Ground over 第三章 -水神の巫女様- その4 お願い事
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降りしきる雨は今だに止む気配は見られない。
空は濁った雲に覆われて、街中に激しい豪雨を降らせている。
そんな雨天の中での話し合いもなんなので、俺達はとりあえず移動する事となった。
鎖の事やカスミの含みのある言葉が気になったが、その辺も事情を聞けば分かるだろう。
大勢押しかけてきた住民達はかえって邪魔になるので、カスミがひとまず解散させた。
話を聞くのは一人でいいという事で皆も納得し、住民の先頭にいた口髭がなかなか似合っている町長を名乗る人がその役を申し出てくれた。
住民達も俺達(正確には葵一人)が引き受けた事で安心したのか、重ねてお礼を言って去っていく。
まだ希望に添える事が出来るかどうか怪しいのに、住民達の信頼が痛い。
まあそんな事を言っていても仕方がないので、依頼人である町長さんの家へと向かった。
「ふむ、なかなか立派な建物ではないか」
既に数時間は雨の中を歩いているにも関わらず、葵は元気そのものだ。
町の住民の助けを引き受けた事での高揚もあるのだろう。
葵の言う通り、町長さんの家は二階建てのなかなか立派な建物だった。
そんな葵の感嘆が聞こえたのか、町長さんは振り返ってにこやかに言った。
「もう数十年になる古い家で恐縮ですが、どうぞご遠慮なくお上がりください。
今御身体を拭く物と暖かい飲み物を用意させますので」
冷え切った身体にコーヒーという誘惑は、本能レベルで飛び付いてしまった。
町長さんの好意に素直に甘える事にして俺達は家の中へ入らさせていただくと、正面口でエプロンを着けた女性が出迎えてくれた。
そう言えばさっき用意させ「ます」って言ってたな・・・
若いながらに品のあるその女性は町長さんの奥さんらしく、人数分の乾いた布を用意してくれた。
別に拭ける物なら何でもよかったのだが、布はまるで洗ったばかりのように真っ白でちょっと恐縮してしまう。
もっとも躊躇っていたのは俺ぐらいで、他の連中は無造作に拭いていたのだが。
湿った服も脱ぎたかったが、流石にそこまでは出来ないので着たままで一応水分は拭き取る。
てっぺんから爪先まで綺麗に拭き終わった後、俺達は客室に案内された。
「雨の中大変だったでしょう。ごゆっくりしていって下さいね」
客室は奥さんの趣味か町長さんなのかは分からないが、どこかほっとする家庭的なインテリアで構成されていた。
素材や家具は変容的な物もあるが、違う世界に来た以上文化が違うのは当然である。
そんな事よりも自分で見て感じて良いと感じた人が多いかどうかで、インテリアの価値は決まる。
中央のテーブルには人数分のコーヒーが用意されており、湯気をほんのりと漂わせていた。
俺達は進められるままにソファーに座って、コーヒーをいただく。
煎れ立てのコーヒーは、この世界に来る前によく飲んでいたインスタントコーヒーとは別格の美味さがある。
ルーチャ村を出立して殆ど腰を落ち着ける事もないままにこの町へ来たからな・・・・
しばしの間誰もが無言で休息していた時扉が開いて、対面に町長さんが座った。
「お待たせ致しました。着替えていたもので、遅くなりまして」
「いえ、俺らこそ何から何まで気遣いありがとうございます」
冷えた身体にゆっくり染み渡るように、コーヒーの温かみが広がっていく。
出来ればくつろぎたい気分だったが、まず話を聞く事にしよう。
俺は飲み終わったカップを置いて、くつろいだ姿勢のまま町長さんに話し掛ける。
「で、早速出すけど俺らに助けて欲しい事って言うのは?」
俺としては今でもあんまり関わりたくはないので、早期解決出来る頼みならいいのだが・・・
そんな腹積もりでいると、町長さんは少し沈んだ表情を見せてゆっくりと口を開いた。
「実はあなた方に・・・・
いえ、そちらにいらっしゃいます妖精様にお願いしたい事があります」
「わ、私ですかぁ!?」
さっき群集の視線を一人で集めていた事を思い出したのだろう。
俺の服を固く握りながら、キキョウはやや怯えた様子で町長さんを見ている。
妖精様ね・・・・
普段のこいつには似つかわしくもない呼び名に、俺は背中がむずむずしてくる。
「キキョウに頼みとは、もしや彼女の力を?」
力?
カスミの問いかけに俺が眉を潜めると、町長は重々しく頷いて答えた。
「はい!
何卒そのお力で、水神様のお怒りを鎮めて貰いたいのです!!」
・・・・・へ?
「水神・・・?」
「・・・様?」
葵と俺の言葉が重なる。
またそんな非科学的な・・・・・
内心呆れている俺とは裏腹に、キキョウは素っ頓狂な声をあげる。
「す、水神様をですか!?私にはとても無理ですよぉ〜!!」
「そこを何とかお願い致します!!」
「おいおい、二人ともちょっと落ち着けって・・・・」
盛り上がる二人に、水をさす俺。
「無理です、無理ですぅ!
私の力で水神様をお呼びするだけでもとてもとても・・・・・!!」
「このままでは町が流されてしまいます!
そうなればどれほどの被害が出るか・・・・・・・
どうぞ、お願い致します!!」
・・・・無視しやがったこいつら・・・・
「いや、だからお前ら・・・・・」
「うえ〜ん、そんな事言われても・・・・・
水を体現するお力を持つ水神様には私の力なんて及びませんよぉ!」
「私達には生活がかかっているんです!
これまで名の通った冒険者様やお国にも対策をお願いしたのですが、とても無理だと跳ね除けられました。
もはや頼れるのは貴方様しかいません!!」
「聞けよ、お前ら!!!」
『ビクっ!?』
ふう、やっと落ち着いたか・・・・・・
勢いに乗ってテーブルを思いっきり殴りつけた拳を背後に回しながら、俺は町長さんに顔を向ける。
ちょっと引きつった顔をしているのは気のせいだろう。
「とりあえず全然話が見えないんで、最初から事情を説明してくれませんか?」
水神だかなんだか知らないが、背後関係も分からないのでは協力しようがない。
カスミなら知っているのかもしれないけど、当の本人は静かに事の成り行きを見ているままだった。
葵に場を任せると意味分からん方向に走りそうなので、俺が話の切り出しをお願いする。
町長さんは白熱してしまった自分を恥じるように咳払いをして、現状を説明していった。
「話が突然すぎましたね、すいません・・・・・
皆さんはこの街『ラエリア』を隔てている『アゲラタム河』についてご存知ですか?」
「アゲラタム河?」
名前には心当たりはないが、恐らくはカスミが言っていた河の事だろう。
俺が指摘しようとした時、横から葵が身を乗り出した。
「カスミ殿よりお聞きしています。何でも船で渡るとの事だそうで」
葵の言葉に、町長さんは頷く。
「ええ。このラエリアはそもそも『アゲラタム河』を行き来する言わば発着場として生まれました。
『アゲラタム河』は橋を渡すには余りに広大すぎるのです」
なるほど、先程聞こえたあの膨大な水の流れる音にも納得である。
「湖とかじゃなくて河なんでしょうだろう?そんなに広いんですか?」
「現在操行速度が発達した船を利用しても、片道だけで半日はかかってしまいます」
船を利用しても半日!?
いったいどれほどのでかさなのかは聞きたくもないな・・・・・
とは言え、ありえない規模だとまでは思わない。
現に俺が住んでいた地球では、確か世界最高で全長6千qを超える河がある。
「アゲラタム河は大陸でも有数の広さを持つ河だ。
その為にこの街に来て船に乗り、アゲラタム河を観光しようとする人間が集まってくる。
ラエリアはそうして繁栄していったんだ」
町長さんの説明を、カスミが補足する。
カスミが切符を取らなければいけないと言ったのも、船を利用する人間が多い為に何本もの便がある為なのだろう。
つまり、ラエリアはアゲラタム河を中心とした港町なのだ。
「じゃあ船を渡った先にも街があるって事か」
「そう、我々が目指す王都もその先だ。距離的にはまだまだ先だがな・・・・・
だからこそ、河を渡るために港へと向かったんだ。
もっとも、何故か封鎖されていたようだがな」
あ、そういや鎖で何故か通せんぼしていたな・・・・・
思い出していると、町長さんが途端に表情を暗くする。
「・・・・事の発端は二ヶ月前です。
その時は町は何事もなく平和で、船の行き来も盛んに行われていました。
・・・お昼頃より雨が降り始めるまでは・・・・」
「雨、といいますと?」
コーヒーカップを傾けつつ、葵は尋ねる。
「はい、その時はにわか雨でして私達もそれほど気にはかけませんでした。
ところが一日経ち、二日経ち、一週間以上過ぎても雨は止むどころか日増しに強く降り続けたのです。
私達も次第に不安になり天候の回復を案じたのですが、雨は止みませんでした。
アゲラタム河も水量も増して流れも急速になって、船の運行も見合わせるざるをえなくなりまして・・・・」
何気なく窓から外を見ると、まだ雨は降り続いている様子が見える。
ま、まさか・・・・・・・
「ひょ、ひょっとして・・・
この雨、ずっと降ってるのですか!?」
「・・・・はい。我々もほとほと困り果てております・・・・」
困るのは当然だろう。
二ヶ月以上も雨が降り続いたら河が荒れまくるだろうし、日常生活にだって支障は出てくる。
特に観光をメインにしているこの街には、船が利用できないのは経済的にも大打撃だろう。
これはまさに・・・・・って、もしかして・・・・・・・
「え?じゃあ水神がどうとかって言うのは、まさか・・・・・・」
「はい、水神様がこの雨をひき越しておられるのです。
私達は・・・・神の怒りを買ってしまったんです!」
そう言って嘆き悲しんでいる町長さんに、俺はため息をつくしかなかった。
どうやら、早期解決は望めないようだ・・・・・・
<第三章 水神の巫女様 その5に続く>
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