Ground over 第二章 -ブルー・ローンリネス- その10 去村
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この村に滞在したのはほんの数日程度に過ぎないが、随分長く住んでいたように感じられる。
今こうして歩いている廊下も初めこそ風変わりだったが、今はもう当たり前の景色だ。
元居た故郷である日本。
毎日が平和で穏やかだったあの日々が今は懐かしくもあり、切望せし居場所でもある。
この村に慣れれば慣れるほど、過ごせば過ごすほどに、昔は遠のいて行ってしまう。
俺は小さくため息をついて歩みを進め、一つの部屋の前に辿り着いた。
漆塗りの鮮やかな木目のドアの前で、俺はぼんやりと目の前を睥睨する。
『カスミ=メルレイト』、それがこの部屋の主の名前であった。
何やら話があるとの事だったので、俺は葵との話をそこそこにここまで足を運んできたのだ。
「話、か。怪我の具合は大丈夫なのかよ・・・」
あの悲劇の夜より、俺はカスミとは会ってもいないし、話もしていない。
色々と話したい事もあったのだが、彼女は信じられない程の重傷を負ったので会えないままだった。
敵の首領からの訳の分からない力による光の洪水。
俺の本の目の前で起こったその光は大勢の味方を紙屑の様に燃やし尽くし、カスミもまた・・・・
俺は首を振って、脳裏に浮かんだあの時の映像を振り払った。
今更悔やんでも詮無き事だ。
・・・・・もう終わってしまった事・・・・・・・
俺は一つ深呼吸をして、ドアを軽くノックする。
「・・・ドアは開いている。そのまま入ってくれてかまわない」
ドアの向こうよりややくぐもった声が聞こえてくる。
「分かった。じゃあ遠慮なくお邪魔するぞ」
思っていたよりも元気そうなカスミの声に少し安心して、俺はドアを開けて中に入った。
部屋の中に足を踏み入れて、ベットの彼女の姿に絶句する。
「済まなかったな。わざわざ来てもらって」
「い、いや別にいいけどよ・・・・・・」
俺は上ずった声をあげて、部屋の様子を一通り見渡した。
部屋の内装は俺が間借りしている部屋とまったく同じで、一つのテーブルに小さなタンス、
簡易ベットに淡いフレア模様のカーテンを有した窓が一つポツリと開いている。
彼女の部屋はテーブルや床下に書類が山のように積まれており、
たんすの上には焦げ果てて損傷の酷い鎧が置かれている。
俺の見る限り、もうこの鎧は主人を外的から守る役割は果たしてくれそうになかった・・・・・
「どうした?女らしくない部屋でがっかりしたか」
「馬鹿野郎。お前にそんなもん期待してないって」
俺は少々悪態をついて、ベットに横たわっているカスミを見つめる。
シーツからはみ出ている腕には白い包帯が巻かれ、痛々しく怪我を治療されている。
薄汚れたシャツからのぞかせる美しき肌にも包帯が巻かれ、肩には鎧の跡が薄黒く残っている。
全身大火傷の結果が目の前の彼女なのだろう。
厳しい女リーダーだった顔にも頬にカーゼが貼られ、表情にも張りがなかった。
「じっと立っているのもなんだろう。そこの椅子に腰掛けてくれ」
「あ、ああ・・・・」
カスミに促されて、俺は慌てて椅子に座った。
ふう、どうも調子が狂うな・・・・・
言いようのない気持ちがやりばなく、俺の胸をざわつかせる。
言いたい事は山ほどあったはずなのに、カスミの姿を見たら綺麗さっぱり忘れてしまっていた。
「怪我の調子はどうだ?」
あれこれ迷っているうちに出た俺の第一声は、当り障りのない質問だった。
「・・・悪くはない。あの妖精が必死になって治療してくれたからな。
全治二週間だそうだ」
全治二週間。長くもなく短くもない期間だった。
だがあれだけの重傷だったのにも関わらず、ここまで怪我を回復させたのだからたいしたものと言える。
あとでさり気なくあいつを誉めておこう。
「そっか。ま、命があっただけでもめっけもんだな。
あれだけぼろ雑巾みたいになっていたから、俺はてっきりそのままあの世行きと思ってたよ」
こみ上げる安心感も手伝ってか、俺は砕けた調子で喋った。
そのままいつものように強い反論がくるかと身構えていたが、彼女は予想に反して口元を緩める。
「お前が助けてくれたおかげだ。感謝している」
「えっ!?あ、うん、そ、そうか・・・・」
どうしたんだ、こいつ?
いつもなら『余計な事はしないでもらおうか』とか突っぱねるはずなのに・・・・
いつもとは違う柔らかい態度に、俺は戸惑いを隠せなかった。
「私が倒れた後も皆を率いて盗賊達を追い払ったそうだな。ソラリスから話は聞いている」
「別にたいした事じゃない。俺はただ援護しただけだ。後方支援としてな」
少し気取って、俺は何でもないという風に軽く笑った。
事実、俺はほとんど何もしていない。
死んだ人間を蘇らせる事もできないし、大勢の怪我人を助ける事もできない。
できた事はぎりぎり目の前のこいつを助け、盗賊達を混乱させたに過ぎない。
本当の意味で盗賊達を追っ払ったのは生き残った勇猛果敢な冒険者達だ。
俺がそう言うと、カスミは小さく首を振った。
「お前がいなければ、全員がやられていた。
無様に敵のいい様にされた女に比べれば、お前は立派に勤めを果たしたよ。
お前を見くびっていた事を詫びなければいけないな」
「どうしたんだよ?らしくないぜ。いつもならあれこれ文句を言うじゃないか」
自嘲気味に呟くカスミに、俺は眉をひそめる。
どうしたんだ、こいつは?
日頃は荒くれ男達の戦闘に立ってきびきび命令していた討伐隊を指揮する冒険者の姿はまるでない。
目の前にいるのはまるで・・・・・・
「らしくない?ふ、お前に何が分かる。
お前に私の何を知れるというんだ!」
がばっと起き上がって、俺の襟首を力強く握り締める。
こ、こいつ!?どこにこんな力が・・・・・ぐぐ・・・・
それまで和やかだった雰囲気が一転して、部屋中に緊迫感が覆い被さる。
「ろくに成果も出せなかった・・・・大勢の死者も出してしまった・・・・
私は責任すら果たせなかった!
こうして部下を大勢見殺しにして、私は生き残ってしまっている!!
おめおめと生き残ってしまったんだ・・・・」
「お前・・・・」
襟首を絞める力は緩み始め、カスミは力なく俺にもたれかかる。
「どうして・・・・どうして・・・私を助けた・・・」
言葉に威厳はなく、嗚咽が混じり始めるカスミ。
「私は討伐隊のリーダーだ。上に立つ者は少なからず責任はとらなければいけない。
前途ある冒険者を大勢死なせたんだぞ、私は!
皆、勇気がある強き者達だった・・・・才能だってあった・・・・
明るい未来を約束された者もいたんだ!
そんな彼らを・・・・私は・・・・死なせてしまった・・・・」
「馬鹿言うなよ!」
俺は肩を力強くつかんで、カスミの顔を上げる。
涙に濡れた瞳をじっと見つめて、俺は強く叫んだ。
「お前は精一杯やっただろう?ボスのあんな攻撃なんて誰も予想できるわけがない!
明らかにあのぼけ野郎が悪いだろうが、あれは!
お前の責任になんてなるわけがない!」
あまりにも弱々しい彼女が見ていられなくて、俺は心からそう言った。
誰の責任でもない。どうしようもなかった事態だ。
もし誰かに責任があるというのであれば、見ているだけだった俺にだって十分責任はある。
俺だって襲撃が起きていても、他人事のようにどこかで思っていた。
早く終わってくれと。自分を巻き込まないでくれと思っていたのだから・・・・・・・
カスミは静かに俺の言葉を聞いて、小さくうつむいて頭を振った。
「私は・・・リーダーだ・・・・・そして冒険者だ・・・
冒険者は依頼を受ければ、必ず果たさなければいけない。
責任を果たせない者に、誰もついてはこない。誰にも信頼はされない・・・・」
「それは・・・・」
カスミはこつんと額を俺の胸に当て、全身を震わせている。
目の前にいるのは厳しく他人と接する冒険者でも、責任を背負うリーダーでもない。
たった一人の・・・・・か弱い女性だった・・・・・
俺はそっと右腕をカスミの後頭部に回し、すっと抱きしめた。
何もいわず、ただ髪を撫でた。
「お前・・・などに・・・・同情など・・・・・」
「同情なんてしていない」
俺はきっぱりといった。
「俺はお前以上に非力だ。
だから・・・・お前はよくやったって俺は思っている。
他の誰が、例えお前自身が違うといっても俺の意見は変わらない。
お前は偉いよ・・・本当に・・・」
俺には決してできない事を立派にやり通したのだから。
自分では支えきれないであろう重責を抱えて苦しんでいるカスミに、俺はそう言って抱き締めた。
カスミは驚いたように身を固め、やがて小さく泣き出した。
胸の中で泣いている彼女に、俺は初めて女の子なんだと強く実感した・・・・・・
「お、友よ。戻ったか」
「京介様〜〜!!お会いしたかったですぅ!」
食堂へ帰ってくると、テーブルについて食事をとっているソラリスと葵、
そしてこちらへと羽ばたかせてうるうる瞳で迫るキキョウだけがいた。
俺はにっこり笑ってひょいと首を傾げると、耳元で風を切ってキキョウが通り過ぎていった。
「うえ〜ん〜〜、どうして避けるんですかぁ!?」
「突撃してきたからびっくりしたんだ。アー、コロサレルカと思った」
「そ、そんな事しませんよぉ!?」
あうあうと慌てて弁解するキキョウを、俺は苦笑まじりに下がらせる。
介護を労ってやろうと思っていたのだが、どうも俺はこいつと相手をすると素直に接する事ができない。
存在自体が怪しいからだろうか?
「京介さん、リーダーのお話ってなんだったんですか?」
姿勢正しく椅子に座っているソラリスが俺を見上げてそう言った。
ソラリスのの質問に、俺は黙って手に持っていた袋をドスンと置く。
「友よ、そのでかい袋は何だ?ずいぶんと重そうだが」
「・・・金だ。今回の仕事の報酬が入っている」
「ど、どういう事ですかぁ!?京介様」
キキョウが袋をまじまじと見つめながら詰問してくる。
俺は目を閉じて小さくため息を吐くと、葵とキキョウに静かに言った。
「俺達はクビになった。この村を今日限りで出て行く」
「何だと!?カスミ殿がそう言ったのか、京介」
目を見開いて、葵はガタンと椅子を鳴らして腰を浮かせる。
そう、これが・・・・・・・・・・・・・
「お払い箱だとよ、俺達は・・・・・」
・・・・・・・・・あいつの決断だった・・・・・・・・・・・
−数時間後−
俺達は・・・・村を後にした・・・・・
<第二章 ブルー・ローンリネス その11に続く>
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