Ground over 第三章 -水神の巫女様- その19 打ち上げ
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大雨の中、傘もささずに――この世界に傘はないが――集まる人達。
以前の召還よりもはるかに人が多く、俺達は注目されていた。
とりわけ、氷室さんに向けられる視線は濃厚だった。
「なんでそう余計な事ばかりに熱を入れるんだ、お前は!」
予定外に集まる人間をげんなりした顔で見ながら、俺は張本人を怒鳴る。
「何を言うんだ、友よ。伝説の語り手は本人ではない。
いつの時代も常に聴衆であり、一般人だ」
「俺が聞きたいのはそう言う事じゃない!」
「どの道、失敗すれば噂は広まる。
ならば成功を信じ、人々を安心させた方が良い」
「そ、それはまあそうだけど・・・・」
言い分はよく分かる。
氷室さんを水神の巫女だと勘違いしている人達から見れば、この町の救済はむしろ遅い方だ。
河の堤防も一部破損し、氾濫は時間の問題。
追い詰められた人々が縋れるのは、もう氷室さんと俺達しかいない。
「他の町の人間も来てるって話だが・・・・」
「この町は長きに渡る雨で港は閉ざされて、交流も途絶えている。
一刻も早い復興が必要である以上、より多くの人間に雨が止むのを見てもらう必要がある。
その上、前回の失敗の汚名も晴らせる。
一石二鳥どころではないぞ友よ」
「ほう・・・今回はなかなか考えるな―――っていうと思ったか。
本音は?」
「無論、我等の伝説の礎を築くゆえに」
・・・・結局、それか。
でも、葵の言い分も正しい。
雨を止めるだけでは、今後の町の復興にはならない。
荒れた港を修繕し、交流を復帰させて、寂れた町に再び活気を取り戻さなければいけない。
その為には、より多くの人間の協力が必要なのだ。
周辺の村々や国の援助も不可欠だろう。
その為の観客であり、強烈なデモンストレーションになる。
葵の狙いは的を射ている。
成功が大前提だが―――
「・・・ふう」
ちょっと混乱してしてしまったが、冷静に考えれば俺にとってもチャンスだ。
この世界の人間に、科学の偉大さを知らしめる。
魔法だのなんだの訳分からん力に頼るより、立派に成功できる事を証明しよう。
・・・い、一応魔法にもちょっと頼ってはいるが。
観客の仕切りは町長さんとカスミに任せて、俺達は準備に集中する。
元々、そんなに大掛かりな作業ではない。
雨避けを用意して、ロケットをきちんと設置し、現在の雨量と風の向きをチェックする。
計算した出力ならば、この程度の雨風を潜って上空まで飛んでくれるはずだ。
そして―――準備は完了した。
「・・・・後は飛ばすだけだ・・・・」
何時の間にか、皆が俺の周りに集まっている。
雨に濡れた顔は皆引き締まっており、真剣そのものだった。
俺はロケットを固定して立ち上がり、キキョウに目を向ける。
「考えてみれば、お前とロケットじゃ速度が違いすぎるな・・・
上空で待機していてくれ。ポイントは丁度真上だ」
「はい、分かりましたぁ!
・・・ぜ、絶対の絶対に成功させてみせますからぁ!」
・・・震えているのは寒いからだけじゃないだろう。
俺はふっと笑って、少し乱暴に頭を撫でてやった。
「あ、あぅう・・・京介様・・・」
「緊張するな―――ってのは無理だろうけど、楽にいけ。
間違いがあっても、俺が一緒に謝ってやるから」
こんな言葉でプレッシャーを取り除けるとは思っていない。
自分でも陳腐だと認めいるし、、何より励ましなんて今までかけた事もない。
研究と探求に一身だった自分がこんな場面に遭遇するとは夢にも思わなかった。
この作戦に失敗すれば、非難は今までの比じゃない。
今度の今度こそ、町民も町長さんも俺達を許さないだろう。
理不尽ではあるが、誰のせいにしなければ収まらない程事態は悪化している。
俺に言える精一杯の言葉―――
こればっかりは、本心だった。
キキョウはごしごしと目をこすり、それでも赤くした瞳でにっこり笑う。
「ありがとうございます、京介様・・・・
私、そのお言葉だけで頑張れます・・・・頑張れますからぁ!」
そのまま透明な羽を羽ばたかせて、雨雲へと一直線に舞い上がっていく。
覚悟を決めたのか振り返る事はなく、その姿は小さくなっていく・・・・
俺はしっかりとそれを見上げ―――視線を外した。
後は信じるだけ―――
「・・・氷室さん、頼みがある」
「・・・?」
彼女を呼び寄せて、耳打ちする。
「俺が今からここにいる全員に説明をする。
それで――――氷室さんにロケットの点火を頼みたい」
「・・・私、ですか・・・?」
少し驚いた顔をする彼女に、事情説明をする。
「不本意だろうけど、氷室さんは連中にとって救いの女神なんだ。
氷室さんがロケットを点火すれば―――」
「・・・『奇跡』に見える、と」
察しがいいので話が早い。
水神の巫女が奇跡を起こして救った―――その方が体裁はいい。
ロケットの構造を科学のかの字も知らない連中に説明出来ないのは癪だが、手間でもある。
最初から最後まで巻き込んでばかりで申し訳ないが、早期解決には一番だと思う。
彼女のドレス姿もそれっぽいし、美貌や気品ある雰囲気が後押ししてくれている。
後は氷室さんだけど・・・・
「・・・分かりました」
「・・・いいの?」
最後の念押し。
氷室さんは俺に顔を向けて、静かに頷いた。
「・・・・私で、その役目が果たせるのなら・・・・」
「何言ってるんだよ。氷室さんだからこそだ」
断言する。
他の誰にも任せられない、氷室さんだからこそだ。
氷室さんは俺の言葉に―――
「・・・・そうですか・・・・」
――――え?今・・・
「友よ、そろそろ始めよう」
葵の言葉にはっと現実に帰る。
気付いた時には氷室さんは俺から離れ、ロケットの前に跪いていた。
・・・・今微笑んだ・・・・よな?
少しの間俺はぼんやりと佇み、踵を返して観客の前に立った。
表情は様々。
期待している者、疑っている者、半信半疑の者、諦めまじりの者――――
よく見ると武装した人間や旅衣装に身を纏った者、何かローブをつけた者までいる。
他の村の人間・・・?
今は気にしている場合じゃない。
俺は咳払いをして、大勢の前に立って声を張り上げた。
「皆さん、聞いてください。
今より儀式を行いますので、決して俺より後ろには立ち入らないで下さい!」
儀式とか大袈裟に言わないと、物珍しさで近付いてくるかもしれないからな。
俺は後一言、付け加える。
「今日で――――雨の日は終わりです」
その言葉にどれほどの真実味があったのか、俺には分からない。
こんな若造の俺を、一度失敗した俺達をどう見ているかも知らない。
結局、全ては結果に過ぎないのだから―――
「5・・・・4・・・・」
そしてその結果は―――
「・・・・3・・・2・・・・」
―――数秒。
「・・・・いきます」
―――――!!!
「きゃあっ!?」
「おおっ」
「こ、これは――――!!!???」
点火されたロケットは広大な音と共に打ち上げられ、大空の彼方へと一直線に飛んでいく。
この場にいる誰もが固唾を飲んで、ロケットの軌跡を目で追う。
やがて俺達の希望を載せたロケットは暗い雨雲に突き刺さり―――
瞬間―――――空が砕けた。
刹那白き光に満たされたかと思うと、中央に穴が生じ全体に亀裂が走る。
穴は周りを飲み込むかのごとくその範囲を急激に広め、全体を駆逐していった。
雲は爆ぜ、まるで役目を終えたかのように何も残さずに消えていく―――
観客はおろか、当事者の俺もただ呆然と見つめるしか出来ない。
やがて残されたのは―――
「・・・・・日・・・だ」
天頂に輝く眩しい陽射しだった。
<第四章 水神の巫女様 その20に続く>
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