Ground over 第二章 -ブルー・ローンリネス- その17 契約
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「どうしても行ってしまわれるのですか?」
「好意に預かりたいのは山々なんだけど、こっちも急ぎの旅だからな。
いつまでもゆっくりはしてられないんだ」
天高く日が昇りし時、俺達は村の外れまで来ていた。
以前、盗賊達への村の防衛線であった木製の柵が名残惜しむかのように引かれており、
皮肉にも街道と村を仕切るラインとなっていた。
街道沿いにはいつぞや俺達が村を去った時に乗った馬車が再び迎えに来ており、
あの時の卸者さんが優しい笑顔で、こちらの出立を見守ってくれている。
途中下車した時はかなり困惑していた様子だったが、どうやら村長が説明してくれたようだ。
また再び乗せてくれるようなので、本当に良い人である。
「悪かったな、急の出発なのに馬車まで手配してもらってよ」
「いいえ、そんな!京介さん達にはどれほど僕たちがお世話になったことか・・・・
本当にありがとうございました!!」
ソラリスは背筋よく伸ばしてお礼を言って、ぺこりと頭を下げた。
俺は苦笑して手を軽く振って、周りを見渡す。
出発、それが俺達の決めた選択だった。
戦勝祝いと結果的に盗賊達を捕縛した俺達の恩返しを兼ねてのパーティを行ってくれるとの事だったが、
俺は気持ちだけ受け取って丁重にお断りする事にした。
勿論急いでいるからという言葉には嘘はない。
まだまだ王都への道程は果てしなく、そして遠い。
それに王都に到着したからといっても、無事に元の世界に戻れるかどうかも保証はないのだ。
こちらの世界と俺達の世界との時間の繋がりは分からないが、この世界に来てもう随分経過している。
時間の流れがもし同じであるのならば、このままだと何ヶ月経過するか分からない。
そうなると俺達はあっちの世界では行方不明者になり、警察に連絡される恐れがある。
俺は両親はいないし、葵は放任主義なので大丈夫であったとしても、大学はそうはいかないだろう。
寛大に休学処分で済めばいいが、運悪ければ除籍扱いである。
葵は全然気にしてはいないようだが、俺はそうはいかない。
科学への探求のためには、大学・大学院でまだまだ勉強を積み重ねる必要があった。
断る理由はそれだけではないが・・・・・
「本当にありがとうございました。貴方様達の功績はこの村のみならず、近隣に長く語られる事でしょう。
またこちらへおいでの際には是非いらして下さい。
私たち一同、心から歓迎しますゆえ」
「気にせずともよい。我々は当たり前の事をしただけだ」
「いやいや、そんなご謙遜を・・・」
「はっはっは、なになに・・・・」
涙ぐむ村長に、何やら偉そうな態度で葵は答えていた。
俺達が出発すると聞いて、ソラリスだけじゃなくて村長も駆け付けてくれたのだ。
いや、村長「達」と言うべきだろうか。
俺は口元を緩めて、視線を向ける。
「元気でね、キキョウちゃん。辛い旅になっても泣いちゃ駄目だよ」
「えぐえぐぅ〜、本当にぃ〜、本当にぃ〜、お世話になりましたぁ〜」
「よかったらこれ持っていきな。今朝焼きたてのパンだよ」
「ありがとうございますぅ!京介様も葵様もきっと喜びますぅ」
「王都までしっかり頑張れや!京介に泣かされるんじゃないぞ」
「はいですぅ!しっかりお手伝いいたしますぅ!」
妖精キキョウを中心に、村人達のみならず冒険者達面々まで集まってきていた。
村に在中懸命に働いていた事もあってか、いつのまにかすっかり人気者になっていたようだ。
一応、見た目はマスコットみたいに可愛いからな・・・・・
わいわいと賑わう連中に俺は苦笑して見ていると、皆から外れて旅支度を整えている人間の姿が入った。
「あいつ・・・」
かつて盗賊団討伐のリーダーを務めていた冒険者カスミが、賑わっている皆から外れて一人でいる。
俺達と初めてあった時の装備に身を包み、手荷物を傍に置いてブーツを結んでいた。
俺が旅立つ決意を固めた理由の一つに、カスミがあった。
歓迎をよしとせずに、一人村から出立すると初めに決めたのはそもそもあいつだった。
さすがにあいつに去られて、俺達が賑わう訳にもいかない。
任を果たせない責任なのか、それとも皆と共にするのが苦手なのか。
そういえばあいつは村にいた時も部下達に命令や相談はしていたが、談笑している姿は見た事がない。
仕事に徹するといえば聞こえはいいが、あいつは他人を避けていたのではないだろうか?
別れの時なのに一人でいるあいつを見ていると、改めてそんな気がした。
そんな風に思っていると、ソラリスが俺の元へ駆け寄る。
「京介さん、またこの村に来て下さいね。
その時まで今度は僕がこの村を守り通しますから!」
しっかりとした表情で敬礼するソラリスは、もう立派な戦士のように俺は思えた。
初めは冒険者に憧れを持ち、カスミの部下についたソラリス。
だが、今は純粋にこの村のために使命感を燃やしている。
この純朴な青少年ならば、きっと命をかけて守り抜くだろう。
故郷のために懸命になれる目の前のこの男に、俺は賞賛と敬意をこめて握手を求めた。
「しっかり頑張れよ。この村はお前にかかってるんからな」
「はい、頑張ります!」
俺はこの世界へ来て、ソラリスに出会った事を決して忘れない。
握った男の手の平は鍛えられてごつごつとした感触があった。
「村長、私は先に失礼させてもらう」
「おお、カスミ様。本当にお世話になりました・・・・」
声に気がついて見ると、カスミ相手に村長が頭を下げていた。
そうか、あいつともいよいよお別れか・・・・・・・・
ぼんやり感慨にふけっていると、カスミがこっちを見てツカツカと歩み寄ってくる。
な、なんだなんだ!?今更何か文句でもつけようってのか!?
厳しい表情でこちらへと歩いて来たカスミだったが、俺の前へ来て手を差し出す。
え・・・・・・・?
「元気でな。元の世界へ戻れるよう願っているぞ、京介」
「あ・・・・・・・・」
こいつ、俺の名前を・・・・・
微笑みは美しさをより際立たせ、差し出す手のひらはほっそりしてとても綺麗だった。
俺はどぎまぎしながら手を差し出して、しっかりと握り締める。
美しく凛々しい女戦士。
だけど、こいつも俺と同じくらいの年齢に過ぎない一人の女なんだ。
考え込む俺の手を離して、カスミはその場を離れる。
そして冒険者達や村人達に一通りの挨拶を済ませ、荷物を片手に持った。
「では、失礼する」
そのまま外れへ行き、最後に皆に一礼してカスミは立ち去っていった。
振り返りもせず、別れも本当に簡単に済ませて、カスミは歩いていく。
俺はその背中を見つめ、じっと見送るしかなかった。
初めて出会った場所は案内所。
初対面から怒鳴りつけられて、人を不審者呼ばわりした嫌な奴だった。
でもその後仕事を紹介されて、面倒を見てもらって、村へとやって来た。
仕事に励むカスミ、昼夜休みなく頑張るカスミ、ボロボロになったカスミ、声を殺して泣いていたカスミ。
背中が遠のいていく―――
恐らく、もう二度と会う事はないだろう。
俺が求めているのは元の世界への回帰。
そして、この世界からの離脱なのだから。
あいつはどうするのだろう。また危険な仕事をするのだろうか?
また一人で戦うのだろうか・・・・・・ずっと、ずっと・・・・・・
「カスミーーーー!!!」
我知らず俺は声を張り上げて、そのまま背中へ向かって走る。
今までこれだけ夢中になって走った事はないだろうと思うくらい、頑張って走った。
「と、友!?どうしたのだ!?」
背中から珍しく葵のびっくりしたような声が聞こえるが、とりあえず無視。
俺はそのまま驚愕して振り返っているカスミの元へと辿り着いた。
「ちょ、ちょっとま・・・・ぜいぜいぜい・・・・・」
いきなり全力ダッシュしたお陰で、肺が酸素を急激に求めていた。
情けないと言うなかれ、日常より運動はすこぶる苦手なのだ。
「ど、どうした?まだ何かあるのか」
ややうろたえたカスミの声に、俺は呼吸を整えつつ顔を上げる。
何故呼び止めたのか、実は俺にもよく分からなかった。
いつもなら自分の行動にはいつもきちんとした理論と制御を行えるのだが、今は何にも考えていない。
ただ、去り行く背中があまりにも寂しそうだったから・・・・
俺は真っ白な頭を必死で働かせつつ、口を開いた。
「はあ、はあ・・・・お前、仕事は?」
「え?」
「次の仕事は決まっているのか?」
「い、いいや。これから探す所だ」
「そ、そうか、ならさ・・・・・」
色々考えた。
俺は走って引き返して、自分の手荷物を持って戻る。
そして慌ててごそごそと漁って取り出したのは、
「それはお前に渡した・・・・・・」
「ああ、今回の仕事の報酬だ。
相場では、一流の冒険者を護衛と案内に雇うのにこれで足りるか?」
「な、何だと!?まさか、お前」
言いたい事が分かったのか、カスミは驚いた顔をして目を丸くした。
俺は内心で満足感を覚えつつ、声を張り上げた。
「王都まで、俺達の旅に付き合ってくれないか」
口にして、初めからこの事は自分で用意していた。
何となくだけど、そんな気がした。
カスミは俺の依頼に驚愕の表情を崩さすに、小さく聞き返す。
「何故私に?その金があるなら、他の冒険者でも・・・」
「おいおい、そんな事言わせるかよお前」
「え、え?」
はは、カスミ。
今のお前の顔、リーダーの顔じゃないぞ。
俺は清々しい気分で振り返る。
葵が、キキョウがにこやかに頷き、そして他の皆全員が俺達を微笑ましく見ていた。
俺は言った。言ってやった。
この一流の冒険者に。
そして、今から始まる旅の同行者となってほしい女の子に。
「カスミ、お前と一緒に旅がしたいんだ。
馬鹿な奴等ばっかりだけど、よろしく頼むよ」
そう言って、俺は金貨の詰まった袋をそっとカスミの手を取り握らせる。
カスミが何か言おうとしていた。
顔を赤くして、頬を染めて、身体をもじもじさせて、眉を怒らせて、何か叫ぼうとしていた。
だが、言わせない。
俺はカスミが口を開くより先に振り返って、葵達を手招きする。
葵達は心得た様子で走り寄り、俺とカスミ二人の傍へとやって来る。
そして、俺は笑顔で連中全員に心から大声で叫んだ。
「じゃあな、皆!!!!!!!!!」
こうして、俺達は新しい旅路についた。
新しく得た一人の頼もしい仲間と共に・・・・・・・・・
<第三章に続く>
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