Ground over 第二章 -ブルー・ローンリネス- その11 決意
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「はふぅ〜・・・・ですぅ」
「はあ・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「はふぅ〜・・・・ですぅ〜」
「はあ・・・・・・・・」
・・・・う〜・・・・・・
「はふぅ〜・・・・ですぅ〜」
「はあ・・・・・・・・・・」
「ああ、もう!うっとおしいぞ、お前ら!!」
ただでさえゴトゴト揺れる荷台が乗り心地最悪なのに、後部席でため息なんぞつかれてはたまらない。
俺は上半身を後ろに向けて、悩める二人を見やった。
「さっきから聞いてれば、ため息ばかり吐きやがって。
何が不満だ、何が!」
そんな事は分かりきっている。
自分でも痛いほど分かっている事実なのに、俺は二人に聞いていた。
正直、二人が落ち込んでなかったら俺が落ち込んでいただろう。
先にやられてしまったので、俺はただ単に空元気を出しているだけに過ぎない。
「だってだって、これで本当にいいんですか!
私、何もお役に立てませんでしたぁ・・・・・」
「うむ。これではただのお払い箱だぞ、友よ」
キキョウに葵。
後部席で項垂れている二人の言葉を聞き、俺もそっとため息をついた。
ルーチャア村を出て、もう数時間になる。
村長さんの好意で無料で乗せていただいているこの荷馬車に乗り、
俺達は王都へ目指すために次なる目的地『ラエリヤ』へ向かっていた。
バイクを詰め込める程の容積を有しているのは結構だが、派手に揺れる振動は何とかならないのだろうか?
腰が痛くて仕方がなかった。
と、そんな事はどうでもいい。
「仕方がないだろう。俺達はもう用なしなんだ。
もともと雇われていただけでもラッキーだっただろう。
この世界じゃ何の役にも立たない、常識も認識していない俺達なんだぞ。
給金までもらえて、次の行き先まで送ってくれているんだ。いい待遇じゃないか」
もしかしたら、初めの高原で死んでいたかもしれない俺達。
それを取り立ててくれたのが観光所の親父と・・・・・カスミだったんだよな。
「しかしだ。これでは恩を仇で返した事になるぞ、友よ。
何のために我々が雇われたのか分からないではないか」
葵の言いたい事はよく分かる。
事件は結局何も解決していない。
襲撃は完全に防げたわけじゃない。村の不安は何も消えていない。
だが、これ以上俺達に何ができる?
俺はカスミとの最後の話を思い出した・・・・・・・・・・
「村を出て行けだと!?」
「ああ。その方がいい」
ひとしきり涙を流し、そっと離れたカスミは俺にそう言った。
うつむいているその表情は影で見えないが、辛そうな顔をしているのは明白だった。
「ちょっと待ってくれよ。盗賊達はどうするんだ?
あいつ等があれであきらめたと思っているのか!」
「思ってはいない。この次は面子にかけて、この村を襲撃し全てを陵辱するだろう。
今度こそ完全に壊滅するまで」
普段とは違う弱々しい仕草に思わず戸惑ったが、状況分析はできているようだ。
彼女の言葉は事実である。
実際に近くでこの目で見てやつ等が分かった。
あいつらはどうしようもない人間の屑である。
大勢の死傷者が出たのにもかかわらず,奴等は笑っていた。
カスミが捕まり無様な姿を曝け出しているのを、あいつ等は喜んでいた。
自分を常に優位にたたせ、他人を見下す事で自分をはやし立てているどうしようもない連中だ。
そんな奴等が反撃を食らい、のうのうと退却を余儀無くされた状態でそのままにしておく筈がない。
必ず奴等は仕返しにやってくる。
「だったら尚更・・・・!」
「俺達はいたほうがいい,か?
だったら聞くが、お前たちに何ができるんだ?」
「そ、それは・・・・だけどよ!」
「気持ちだけはもらっておく。だが、この先安易な正義感は邪魔なだけだ」
カスミの言う事は正しい。それは分かっている。
分かってはいるが・・・・・
「どうする気だ。次襲撃されたらもう・・・・・・・」
勝てないぞ、とは言えなかった。
今回の件で一番心を痛めているのは目の前のまだ十代の少女だ・・・・・
俺は躊躇していると、カスミは険しい表情を緩める。
「大丈夫だ。お前が心配する事は何もない。
この村は破棄される事になった」
「えっ!?」
破棄・・・・?
すると、もうこの村は無くなるってのか。
あっけない、あまりにもあっけなさ過ぎる結末に俺は呆然とした。
「明日の夜。奴らが体勢を整える前に村人は全員非難させる。
受入先はまだ決まってはいないが、全員が同じ場所というわけには行くまい」
「ばらばらになるって事か?」
「仕方がない事だ。我々の失態で引き起こしてしまった現実なのだから」
自虐的に小さく呟くカスミ。
彼女が笑顔でいる事が、俺には痛くて、哀しくて仕方がなかった。
常に冷静で厳しい顔しかしていなかった女リーダーが見せる、初めての笑顔なのに・・・・
「・・・・お前らはどうするんだ?
もう仕事は・・・・・」
「私達は・・・・ここに残る」
「な、何だと!?まさか、迎え撃つ気か」
この村へ留まれば、奴等の襲撃にあうのは確実である。
カスミはそれを狙って、片をつける気のようだ。
しかしそれは無理を通り越して、無茶苦茶な考えであった。
「お前、現実も見えてないわけじゃないだろうな!
全勢力をかけた戦いでも勝てなかったんだぞ!!
味方が半数以下しかない今の状態でどうやって勝てるんだよ!」
感情的になるのを抑えきれず、俺はカスミに詰め寄った。
「・・・・我々は冒険者だ。依頼された仕事は必ず果たせなければいけない」
「自分の命を引きかえにして、か。自己満足で自分を殺す気かよ!」
「お前に何が分かる。
この世界のルールも、常識も、何も知らないお前に・・・・」
「何も知らない?
ああ、その通りだ。その通りだとも。
こっちは関わる気もなかったし、無理やり来させられてウンザリしてたよ。
帰れるものなら今すぐ帰りたいよ!」
初めて、いや久しぶりだと思う。
考えもなしに、打算もなしに自分の意見を言うのは・・・・・
「だけどな・・・・・・
人が、知っている奴が死にそうになっている奴を見捨てられる程、俺は・・・・・
俺は・・・・腐っちゃいないよ」
悔しかった。カスミの言う事が正しいから。
そして意地を、信念を貫こうとするこいつを変えられない自分が何より悔しかった。
声を荒げて乱れた息を整える音が室内にしばらく響き渡っていたが、やがてカスミは口を開いた。
「・・・・心配をかけてすまない。
分かってくれとは言わない。だが、私はこういう生き方しかできない女だ。
課せられた責任を果たさなければ、私は私ではなくなる」
私が私ではなくなる?
言葉の意味が分からず問いただそうとすると、先にカスミはテーブルの上を指差した。
「テーブルの上に乗っている袋に金が入っている。
正式ではないが、お前達の今回の仕事の報酬だ。馬車も村長が手配している。
この町から出るんだ」
「・・・・・・・・」
「短い間だったが、お前には世話になった。
助けてくれた事、感謝している」
・・・・・何も言えなかった。
反論されないように金を用意して、全てのお膳立てを整えている。
自分の仕事に、危険に、俺達を巻き込まないようにしている。
結局、最後の最後まで俺はただの役立たずだったのだ。
黙って金を持つと、俺は無言で部屋を出た。
カスミの視線を感じてはいたが、俺は一度も振り返れなかった・・・・・・・・・
結局、俺達はそのまま村を出て行った。
見送りに来てくれたのはソラリスと村長の二人。
寂しい別れだが無理もないだろう。
逃げたと思われても仕方がないくらい、俺達はあっさりと村を出て行ったのだから・・・・・・・・
心が締付けられる程の沈痛な静けさが、荷馬車内を包み込む。
ゴトゴトと地面をこする音のみが響く中、葵がとつとつと語りかける。
「友よ」
「何だよ」
「お前は納得しているのか?」
「・・・・・・・・してたら、こんなに悩みはしない」
納得出来るほど器用だったら、未練もなく何もなく俺はとっとと去っていた。
少なくとも襲撃前まではそう思っていた。
「・・・思えば、お前と俺がこれまで色々とやらかしたな」
「大半はお前が原因だけどな」
学校をサボって遠出するのは当たり前やってきたし、科学実験のために無茶して怒られた事も多数。
トラブルある所に奴らあり、とか不名誉な看板をいただいたものだ。
俺はちょっと前まであった日本での出来事を思い出す。
「大人達に怒られた事は数え切れない程だった。
しかし、だ。
それはあくまで自分達が好きだからやった事だ」
「あ、ああ、確かにそうだ」
言いたい事が分からずに、俺は首をかしげながら同意する。
「友にしてもそうだろう。
超常現象をないがしろにして科学を推奨する行為はどうかとは思うが、
それでも友は最後まで自分が納得するまで勉強や実験はやっていたはずだ。
幾度失敗しても次はうまく行くといって、何度も何度も繰り返していた。
そうだろう?」
いつにない葵の真剣な表情に、俺は気落とされながらも頷いた。
同時に葵の言いたい事がはっきりとしてくる。
「可能性なんていうものは決まってはいない。
我輩もそう信じて、ずっとやってきた。
否!これからもやって行くつもりだ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「友よ。悔しくはないか?
窮地に陥った村も満足に救えない。いや・・・・・・・
自分の流儀すら満足に貫く事もできないこの世界に対して」
・・・・・悔しいさ。
あいつを、泣いていたあいつを満足に助けられなかったんだ。
でも俺達はもう・・・・・・・
そこへ話を聞いていたキキョウが、おずおずと俺に近づいてくる。
「京介様。あの、そのぉ・・・・・・・
私もこのままさよならするのは嫌ですぅ。
皆さん、とっても苦しんでおられましたぁ〜
悲しい人をこのままにしておくなんて、私にはできません」
ぽろぽろ小粒の涙を流して、キキョウは俺の胸にすがりついた。
小さなピンクの髪がしなびて元気なく垂れ下がっており、儚さすら感じられる。
「友よ・・・・どうする?」
「・・・・・・・・・・・・・」
俺は荷馬車の幌から顔を出して、外を見つめる。
流れるように少しずつ移り変わる光景は、一つ一つが生き生きと輝いていた。
久しく忘れていた日向の風景。
それは・・・・あの村の人達も同じだろう・・・・・・・
「・・・・いいか、よく聞け」
「京介様・・・・」
俺は二人の返事を待たず、二人を見ないままに、話を続ける。
「あの村は盗賊達のターゲットになっている。
次に襲撃されたら、今度こそ何もかもを壊されるだろう」
「・・・ああ、確かにそうだな」
「俺達が助けに行ったら、俺達だって狙われる。
奴らにとっては俺たちは同類だ。区別なんぞしない」
頼りになる討伐隊はやられた。カスミも重傷を負った。
「残っているのは非力な村人達に討伐隊の残存勢力のみだ。そのほとんどが怪我を負っている。
逆に向こうは三分の一程度にも減っていない」
首領の妙な力だってある。あれを喰らえば、数十人があっという間に消し飛ぶ。
「状況ははっきりいって最悪だ。希望もくそもない。
村人に残された道は逃げるか、死ぬかだ」
故郷を離れるか、盗賊達にやられるか。
どちらにしても、村人達は苦難の道のりしか残ってはいないだろう。
「戦いの素人が三人戻った所で、できる事なんぞ知れてる」
屈強な冒険者達が集まっていてさえ、守りきる事ができなかった困難な戦い。
俺たちが飛び込んで何になるというのだろうか?
「・・・でもよ」
俺はそこではじめて二人に振り返り、にっと笑った。
「このままなめられっぱなしってのも俺達らしくねえよな、葵」
「友!それでは!」
どうでもよかった。初めは本当にどうでもよかった。
仕事なんて嫌だったし、、この世界の事件にかかわるのも真っ平ご免だった。
でも、俺は大切な事を忘れていた。
それは案内所での親父さんの励ましであり、カスミの口利き。
ソラリスの差し入れの美味しいパンであり、冒険者達の暖かい迎え入れ。
たった一つの、ささいな関係でも、俺達は何人もの人に助けられてきたんだ。
恩がある限り、俺はもうこの世界に関係のない人間ではない。
だったら、する事は一つだろう。
「戻ろう、あの村へ。
そしてびしっと見せ付けてやろうぜ、俺達のやり方って奴をよ!」
いちいちレールに乗ったままずるずる決められた方向へ行くのは性に合わない。
俺は俺のやり方でやっていくのが一番だ。
決心が高まり、俺はリュックから荷物を取り出した。
<第二章 ブルー・ローンリネス その11に続く>
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