Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その22 活力






 "蒼い目"のファイターラビット、討伐。その知らせが届いた時、俺は大きく息を吐いた。有利な戦局であったとはいえ、戦争は戦争。死人が出ずに済んで、本当に良かった。

博愛主義者を気取るつもりはないが、村の復興が目標である以上村の守り手を犠牲にするなどあってはならない。勝利で飾れたのは、村の今後にも良い兆しとなるだろう。


同時に、自分の仕事も終わった事を実感した。いや、ここは敢えて自分達と言うべきか。



「みなさーん、戦いは終わりました。カスミ様や冒険者の皆さんのご活躍で、モンスターさん達は退治されたんですぅ!」

『うおおおおぉぉぉぉぉーーー!!』


 万歳三唱する村人達。どの声も小さく、痩せ細った身体はふらついているが、表情だけは明るい。太陽の光を浴びて、死んでいた瞳にも希望の灯火が宿ったように見える。

胴上げとまではいかないが、雄叫びを上げる村人達の中央でキキョウが羽を広げて祝福の声を浴びている。本人は恐縮しながらも、本当に嬉しそうだった。

引き篭もり、現代病を克服した村人達。彼らを救ったのは間違いなく、彼らを想い続けた妖精であろう。科学の力はあくまで、貢献にすぎない。


謙遜するつもりはない。科学技術とは、人に密接して初めて有効的に活用出来る。異世界の存在であれ、村の復興を掲げる妖精の力になれたのなら本望だ。


「天城さん。お食事の用意をしたのですが、皆さんに振舞ってもよろしいですか」

「気が利くね、氷室さん。病み上がりだから、無理せず食べさせてあげて」

「はい」


 小粥やオニギリが定番メニューだが、異世界でも似たような食物は存在する。氷室さんは料理が上手で、異世界の素材を上手く調理して長旅の力となってくれている。

冒険者のカスミは料理こそ不慣れだが薬草などの知識は豊富で、旅の間も氷室さんに色々教えてくれている。今では、氷室さんがこのメンバーの調理担当であった。

村人達は氷室さんが調理した食事を、我先と争ってガッついている。胃が受け付けないかと思いきや、意外と元気であった。案外、引き篭もりなんてそんなものかもしれない。


氷室さんやキキョウが村人達の相手をしている間に、村中を回って音響機器を片付ける。本作戦において、想定通りの効果を生み出してくれた事にほくそ笑みながら。


機器類に取り付けていた計器よりデータを取得して、自分なりに分析していく。科学の進化に妥協はない。成功という結果で満足しているようでは、探究心を失ってしまう。

今後復興業務を営むつもりは全然ないが、この実験結果が別の何かで生かされる機会が訪れるかもしれない。一人村を回って、実験結果の回収に終始する。

一通り音響機器の回収が完了した時、村の村長さんが計測に務める俺に声をかけてくる。


「本当に、ありがとうございました。皆さんのおかげで、この村は守られました」

「その言葉はあの妖精にも言ってやって下さい。泣いて喜びますよ」

「無論です。小さなあの少女の切なる訴えは、我々の心にまで響きました」


 喜ぶのではなく、ただ感動に胸を震わせる。村長さんは目頭を押さえて、感謝の気持ちを口にする。俺は黙って、軽く頭を下げた。

思えば元居た世界で、自分の科学技術で誰かに感謝された事は無かった。自己満足の繰り返し、評価してくれたのも葵だけだった気がする。

誰かに褒められたくて、研究しているわけではない。単なる自己満足、技術の追求が未来の貢献へと繋がれば満足だった。

なのに望まずとも異世界へ来て、自分の科学が他人の役に立っている。俺にとっては実験結果でしかなくとも、人々は救えているのだ。


嬉しいようで、少し複雑でもあった。素直に喜べないのは、大人に近付いているからかもしれない。


「モンスター達は退治されましたが、脅威は完全に消えた訳ではありません。港町の冒険者案内所には、既に救援を出しています。
近い内に別働隊も派遣されてくると思われますので、彼らの指示に従って下さい」

「何から何まで、本当にご面倒をおかけいたしました。お力添えを頂けて、誠に感謝しております」


 救援に安堵している村長さんを見て、溜め息を吐いた。この分だと、港町からの指示には何でも従ってしまいそうだった。

全てが全て適切な支持であれば問題ないが、彼らとて温情だけで他所の村に手を貸す訳ではない。利得も考えて交渉して貰いたいのだが、難しそうだった。

助けられる立場なので強気に出るのは難しいかもしれないが、村を預かる身である以上責任も生じているのである。言いなりでは、子どもと変わらない。


人間は、助けられるだけでは駄目なのだ。誰かを助けるくらいになれて、一人前だ。


「もうしばらくこの村に滞在し、村長さんに今進めている復興事業を俺から引き継ぎます」

「復興、事業……?」

「この村の活性化です。まだまだ道は半ばですが、皆さんが元気になられたらきっと成功するはずです。
また将来、この村にも多くの旅人が立ち寄るようになりますよ。村は、本来の姿を取り戻すでしょう」

「……この村に、本当にまた若者達が……」


「だから、村長さんもこの村を決して諦めないで下さい。皆さんがまた家に閉じこもってしまえば、村も病気にかかって死んでしまうんです」


 まだまだ霞んではいるが、決して蜃気楼ではない夢。村の過去と今を知る村長は、俺の言葉にそっと目に涙を滲ませる。

村全体を一つの生き物のように語る視線は、村長本人が持っていて然るべき視点である。その事を思い出して、自分の不甲斐なさを痛感したのだろう。

後悔は何も生まないが、反省は次に生かせる。この村の未来を見届けられない以上、明るい未来が来てくれる事を願うしかなかった。

どれほど親身になっても、他人事には限界がある。此処は、俺の居場所ではないのだ。


「一つ、お聞かせ願えますか」

「何でしょう」

「貴方様はさぞ、名のある方とお見受けいたします。よろしければ、お名前を教えて頂けませんでしょうか?」


 名のある方、と来たか――苦笑する。葵が聞けば、飛び跳ねて喜びそうであった。あの男は俺の評価さえも、我が事のように喜べる男なのだ。

自分は一体何者なのか、それは一貫して変わる事はない。


「京介と言います、天城京介。科学者です」


「かがく、しゃ……?」

「貴方と同じですよ、村長。毎日一生懸命考えて、自分の人生を追求しています」


 美味しい御飯を食べたからか、村人達の声が元気よく聞こえてくる。キキョウや氷室さんが彼らの元気に戸惑っているのが、目に見えるようだった。

彼らの姿を目の当たりにして、村長は目を細める。引き篭もりの原因は色々あるが、自分の人生への不安も要因の一つには上げられる。

誰だって悩みたくはない。けれど、自分の事である以上常に考え続けなければならないのだ。未来とは、今の積み重ねに他ならない。


村長にも諦めずに、考えていてほしい。村の事を考えるのを止めなければ、きっと家の中に縮こまる時間もなくなるだろうから。


「あの港町にも顔はそれなりに利きますから、この村にも便宜を図ってもらうように交渉はしますよ。
その席には村長も立ち会って貰って、今後について話し合いましょう」

「あ、ありがとうございます。何卒、よろしくお願い致します」


 顔は利くとはいえ、便宜を最大限図ってもらうにはそれなりの見返りはいる。幸いにも、彼らに渡せる土産はあった。

"蒼い目"のファイターラビット、伝説のモンスターの討伐。その功績も勿論だが、モンスターの死体も現代のツチノコなんて目じゃないほど価値がある。

全てをくれてやるほど馬鹿ではないが、討伐の功と死体の一部は提供してもかまわないだろう。討伐した冒険者を育てたのはこの村だ、その後に繋がる利益も旨味もあった。

実在を確認した時は正直焦ったが、討伐さえ叶えば利用価値が腐るほどある。最大限、活用させてもらおう。

伝説のモンスターを前にしても利益のことしか考えない俺は、やはり冒険者には向いていないのだろう。喜ぶべきかどうかは、何とも言えないが。


「それと復興事業の引き継ぎの間でかまわないので、この先の道程を教えてもらってもいいですか?」

「そういえばあなた方は、旅の途中でしたな。この村の事で引き止めてしまって、申し訳ありませんでした。行く先は、決めているのですか」

「大事な目的がありまして、王都まで行くつもりです」

「お、王都……!?」

「ええ、ですのでここからの――」

「い、いけません!? 今、王都へ向かうのは大変危険です。お止め下さい!」


 村長さんが顔色を変えて、俺に詰め寄る。一転しての形相に飲まれて、俺は我知らず息を呑む。

この村の先に一体、どんな困難が待ち受けているのか……?


俺が、自分の家で研究に引き篭もれるのはまだまだ先になりそうだった。












































<続く>






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