Ground over 第四章 インペリアル・ラース その20 上陸
戦場が河の底に沈み、船上に平穏が戻る。
船長の指揮下の下舵取りは滞りなく行われ、乗客の対応も万事うまくいったそうだ。
戦後の事後処理までは面倒見れなかったが、船員達の働きぶりは優秀で一安心だった。
戦いに慣れていない上に、最前線で戦った疲労が一気に出て俺は医務室送り。
怪我は軽傷ですんだが、身体中ガタガタで立てなくなっていた。
ベットに寝かされたカスミの横に陣取って座り、俺は気だるい身体を休める事にした。
「流石に疲れているようだな、友よ。怪我は大丈夫か?」
「・・・・・・それは俺がお前に聞きたい」
グッタリする俺とは違って、相変わらずの腐れ縁は呑気な顔で立っている。
皆瀬葵、今回の戦いの第二功労者だ。
フェイトが攻撃の要、葵は作戦の要。
船の安全と攻撃の比率を効果的に高める上で、一番危険な囮役を担ってくれた。
結果あの危険な肴は灰燼と化し、葵もその余波をモロに食らった。
食らった筈なのに――
見る限り重度の火傷も見えず、露出した肌に簡単に包帯が巻かれているだけだ。
疲労で立てない俺より、はるかに顔色も良い。
本当ならその苦労を労うのだが、今いち感謝と気遣いの念が浮かばない。
一応、聞いてみる。
「――平気なのか?」
「ふふふ、妖精の力は偉大なるぞ友よ。
キキョウちゃんに治癒を願い、無事我輩は生き残る事が出来たのだ。
正に人知を超えた奇跡。
身をもって体験出来た事に喜びを禁じえない」
――そっか、あの蚊トンボって確か治癒の力もあったんだよな。
召還だの何だのと失敗例が多いので、すっかり忘れていた。
それにしたって、鮫を凌駕する大きさの魚を瞬時に炭化させる火力があったんだぞ。
生き残っただけでもびっくりなのに、傷も残らないとはどういう事だよ。
妖精の治癒力が優れているのか、この能天気の体細胞が異常なのか――
何となく後者の予感がして、俺は現実逃避したくなった。
まあいい。
そもそも俺の作戦の甘さで怪我をさせたのだ、責め立てるのが明らかにおかしい。
無事なだけでも喜ばしい。
ありえない話だが、また何か危険な戦いに巻き込まれたらその生命力を活用させてもらおう。
「氷室女史は部屋に戻ったのか、友よ」
「大丈夫って言ってたけど、休息は必要だろ。俺達と違って騒動に慣れていないしさ。
船員さんに頼んで、特別に部屋を間借りさせてもらった」
「うむ、適切な処置だ」
互いに無事を喜び合い、話が済んだ後に氷室さんを部屋へ返した。
戦いに慣れるのは嫌な感覚だが、俺と葵はこの世界の騒動に順応しつつある。
しかし氷室さんには縁の無かった世界であり、彼女自身静けさを好んでいる。
戦いの合間はともかく、終わった以上は落ち着いて休息を取って欲しかった。
・・・この辛い旅は、まだ先があるのだから。
そこへ医務室の扉が開く。
「ふん、貴様らの品の無い顔は見たくも無いな」
なら、戻ってくるなよ。
本人の強い要望で、氷室さんを部屋まで送り届けた人外が帰ってくるなり悪態をつく。
「氷室女史は無事に?」
「当然だ。触れる者は俺様が八つ裂きにしてくれる」
お前が一番危険だよ。
キキョウに送らせたかったが、あいつは持ち前の救護心を発揮して船内の手伝いに行っている。
戦いで役に立てなかったから、せめて今だけでも何か力になりたいと言っていた。
・・・そこで何故俺の許可を求めるのか分からんが、どうでもいいのであいつの好きにさせてやった。
俺は疲労困憊、葵は治療中。
それでフェイトに任せたのだが――送り狼にはならなかった様子なのでほっとした。
とりあえず、これで一段落だ。
「後は船の往くままだな」
「うむ、我らの戦いは見事勝利で幕を閉じた。
この船を救った救世主として、我輩と友はまた一つ歴史に刻んだのだ」
――嫌な予感がした。
「まさかお前・・・・・自分から宣伝とかしてないだろうな?」
「何を今更。
――当然、乗客の希望にお応えして我らの活躍ぶりを事細かく伝えてきたぞ。
大層、喜んでくれた」
「またそんな余計な事を!?」
自分の功績を自分で広めてどうする!?
乗客がこの船で起きた一部始終を聞きたくなるその心理は理解できる。
何がどうなったか、この船に何が起きたのか。
船長と船員の説明があったとしても、真偽が定かではないのだ。
戦いに身を置いた者が伝える生の感情は、鮮烈さを持って伝わったはず。
どうせ、全部ありのままに伝えたに違いない。
そんな時間が何時あったのか、問うだけ無駄だろう。
ああああああ、また頭が痛くなることをぉぉ!!!
厄介さはさらに加速する。
「貴様、俺様の功績を無視して自らを鼓舞するとは恥知らずな!
契約違反として、その無様な首をもぎ取ってくれる!!」
そういえば、
『皆感謝感激雨あられ、竜の一族を褒め称え、あんたの勇姿に涙するだろうな』
って、俺が言ったんだよな。
「ふ、龍殿は謙虚というものを理解しておらぬようだな?」
「き、貴様俺様を侮辱・・・・・・」
「真の英雄は己が行った所業を自ら語らぬもの。
その器の広さを示す事が、この世界に己を誇示することに繋がるのだ!!」
「そ――そうか!
く、俺様とした事が危うく無様を晒すところであった!
感謝するぞ、人間よ」
いやいやいや、おかしいから。
謙遜するくらいの謙虚さが必要なのは、むしろ葵。
噂を広めている時点で、自分の主張を覆しているじゃないか。
それに気付かず感銘を受けているフェイトも馬鹿だ。
この戦いも名誉と誇りをかけて戦ったんじゃなかったか、そこの龍。
馬鹿同士、熱い笑みを浮かべて握手なんぞ交わしている。
理解不能な男の世界に、俺は目を背ける。
もう勝手にやってくれ。
「ところで龍殿は、この船を下りた後何処へ?」
葵にとって何気ない質問だったのだろう。
フェイトは当たり前のように答える。
「当然、后と共に新婚旅行に出る」
――ちょっと待て。
自分勝手な妄想に、俺は猛然と反論する。
「氷室さんは俺達と旅するんだ。何でお前が出てくる」
「ふん、我が花嫁もそれを望んでいる」
「氷室さんに聞いたのか、ちゃんと?」
「――きっと、承諾するに違いない。
俺様の・・・・・・誇り高き一族の実力者が求婚するのだ。
断る理由はないだろう」
・・・むしろ承諾するポイントって何処だよ?
顔はいいかもしれないが、性格が大いにマイナス。
高度な術を構成する頭脳はあるけど、根本が馬鹿。
結婚すれば絶対に不幸になる典型的な相手だ。
・・・大事にはするかもしれないけどな。
とにかく、このまま連れて行かれてたまるか。
「とにかく、あの人は駄目だ。諦めろよ」
「ふん、貴様の出る幕は無い」
愚かな人間の言うことなんぞ聞けるか、とばかりに鼻を鳴らす。
人が穏便に説得しているのに、この態度。
――仕方ない、か。
「・・・・・・分かったよ。じゃあ船から下りてから話をつけよう。
今氷室さんは疲れて休んでいるし」
「よかろう。くくく、蜜月が俺様を待っている・・・・・・」
フェイトは不気味な笑みを浮かべて、足取り軽く医務室から出て行く。
その様子を見守っていた葵は、俺に視線を向ける。
「どうするつもりだ、友よ? 考えがあるのだろう」
さすがに葵は俺の事を理解している。
俺が何の考えもなしに提案を出すはずが無い、と。
まあ氷室さんの意思は分からないが、十中八九断るだろう。
なら、後はあいつをどう排除すればいいかだ。
実力ではあいつが遥かに上である限り、力任せは無理。
だが――そんな必要も無い。
俺はあっさりと言った。
「次の街で、密航を役人にばらす」
「・・・・・・さすがだな、友」
――こうして船と仲間の安全を守り、俺達は新しい大地へと降り立った。
<第五章に続く>
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