Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その1 予定
船上で苛烈な戦いを繰り広げた俺達。
河の暴君を危機的な状況の中戦略を仕掛けて、"術"の力で消滅させた。
重傷者は一名、怪我人数名(俺含めて)で、お客さんに被害が出なかっただけ成果はあった。
・・・俺達もお客さんなんだけど、一応。
考えるだけ無駄なのでもうやめたが、戦後の疲労は空しさを誘発する。
船医さんの優秀な腕で、カスミと俺は何とか回帰。
意識は取り戻したが、流石にカスミはしばらく療養が必要との事だった。
「・・・すまない。護衛役がこのような失態を・・・」
「気にするなよ、役目は十分果たしてくれた。
お礼を言いたいのはこっちだ」
「しかし、一刻も早くお前は――」
「あー、まあ早く元の世界へ帰りたいってのは確かだけど。
この世界についての情報収集や旅支度もしたいし、一度ゆっくり腰を下ろしたいと思ってたからな。
港町で宿取って、何日か休もう」
責任感の強いカスミを何とか説得して、骨休めの期間を設ける。
我が身を顧みないのが、この麗しき女性冒険者の弱点だ。
俺達とは基礎体力そのものから違うが、放置出来る怪我でもない。
船での戦いで氷室さんも疲れているだろうし、次の町で骨休みしよう――
セイロン大陸の西に位置する国『フレーバーティ』。
長雨事件の街『ラエリア』から船を渡り、対岸の街『セージ』へようやく俺達は辿り着いた。
港町セージはラエリアより規模が大きく、観光街として賑わいを見せている。
この街はラエリアの港口を長雨事件によって、最近まで封鎖されていた。
港町として多大な悪影響があったのではないかと内心危惧していたが、その心配は杞憂に終わった。
カスミの前情報にもあったが、この街には有力拠点が存在する。
『冒険者案内所』に『協会』、そして『市場』。
大陸から集まる流通品は経済と人口力を高め、冒険者や術者をも広く受け入れる。
港封鎖のマイナスを差し引いても、過疎化には至らなかった理由が此処にあった。
とはいえ、港の解放は何よりの朗報。
長い苦難を終えて、ラエリアより初出航した船は大勢の人々で迎え入れられた。
何しろ、突発的に発生したモンスター襲撃事件の後だ。
航海の異常はセージ側にも伝わっていたらしく、上陸の際本当に大変だった。
何処からどう話が伝わったのか知らないが、俺達の事が知られていた。
長雨事件と襲撃事件、この二つの苦難を解決へ導いた冒険者――
葵は喜びそうな(実際喜んだ)称号は、事件解決の立役者となった俺達を早々に解放してくれなかった。
何しろ船長さんを筆頭に、船員達や話を聞いたお客さんにまで感謝の礼をされた。
こういった熱波は容易く人々に伝わり、港に出向いた人達にまで噂の的にされる。
普段対応してくれるカスミは、怪我人で無理が出来ない。
どうしたもんかと悩んだが、結局こういう場で頼れる奴は一人しかない。
「船を救った功は囮役を務めたお前にある。
今回のヒーロー役は任せたぞ、葵」
「と、友よ・・・・・・そ、そのような名誉な称号を我輩に・・・・・・
お前という奴は――!!」
何やら感動して飛び出して行ったので、俺達は全てを奴に押し付けて船から下りた。
他のお客さん同様の手続きと、荷物の積み下ろし。
バイクをあまり人目に晒したくなかったので、人ごみにまぎれて港から離れた。
周囲は演説を始めた葵に集中している。
・・・あれだけ大勢の人間の前で堂々と自慢話が出来るあいつは、なかなかの大物だとは思う。
その情熱と心意気のベクトルを、もうちょっと一般的に変化させてほしいと心から願う。
一応、別れ際に船長さんには一声はかけた。
「申し訳ないですけど、後頼みます。怪我人連れて行くので」
「・・・助けて貰った恩は忘れねえぜ。船が必要な時は一声かけてくれ」
事情を理解してくれたのか、船長も強引に引き止めたりはしなかった。
男らしい豪快な笑みを浮かべ、簡単に別れを済ませる。
――船長の船に乗る事は、もう無い。
俺達の旅は一方通行。
終着点へ辿り着けば、その先は懐かしくも遠い故郷。
今まで通りの日常が待っており、この不安定な生活は終わりを告げる。
元の世界へ――その思いは、今も尚変わりはしない。
魔法紛いの術やモンスターが平然と蔓延り、科学の一切が無いこんな世界に未練も無い。
俺はただ一礼して、そのまま別れた。
何も言えずに。
出会いと別れを繰り返すこの旅に、ほんの僅かの価値を抱いて。
最後に振り返りし河はどこまでも広く・・・・・・偉大だった。
港を離れて、街中へ。
負傷しながらもしっかりとした足取りで歩くカスミの案内で、まず宿場へと向かった。
広く、活気のある町並みだった。
往来の人々が特徴的で、さまざまな人種が居る。
服装や装備・荷物の違いだけでも沢山の違いが見出せるが、髪の毛や瞳・肌の色の違いにもやはり驚かされる。
此処は日本ではない、地球でもない。
人種差別は一切無い俺だが、人間としての一つ一つの違いは新鮮で目を惹かれる。
同じ一つの国でも色々な人達が居て、それぞれの世界と生活を持っている。
この世界は俺には合わないが――文化の深さには敬意を払えた。
そんな俺が挙動不審だったのか、カスミに咎められて説明したところ、
「・・・向こうからすれば、お前が奇異に見えているだろうな」
相変わらず洋服を着て、バイクを転がしている俺。
――なるほど、嫌に目立っているのはその為か。
愛想笑いを浮かべてみると、思いっきりギョッとした目で見られた。
人一倍変人の葵が居ればましかもしれないが、あいつは港で演説。
もう一人の人外魔境は、今頃事情聴取を役人から存分に受けているだろう。
俺が船長に通報した為だ。
上陸した途端連行されて喚いていたが、暴れだすと厄介なので逃げてきた。
仮にも船を救った功労者の一人。
情状酌量の余地はあるし、あの不遜な根性があれば平気だろう。
・・・・・・うむ、そう考えてみると今は平和だ。
厄介な連中が居ない。
休養するには、今がぴったりだ。
俺は気分が晴れるのを感じながら、悠々とした足取りで平和な街中を歩いていく。
青い空が――とても気持ちよかった。
<第五章 その2に続く>
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