Ground over 第三章 -水神の巫女様- その1 雨
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ザーザー、ポタポタ
「友よ」
「何だ、葵」
何となく言いたい事は分かるが、俺はあえて促した。
「ずっと気にはなっていたのだが」
「おう」
「勇者の偉業に相応しい第一歩として活躍したルーチャア村を出て、もう数時間になるな」
「色々と言いたい事はあるが、まずはお前の話を聞こう」
「村を出てからというものどんどん雨がひどくなっている気がするのだが、俺の気のせいだろうか?」
畳み掛けるように、幌のぶつかる雨音は激しさを増している。
葵の言う通り、村の滞在していた時はあれほど快晴が続いていた天気が現在は完全に崩れていた。
幸いにも歩きの旅ではないので都合が悪い事はないのだが、小雨から大前へと移行されていくのは困る。
「ぽつ、ぽつと降り始めて、急にザーザーになりましたですねぇ〜
雨の日は洗濯物が乾かないので困りますですぅ」
キキョウは雨の中懸命に頑張ってくれている馬達の背中に乗りながら、外の様子を見ていた。
羽や身体に雫がぽたぽた落ちているが、本人は気にしている様子はない。
むしろ見当はずれな事を言っている虫よりも、完全にボトボトなのに微動だにせずに馬を操っている従者に尊敬の念を送りたい。
雨が止むまでは場所を止めてもいいと言ったのだが、いいですよと言って今も頑張ってくれているのだ。
「天気予報でもあれば、村から出るのを遅らせたんだけどな・・・」
望んでも仕方がない事だが、改めて自分が異世界にいる事を痛感する。
科学技術が全く発達していないこのふざけた世界では、天気を観測する衛星なんぞ未知の未知だろう。
「天気・・・予報?何だそれは?」
それまで黙っていた一人の女性は、俺に怪訝な顔をして視線を送っている。
カスミ=メルレイト、この世界での女冒険者だ。
俺達が解決した盗賊団退治での関連で仕事を共にし、本当なら依頼が完了した時点で別れる筈だった。
でもどうしても俺が別れるのに納得出来ず何とか説得して、王都までの同行を引き受けてもらえる事となった。
かなり強引な手段だったので、かなり揉めたのは秘密だ。
「俺達の世界では明日とか一週間先の天気が分かるんだよ」
「一週間先の天気をだと!?日々変化する天候をどのように予測できるのだ?」
かなりのカルチャーショックを受けたのか、カスミは身を乗り出すようにして俺の説明を待っている。
事件の後から傾向は見られたが、カスミは少し変わった気がする。
俺達がカスミと出会ってからの期間は、決して長いとは言えない。
友好関係を結んでいた訳でもないし、仕事中もほとんど話すらしなかった。
まあ、事件でのトラブル関連でちょっとあった事はあったが・・・・
紆余曲折をえて、こうして一緒に旅をする事になって少し俺との距離が近くなった気がする。
親しみやすくなったとでも言うのだろうか?
案内所での敵愾心剥き出しに比べたら、格段の進展だ。
「そこはお前、科学の勝利ってやつだ。
所詮この世界の術なんてものは、科学には叶わないんだよ」
俺が得意げにそう言うと、カスミは冷たい視線を向けてくる。
「その術のせいで苦戦したお前が言える台詞ではないな」
「お前だって勝てなかっただろうが!?」
「私はあのまま戦っても勝てた。お前の奇策に頼るまでもなくな」
・・・前言撤回。
こいつはやっぱり前のままだ。
まったく、これっぽちも、ぜんぜん変わってなんていない。
カスミはなにやら小さくため息を吐いて、自分の荷物袋を漁った。
しばしして何やら棒のような物を取り出して、俺に手渡す。
「何だ、これ・・・・って、これは!?」
俺は驚愕交じりにそれを見つめる。
デザイン性のない細い棒。
だがその先端には紅々とした石が埋め込めれており、鈍い輝きを放っている。
「そうだ、あの盗賊のお頭が持っていた物だ」
「どうしてこんな物、お前が持っているんだ?」
確か戦闘が終わって、身柄を拘束する際に親玉から取り上げた筈だ。
てっきり村の連中がどこかに保管したか何かだと思っていたのだが。
「村長に直々に頼まれたのだ。
『結晶石』が付与されている杖を自分たちが持っているのは危険すぎるから私に処理してほしい、と。
まさかお前たちと同行する事になるとは思っていなかったからな。
案内所の主人にでも渡そうと思ったのだが、お前に預ける」
結晶石?
結晶なのにどうして石なんだとか聞きたい事はあったが、それよりも発言の内容自体に俺は驚いた。
「俺に!?どうしてだよ」
確かに杖を解体して、研究したい気持ちはむらむら湧いてくる。
だが、この杖は大勢の人間を吹き飛ばした道具でもあるのだ。
流石に自分の好奇心を優先させる訳にはいかないだろう。
「その杖は術者でなくても、コンティネル・エナジーを利用できる。
結晶石そのものに力が備わっているんだ。
その威力は、お前がその目で見た筈だ」
力を発動できる?
つまり、この石はコンティネル・エナジーの文字通り『結晶』であるという事か。
「なるほど、正に魔法使いが持つ杖という事だな」
葵は何やら感心した様子で話を聞き入っていた。
こいつの頭の中には黒いローブを身に付けた杖を持つ老婆の姿があるに違いない。
俺は葵を無視して、カスミに続きを促した。
「つまり、その杖があれば俺でも力が使えるって事だろう。
なら尚更どうして俺にその杖を渡すんだ?」
別に悪用するつもりは微塵もないが、力を使えるという誘惑は人間には誰でも持っている。
触ってはいけない物には触りたくなるのが人間の心理だ。
俺は自分が特別だとは思っていない。
自分がこの杖を持って、誘惑に勝てるかどうかは自信なんぞない。
俺の気持ちを察したのか、カスミは表情を緩めて穏やかに言った。
「お前は無関係になった筈の村人達を助けようと懸命になった。
それも命懸けで、だ。
そんな男がむやみやたらに力を悪用する事はないだろう。
それに・・・・」
「それに?」
カスミは瞳を閉じて、幌にもたれかかった。
「処分はお前に任せる。いらないのなら、捨ててもかまわない」
俺の判断次第という事か。
俺は杖を手に持って、よく観察してみる。
大勢の冒険者達の命を奪い、盗賊達をのし上げた杖。
この杖はきっと今までたくさんの命を奪ってきたのだろう。
それは分かる。
しかしこの杖はあくまで道具なのであり、結局は使用者に責任がある。
例えば核爆弾にしても作ったのは人間であり、使うのも人間なのだ。
俺は決心して杖を受け取って、自分の鞄にしまい込んだ。
「分かった、俺が預かるよ。
葵みたいな奴が持ったら大変な事になるからな。
俺がしっかり監督しておけば問題ないだろう」
「ふ・・・」
俺がそう言うと、カスミはどこか納得したように口元を緩める。
「何やら心外な事を言われたな。我輩がそのような愚考を犯すとでも思ったか!」
「ほう、じゃあお前だったらこの杖をどう使う?」
「うむ。その杖はかなりの破壊力を持っている。
ならば!凶悪なモンスターを退治して、我等の名を一層・・・・・・」
「その時点で駄目じゃないか!」
俺は葵の演説を電光石火の手刀で黙らせる。
「むう、ほんの冗談ではないか友よ」
「お前の発言は冗談に聞こえないんだよ!」
やっぱり俺が持っているのが一番だな。
俺は葵が悪用しないように、しっかりと自分の鞄に保管する事にした。
こいつは好奇心で何をするか見当がつかんからな・・・・
そんなこんなでやり取りをし、やがて馬車内は再び雨音のみで満たされた。
どうやら雨はまだ止みそうにない。
「・・・・このまま雨が続くとまずいな」
「?どういう事だ?」
いつのまにか、カスミが幌の外を覗き込んでいる。
気になる発言内容に俺が耳を傾けると、カスミは厳しい表情をしたまま言った。
「河が増水する可能性があるという事だ」
「河?」
河なんぞどこにあるんだ?と言いかける俺に、今まで無言だった従者が口を開いた。
「後数時間もすれば分かりますよ。あの町につけば、ね」
俺達が今向かっている町『ラエリヤ』。
王都までの通過点の一つなのだが、どうもまた何かややこしい事に巻き込まれそうな不安が芽生えた。
<第三章 水神の巫女様 その2に続く>
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