Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その21 湾口






 新しい朝が来た。希望の朝とは言い難いが、良い天気ではある。

隠れ家として利用させて貰っている船内で一晩、追われる身でありながらグッスリ眠った。

我ながら図太いと思わないでもないが、休める時に休んでおいた方がいい。


これから、忙しくなるのだから。


「さて、今後の行動方針について決めておこうと思う。俺達はアリスを助けると決めた。
その具体的な方法をこれから説明するので、意見があれば聞かせてくれ」


 結晶船内のレストルームに今、全員が集まっている。

船旅に疲労した人達向けの部屋はやや狭いが、落ち着いた空間を演出している。

朝日が昇ったばかりの時刻だが、皆問題なく起床。寝起きでダレた人間は一人もいない。

異世界組は基本的に規則正しい生活で健康的、氷室さんも同様。葵はむしろテンションが上がっていた。


「友がやる気になってくれたのは喜ばしい事だ。
これより我々は民を虐げる意地悪な王妃と戦い、真の後継者であられる姫君を王とするのだな!」

「小人の役割じゃないからな、それ。俺達は国には一切関わらない」


 キッパリと否定する。今回の事件は非常にデリケート、方針は明確にしておく。

昨晩も話し合った末の結論だが、具体的には語っていない。

アリスの友人としてどう戦っていけばいいのか――葵自身もやる気だけが空回りしていた。


「しかしだな、友よ。彼女の国の民は今も苦しんでいるのだぞ」

「村を救うのと訳が違うんだぞ。敵を倒せば済む話じゃない。貧窮した国の改革なんて何年、何十年もかかる。
大学生の俺達に出来る事じゃない」

「国家の革命ともなれば、それこそこの世界に骨を埋める決意をしなければならないか……」

「俺は自分の世界に帰る。覆すつもりはない」


 葵は楽天家で夢想家だが、傲慢ではない。自分の夢に友人の人生を犠牲にしたりはしない。

だからこそ、子供の頃からこうして付き合えている。異世界に渡っても、なお一緒に。

英雄気取りの友人に、一応のフォローは入れてやる。妥協が必要な理由を口にして。


「俺達は余所者だ。国単位ではなく、生きる世界そのものが違う。
知り合った人間を助けるくらいならまだしも、異国の事はその国の人間に任せよう。
確かに民は今困っているのかもしれないが、そんな事言い出したらキリがないだろう。

発展途上国で腐敗政治に苦しむ民がいたら、わざわざその国の政治家に喧嘩売りに行くのか?」

「我輩なら、コンビニの募金箱にお釣りを入れるな」

「……イイ事をしたみたいな顔が腹立つな、お前は」


 正直で結構だが、限りなく無意味に近い救国活動である。国作りは失敗が許されるゲームの中だけでやってもらおう。

アリスの母親の政治は確かに腐敗しているのかもしれないが、素人が口出し出来る問題ではない。

小さな王者は小首を傾げている。


「きちんと聞いてなかったけど、キョウスケは何ていう国から来たの?」

「……そこの妖精に聞いてくれ。諸悪の根源だ」

「ふぇぇ、ごめんなさいです〜!」


 恐縮した妖精が、興味津々のお姫様に事のあらましを説明する。

その間に、大人達の間で打ち合わせを続ける。


「国の政治に関与しないのは、私も賛成だ。冒険者や傭兵の領分ではない。
事情はどうあれ、革命など起こすようならば私は君達を連行しなければならなくなる」

「カスミ殿が敵に!? 何という運命の皮肉!」

「そこ、喜ばないように」

「何故喜ぶんだ、貴様!?」


 すいませんね、本当に。アホなので、大目に見てやってください。死なない程度に。

涙ながらに悲劇に酔うバカを、生真面目な冒険者殿が大声で戒める。

騒がしい面々は放置して、クールビューティな大学のアイドルさんと理知的な会話をする。


「……お話は分かりましたが、無関係ではいられないのではないでしょうか?」

「国家の闇に引きずり込まれているからね、汚い大人の交渉や取引も必要になってくるかもしれない。
ただ何を始めるにせよ、皆の認識は合わせておきたかった。事と次第によっては――」


   ――此処にいる全員の命に関わる。言葉にし辛い非情な覚悟を氷室さんは察して、静かに首を振ってくれた。

言葉にしなくても伝わる気持ちはある、騒がしい葵とは対照的な彼女には色々学ばされる。

無口だが、感情がないのではない。見つめ合うだけで、癒される気分だった。


「姫君の話では、王妃は一国を牛耳る権力を持っている。
政治には関わらないというスタンスは分かったが、国を相手にするのと実質は同じではないのか?」

「違う」


 革命まで企んでいた男の発言に、俺は異議を唱える。

俺や王女を陥れたのが一国の王妃でも、国を相手に戦う必要はない。

王女が虐げる国民や俺達を追う街の人々はあくまで観客、役者や脚本を評価するだけだ。

舞台に立つのは、役割を持つ人間であればいい。


「俺達は小人、王子役を気取るつもりはない。戦い方次第で、物語は如何様にも変えられる。
他の役者を足蹴にするような主演女優には王妃役は不適格だと、観客に思わせればいい。


つまり――」


 全員、集合。手招きして顔を寄せ合い、昨晩思い付いた策を伝える。

持てる武器、鍛えた力、学んだ知識――自分のこれまでの人生で培ったもの、仲間を含めた全てを使った戦略を説明。

大それた策ではない。一国を覆すほどの壮大なスケールはない。

これは女の子一人を助ける、子供のアイデア――


「馬鹿な!? 本当に可能だと思っているのか!」

「なるほど、流石は我が友。我々の世界の技術と文化を、この世界に持ち込もうというのか!? 素晴らしい……!」


 驚愕と賛同が場に湧き上がる。異世界側と地球側、ここまで反応が極端に分かれると小気味いい。

そしてカスミ達の反応を見る限り、今説明したような技術はこの世界にはないようだ。

ならば、予想外に劇的な効果を生み出す事が出来そうである。

――実にならなかったら、人生破滅だけどな……

葵と出逢って、楽観的に生きる術を学んだ。


「必要な機材は全て、俺が準備する。出来れば全て開発したいが……何しろ時間がない。
俺が製作している間、お前達は下準備にかかってくれ。

この作戦――下地が出来上がっていなければ破綻する。第一段階が一番重要だ。
宜しく頼むぞ、葵。そして、カスミ」

「荒唐無稽な作戦に、大勢を巻き込むつもりか!? 私の信用にも関わるんだぞ!」

「お前の信用を見込んで、作戦の大事な部分を任せたんだ。
盗賊団退治では、荒くれ者の冒険者や傭兵達を見事に仕切っていたじゃないか。
多くの人達から信用される実力が無ければ、大役は任されない。

船上での戦いを恥と思うのなら、名誉挽回して見せてくれよ」

「……お前、まさかそれで私にこのような役を――」

「他に任せられる人間がいないだけだ。この面々じゃあな……」

「ふっ、違いない」


 緊張感がどこか欠けている仲間達を見渡して、我らが護衛役は苦笑する。

荒唐無稽、確かに事実。現実主義の彼女が怪訝に思うのは無理もない。

俺だって自分の世界で実際に見ていなければ、その効果を疑っていたに違いない。

カスミのそんな心配を、御存知この男が笑って吹き飛ばした。


「ふふふ、話題作り・・・・は我輩の十八番。根拠のない噂話から誤報警報なんでもござれだ」

「駄目じゃん!?
最初は種をばら撒く感じでいけ。徐々に、人々の記憶に浸透していけばしめたものだ」

「任せろ、友よ。湾口・・、だな?」

「ああ、湾口・・だ」


 作戦を知る者達の合図で、無駄に元気な相棒が動き出す。

この船の船長や船員達から攻略するつもりなのであろう、部屋を飛び出していった。

呆れた顔で見送ったカスミは、やがて諦めたように息を吐く。


「仕方ない、私も今日から行動に移そう。どの道、お前の手配に関して調査が必要だったからな。
組合や教会への働きかけはやってみる。
必要な資材はお前から貰ったメモを参考に探してみるが……希望通りの品が用意できるとは限らないぞ」

「この世界に無い物かもしれないからな、代用できる物でかまわない。手持ちで出来るだけ賄う」


 他細々とした事を頼んで、カスミを送り出した。作戦に順じた彼女は頼もしい。

キラーフィッシュとの戦闘で負傷した事も、この作戦が成功すれば帳消しどころかお釣りが出る。

もう一人は心配もしていない。

あの男は適役、上手くいけば一日か二日で効果が出るだろう。


「キキョウとアリスは、今日から練習・・だ。ドジったら破滅すると思え」

「はーい! うふふ、こういうのやってみたかったんだ〜!」

「頑張りましょうです、アリス様!」


 ……実に不安だが、容姿だけは抜群な彼女達。

古今東西子供達に好かれる妖精に、国民に愛される麗しの姫君。

ボロを出さない事だけを、切に願っておこう――


「俺は科学者として研究に没頭するかな……ごめんね、氷室さん。
手配書が出ている以上、俺は表立って動けない。どうしても一人、助手がいるんだ」

「……いいえ。宜しくお願いします、先生」


 薄ら微笑んで、初めて冗談を口にした彼女。楽しげに見えるのは気のせいだろうか……?

その微笑みだけで、十分作戦の成功が実感出来た。


――小人の立ち回りを見せてやるよ、王妃様。


あんたは鏡でも見て、薄汚い企みをする自分に酔っていてくれ。

もうすぐ、本物の白雪姫を見せてやる。














































<第五章 その22に続く>






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