ＶＡＮＤＲＥＡＤ連載「Eternal Advance」
Chapter 5 -A shout of the heart-
LastAction −シコリ−
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ブリッジ正面に設置されているモニター。
中央に鎮座するニル・ヴァーナ艦長マグノ＝ビバンが真っ直ぐ見えるそのモニターに、ありありとした光景が映し出されている。
夢というにはあまりに苦く、現実というにはあまりに冷たいシーン。
これまで数多くの修羅場を経験してきたマグノではあるが、目の前の惨劇には声も出なかった。
映し出されているのは惑星の定められたポイントの一つ。
ブリッジ前列に並んで座っているアマローネ・ベルヴェデールは、目の前の惨状にただ俯くのみであった。
表示されているのは完全に焦土と化した砂漠のなれの果て。
ブリッジ後方にそれぞれ左右に分かれて座っているセルティック・ドゥエロは、目の前の無残さにただ見つめるのみだった。
示し出されているのは噴煙漂う死の世界。
ブリッジ中央脇に待機しているエズラは、目の前の終焉にただ呆然とするのみだった。
突きつけられるは焼け焦げて地面に横たわる蛮傘。
ただ、それだけだった――
「・・・・・他には何も反応はないか？」
口を開けば、ただ無念の声しか出ない。
ブリッジ中に蔓延する重苦しい雰囲気を断ったのは、副長席前で冷静に観察していたブザムだった。
尋ねるのではなく確認するような質問に、モニターを表示したベルヴェデールは首を振って答える。
「何も・・・ありません。惑星表面の施設は完全に焼失。
残された建設物も自爆に巻き込まれて跡形も残っていません」
「そうか・・・・・」
たった一言返答して、ブザムは静かに瞳を閉じた。
惑星表面に何も反応がない。
これがどのような意味を持っているのか、その場にいる誰もが皆理解していた。
調査や戦闘時においては逐一状況を艦長・副長に報告する義務があるブリッジクルー達だったが、誰もその事を伝えようとはしない。
口にすら出そうとはしなかった。
メイア達を助けるためにたった一人戦場に残り、たった一人でトラップと戦い続けた人間。
カイ＝ピュアウインドの死――
自己主張を貫くがゆえに、海賊団女性クルーの大半から疎まれていた男だった。
カイを好きな者など若干数であり、カイを嫌っているのは両手の指を数えても足りない程である。
船から出て行ってほしいと思っている者も当然いるはずであり、男嫌いの彼女達からすれば死んでも何とも思われない。
男とは、カイとは、そういう存在でしかなかった。
少なくとも女人の星メジェールで生きて来た者達からすれば、カイは人間扱いすらされないであろう。
否、人と区別すらされないかもしれない。
冷遇されて、孤独の身で戦場に狩り出され、そして死んでいった。
ただ、それだけの事実となる。
しかし、現状で誰もがその死に様を主観的に捉える事が出来ずにいた。
「お頭・・・・申し訳ありません。全ては私に責任があります」
しばしの時が流れ、ブザムは小さな声でマグノに謝罪した。
マグノがカイをどれだけ気にかけていたか、常にマグノの片腕として辣腕を振るってきたブザムはよく知っていたからである。
カイは確かに敵側の人間であり、タラーク軍母艦を襲撃した時には何度も妨害行動を繰り返してきた。
自分達海賊を真っ向から否定したのは捕虜の中でカイ一人だったし、クルーの反感を一番多く買っていたのもカイである。
なのに、マグノは初対面からカイに目をかけていた節があった。
カイが常識はずれなのはブザムも分かっていたし、ブザムとてカイには興味を抱いている。
確かに捕虜である以上立場的にカイへの扱いは丁寧であるとは言い難く、今回の任務にしても命の比重はクル−達に傾いている。
だがマグノには並々ならぬ信頼と尊敬の念を抱いているブザムは、カイに心のどこかで信頼を置いている面もあった。
だからこそ、マグノの無念は痛いほどにブザムによく伝わっていた。
低頭するブザムに、マグノは瞳を閉じて重々しく首を振る。
「・・・いいんだよ、ＢＣ。あんたには何の責任もない。
今回の探査を最終的に決定したのはアタシだ。
敵さんを甘く見ていたのが何よりの間違いだった・・・」
「お頭・・・・」
惑星に独断で降りて危機にあったメイアを、カイに助けてほしいと頼んだのはマグノだった。
頼みを承諾したカイは、それこそ命を賭けて救出に成功した。
カイはそれだけの事が出来る人間であり、約束を重んじる男でもあった。
モニターに映し出された結果が何よりも示している。
もしカイが同じ場面に立たされれば、同じくメイア達を助けようとするだろう。
それがマグノを今歯噛みさせんばかりに心を波立たせていた。
「お頭、カイちゃんはまだ死んだのかどうか分かっていません！
もしかしたら惑星のどこかで怪我をして倒れている可能性も・・・・！」
詰め寄らんばかりに声を張り上げるエズラだったが、横手から否定の声が上がった。
「あの規模の爆発だ。惑星のどこにも逃げ場がない。
カイが惑星から離脱していないのなら助かる可能性は皆無に等しい」
ドクターとして、上陸班の監督としてブリッジ席に座っているドゥエロが静かに指摘する。
時に冷静さは、他人に冷酷さとして捉えられてしまう事がある。
今のエズラがまさにそうだった。
「ドクター！？」
驚愕に目を見開くエズラをそのままに、ドゥエロは言葉を続ける。
「事実だ。それに蛮傘があのように放置されている。
彼の物か上陸した誰かの物かは分からないが、あの傘が陸上にある以上カイは惑星からは脱出していない事になる。
ならばカイは・・・・・・・・」
「そんな・・・・！？」
ドゥエロの指摘は正しい。
惑星を脱出するには大気圏を突破しなければならず、大気圏を突破するには蕃傘が必須なのだ。
唯一残されていたその蛮傘が惑星地表面に焦げて転がっている、それが惑星から出ていない何よりの証明となる。
そして、その惑星からは何の反応も伺えない。
ありとあらゆる状況が、カイの生存の可能性を奪い尽くしていった。
客観的な見方で絶望の可能性を示唆するドゥエロに、エズラは物悲しい顔でドゥエロを見やる。
「ドクター、カイちゃんが死んで何とも思わないのですか？
カイちゃんはドクターの仲間だったんでしょう」
「・・・・・あなたはどうだ？」
「え？」
ドゥエロはそこで初めてエズラと視線を交えた。
「あなたはカイをどう思っていた？」
「私、私は・・・・・」
ドゥエロの真剣な表情に、エズラは顔を少し俯かせる。
立場的に考えれば、カイはエズラの敵だった。
男を快く思わない訳ではないが、心のどこかで男とは何たるかを疑問視はしている。
でも、カイはエズラにとっては特別な男でもあった。
初対面で自分の赤ん坊に興味を示すカイ。
医療室で自分の赤ん坊に疑問を持つカイ。
赤ん坊の存在の重さに感心した表情を向けるカイ。
一つ一つの豊かな表情が現れては消えていき、「おふくろさん」と呼ぶカイの笑顔が最後に浮かんで消えた。
「・・・あの子は本当に優しい子でした。メイアちゃんや皆を心配して・・・・
私はそんなカイちゃんが好きでした」
明確に好きであると言葉にして、エズラは改めてカイの存在の大きさを知った。
出会ってまだまだ間もない関係ではあったが、それでも大切な繋がりを持てたのだ。
エズラは内寄せる感情をそのままに、涙を一筋流した。
個人を思いやる悲しみの雫に、ドゥエロは瞑目する。
「そうか・・・・カイにもその言葉を聞かせてやりたかった・・・」
初めての温かみのあるドゥエロの言葉にエズラがはっとして目を向けると、モニターに視線を向けるドゥエロの姿があった。
普段の冷静な仮面を張り付かせてはいるが、見つめる目は悲しみに若干曇っているように見える。
ドゥエロはドゥエロなりにカイの死を悼んでいるのかもしれない。
付き合いとしてはエズラとほぼ変わりない期間である。
仲間と言うほどの結び付きはなかったし、友人と呼ぶには風変わりな関係だった。
しかし共に同郷の身であり、何より自分にはない未来への展望を持っているカイは興味に尽きなかった。
夢と言うのは壮大で妄想じみてはいたが、本気で叶えようとしていたカイがこのような形で終わってしまった事に憐憫を感じていた。
悲しむとは決して涙を流す事だけではない。
その事をドゥエロ本人を見て感じたエズラはそれ以上は何も言えなかった。
ブリッジ内が再び静まり返る。
トラップは自爆で完全に消滅したのか、モニター内から見える惑星内は乾いた風が流れるのみであった。
唯一残された蛮傘の残骸が焼けた砂がこびり付き、さらさらと音を立てている。
「お頭、如何いたしましょう？ご許可を頂けるのなら捜索隊を編成いたしますが」
現状を見つめて進言するブザムに、マグノは瞳を閉じたまま黙している。
ブザムは自分の出した提案が自己満足の産物に過ぎない事は理解していた。
もはや危険がなくなった惑星とは言え、全てが爆破された後には何も残ってはいない。
敵側の情報も、貴重な物資も、そして勇敢な戦士の命も・・・・・・
結局は気休めに過ぎず、悲しみを覚える者達への偽善めいた希望を一時見せるだけだ。
全ては終わった後なのだから。
カイはもうこの世にいないのだから――
「・・・いや、もうその必要はないよ。
この星に何もない以上、敵の第二陣が来る前にここから去るまでだよ」
「お頭、待ってください！カイちゃんは・・・・・！？」
「エズラ、もう諦めるんだ。
坊やはもう・・・死んじまったんだよ・・・」
「カイは死んだ」、誰もが口に出来なかった事をクルー達の頭であるマグノが断言した。
見せ掛けの甘い希望に縋るよりも、これからも乗り越えなければいけない厳しい現実を見つめなければいけない。
マグノはきっぱりと言い切る事で、惑星探索の終結を宣言した。
マグノの言葉を聞いたブザムは上に立つ者の責任として、マグノを補佐する責務として、厳かに命令を飛ばした。
「バート、惑星より完全離脱する。進路は５―３―０」
「ちょっ！？待ってくださいよ！カイはどうするんっすか！！」
事の成り行きに、バツが悪そうな顔をしてナビゲーション席に控えていたバートは異論を唱えた。
自分に何も危害が及ばなかった事に安堵はしていても、人の死を簡単に流せる程バートは冷たい男ではない。
死んでしまったと頭の中で確信はしていても、助けようともせずに見捨てていこうとしている海賊達に反感を覚えていた。
カイはいったい誰のために命までかけて助けたのだろう、と。
そんばバートに、ブザムは冷酷なまでにこう言った。
「命令だ」
「・・・・分かりました。分かりましたよ」
珍しく不貞腐れたような声で、バートは渋々進路座標を確認し始める。
ここで強気に出れない所にバートの気弱さが露呈しているが、その内心は憤りを持っていた。
ナビゲーション席からバートの不満さは伝わってくるが、ブザムは励ます事も叱責する事もない。
何を言っても本当の救済にはならない事を、人の死を何度も見てきたブザムは知っている。
故郷を救出する為の旅がスタートされての初めての犠牲者に、やるせなさを感じているのは何もバートだけではない。
「結局・・・戻ってこなかったね、アイツ・・・」
コンソールに手も触れる事はなく、アマローネは傍らのベルヴェデールを見つめる。
ショートの金髪を覗かせる横顔からはベルヴェデールの心情をうかがう事は出来なかった。
答えを期待した訳ではなかったが、ベルヴェデールは返答した。
「・・・・・うん」
ベルヴェデールもまたコンソールを見てはいない。
見つめる先は何もないブリッジの中空であり、瞳には感情はなかった。
カイの死を悲しむ気持ちもなく、カイの死を嘲る気持ちもない。
死んでしまった者は何をしようと、もはや永遠に帰ってこない。
残された者はただほろ苦い空虚な哀しみしか残らないのだ。
ベルヴェデールは気づいていない。
仲間ではなかったカイだが。それでもバイ菌ではなく自分と同じ人間だと思っている事に――
人としてカイの死を哀しんでいる事に、思春期のこの女性は気が付いてはいなかった。
友達として、アマローネが言える事は本当に数少ない。
いくらベルヴェデールより年上とはいえ、年齢はさほど変わらないのだ。
人生経験を積み重ねている訳ではないアマローネに、ベルヴェデールへ言える事は励まししかなかった。
「アイツは・・・最後の最後まで頑張ったと思うよ。諦め悪いから、あの馬鹿。
でも、どうしようもなかったんだよ」
「・・・・・うん」
感情も何もなかったが、それでもベルヴェデールは同意した。
「・・・・男って馬鹿ばっかりだけどさ、あいつは特別の馬鹿だったよね」
「・・・・うん」
「でもね・・・・・」
「・・・・・・」
アマローネは視線を下げて、口元を苦笑させて一言こう言った。
「ああいう奴嫌いじゃなかったよ、あたしは」
「・・・・・・・・・・私も」
同じく同意して、ベルヴェデールもアマローネも中央モニターを視線を向ける。
焼け出されて半ば砂に埋もれている蛮傘。
皮肉にも、まるでカイの墓標のように残されたそれをただじっと見つめていた。
諦めにも似た気持ちを持って何も言う事無く見ている二人を背後より見つめ、マグノは重い口を開こうとしていた。
いつまでも死を悼んでいる訳にはいかない。
カイは自分達なら故郷を救えると思ったからこそ、命懸けでメイア達を助けたのだ。
カイが死んだのを悲しむのならば、カイの死に答えなければいけない。
マグノは気持ちを一新させて、出発の号令をかけるべく口を開いた。
「さあ、バート！全速前し・・・・・・」
ボコッ
その場にいた全ての者達が、敏感に反応した。
惑星内砂漠に残された蛮傘。
砂に埋もれた根元部分より突き出している一本の腕。
砂色に染まりつつも陽の光に眩しく反射しているその腕は黄金色をしていた。
それが何かを誰もが判断する前に蛮傘は音を立てて吹き飛び、砂から大きな機体が出現する。
機体は身震いするように胴体部分を左右に動かして、炎天下の元まさに威風堂々と全貌を現した。
一同は呆然と金色に輝く機体を見つめ、同時に明るい兆しをブリッジ内を木霊させた。
「副長！惑星砂漠内よりヴァンガードの機体反応を確認しました！！」
「こちらも確認した。心拍数、心理グラフ、ともに正常だ」
「お頭、副長！カイちゃんです！
通信回線、繋がりました！！モニターに表示します！！！」
ベルヴェデールが、ドゥエロが、エズラが先程までの気分を吹き飛ばさんばかりに興奮気味に叫んだ。
マグノやブザムとて気持ちは同様である。
知らず知らずの内にモニターへ身を乗り出す二人に応えるかのように、モニターからは元気な男の声が響いてきた。
『はあ・・・・はあ・・・・あ〜、しんど。
やべえ、死ぬかと思ったぜ』
モニターに映し出されたコックピット内は照明が消えており、停電の如く暗さが目立っていた。
乗っている搭乗者の顔は精神疲弊はしているようだが、少なくとも死人が化けているようには見えない。
カイ＝ピュアウインド、まさに奇跡の生還であった。
ブザムは状況的に助かる訳がないカイの生存に、信じられない気持ちで通信リンクして呼びかける。
「カイ、無事か！？」
『ふう・・・・ん？おう、ブザムか。
無事も何も全然ピンピンしているぜ。どうやら自爆も収まったようだな』
モニター視点が切り替わり、カイの蛮型の様子が映し出される。
カイは黒く濁った砂を手で無造作に払って、変わり果てた砂漠の惨状を見つめていた。
ようやく気持ちの整理がついたマグノは、ブザムに引き続いて声をかける。
「・・・あんた、よく無事に生きていたね。呆れた生命力だよ」
皮肉が混じっているが、声色に嬉しさが隠せないような明るい響きがある。
カイにはそれが分かっているのかいないのか、けっと舌打ちして答えた。
『人をゴキブリみたいに言ってたんじゃねーよ！
こちとらヒーロー目指して日夜頑張っているからな。
この程度の罠にやられるほどひ弱にできちゃいねえんだよ、はっはっは』
たった今惑星全土を巻き込む大爆発を生き延びた男の言葉には全然聞こえない悲壮感のない声だった。
聞けば聞くほどに心配していた自分が馬鹿みたいに思えてくる。
その代表者であるベルヴェデールは喜びを隠すかのように、わざと仏頂面で不機嫌に声を出した。
「ゴキブリと大して変わりないじゃない。
あーあ・・・生きてたんだ、あんた〜」
『てめえ、何残念そうに言ってやがる！こっちは死ぬほど崖っぷちだったんだぞ。
ちっとは生きててよかったくらい言えねえのか！！』
「ふ〜んだ」
モニターに向かってドアップで文句を撒き散らすカイに、ベルヴェデールは舌を出す。
仲がいいのか悪いのかは分からないが、もうすっかりベルヴェデールはペースを取り戻していた。
傍らで二人の様子を見つめていたアマローネは、温度差が急激に下がったような冷淡な口調で呟く。
「流石は宇宙一のヒーローね。
あんな爆発の中を生き延びて、ベルと仲良くやっているんだから」
『な、何訳の分からねえ事言ってやがる！？』
「大体なんで助かってたのよ。普通なら絶対に死んでいる状況だったのよ。
自爆に巻き込まれて助かる可能性は限りなく０だったのに」
アマローネの算出した生存の可能性は０だった。
この計算はブザムやマグノのように経験や知性溢れる者達でさえも同様の結果なのである。
どう考えても助かる筈がなかった。
爆発前に惑星より離脱できていたのなら話は別だが、カイはまだ惑星内にいる。
ヴァージョンアップした蛮型が爆発のショックより守ってくれたとも考えられなくはないが、爆発の規模的に可能性は低かった。
となると、残る可能性は一つ。
カイはマグノ達が及びもつかない策を講じて惑星内に留まり、見事生き延びる事に成功したのだ。
アマローネの質問は、ブリッジ内全員の疑問である。
静まり返り聞き耳を立てる一同に、カイは得意げに語り始めた。
『いやそれがよ、初めは強行突破でもかまして惑星を脱出しようとしたんだけどな、
ちょっと無茶なやり方かなって思って考え直したんだよ。
レーザーにシールド、大気圏を突破するには時間がなさそうだったからな』
強行突破はやろうと思えば出来たし、脱出できる可能性も無くはなかった。
事実、カイは行う一歩寸前でいた。
その考えを打ち消したのは、以前のガスコーニュの言葉からだった。
『正しい事も、間違っている事も、決して一つじゃない。
個に囚われていては、全を見失うよ』
たった一つしかないと思った瞬間に、その一つしか見えなくなる。
追い詰められた選択肢が最上の選択肢に思えてしまい、間違えを間違えと認識できなくなってしまう。
カイの視野の狭さを指摘したガスコーニュの意見だった。
『で、考えて思ったんだよ。俺は脱出する事にこだわり過ぎてたんじゃないかなって。
逃げるには危険が大きい。留まるには危険が大きい。
結局危ないのはどっちでも同じだったんだ。そう考えた途端俺の頭脳にピーンと来たんだよ』
「・・・くだらないとは思うけど聞いてあげるわ」
疑問符を浮かべるアマローネに、カイはにやりと笑って答えた。
『穴掘って隠れた』
「え・・・・・？」
アマロ−ネはカイが何を言っているのか分からず、目をきょとんとさせる。
そんなアマローネの様子が面白かったのか、カイは笑ったまま言葉を続ける
。
『蛮型ってのは元々陸上戦用の人型兵器だからな。特に俺の相棒はパワフルな力がある。
リミットも迫っていたようだったから、急いでその場に大穴を掘って隠れたんだ。
こいつで穴の出入り口をコーティングしてな』
ひょいと取り上げたのは、爆炎に巻き込まれた壊れた蛮傘の残骸だった。
ようやく得心がいったのか、カイの説明を聞いたドゥエロは独特の笑みを浮かべる。
「蛮傘は大気圏の膨大な熱量と圧力に耐える構造をしている。
仕掛けられた装置の自爆より蛮型を守る事は出来る」
「砂も熱には強い。二重の防衛策を敷いたという訳か。
まったく・・・・土壇場でよく思いついたものだ」
頭脳明晰なブザムがドゥエロの言葉を補足して、感心した表情を見せる。
つまりカイはトラップフィールド内で時間が許す限りに作業を行って、一種の防空壕を作ったのである。
トラップの終焉を飾る自爆は、あくまでも地表面上に設立された建設物が連鎖して爆発するために仕掛けられていた物だ。
地面の下、つまり砂漠の中に隠れてしまえば影響は極めて少ない。
しかし穴に飛び込んでしまえば、穴の空洞部分より爆炎が侵入してしまう。
そこで出番となったのが蛮傘である。
穴の底に入り上部分を傘を展開させて塞いでしまえば、完全なる逃げ場所が確保できるという訳であった。
結果としては爆発の影響で砂漠が揺さぶられてしまい、命が助かった代償として穴が砂に埋もれてしまったのだろう。
生き埋め状態になって苦労して砂より這い出た瞬間を思い出して、黙って聞いていたマグノはおかしそうに笑った。
「でも本当によかったわ。カイちゃんが無事に生きててくれて」
感極まったのか、エズラのカイを見つめる視線は喜びと感動に満ち溢れていた。
カイはエズラの様子と暖かい言葉に照れくさそうにしながらも、ちっちっちと人差し指を振る。
『甘いぜ、おふくろさん。
このカイ＝ピュアウインド、罠にはめられて大人しくしている様な男に見えるのか？』
「え・・・？どういうこと？カイちゃん」
カイの得意げな様子に、エズラは不思議そうにおっとりとした顔を揺らした。
カイは愉快そうに身体を揺らして、自分の相棒の背中のフォルダーにしまっていた物を取り出した。
『へっへっへ、これなーんだ？』
「それは・・・・敵側の部品か！？」
モニターより映し出されているのは、蛮型の手に乗せられていた機械の断片の数々であった。
中には水に濡れている部品もあるが、冷却装置により凍った時の微小メカなのであろう。
ブザムが今度こそ驚愕に満ちた表情をしているのに満足してか、カイは自慢げに言った。
『俺は機械の事には詳しくないから分からんが、お前らなら何らかのデータは取れるだろう。
人が命がけで手に入れたんだからな。ちゃんと分析頼むぜ』
連続するトラップの数々に、命すら危ぶまれた自爆の危機。
マグノ海賊団の誰もが打開策すら立てられずにいて、ましてや初期の目的であった敵の情報の事など頭から抜け落ちていた。
皆仲間を助けるのに精一杯であり、生き残るのに必死だったのだ。
それなのにカイは困難な状況を生きのびただけではなく、目的すら忘れずに見事達成させたのである。
さしものブザムもこれには脱帽だった。
「よくやってくれたな、カイ。
我々の大切なクルー達を守り抜いてくれた上に、情報まで手に入れてくれるとは思わなかった。
心から感謝している」
『えっ！？ま、まあわかりゃいいけどよ・・・』
まさかブザムが手放しで誉めてくれるとは思わなかったのか、カイは逆に驚かされた顔をしていた。
艦長席に座るマグノは肩の荷が下りた思いでふうっと息を吐き、モニター内のカイを見上げる。
その瞳にはカイが無事に生き残ったことへの安堵と数々の功績を成し遂げた賞賛があった。
カイはまぎれもなくマグノ達の期待に応えたのである。
ブザム同様にマグノもカイを褒め称えたい気持ちで一杯だった。
だがカイの扱いは心得ているのか、マグノはきわめて普通に言った。
「ご苦労だったね、カイ。船に戻ってゆっくり休んでおくれ。
後の処理は全てアタシらがやるよ」
正面からの褒め言葉はカイが邪険にするだけだと知って、労いのみで終わらせる。
カイにはそれで十分だと何よりも知っているからだ。
通信回線より任務完了を言い渡されたカイだったが、何故か言い難そうに頬を掻いている。
カイの仕草が気になったベルヴェデールは首を傾げつつ尋ねる。
「どうしたのよ、あんた。帰ってこないの？」
『いや、それがよ・・・・・』
「？？何なのよ。はっきりしないなんてあんたらしくもない」
ベルヴェデールが追求すると、カイは困った顔をして最後こうコメントした。
『・・・・どうやって帰ればいいんだ、俺？』
「え？あーーーーー！？」
数十分後、「大気圏離脱が出来ない」カイの蛮型をデリ機が回収したという。
敵が残していった罠を有した惑星。
最後の一人カイを収容したマグノ海賊団は全ての用事を終えて、今後こそ出航を果たした。
その後の幾度かの調べで判った事は惑星にはもう一切の痕跡も残ってはおらず、正真正銘只の荒野の星となってしまったという事である。
何故敵が罠を残したのか？何故敵がこの星を侵略したのか？
そもそも敵とは何か？この星には人間がいたのだろうか？
疑問は考えれば考えるほどに浮かんではくるのだが、明確な答えを出せる人間は母船内に一人もいなかった。
唯一の手がかりはカイが死に物狂いで手に入れた敵の情報である。
幸い優秀なエンジニアが数多く在籍しているマグノ海賊団。
惑星の探索の任を終えたアマローネ・ベルヴェデールの二人とセルティックのバックアップの元、解析とデータ化が行われる。
カイが持ち帰った数々は大半が読み込み不能なガラクタだったのだが、その中に驚くべき情報が隠されていた物があった。
凍結させた微小メカである。
侵略者を退治するプログラミングを施されているメカニズムに、メカ同士の通信リンクをキャッチできたのだ。
二人は丹念に分析を行い、結果として出されたデータに顔色を青ざめる。
「？どうした？解析は終わったのか」
「は、はい。全て完了しました」
二人の作業結果を待ち望むブザムとマグノだったが、ベルヴェデールの様子に怪訝な顔をする。
少し不安に駆られて、ブザムは報告を促した。
「解析したデータを読み上げてくれ」
「え、えーと・・・・・」
日頃は命令にハキハキと返事をするベルヴェデールだが、いつになく様子がおかしかった。
手元のコンソール表示画面を見つめて、透き通った唇を震わせているのだ。
ブザムは眉を潜めてマグノに視線を向けると、マグノは思案顔をして小さく一つ頷く。
同意を得てブザムも頷くと、ベルヴェデール・アマローネの間に立ってもう一度はっきりと言った。
「読んでくれ。詳細を聞きたい」
副長の命令にベルヴェデールはアマローネを見る。
深刻な表情をしている同僚に、アマローネはこくんと唾を飲んで解析データを読んでいった。
「『今期収穫項目：赤血球・白血球・リンパ球他 状態良好』、データは以上で終わっています・・・・」
アマローネの報告に、ブザムは表情を変えた。
カイが命懸けで手に入れたデータにはそれ相応の情報が入っていたのである。
だが、それはいい意味でも悪い意味でもあった。
「お頭、これは・・・・・！？」
額に汗を浮かべるブザムに、マグノは歯軋りをして呻き声を漏らした。
その表情には戦慄と怒りが込み上げてきており、普段の大らかさがない。
「敵さんの目的は文字通り刈り取りって訳かい。
奴等はアタシらをまるで野菜か何かにしか思っちゃいないんだ！」
強制遠距離ワープ時襲い掛かってきたピロシキ型には、メジェール・タラークや他の星々を壊滅させるという恐るべき情報があった。
その際に敵側が展開している作戦名として『刈り取り』の名が冠せられていたのだ。
当初はその名の意味が分からずに、ブザムは暗号なのではないかと推測していた。
しかし今日もたらした情報に、ブザムやマグノは自分達が甘かった事を思い知る。
敵は文字通り『刈り取り』を行い、メジェール・タラークの国民全員を『刈り取る』つもりなのだ。
その目的が先の惑星のように血液なのかどうかが定かではないが、少なくともあの惑星の人々が生きていて敵に血を抜かれたのである。
カイ達が降りた時に砂漠と化していたのは、既に惑星の全民が殺されて血を奪われた後だったのだろう。
血を抜かれて干からびて星が乾いた砂漠となっているとは、ブラックジョークにしても笑えない。
驚愕の真実に畏怖を感じるクルー達だったが、マグノは難しい表情をして最後にこう述べた。
「・・今回、カイが頑張ってくれたお陰でアタシらは貴重な情報を得た。
それはアタシらがこれから相手をしなければいけない敵はとんでもない奴だって事さね・・・」
今度も続く故郷への旅。
だが、その行く先には暗雲が漂っているように思えてならなかった・・・・・
時刻は夜。
カフェテラス「トラベザ」にて、一人の男がテーブルにもたれかかって座っていた。
「あんたは関係ないでしょう！さっさとどこかに消えなさいよ」
「だーめ！これから宇宙人さんにいっぱいご飯を食べてもらうんだから！」
「そんな事言って、本当の狙いはカイに合体を頼むつもりでしょう。
お生憎様、カイはもうジュラと約束をした後なの。
だからそんな料理、カイはいらないって」
「ええっ！？ずるいよ、ジュラ！」
「何よ、やる気！」
白いエプロンをつけたディータに、黒いエプロンをつけているジュラ。
可愛らしさと華やかさがある二人だったが表情はきつく、口喧嘩をしている。
二人の前には洗い場があり、数々の調理材料と清潔にされている調理道具が並んでいた。
しかしながら揉め合っているせいか洗い場はごちゃごちゃになっており、料理は見る影もない。
手料理に長けているが感情的なディータと、情熱はあるが肝心の技術がないジュラの喧嘩の結果である。
そもそも何が原因なのかは・・・・もはや語るまでもないだろう。
カイは二人の様子を疲れきった目で見ながら、傍らでごそごそやっているバーネットに声をかける。
「あいつら、いつまでやる気だ・・・・」
「・・・あんたが行って止めたら？」
「お断りだ。もう関わる気にもならん」
それでも律儀にこうしてテラスへ足を運んでいる辺りがカイだった。
バーネットはカイの様子に小さく苦笑して、テーブルの上に一つの皿を置いた。
横に添えるはナイフとフォーク。
料理を取る際に必要なナプキンは用意しておらず、そのままバーネットは準備を整えた。
出撃前に預けになったステーキである。
「待ってました！これを楽しみに頑張れたんだよな」
ソースのいい匂いが漂うステーキにうっとりとしながら、カイはナイフとフォークを手にとった。
二つの道具の使い方については既に教わった後である。
「大げさな奴ね・・・でも、借りは借りだからね。
お代わりも用意してあるから何枚でも食べていいわよ」
「おお、お前いい奴だな！じゃあ遠慮なくいただくぞ！！」
ステーキを前に嬉々としているカイに、不遜な態度は見られなかった。
自分達を命懸けで助けたのにも関わらず、カイはその事を恩に着せようともしていない。
バーネットは改めてカイが自分が思う男の像とはまるで違う事を知る。
（ま、これから先で分かるか・・・・）
バーネットが口元を緩めて見つめているのに気がつかず、カイは手を合わせる。
「いただきま〜す！」
ジュラとディータが言い争っているのを尻目に、カイは今日も無事に生き延びた事への報酬を味わっていた――
時刻は深夜。
探索を終えて収納された蛮型が収納された格納庫にて、一人の女性が壁にもたれて座っていた。
「何という屈辱だ・・・・・あの男が任務を達成するとは・・・・」
最低限の照明しか照らされておらず、腰を落ち着けているメイアの表情は伺えなかった。
ジュラ達は任務を終えて既に休憩に入っていたのだが、メイア一人だけがパイロットスーツのままでその場に残っている。
メイアの独り言には苦渋と屈辱が込められており、メイアの周りに腹ただしい気配が流れていた。
「それに・・・よりにもよって命まで・・・・」
メイア達が惑星を去った後のカイの目覚しい活躍はお頭であるマグノから聞かされていた。
全てが終わり、振り返ってみれば今回の調査はカイの独壇場だったと言えるだろう。
トラップに陥った仲間を助け、支えて、安全圏まで避難させ、任務を果たして自分も脱出する。
カイの取った行動は、本来はリーダーであるメイアがしなければいけない行動だったのだ。
しかし現実として自分は不調で何も出来ずにいて、敵である筈の男が全てをやり遂げてしまった。
それだけでも屈辱的なのに、よりにもよってカイが達成させた事にメイアは並々ならぬ憤りを感じている。
メイアとしてはカイに助けられた事すら恥じ入る事であると思っていた。
憤懣やるせない気持ちを抱えて、メイアは虚空を睨み付ける。
『責任ってのは生きてこそ果たすもんだぜ、青髪。死んでまで背負うもんじゃねえ』
メイアは強く響いてくる内なる声を振り払い、全てを遮断するように瞳を閉じた。
何者にも頼らず、自分一人で生きていく。
頑なな心はそのまま消える事はなく、メイアは男に助けられて生き延びてしまった事への屈辱を味わっていた――
＜end＞
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