Ground over 第三章 -水神の巫女様- その3 奔流
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前門の虎・後門の狼という言葉があるが、今の状況も似たようなものかもしれない。
俺達が進む先には進入を拒む鎖が左右に張り巡られていて、後方には老若男女含めて数十人が詰め掛けている。
何の用事なのかは分からないが、住民達の顔には必死な形相が浮かんでいた。
まるで俺達を絶対に逃がさないとばかりに、完全に退路を塞いでいる。
「大勢で我々を取り囲むとは穏かではないな・・・」
普通なら突然数十人に囲まれたらびっくりするとか動揺するとか何か反応があるものだが、そこは我が腐れ縁。
全く臆する事もなく、堂々とした態度で大勢の前にふんぞり返っている。
まるで自分には何の非がないとばかりに胸を張っている葵に、住民達は恐れをなしたかのように一歩下がった。
まあ、確かに俺達には何の後ろめたい事は何もないのは事実である。
この町に来たのは今日は初めてだし、この世界に来て何か悪事をした覚えもない。
「街中を歩いていた時から見られていたのはともかく、こんな風に取り囲まれるとは思わなかったな」
「うむ。ひょっとすると・・・・・」
「何か心当たりでもあるのか?」
俺が知らないだけで、こっそり何かしたのかもしれない。
行動はいつも共にしているが、こいつの場合影で何を知ているか分かったものじゃないからな。
俺が疑いの目を向けると、葵は得意げに腕を組む。
「やはり先の我々の盗賊団退治の噂を耳にして、こうして歓迎してくれているのだ。
うむ、結構結構」
「何が結構結構だ。歓迎してくれる人間が雨の中取り囲んだりするか」
「突然の訪問だったからな。
本当なら総出で準備をして出迎える所を雨だったので、やむなく集まるだけに留めたのだろう」
駄目だ、この男。
ここまでプラス思考で発言されたら、まるで俺が間違えているかのような錯覚に陥ってしまう。
こんな馬鹿はほっておいて、常識人と話す事にしよう。
「カスミ、何か心当たりはあるか?」
小声でそっと呼びかけると、カスミは一目ちらりと俺を見て下がっていろとばかりに手をやる。
ふむ、俺は元々交渉事や荒事には慣れていないのでここは任せる事にしよう。
男の面子とか妙な意地を張る気はない。
自分がリーダーぶるつもりもないので、任せられる人間に任せるのが合理的である。
そのまま俺が下がると、カスミは住民達へと一歩踏み出して口を開いた。
「初見とお見受けするが、私達に何か用か?」
ぐだぐだ不平や苦情を言わず、端的に用件を聞く。
一番話が進みやすく、相手側の反応を促すにはもってこいの聞き方だ。
感心していると、キキョウが肩に乗ったまま俺の耳元で囁いた。
「京介様、京介様」
「何だよ?」
「あの人達、私の事じっと見ていますぅ〜」
キキョウの怯え声に並ぶ人々を順に見やると、確かに全員が全員俺の肩に視線を向けている。
敵意のようなものは感じないが、人々の瞳には好奇心と畏怖らしき感情が映っている。
俺がキキョウに初めて出会った時もきっとこういう目を向けていただろう。
自分の想像や人知を超える存在というのは、得てして不可思議な扱いをしてしまう。
「お前、やっぱり何かしたんじゃないだろうな?この町で迷惑をかけたとか」
「やってませんよぉ!私はこの町に来たのも初めてなんですよぉ〜」
「噂ってのは広まるからな・・・・」
「まるで他で悪さをやったみたいな言い方は止めてくださいよぉ!」
半泣きになって、キキョウはぶんぶん羽を振って俺に抗議する。
ここまで言うからには、本当に何もやっていないのだろう。
ならば、こいつらのキキョウに向ける目はいったい何を意味するのだろうか?
カスミの呼びかけから数秒間流れ、それまで沈黙を守り通してきた連中の一人が恐る恐るといった様子で返答してきた。
「あ、貴方達は冒険者の方々か?」
あれ?この声、さっきの・・・・・
目を向けると、気弱そうな眼差しを向ける男の姿が視界に入った。
先程葵に制止を呼びかけた声と同じである。
俺達とそれほど年齢差はないだろうが、嫌に辛気臭い顔をしているのが印象に残った。
「ああ、それが何か?」
カスミの淡々とした言葉には、どうして突然取り囲んだのかという詰問の意味も込められていた。
若いながらに荒くれ男達のリーダーを勤めていたカスミである。
声の重みや、威風堂々とした態度に一般人にはない威厳があった。
男はひるんだ様子で顔を引いたが、何とか気合負けせずに更に言葉を口にする。
「そ、そこのあんたが肩に乗せているのは・・その・・・・・
もしかすると、よ、妖精ではないか・・・・?」
男の質問にキキョウは明らかに怖くなったみたいで、俺の背中に素早く隠れた。
まったく、臆病な奴だな・・・・
俺は一つ嘆息して、問い掛けてきた男に投げやりに答えた。
「虫みたいに鬱陶しい奴だけどなんか妖精らしいな、これ・・・・
よかったら、あんた引き取ってくれないか?」
俺の素晴らしい提案にいち早く反応したのは当人だった。
「ひ〜ど〜い〜で〜すぅっ!私は京介様のお力になりたくてご一緒してますのにぃ〜」
恋人のいない独身の若者なら一発で落せそうな程の健気な言葉だが、生憎俺は見掛けの可愛さに騙されない。
こいつが常識を超えた人外である事に変わりはないからだ。
「お前のせいで俺は今苦労しているんだぞ!
いいじゃないか、新しいご主人様の元で更生して来い」
「私は京介様のお力になりたいんですよぉ〜」
「そんな事言われても、今のところ全然役に立ってないからな」
「うぇ〜ん、これから一生懸命頑張りますからぁ〜!」
「髪の毛を引っ張るな、こいつ!!」
泣きながらしがみ付いて来るキキョウに、俺は追い払おうと懸命になる。
何とか手を伸ばして捕まえようとするが、キキョウはしっかり俺の髪を掴んで離さない。
こ、こいつ・・・こうなったら無理やり!
「あ、あの・・・・・」
俺とキキョウが攻防戦を繰り広げていた時、横合いから男の声が飛び込んでくる。
しまった、すっかり忘れてた。
俺は苦笑いを浮かべながら、ようやく捕まえたキキョウを差し出した。
「そうだったそうだった。こいつの引取りだったな。
お金を取ろうなんて言わないから、遠慮なく連れて行ってくれて・・・・」
「お願いがあります!!」
「へ・・・・・・?
お、おい!?」
声をかける間もなく、男は勢いよくその場に座り込み頭を地面にこすり付ける。
突然の事態に混乱していると、男はすっかり濡れきった頭をそのままに勢い込んで叫んだ。
「この村を救ってください、お願いします!」
「お、おいおい!?と、取り合えず顔をまず上げ・・・」
「お願いします!!」
「いや、だから顔を・・・・・・・」
いきなり土下座されるなんて経験は人生初めてである。
頼られるのは悪い気はしないが、いきなり村を救ってくれとか言われてもかなり困る。
俺は男の顔を上げさせようとしたが――
「わたしからもお願いします!」
「妖精様、この町を救って下せえ!」
「このままじゃこの村は河の底になってしまいます!」
男に伝染したのか、次々と他の町の人達までその場で土下座をし始める。
何?何?何がどうなっているの!?
数十人いる住民達が地べたに這い蹲って、振り仕切る雨の中で必死に助けを求めている。
町を救ってくれ、だと?
特に不穏な気配もなさそうなこの町で何かが起きているのだろうか?
・・いや、待て待て!落ち着け俺。
旅の資金は前回の仕事で十分潤っている以上、厄介事にわざわざ関わる必要はない。
俺たちは慈善事業を行っている訳でもなく、悪を退治する勇者様ご一行でもない。
元の世界に返る、ただそれだけのために旅をしているだけだ。
土下座してまで助けてほしいというからにはよっぽどの事情があるのだろうが、助ける義理はないだろう。
可哀想な気もするが、カスミを除いて俺達は所詮冒険者まがいの素人である。
こういう事態にはもっと適任がいる筈だ。
俺はコホンと咳払いをして、口を開いた。
「あなた方は運がいい。
自慢ではありますが、我らは近隣を騒がせた盗賊達を退治して多くの人達を救った英雄です。
困った時はお互い様。
我々でよろしければ、話を伺いましょう」
「・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・誤解なきように、先に言っておこう。
俺が今やった事はというと、口をパクパクさせただけである。
断りを口にしようとした俺よりも早く、大馬鹿野郎が一人平伏したままの面々に優しく語りかけたのである。
「本当ですか!?」
「ありがとうございます!ありがとうございます!!」
「お礼は必ずさせていただきますから!!」
ああああああ、引き受けた事になってる!?
ここで「生憎ですが断らせていただきます」と言える程、俺は度胸のある男ではない。
「はっはっは、人助けというのは気持ちがいいものだな友よ」
「お前、一回死んでこい!」
俺は憎たらしい程爽やかな笑みを浮かべている葵を迷わず叩き倒した。
これで完全に引っ込みがつかなくなった・・・・・・
「よかったですね、京介様。皆喜んでくれてますよぉ」
「能天気にそう考えられるお前が羨ましいよ・・・・・」
嫌な予感が現実となってしまった。
俺は肩を落として盛大に溜息を吐く隣で、同じく喜びの喧騒に明け暮れる面々を見てため息を吐いているのが一人。
「・・・・苦労が絶えないな、お前たちと一緒にいると・・・」
「・・・・文句はあいつに言ってくれ」
こうして、俺達はまた何やらややこしい事件に巻き込まれたのであった。
<第三章 水神の巫女様 その4に続く>
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