Ground over 第二章 -ブルー・ローンリネス- その7 悲劇
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・・・・・・・。
「・・・・・なあ」
「どうした、友よ」
「一つ聞いていいか?」
「む?何か疑問でも持っているのか、友よ。
今忙しい身の上ではあるが、耳をかしてやらんでもないぞ」
「・・・色々と指摘したい発言だがまあいいだろう。
俺達、今何をやっているんだ?」
「見て分かるだろう」
「まあ一目瞭然だけど、一応お前の口から言ってみてくれ」
「戦いの観戦だ」
・・・・・・・・・・・・。
葵の発言を心の中で何度も反芻し、俺は改めて口を開いた。
「もう一つ聞いていいか?」
「むむ?今日は好奇心旺盛のようだな、友よ。
ようやく未知なる現象について知りたいという欲が出たのだな。
なかなかいい心がけだ」
「そんな何万年経とうとありえない事は無視するとして、だ。
俺達があの女に命令されたことは何だっけ?」
「むう、記憶力が悪くなったようだな友よ。
若い内に頭を働かさないと老後がつらいぞ」
「その発言は誰かさんに後で思いっきり言ってやるとして、お前の口から言ってみてくれ」
「仕方がないな。我が英知の粋を極めている脳細胞によると、
『村人達の避難の誘導と護衛』を我らは任されているのだ。
今、我等が同志達やカスミ殿が第一線で熾烈な戦いを繰り広げている」
こいつ、すっかり冒険者の仲間入りをしてるし・・・・・
頭を抱えたくなりながらも気力を振りしぼり、俺は再び言葉を続ける。
「そうだよな。俺達はソラリスと一緒に村人の安全を最優先しないといけないんだよな」
「そうだぞ。実に大切な任務だ。我等にしかできないと言えよう」
「というか、俺達ができる範囲でやっとという気もするけどな」
「はっはっは。謙遜をするのは日本人の美徳の一つと言われているが、
たまには自分に自信を持つことは必要だぞ、友よ」
「お前の場合、どこからそんな自信がいつも沸いて出るのか不思議でたまらないのだけどな」
おっと、本題からそれてしまった。
俺はコホンと一つ咳払いをして、必死に双眼鏡をさっきから覗いている葵に半眼を向ける。
「で、今俺達は何をやっているんだ?」
「だからさっきも言ったであろう。戦いの観戦だ」
「それは思いっきり好奇心を満たすためだろうが!」
今、俺達は今まで仕事として使ってきた村の入り口に建てられている見張り台の上にいる。
本来なら静かな夜の刻が訪れているであろうこの村も、今ではただならぬ緊迫感が支配していた。
それもそのはず、以前より警戒していた盗賊団に現在襲われている状態であるからだ。
村の外では月明かりとかがり火が激しく瞬いており、その空間の中で攻防戦が行われている。
一方は女冒険者カスミが率いる討伐隊、もう一方は盗賊達だ。
「あのなあ・・・緊急事態っていうから、俺はわざわざ付いて来たんだぞ。
それなのに、やる事は高みの見物か」
「失敬なことを言うな。現状把握と言ってもらおう」
どこがどう違うんだ、それは。
日本語の使い方の便利さに、俺はため息をついた。
「ほら、いつまでも見てないで戻ろうぜ。村人に何かあったらどうするんだ。
俺達の責任になるんだぞ」
「村人への奇襲攻撃はない。そう言ったのはお前ではないか、友よ」
た、確かに俺はソラリスに対してはそう言ったけど・・・・・
俺は先程のソラリスとのやり取りを思い出した。
『緊急事態!?いったい何があったんですか、葵さん』
カスミ達と別れた後、俺達は村人を村の中心よりやや外れた避難所へ誘導した。
まず点呼を取り、村人全員の無事を確認した後で事情説明を簡単に行う。
そして、不安と恐怖に怯える人達を励まして落ち着かせた。
自分達の村の外で命運を左右する戦いが行われているのだ。怖いのは当然である。
俺にしてみても村人に『大丈夫だ、心配はない』と言いながらも不安はあった。
戦いについても満足に知らない、戦う術もない。
平和に慣れている俺にしてみれば、深層心理は村人となんら変わりはなかった・・・・・・
説明を済ませて、戦いが終わるまでの待機。
互いが互いを励まし合う村人をじっと見守り、息も詰まりそうな室内で俺はただ佇んでいた。
そこへやってきたのが葵の緊急事態発言だった。
『うむ、何やら我輩の腹の虫がずっと告げているのだ。
すぐに村の外の様子を見に行かなければいけないと』
『腹の虫が鳴っているんなら、ただ単に腹が減っているだけじゃないのか』
我ながら的確な指摘を、葵はこちらへ顔を近づけて一喝した。
『シャラップーーー!!友は感じないのか?勇者を呼ぶ魂の叫びを』
『いや、まったく聞こえないが』
『聞こえるか。そうか、そうであろうな。
やはり世界は、そしてカスミ殿達は我らを必要としているに違いない!
という事で、京介と俺で見張り台に行ってくる』
村人が動揺する事を恐れて、俺達は部屋の隅で話し合っていたが正解だったようだ。
この馬鹿の不用意な発言は混乱を招きかねない。
『ちょっと待て、俺も行くのかよ!?』
『あーー、だったら私も行きますぅ!!お手伝いしたいですぅ!』
『ちょ、ちょっと待ってくださいよ!?皆さんに行かれたら僕はどうすればいいんですか!?』
泣きださんばかりの表情で、ソラリスは俺の袖を強く引っ張る。
『だあああ!?ちょっと落ち着けよ、お前ら。話がまとまらん』
服がのびるのを恐れて、俺はソラリスの腕を無造作に引き剥がす。
もともと着替えは少ないのだ、これ以上汚されたり使用不能にされたりしてはたまらない。
『まず、葵!危険な予感がするって言ってたけど、本当か?』
『ああ、この真摯な瞳を見てくれ。これが嘘を言っている目か?』
『濁りきっているから判断ができんわ!』
『むう・・・我輩の情熱と正義に彩られた瞳が理解されないとは口惜しい。
だが、本当だ。我らは行かなければいけない』
うーん、日頃なら戯言の一言で片付けるのだが・・・・・
実は、俺自身が葵と同じように妙な不安にかられていた。
きっかけはカスミの別れ際の姿だった・・・・・・
あの時から言葉では表現しがたい、寂寥感の様な胸のざわめきを感じている。
もし、それが葵にも感じられているのだとしたら・・・・・ほってはおけないだろう。
少なくとも、ここでじっとしているよりは建設的な行動だと言えた。
『分かった。ただし、様子を見に行くだけだぞ』
『おお、それでこそ友だ!!』
『はーい!私も行きますですぅ!!』
『駄目だ。お前はソラリスとここで留守番しておけ』
俺がそう言うと、あからさまにがっかりした様子を見せるキキョウ。
殆ど涙目になって俺の方へぱたぱたと小さな羽根を揺らして飛んでくる。
『どうしてですかぁ!どうしてですかぁ!どうしてなんですかぁ!
私じゃ足手まといなんですかぁ!』
『うーん、それもあるけど』
『うえ〜ん!やっぱり足手まといなんですねぇ〜』
透明な涙をぽろぽろ流して、キキョウは俺の頬に擦り寄る。
まったく・・・・
『勘違いするな。それだけじゃない』
『え?』
『いいか、俺達のやる事は村人の護衛と安全、そして村人を精神的に支えないといけない。
お前は仮にも・・・・ものすごく疑問だが、村人にも人気があるし敬まられている。
ここにいて彼らを支えてやるのがお前にできる最上級だろう?』
『あぅ〜、そうですけどぉ・・・』
『そしてお前だって同じだ、ソラリス。村人達の為に頑張られるのはお前しかいないだろうが』
『で、ですが・・・・』
二人とも気丈にはしているが、俺と同じように不安はあるのだろう。
共に一つ屋根の下で過ごした仲間達を信じていないわけではない。
だが、それでも沸き起こる不安や恐怖。
それは原始的な人間の本能の中核にある感情であり、なかなかに拭えない代物だ。
『安心しろって。あいつらは決してやられたりしない。さっきも言っただろう。
それに別部隊が村に奇襲をかける可能性もないからな』
『どうしてそう言いきれるんですか?』
『そこまでする理由がないだろう。
こちらが盗賊達を待ち構えているのは悟られているにせよ、この村は裕福とは言えない環境下にある。
言い方は悪いけど、規模的にそれほど費やす程の村ではないだろうからな』
力を入れて攻めかかればかかるほど、逆に盗賊自体が損をするだけである。
だがソラリスには言えないが、一つだけあってはならない可能性がある・・・・・・
その可能性がない事を俺は祈らずにいられなかった。
『わ、分かりました。もし何かありましたら、いつでも声をかけてくださいね。
お二人ともお気をつけて!』
『おう、任せろ同志。さあ行くぞ、友よ』
『お、おい。そんなに慌てて出ていくなって!?』
・・・・・で、現在に至る。
「確かに安全だとは言ったが、俺達がここにいる理由はないだろう。戻ろうぜ」
結局、俺の心配は杞憂だった。
双眼鏡で一度だけ覗いて見たが、戦況は圧倒的にカスミ側が有利だった。
勢いこそ盗賊団は上だったが、対応策はすべて事前に張られている。
カスミが立てた作戦は完璧に功を奏しており、盗賊連中は浮き足立っていた。
「うむ、そうだな。念のために友ももう一度見てみるか?」
「うーん・・・ちょっとかしてくれ」
俺は葵から双眼鏡を受け取り、倍率を最大にして行われている戦場を見つめる。
そこはまさに血塗られた戦いの場であった・・・・・・・・・・
討伐軍の放つ弓矢がまともに胸に刺さり倒れる者。
騎馬する盗賊の馬上より突き出される凶刃により血を噴出して悶える者。
全てが異質で、全てがリアリティあふれる過酷な光景だった。
俺は思わず双眼鏡から目を離し、胸を抑えてその場に座り込んだ・・・・・・
「大丈夫か、友よ。顔色がよくないぞ」
「お、お前あんなのをよく冷静に見てられたな・・・・・・」
今が昼間ではなかった事に、俺は心から感謝した。
明るい場所でまともに正視していたら、俺はこの場で吐いていたかもしれない。
戦場にいるわけでもないのに、映画やテレビでは絶対に見れない人の死が感じられた。
「我輩も辛くない訳ではない。ただ、我らが同志達が懸命に戦っている姿を目に焼き付けたかったのだ。
短い期間ではあるが、寝食を共にした仲間だからな」
仲間、か・・・・・・
確かに不思議な縁で出会った人達だったが、悪い人間は一人もいなかった。
役立たずの自分達を追い出すわけでもなく、皆が俺達の事を親身に思ってくれていた。
あの女リーダーも・・・・・・・・・・
「・・・お前ってたまにいい事を言うよな」
「ちっちっち、我輩はいつでもいいことしか言わない」
「はいはい・・・・・」
俺は苦笑しながら、もう一度気を取り直して双眼鏡を目に当てる。
葵の言うとおりここで見届けるのも、また重大な仕事の一つだと思えたからだ。
凄惨な情景に俺は眩暈こそ覚えたが、懸命に一つ一つの光景を見つめる。
左右に双眼鏡を振って状況を見つめていると、華麗に剣を振る一人の剣士の姿が目に飛び込んで来る。
リーダーのカスミだった。
「あいつ・・・・・」
叱咤激励をするように果敢に仲間達に何やら叫びつつ、鋭い軌跡を持って剣を振るい続けている。
素人の俺が見ても分かるほどに彼女の剣の腕前は達人レベルだった。
騎馬上の相手すら素早いフットワークを持って、一気に間合いを詰めて致命的ダメージを与えている。
返り血で汚れてはいるものの、はまるで化粧をしたかのように壮絶な美しさがあった。
流石の盗賊団も恐れをなしたのか、全員が後方へ下がっていき・・・・うん?
「何だ、あいつ・・・・・?」
カスミ達の猛攻に残された全ての騎馬達が下がったかと思うと、群れの中から一人の男が出てくる。
結集して下がりつつある盗賊団の連中とは対称に、その男はどこか余裕を持った表情をしていた。
男はかがり火ですら寄せ付けない黒の装束に、手に大きな杖を掲げている。
あいつが盗賊団の頭なのだろうか・・・?
「友よ。さっきから熱心に見ているが、何かあったのか?」
「いや、なんか親玉らしい男が一人出てきた」
その男は盗賊達を全員下がらせて、自分だけ前に出てくる。
馬に乗って悠々とカスミ達の方へ進んでくるその男を警戒してか、カスミもじっと立って男を睨んでいる。
どういう事だ・・・?なんで連中を下がらせた?
一人でカスミを相手に決闘でもするのだろうか。
映画でよくあるシーンを思い出しながらも、俺は男の行動に大きな疑問を持つ。
やがて男は戦場の中央で馬を停止させ、手に持っていた杖を振りかぶる。
するとその杖は・・・・・・・・・・!?
「!?ま、まさかっ!?」
俺が思わず双眼鏡を放り出して、見張り台より大きく乗り上げて村の外を見る。
「ど、どうした友よ!?なにかあ・・・・・・・」
葵の言葉を遮る様に・・・・・・・
―オレンジ色の輝きが戦場を満たした―
「っ!!!!」
「ま、待て京介!何だ、あの光は・・・・・・・・」
俺はそのまま見張り台を一直線で降りて、地面に立った。
そして傍に置いてあったバイクにまたがってエンジンをかけると、そのまま村を飛び出す。
くそ・・・・くそっ!!!!!
嫌な予感って奴は・・・・・どうして当たりやすいんだ・・・・・・・・・・・
<第二章 ブルー・ローンリネス その8に続く>
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