Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その4 怪奇






元々眠りは浅い方なのだが、今朝は特別早く目が覚めてしまう。不可解な状況が眠りを妨げてしまったのかもしれない。

寝汗をかいた身体を起こす。隣の木製ベットでは、皆瀬葵が熟睡していた。

基本的に世界の旅では、早寝早起きが基本となっている。夜にやる事が、殆ど無いのだ。

異世界の村や町にネオンの光なぞ無縁であり、酒場や特殊な宿屋が賑わっているだけ。未成年に縁はなかった。

夜に早く寝れば、当然朝は早く起きる。この世界の人達はそうして、一日のサイクルを送っている。


そんな日々を一転させる、不吉な予感――科学者らしからぬ要素に動かされて、身体を起こす。


「……まだ夜明け前か……」


 窓から外を覗き込んでみるが、日はまだ昇っていない。人っ子一人おらず、真っ暗である。

平穏な夜の風景、間もなく登る朝陽に照らされて村は再び目を覚ます。

なのに、不安が尽きない。先日の夕方、顔も見せない村人達の不審な様子が気になって仕方がない。


「この宿、今晩の宿泊客は俺達だけなんだな……」


 二階建ての宿屋、他に客がいれば目に付く。俺達以外に泊まっている客はいないようだ。

たまたまだとは思うのだが、サスペンス好きな葵に毒されたのか、静かな空気に薄気味悪さを感じてしまう。


「……眠れそうにないな……ちょっと、調べてみるか」

「その言葉を待っていたぞ、友よ」

「うおっ!? お、お前、驚かせるな!」


 いつの間に起きていたのか、葵が剣一本ぶら下げて立っている。トランクスだけの立ち姿は、男らしいと言えるのか。

俺の独り言を聞いていたのか、同行する気満々だった。真夜中なのに元気な奴である。


――まあ、漠然と感じていた不安はなくなったけど。


「皆が寝静まった後で一人、危険を承知で調査するつもりだったのだな。水臭いではないか、友よ。
これまで多くの困難を共に潜り抜けた仲、いつでも付き合うぞ」

「たまたま目が覚めただけなのに、美談に出来るお前の方がすごいよ」


 真夜中でもテンションが突き抜けている男である。一人より二人の方がいいというのは賛成だが。

くれぐれも騒がないように注意して、俺達はこっそり部屋を出る。

閉ざされた宿の廊下は暗く、冷え冷えとしていて背筋まで震えそうだった。


「何か出そうな雰囲気だな、友よ」

「何でそんなに嬉しそうなんだよ、お前は。

……冷静になって考えてみれば、やっている事は悪質な家捜しのような気が……」


 ヒソヒソ話しながら、不気味に静まり返った宿の中をこそこそ歩いていく。二階だけではなく、一階も。

確証もないのに真夜中に動き回ったら、宿の主人から見ればむしろ俺達が不審者になってしまう。

常識人の俺は総懸念するのだが、葵は全く気にした様子はなかった。


「何も泥棒行為に出るのではない。寝苦しい夜の、ちょっとした気分転換だ。堂々としていればいい。


……ふむ、宿帳にも我らの名前以外に何も書かれていないな」


「受付を無断で漁っていながら、どの口で言ってやがる! 宿の主人、起きてこないだろうな……」

「吾輩に任せておけ、友よ。証拠なぞ残さんよ」

「犯罪者の台詞だろ、それ!? これだけ暗い中、宿帳の細かい字までよく見えるな」

「ふふふ、我らの世界における深夜活動の賜物だ。この程度、軽く見える」


 フクロウも驚きの特技である。闇夜を見通せるその目で確認させるが、一階も特に異常はないようだった。

二階から一階にかけて色々回っても、特に変わった様子もない。当たり前なのかもしれないが。

もっとも灯りは落とされていて、真っ暗。何かを見つけ出すのも難しい。一人、例外はいるけど。


「……友よ、"霊界トンネル"を覚えているか?」

「何だ、突然。霊界トンネルといえば、大学に入ったばかりの頃に行った心霊スポットだろう?
わざわざ真夜中にバイクで二人乗りさせられて行ったのに、結局何も出なかったじゃないか。

お前が、トンネルの中で呻き声を上げていただけで」

「友はあの時頑なに信じようとしなかったが、ヘルメットの中で反響した声は吾輩ではない。
あの悲鳴は間違いなく、死者からの苦痛の声だ」


 霊界トンネル――深夜二時にそのトンネルに入ると、あの世に繋がると言われる心霊スポット。

地元の噂を聞きつけた葵が俺を無理矢理連れだし、深夜二時を狙ってバイクでトンネル内を走らせたのだ。

嘘でも真実でも、そんな不気味な場所に友人を連れ出すこいつはどうかしている。


「それがどうしたんだ? 俺を怖がらせようとしても無駄だぞ」

「あん時友に言ったが、トンネルに入る前言葉で表現できない何かを感じたのだ」

「霊感とか何とか騒いでいたよな、お前。今日は出る気がするとか、曖昧なことを言いやがって」



「今、同じ感覚がした」



 ……、お、俺は科学者だ。非科学的な存在など、いちいち信じたりはしない。

このような現象にも原因があり、その原因を分析して科学的根拠に基づいた結論を出す。

葵の直感なんぞに怯えさせられるなぞ、科学者としての矜持が許さない。


みょ……妙に暗いな、この宿……


「手洗い場に行ってくる。少し待っていてくれ、友よ」

「このタイミングでトイレ!? 嫌がらせか、この野郎!」

「友は幽霊を信じていないのだろう?」


 あろう事か葵に痛いところをつかれてしまう。俺が黙り込んだ隙に、葵はさっさと一階の手洗い場へ行ってしまった。

幽霊や霊魂などの非科学的な存在は信じていない。だが、此処は異世界。科学以外の概念が認められている。

凶悪なモンスターが生息しているのだ、幽霊だって居ても不思議ではない。ただ頑なに否定しているようでは、科学者は務まらない。


……静寂なる闇に満ちた、建物。一人で孤独に立っているだけで、落ち着かなくなる。本能が闇を恐れているのだろうか……?


いっそ部屋に戻ろうか真剣に考え始めた時、葵がトイレから戻って来た。

真っ暗でよく見えないが、なにやら神妙な顔をしている。こいつ、まだ俺を驚かせようとしているのか?


「――友よ。今から言う事を、落ち着いて聞いてくれ」

「また怪談話か。キキョウにでも聞かせてやれ、そういうのは。面白いほど驚いてくれるぞ」

「いや、友の判断を仰ぎたい。実は手洗い場に――」


 身構える。洗面所の鏡に亡霊でも浮かんだか? 簡易便所の下から手でも出て来たか?



「宿の主人が、首を吊って死んでいた」

「はあっ!?」



 ええええええっ!? 悲鳴を上げないように警戒していなければ、間違いなく大声を上げていた。

蒼特有の悪い冗談かと一瞬疑ったが、葵の声色は真剣そのもの。少しの茶目っ気も含まれていない。


あの無愛想だった、宿の主人が――首を釣った……?


「ト、トイレの中でわざわざ、首を釣ったのか? 天井にぶら下げるだけで一苦労だろう!?」

「落ち着くのだ、友よ。と言っても、突然のことでは無理もないが。
ドラマではないのだ、首を釣るのに大仰に天井から紐を吊るす必要はない。

上着一枚と引っ掛ける場所があれば、簡単に事足りる」


 葵の冷静な指摘で、ようやく動揺が治まってきた。確かにその通りだ、首の釣り方はそれほど難しくはない。

問題なのは、本人の意思。天井からぶら下がれば足場がなくなるが、吊るす場所が低いと苦しくなれば簡単に解ける。

宿の主人は覚悟を決めて、自殺を図った……? しかしそうなると、場所が気になる。

トイレは決して、死に花を咲かせられる所ではない。むしろ悲惨だろう。


あまりにも突然で、怪奇な自殺。宿の主人は何を思って死に至ったのか……?


「葵、お前が此処に戻ってきたということは――」

「直接触れてはいないが……蘇生は無理だ。吾輩が発見した時は既に手遅れだった。
科学鑑定を行うのならば手伝うぞ、友よ」

「嫌だよ!? 何でも科学をやれればいいというものじゃないの!

こう言っては何だけど、こんな気持ち悪い夜に死体なんて見たくない」

「ふむ、ではどうする……?」


 葵が自分の意志を何一つ示さず、俺に判断だけを仰ぐのは珍しい。表面には見せないが、本人も動揺しているのかもしれない。

灯り一つない夜の宿で起きた、不幸な自殺――不吉な夜を飾る演出としては、極めて悪趣味だ。

ホラー映画の開幕には相応しいのかもしれないが、舞台に無理矢理上げられてはたまらない。


とにかく、落ち着こう。幽霊ではない、本当の人間の死が今宵訪れたのだ。


「……皆を叩き起して、このまま知らんふりして村を出て行くというのは?」

「高い確率で、我らが事件の関与を疑われるな」


 あのまま素直に寝ておけばよかった――心底、後悔する。

科学者が直感で行動すると、ロクな事がない。あるまじき行動に、頭を抱える。



小さな村で起きた、不審な自殺。平穏は簡単に、崩れ落ちた。














































<続く>






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