Ground over 第二章 -ブルー・ローンリネス- その8 惨敗
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村の外は恐ろしい程の静寂に満ちていた。
先程まで荒れ狂っていたであろう剣激音や呼吸音すらもまるで耳に届かなくなっている。
聞こえるのは、自分のすぐ近くより流れるハア、ハアという息づかい。
それが自分の興奮と恐怖の混じった呼吸の音だと知った途端、俺はバイクのエンジンを漲らせる。
「冗談だろう・・・・何で・・・何でだよ!!」
バイクを走る道は舗装もされていないので振動が激しいが、気にしている余裕はない。
石や泥水を跳ね飛ばし、雑草や草鞋等を蹴散らして、俺はただ全力で村の外までバイクを走らせた。
無我夢中だった・・・・
なぜ自分がこうも興奮し、憤りを感じているのかは分からなかった。
いや、ひょっとすると何も分かってないのかもしれない。
ただ自分の目で見た見張り台での光景が信じられなかった・・・・・・・
「嘘だろう・・・・さっきまで勝ってたじゃないかよ!!」
盗賊達はもう完全に追い詰められた状態であるはずだった。
カスミが立案したは完璧に盗賊団を圧倒し、冒険者達の力量は村を脅かす闇を払うはずだった。
俺はただ見ているだけでよかったはずだった・・・・
何もせず、ただ見ているだけで・・・・ただ、村人達を励ますだけで良かったはずだった。
それでよかった。
だって、俺はこの世界とは・・・・この村とは何の関わりもないのだから。
「それなのに・・・・・なんで・・・・なんで・・・・」
バイクのスピードはぐんぐん加速し、流れるように景色は後ろへ遠ざかる。
やがて村の入り口を飛び出した頃自分の頬に、そして目元に熱い感触が流れるのを感じた。
俺は・・・・泣いている・・・・?
「何で・・・なんでやられるんだよぉ!!!」
この目に焼きつけられた無残な光景。
一人の男が振るう杖の先より生まれた輝かしい光が・・・・・・・・・
「くそ・・・・・お前らぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
俺はそのままバイクを急加速させて、戦場の真っ只中を正面から飛び込んでいく。
光が綺麗だと場違いにも思ってしまった自分がそこにいた・・・・・・
「な、何だてめえはぁ!?」
ハイビームのヘッドライトに目を奪われて、生き残っている盗賊達は向かってくる俺を呆然と見つめる。
俺は背中に背負ったリュックより、小型の筒を取り出す。
光に目を奪われた自分に華麗なるショーを見せるように、杖から生まれた光は大きさを増して・・・・
「邪魔だ、お前ら!!」
いくら野生で育ち鍛えられている盗賊達でも、時速60k以上のバイクの突進は止められない。
俺はあんぐりと口をあけて見つめる盗賊達を跳ね飛ばし、ふらつきながら戦場の中央へ向かう。
星のように夜の空を浮かび輝く光は、カスミ達の頭上を覆って・・・・・・
「うぅ・・ぐ・・て、てめえは・・・・・」
倒れている自分の仲間を、怪我をして苦しんでいる仲間から目を逸らして、俺は戦場の中央へやってきた。
バイクを急停止し、呆然と辺りの光景を見回した。
今立っているその場所はカスミが、そして杖を持つ男が対峙していた場所。
そして・・・・・無情の光がカスミ達を吹き飛ばした場所だった・・・・・・・
「う・・・・ううう・・・・・く・・・・」
目を覆いたくなるその現状は、見張り台から見た光景とは格段に違っていた。
プスプスと焼け焦げた音を漂わせる惨状。暗闇に目が慣れた者のみ見る事を許される光景。
そこには無残に身体を黒焦げにされた人間が無数転がっていた・・・・・・・
俺は嘔吐感と嫌悪感に体を震わせて、拳を硬く握る。
「何だ、貴様は。妙ななりをしているが、この死体どもの仲間か?」
後ろから降り注ぐ声に背後を振り返ると、杖の男が馬に乗っていた。
「・・・・お前がやったのか、これを・・・・・」
優越感からか、暗闇の中で勝ち誇った笑みを浮かべる男。
こうして身近で見れば本当によく分かる。こいつは性根が腐りきっている。
口元に浮かべる薄ら笑いも、馬上から自分を見下しているその態度も全てが不快に感じる。
「何をぶつぶつ言ってやがる。生意気に怒ってでもいるのか、おい」
「お前がやったのかって聞いてるんだよ」
自分でも驚く程、今の俺は冷めきっていた。
憤りが、悲しみが、恐怖が、凍りついた様に心に波風すら立たせなかった。
男は俺の問いにへっと口元で呟いて、尊大な口調で語り始める。
「俺らをそこらの夜盗連中と一緒にしたのがそもそも間違いだったな。
この『ブラッディー・ローズ』があれば、こんなクソ共もご覧の通りだ。
いい感じに焼き尽くしてやったからな。火葬代はサービスしておいてやるぜ、へははははは」
闇夜に吹きし風に流れ乗せるように、男の笑いは辺りに響く。
その笑いに便乗するように、周りにいた盗賊達も集まってくる。
「さすがですね、お頭。こいつら、一網打尽じゃないですか!」
「け、馬鹿な連中だぜ・・・・俺らに逆らおうとするのがそもそも間違いだって気がつかずによ」
「あの世で後悔してるんじゃねえか、あはははは!!」
俺の事など眼中にないのか、盗賊達は己の勝利を確信するように互いに笑いあっている。
口の中に苦い鉄分の感触が広がる・・・・
その感触で、自分が思いっきり唇を噛み締めている事に気がついた。
「村に雇われていた連中はもうほぼ全滅だな。残った残党どもを片付けるぞ!」
お頭と名乗るその男の声に、手下達は一斉に咆哮を上げる。
「頭、村の連中はどうしますか?」
「俺達に逆らったらどうなるか、他の村への見せしめにする。
全員殺せ。女、子供も残らずだ。金品類のまきあげは忘れないようにしろ。
こいつらを雇う程の金が用意されているはずだ」
・・・・殺す?村の人間も・・・・・殺す?
コロス、コロス、コロス、コロス・・・・・・・・・・・・・・
「へっへっへ、女は好きにしていいですかい?近頃日照ってまして」
嫌らしい舌で口元を舐めまわして、手下の一人が言うと頭もまたにやけた笑みを浮かべる。
「好きにしろ。だが、おいしいどころは取って置けよ」
「分かってまさ。初物がお頭の好みですからね」
「ち、そういや先程の青い髪の女はかなり上物だったな・・・・・あの女は生かしておくべきだったか」
・・・・・・カスミ!?
俺はばっと顔をあげて、焦げつかせている大地を必死で駆けずり回る。
「カスミー!!!おい、どこだ!どこだよ!」
「何だ、このガキは?おい、何をしてやがる」
盗賊なぞしった事ではない。
俺はただ彼女の無事を知りたくて、無事である事を祈って探し続ける。
光の中心に彼女がいた・・・・だったらもう・・・・・・
そう考えてしまう自分の理性を、今日ばかりは呪わずにいられなかった。
身体中が汚れてしまうことも省みずに、俺は地面をはいつくばって探し続ける。
そして、そんな俺を嘲笑うように盗賊の一人が下品な声で呼びかけてくる。
「おーい、お前が探している奴はこいつか〜」
「!?」
声に慌てて視線を向けると、そこには・・・・・・・・・
「ほう、『ブラッディー・ローズ』を食らってその程度のダメージで済むとは・・・・・
どうやらお前も持っているようだな」
「ぐ・・・・・くぅ・・・・・」
「カスミ!!」
大柄な盗賊の一人に無理やり吊るし上げられて、カスミが手酷い状態で晒されていた。
日向に麗しくなびかせていた髪は血で赤く染まり、異性を魅了する美貌は血と火傷で痛々しい。
身に付けていた堂々とした鎧も剥ぎ取られており、装備の下に隠れていた魅惑なスタイルが露になっている。
「お、お頭・・・・こいつ、いただいちまっていいですか?」
吊るし上げている男はカスミの全身を撫で回して、ニヤニヤ笑っている。
「そいつは攫え。なかなか調教のしがいがありそうだぞ」
盗賊の頭はつかつかカスミの傍に近寄り、彼女の整った上顎を持ちあげる。
「それにこの美貌に気の強い目。屈服させる時が楽しみだ」
屈辱と怒りに燃えた目を親玉に向けるカスミに、心底楽しそうに親玉は言った。
・・・・・その言葉に俺の中の何かがはじけとんだ・・・・・
「・・・・おい」
「うん?何だ、まだいたのか。
おい、お前ら。そこのゴミを片付けろ」
うっとおしげに俺を見る親玉に、そのまま視線を向けて言葉を続ける。
「十秒やる。そいつを置いて、とっとと消えろ」
俺の言葉に、親玉はおろか手下達まできょとんとした顔をする。
当然だろう、どうみても一般市民にしか見えない俺が盗賊達を脅しているのだ。
唖然とするのは無理もない。
そして、その油断が俺の起死回生への時間を与える事になる・・・・
「おいおい、お前頭は大丈夫か?」
「10・・・・9・・・・8・・・7・・・・6・・・・」
「はっはっは、こいつ本当に数えやがったぞ。馬鹿じゃねえのか」
はやし立てる盗賊たちを尻目に、俺は持っていた筒の上部にあるボルトを引き抜いた。
この距離からだと、「これ」を食らえばただじゃすまない。
「5・・・4・・・」
「どうやら仲間のピンチに頭がいかれちまったようだな」
無視して、カスミに俺は視線を向ける。
彼女は弱々しく、俺に向かって口を上下させている。
恐らく、俺に逃げろといってくれているのだろう。
まったく・・・・こんな時まで俺の心配しやがって・・・・・・
「3・・・2・・・・・」
「ち、めざわりだな。おい、とっととそいつを殺せ」
「へい!さあ、小僧遊びは終わりにしようぜ」
背後から男の声と何かを振りかぶる風の流れを首筋に感じる。
いつもなら恐れるか、さっさと逃げ出すかするだろうが、今の俺は別の感情で心は埋め尽くされている。
「1・・・・・・・」
あまり関係しないようにしようと思っていたんだが・・・・・お前らはやりすぎた!
俺は筒を軽くその場で投げて、その場に目を閉じて伏せる。
そして0。
「うぐわぁぁっぁーーー!!」
真昼のような強烈な閃光が筒より生まれ、その場にいた盗賊達の目をまともに焼き尽くす。
俺の世界で閃光弾と呼ばれる代物である。
こつこつと毎日改良を重ねていたため、発動に時間はかかるが威力は保証済み。
俺は目をやられた盗賊達の間を走り、ふらついている大柄の男を思いっきり蹴り飛ばした。
「ふげえっ!?」
仰け反って倒れる男はほっておいて、俺は離されて倒れているカスミを抱きかかえる。
ぐ、こいつ重いな・・・・・
「お、おまえ・・・・どう・・・し・て・・・」
「・・・・・・・・・・忘れたのかよ。
俺は後方支援。前線のお前らを助ける係だろう」
わざと元気付けるように明るくそう言うと、俺はカスミをバイクに乗せてその場から離れる。
そしてリュックから二、三個あの目覚ましと同じ火薬を仕込んだ玉を取り出して、大声で叫ぶ。
「いまだ、やれ!!!盗賊達は混乱している!!!」
離れていて無事であろう弓隊や生き残った人間に対して俺は呼びかけた。
と同時に、玉を盗賊達に向かって放り投げた。
嵐のような夜、最後の花火が盗賊達の頭上に轟音を立てて華を咲かせた・・・・・・・
<第二章 ブルー・ローンリネス その9に続く>
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