーム、映画の中でしかない異世界を夢見ていたんだ。
この世界は、あいつにとって理想郷。帰りたくないと言われたら、止められない」
何がいいのかさっぱり分からないが、科学ではなく魔法の世界にあいつは惹かれている。
この世界には可愛い兎のモンスターから、恐竜のような化物まで存在している。
元居た世界のような安全の保証はされていないのに、葵は生き生きとしていた。
ようやく、生き甲斐を見つけられたように。
「もし葵様がこの世界に留まる事を望まれたら、京介様はどうなさるのですか?」
「腐れ縁がようやく断たれて、拍手喝采だよ」
「そ、そんな……お友達とのお別れになるかもしれないのですよぉ……」
義理人情に厚い妖精が別れの場面を思い描いただけで涙ぐんでいた。涙脆い奴である。
でも実際、その可能性が高いだけに覚悟はしておかなければならないだろう。
科学者と冒険者、いつまでも共に歩めない。
「……私は皆瀬さんが、少し羨ましいです」
「あいつが?」
「自分の人生を、選んでいますから」
俺や葵、氷室さんは大学生。今後の長い人生を歩む上で、自分の将来を明確にしなければならない時期を迎えている。
後にやり直す事は出来るが、一度選んだ道は辛くとも最期まで歩いていきたいと思う。
大学では有名な才媛である氷室さんが、葵のような人種に憧れるとは。
「旅の終わりまでに見つけられればいいと思う。どうせ――」
「友よ、遂にやったぞ! 吾輩がモンスターを倒したのだ、ファンファーレを高らかに鳴らすがいい!」
「――あの馬鹿のせいで長引きそうだから」
「……そうですね」
さて、今宵は村に立ち寄って一泊する。観光名所も店も何も無いようなので、疲れを癒して立ち去るだけ。
このまま順調に旅を送れればよいが……どちらの世界の神に祈ればいいのか、科学者には分からない。
<続く>
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