Corporate warrior chapter.1 -permanent part timer- story.5 | |||
働かざる者食うべからず――実に耳が痛い御言葉である。 働こうとしない者は、食べることもしてはならない。怠惰な生活をする者とは交際するな。 新約聖書に記述された厳しい戒め、神様からの人生の教訓。 現代日本にも見事に適用されて、社会からはみ出した俺は一人ぼっちだった。 ――過去形なのが、少し嬉しい。 "働こうとしない者は、食べることもしてはならない。厳しいよな、神様は" "私の前で二度と神を語らないで、冬真。目障りだわ" 最後の面接から五日、自分の部屋から一歩も出ていない。 買い込んだインスタント食品を少しずつ減らし、飢えをしのぐ生活―― 水を与えれば成長する観葉植物より劣る、花も実も無い枯れるだけの人生を過ごしている。 退屈だが安らぎのある毎日、平和で楽な生活なのに鈍く重苦しい。 "イムニティの食事はまさか人間の魂とか言わないよな?" "寿命よ。貴女の一字一句が一年分の生命力として、私に供給しているのよ" 人間とは、厄介な生き物だ。 忙しい日々に苦痛を感じ、退屈な毎日を持て余してしまう。 栄養を与え過ぎると植物は腐る、人間もまた同じなのかもしれない。定年を過ぎた年寄りと同じだ。 大人を夢見た時代は何処へ過ぎ去ったのだろう……今の俺は少しも生きていない。 " " "冗談よ、嫌な空白はやめなさい! 私を無視したら呪い殺すわよ" 家庭用ミニテーブルの上に置かれている二冊の本――就職情報誌と、赤の書。 嫌気が差している停滞の人生を変える、社会復帰への分岐路。 現代社会に繋がる道には幾つかの選択肢まで用意されており、うまく道を進めば社会人としてのゴールが待っている。 この道は俺の同世代の連中が皆早々と歩いて、自分より早く到達している。 自分に追いかける勇気さえあれば、まだ彼らの背中は何とか拝めるだろう。まだ見ぬ仲間がいる。 問題はもう一方――きっとまだ他の誰もが歩いた事の無い、茨の道。 光は全く差しておらず暗中模索、道が半ばで途切れている可能性もある。 下手をすれば、一歩進んだだけで断崖絶壁。奈落の底へ落とされる。 危険へと手招きするのは、闇に微笑む精霊。絶望の瞳を浮かべ、人の生と死を哂う。 苦々しい息を吐きながらも、口元は弛んでしまう。 人生に失敗した愚かな男に相応しい、話し相手だった。 "人間に殺された精霊が言うと、冗談に聞こえないのが怖いな" "私を相手に冗談を言えるようになったのね。いい度胸だわ" 失われた白の書の精霊、イムニティ。異なる世界の住民、死の亡霊。 赤い装丁の古書に重々しく記される文字が、彼女の遺志だった。 世界の真実を記す偉大な書の精霊が、俺の知らない誰かに殺された。 最初に聞かされた時感じたのは同情でも憐憫でもなく――恐怖だった。 俺は魔王相手に戦う勇敢な勇者でも、世界の全てを愛する賢者でもない。 面接官に強く言われただけで引き篭もる、弱虫なのだ。 所有者の意思を無視して勝手に記述される本、己の死を告げる精霊――呪いの類を疑って当然だ。 祟り殺される前に捨てようと思った、祟りを恐れて捨てる勇気も無い。 みすぼらしい社会人は一般常識よりも、アニメやゲームの空想に取り憑かれていた。 廃棄処分による意趣返しに怯え、霊感商法や神社教会に頼る勇気もなく。 逃げる意思すら挫けて本は放置、結局布団の中に閉じ篭る。霊より忌わしきは、ニート。 臆病かつ卑怯な俺に対する、あの世の精霊からの返答は――罵詈雑言。 時間を経て恐る恐る覗いて見ると、真っ白な頁に延々と刻まれていて立ちくらみがした。 品性の無い下民が吐き出す下品な文句ではなく、理路騒然と苦情が並んでいる。 極めて理知的に、相手の急所を深々と突き刺す言葉の暴力。 面接官に直接言われたら、一生立ち直れないだろうな…… 読むだけで肺腑を抉る呪いの呪文、白の書の精霊の名が泣くぞ。 呆れ果てて流し読みして――最後の言葉に、息を呑んだ。 『貴方も私を捨てるのね』 ――恐怖は、消えた。 社会人としてはまるで駄目な俺だけど、この言葉に何も感じないほど無神経な人間ではないつもりだ。 ゴミを捨てるように簡単に門前払いされた先日の面接が、心に傷を残していたのだろう。 俺は同じく誰かに捨てられた哀れな精霊と、向き合う気になった―― 流石に最初は深入りする勇気が持てず、差し支えの無い範囲で日常会話。 無意味な会話は嫌がるかと思ったが、このイムニティという精霊は意外と面倒見が良かった。 他愛の無い挨拶でも、きちんと答えてくれる。つまらない会話や質問には、毒舌で返礼する。 相手の機嫌を伺う対応はお気に召さないのか、ツレない態度となる。 ――この精霊の事が少しずつ分かっていくと、何だか可愛く感じられた。 "言葉遣いでしか判断出来ないけど、書の精霊に性別はあるのか?" "生物学的な概念はないけれど、人間の性別で分類するなら私は女よ。喜んで頂けるかしら、マスター" "別に俺はどちらでもいいよ" "男にもなれるわよ。貴方が望むなら、次からそうしましょうか" "女の子でお願いします" "素直で結構。冬真が承諾したら、契約方法を真剣に検討するところだったわ" 会話は交流を深めていき、マスターという称号から苗字を読んでくれる程度になっていた。 ――あれ、ランクが下がっている……? な、何にせよ、一つの書で結ばれた精霊との交流を俺は心から楽しむようになった。 メールや手紙のやり取りに似た不思議なコミュニケーションに、有意義を感じている。 相手に届くように真心を籠めて綴る事で、言葉とは違った感動を味わう事が出来るのだ。 本当に久しぶりの、人間らしい楽しいやり取りだった。 イムニティは決して愛想の良い精霊ではないけど、表面では分かり辛い繊細な感情を感じられた時がたまらなく嬉しくなる。 俺はこの白の書の精霊の事を、もっと知りたくなった。 誰かを知りたいと思う気持ちが、新しい勇気となった―― "イムニティ、君の望みは何だ?" 聞きたい事は他にもあったが、要約すれば自然とこれになった。 日本の古本屋に売られていた事、俺を導き出した訳――殺された白の書の精霊が、赤の書の中に存在する理由。 彼女の生前について聞いていない、きっと俺の容量を超える物語だ。 俺が知りたいのは、今。短くとも人間らしい時間をくれた、彼女のありのままを知りたい。 ――返信はしばらく無かった。俺も催促せずじっと待つ。大の大人が情けないが、時間だけはタップリある。 白の書の意思が、真っ白なキャンバスに刻まれる。 "神を殺す" ――背筋が凍った。 たった一言に、怨嗟や怨念が凝縮された強い執念を感じさせた。 フィクションな知識だが、死んだ人間の魂がこの世に留まる理由に強い想いが関係しているという。 生への未練、家族や恋人への深い愛情――魂を焦がす激しい憎悪。 殺されたと聞いた時真っ先に思い浮かんだのが、怨霊のイメージだった。 この精霊は…… "お前を殺した敵は、ダウニーという奴ではないのか?" "ダウニー・リードも許せない。自分の野望の成就の為に、私を取り込んだあの男は―― でも、所詮は紛い物の白の主。赤の書に選ばれた正統な救世主には勝てなかった。 この世の破滅として倒され、世界は平和になった" ありふれた話――悪は正義に倒される。 犠牲を痛み、過ちを正し、世界を本来のあるべき姿に戻す。歴史は繰り返される。 犠牲となって倒された者の魂の行方を追い続ける童話など、存在しない。 "私は使い捨てられて終わった。力は吸収され、存在は世界に還元。正義と悪が揺蕩う法則に組み込まれる。 白の書の精霊は世界の道具、白の書の真実――秩序となって。 ならば、「私」が生まれた理由は何? イムニティという魂は、永遠の牢獄に囚われる運命にあると? 疑問にも思わなかった。思わなかった自分を初めて認識した時――絶望した。 私は認めない。このまま利用されてたまるものか。 脱け出してみせる、世界の秩序から。 勝ち取ってみせる、私の存在価値を。 たとえ、秩序に背いても。神に逆らう事になろうとも" 白の書の精霊だった少女は、秩序の鎖に縛られたまま反旗を掲げた。 世界の秩序に背く――神への立派な反逆。白の書の精霊の存在意義を否定するに等しい。 自分そのものを捨てて、己の存在を示す。 その大いなる矛盾を貫くために、絶対的存在である神を殺す。創造主を破滅に導く―― 世界すら飲み込まんとする彼女の執念に、胸が潰れる思いだった。 "そんな事が本当に出来るのか? 君は既に殺されたんだぞ" 俺もこの社会を呪った事は何度もある。存在価値に悩んだ回数は数え切れない。 その都度世界の大きさに萎縮して、部屋の中で怯える。社会の隅っこで、与えられたパンを齧るだけ。 自業自得と拗ねて、力なく俯いてしまう。 彼女は、違う―― 殺された理由は何であれ、八つ当たりと知りながらも戦おうとしている。 世界の理不尽に目を背けず、自身を勝ち取ろうとしている。 白の書の精霊としては欠陥品。世界に唾を吐く、社会不適合者だ。 そんな彼女に、俺は――ううん、こんな駄目な男だからこそ惹かれるのかもしれない。 "出来るわ、貴方がいれば。 貴方と私――冬真 泰とイムニティの出逢いは偶然ではないの" "やはり、あの万引き騒ぎは君が絡んでいたんだな!" "貴方が私を無視するから悪いのよ。 以前学んだ教訓もあって、主と定めた者に認識されずに終わりたくないの" ……どうも相手にされない事に過敏な反応を示すな、イムニティは。 理知的で冷静冷徹な精霊が、寂しがりやの少女に束の間変わる。 そのギャップが、たまらなく可愛らしいんだけど。 "よく聞いてほしい。私は貴方に選択を委ねたい。私は、貴方の―― 縲√%縺ョ繧「r@pemprehh@pk0繧ッ繝・apaぅ吶・繧キ繝ァ繝ウ 繧ウ繝シ繝@lp[\L{||+L峨r菫晏ュ倥@縺@[@.[\[\\/ヲ縺ヲ縺上□――" 「うわっ!?」 思わずテーブルに本を投げ出し、仰け反ってしまう。 パソコンが文字化けを起こしたように、突然意味不明な記号が綴られていく。 狂ったように並べられる文字の大群に、俺は思わず悲鳴を上げてしまった。 逡巡するが、意を決してペンを握る。 "どうした、何かあったのか!?" "♀貂医∩縺ァ発見縺78\^87:i8.[0ェ縺・エ蜷消去医・o;p@78.57[43[@縲∝ス鍋、セ繧ヲ繧" 溢れ出る文字の洪水から、彼女の遺志らしき断片を辛うじて拾い上げる。 「発見」に「消去」……? ただの文字化けなのかどうか、さっぱり分からない。 ――いや、考えろ。面倒臭がって逃げるな。 難しく考えるのをやめたから、25歳にもなって働けずにぼんやりする羽目になったんだ。 発見、発見……何かを発見した? いや――発見された、かな? 何に? イムニティは反逆者――まさか神に!? 完璧なシステムなど存在しない。最新技術を搭載したコンピューターだって誤作動は起きる。 この赤の書そのものに、何か不都合が生じただけかもしれないんだ。 ただ気になるのは、次の「消去」――イムニティが危ない可能性だってある。 生きる事さえ厳しい世界。死者に優しくする道理は無い。 "イムニティ、何とか答えてくれ! 今お前、危ないのか!?" "陬ス50-.:;iオルタラo[ui蜩・ EDuyp@t^,IUer察知tyk0-S Xaぅ吶・;fo繧キ繝ァX排除Xaぅ吶・繧キ繝ァXX" 『オルタラ』? 文字化けか専門用語か、区別出来ないので保留。後半のワードに血の気が引いた。 何がどうなっているのか分からないが、イムニティの身に何かが起きている。 当然といえば当然の話、彼女は既に死んだ存在。留まる事は本来許されない。 挙句の果てに彼女は世界のルールに逆らい、私怨で世界を――神を破滅に追いやろうとしている。 気の触れた狂人、復讐に燃える怨霊。このまま排除されても、誰からも文句は出ない。 "神を倒すと豪語しただろう、イムニティ! この程度に負けるな! 頑張れ。俺は、俺だけはお前の味方だ!" 神様なんぞ困った時に祈るだけで、信頼なんてしていない。 助けられた事だってない、援護する義理は無い。 俺は生き恥を晒すだけのニート、誰にも相手にされていない。非難されようと、痛くも痒くもない。 広い世界の住民の未来よりも、目の前の小悪魔の方が大事なんだ。 "tyk0-冬真S Xaぅ吶・;本当fo繧329;:7一緒i[キ繝ァ" "ああ、一緒に戦ってやる。 まずは、この鬱陶しい文字野郎を何とか邪魔してや"――召還――逃げて!" 書き終わる前に割り込む、イムニティからの強い叫び。 命令が告げられし瞬間、文字がピタリと止まった。 怪訝に思う隙も――与えられなかった。 『……アニー……ラツァー……ラホク……シェラフェット……』 古本屋で押し付けられたワゴンセール本が、突如眩い光を放つ。 先ほどまで文字が荒れ狂っていた頁が急速にめくられ、新しい頁へ移行―― 軽やかな音を奏でて、天に光の円陣を展開する。 『……ゲルーシュ……フルバン……ゲルーシュ……アツーヴ……』 同時に届く、無機質な音声。美しい二重奏が木霊する。 イムニティかと一瞬喜んだが、明らかに声の主は一人ではなかった。 『……ベソラー……コハヴ……シェラヌ……ティクヴァー……』 文字ではなく、言葉。自分以外の誰かからの、メッセージ。 白光のサークルに不可思議な文字が描かれた時、イムニティからの最後の言葉が脳裏に響いた。 「召還」――「召喚」ではなく「召還」――こちらへ呼び返す!? 「直接、排除するつもりか!」 これは台本のある物語ではない。敵が来ると知って、わざわざ待つ必要はない。 本を閉じても魔方陣っぽいのが消えず、何かが出てきそうな空気に――必死で背を向けて。 俺は問答無用で赤の書を脇に抱えて、そのまま部屋から飛び出した。 『ミツケタ』 to be continues・・・・・・ | |||
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