Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その21 溌剌
病気が伝染るのと同じく、人々の意志というのは伝播されていくものなのか、科学では分析しきれない出来事が目の前で起こった。
固く閉ざされていた扉が一つ、また一つと、ゆっくり開かれていく。まるで申し合わせたかのように、村人達が顔を出していく。
自分の持てる技術の全てを駆使した策が功を奏した、というのもあるだろうが、彼らが外に出る勇気を与えたのはこの子だろう。
キキョウは恐る恐る顔を出した村人達を見るなり、飛んで行って大泣きした。
「みなさーん、お元気そうで本当によかったですー!」
「……どう見ても不健康な顔色をしているじゃないか」
過疎化した村で誰とも交流せず、ずっと家の中に閉じこもっていたのだ。活動しなければ欲も出ず、食事もロクに取っていなかったに違いない。
引き篭もりは運動不足で太っているという先入観があったのだが、異世界の貧困した村では栄養不足でガリガリにやせ細っていた。
現代病とはよくいったものだ。人間、ちゃんと活動しなければ、ウイルスに蝕まれなくても病気に伏せてしまうのだろう。
もしも駄目なら見捨てようとも、考えていたのだが……俺達が復興しなければ、村は滅んでいた。
「……あの」
「お礼や今後の相談ならその妖精にどうぞ。あなた達の事を、心の底から心配していたんですよ」
そう言うと、村人達が一斉にキキョウを見つめる。村人達の無事に感激の涙を浮かべる彼女の姿、彼らの目にはどのように映っているのだろうか。
母のような無償の愛、今の俺には絶対に持てない感情。技術では創れないものを、この子は心の中に持っている。
人を信じるのは難しいが、人を信じ続けるのはもっと難しい。扉をノックするのを止めてしまっていたら、この結果は絶対になかった。
気持ちは、複雑だった。異世界に連れて来られた元凶も、間違いなくキキョウなのだ。
「氷室さん、すまないけど彼らに食事を用意してもらえるかな? 美味しいご飯を食べたら、元気も出てくると思う」
「……生きる気力になればいいですね」
村の備蓄は底をついていたが、港町から救援を受けている。村人達が立ち直った時のために、あらかじめ用意しておいたのだ。
女王との情報戦の成果が、こんな形で出るとは夢にも思わなかったのだ。CMにもスポンサーがついて、物資も快く提供してくれた。
俺達を警戒していた村人達も、氷室さんが作ってくれた美味しい食事には我先に飛びついた。現金なものである。
村の危機は、今も継続中であるというのに。
「皆さん、食べながらでいいので聞いて下さい。今、この村は重大な危機に陥っています」
モンスターの大群に襲われていると直接的に伝えるとまた引き篭ってしまいかねないので、曖昧な表現を用いて現状を説明する。
戦場の状況を赤裸々に物語るBGMは、村人達が家から出てきた時に切っている。なけなしの勇気を振り絞った彼らの恐怖を、刺激しかねなかったからだ。
おかげで今の戦況が伝わらなくなってしまったが、港町からの救援により戦況が一気に優勢に傾いたのは把握している。
その情報を、あえて話さない。
「――今聞いての通り、この村に滞在していた冒険者の皆さんが戦ってくれています。この村を、皆さんを守るために」
「……」
「敵は単体では脅威となりませんが、数が厄介です。戦況は拮抗しており、予断を許しません」
恐怖に陥れず、さりとて安心も与えず。さじ加減が非常に難しいが、この程度をこなせないようでは危険な薬品を取り扱えない。
安心だけはさせてはならない。引き篭もりにとって、安心は薬になるどころか毒。勇気を消耗させるウイルスにもなりえる。
今の彼らに必要なのは、安らぎではない――労働だ。
「じゃ、じゃあ、この村は危ないのか!」
「俺達は、モンスターに食われてしまうのかよ!?」
「早く逃げないと殺されちまう!」
「み、みなさ〜ん、落ち着いて下さーい!?」
我先にと逃げ出そうとする、村人達。彼らを守るべく、今はまだ見習いにすぎない冒険者達が死に物狂いで戦っているというのに。
呆れたが、失望はなかった。人間なんて多かれ少なかれ、そんなものだ。我が身が大事、他人なんて知ったことではない。
別に世の中を斜めで見ているわけではないが、子供のように大人を特別視していない。科学者とて、神ではないのだから。
それでもキキョウは村人達を、人間そのものを愛している。俺はそんな仲間を絶望にさせないように、立ちまわるだけ。
「皆さん、落ち着いて下さい。敵を倒す作戦はあります!」
不安にさせておいて、然る後に安心材料を与える。何だか科学者ではなくて、詐欺師にでもなった気分だった。
騙くらかすつもりはないのだが、村人達の心理を誘導しているのは確かである。すっかり、情報の取り扱いも上手くなってしまった。
科学にどう貢献するのか疑問の余地はあるが、今は必要なことだと自分の中で割り切る。
「さ、作戦というのは……? 本当に、大丈夫なのか!?」
「この作戦を決行すれば、確実に勝てます。ただし、皆さんの協力が不可欠です」
「わ、我々の!?」
村人達の間に困惑と戸惑いが広がっていく。不安にこびりついた心が前向きな気持ちを片っ端から殺してしまっているのだ。
彼らは久しぶりに家から出たばかり、体力はおろか気力も何もない状態。何かをしようとする気力も起きない。
案の定、次から次へと、反対の声が上がった。
「無理だよ、無理!? わしらは戦えんよ!」
「戦うなんて、絶対にできない!」
「お、俺も嫌だぞ! 戦うくらいなら、こんな村出て行ってやる!!」
辛い現実から目を背けて逃げ出す。引き篭もりはその点では労働者よりも決断が早く、逃げ足も素早い。
彼らにも家族や仲間はいるが、村には何の愛情もない。だからこそ、ここまで村は廃れてしまったのだ。
国も、そして村も、原動力となるのは民。彼らが働かなければ、終わりだ。折角自分で外に出ても、何の意味もない。
キキョウも、氷室さんも何も言わず、俺の次の言葉を待っている。このまま俺が放置するとは少しも想像していないらしい。信頼されていると、受け止めておこう。
「何処に、逃げるんです」
「ど、どこって……どこか、安全な場所だよ!」
「お忘れですか、皆さん。この村こそナズナ地方で一番安全な場所。大袈裟かもしれませんが、この地方の聖域なのです。
此処を放棄して――自分達の家を捨てて、皆さんは一体何処へ逃げるつもりなんですか!」
家に閉じこもったままでは、届かなかったであろう言葉。キキョウが扉を開けてくれた今だからこそ、言える事。
現実逃避は止めて、現実を知ってしまったから、現状認識を行える。彼らを立ち直せるには、今しかない。
葵やカスミは、今も戦ってくれている。氷室さんには支えられた。キキョウだって一生懸命頑張った。彼らは、やるべき事をした。
仕上げは、俺。彼らが繋いでくれたバトンを持って、ゴールまで走り切る。
「皆さんにも聞こえたでしょう、この村を守らんとする彼らの声が。彼らの行為に報いるのは、今しかないのです。
自分達のことで精一杯なのは分かります。だからこそ自分の身を、自分の事を――自分の村を、自分の手で守りましょう」
「で、でもよ……俺ら、戦えないし……」
「さっきも言いましたが、作戦があります。難しいことではありませんし、皆さんになら出来る事なのです」
「頑張りましょう、皆さん。わたしも、お手伝いしますから!」
キキョウが絶妙のタイミングで合いの手を入れてくれる。自分達を心から思いやってくれる妖精の声援に、消極的ながらも彼らは動く気になってくれたようだ。
この現代病を治すには、彼らが自信を取り戻さなければならない。この村を、自分達の手で守ることで。
そうした人々の暮らしを支えるのも、また科学なのだ。
「皆さんにお願いしたいのは、声を上げること」
「声……?」
「このマイク――こほん、道具があります。この道具を使えば、戦場で皆さんのために戦ってくれている冒険者達に声を届けられるのです。
この村を守る人達に感謝の声を、戦う戦士達に、勝利の祈願を送りましょう!」
――そして、ラビットモンスターにノイズをぶつける。彼らの"非言語コミュニケーション"の対策、超音波による感覚の混乱。
マイクに繋げた音響施設には、変換機能をつけている。ボイスチェンジャーを使って、動物には不快な音の波に変換するのだ。
犬笛と同じく、人間には何の影響もない。ラビットモンスターにのみ、不快感を与えるように調節してある。
モンスターとて、所詮はウサギ。感覚が混乱すれば、コミュニケーションなんて取れなくなる。瞬く間に烏合の衆となり、カスミ達の敵ではなくなる。
さりとて、大声を上げるのも勇気がいる。困惑する村人達の前に立ち、俺はマイクを握る。
「葵、カスミ、頑張れぇぇぇぇぇーーー! 皆、負けるなぁぁぁぁーーー!!」
「みなさーん、頑張ってくださーーーーい!!」
大声を上げるなんて本当に久しぶりだが、不思議と恥ずかしくはない。それどころか、何だかスカッとする。元気が出てきた。
きっと、こうした力が――生きる気力となるのだ。
「せーの!」
『――――!!!』
ナズナ地方ヤブガラシ村、今日この日新しく生まれ変わった。
<続く>
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