ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 20 "My Home Is Your Home"






Action23 −冒険−








 子供を背負った青年に、苦境を生き抜いた少女。自我に目覚めたロボットに、心が芽生えた幻の少女。体力勝負で誰が一番優れているのか、これほど悩むラインナップはそうそうないだろう。

ニル・ヴァーナよりも大きい地球母艦の端まで走るデッドレース、狂気の沙汰と言い切れる地獄のマラソン。何の酔狂なのか、突如始まった勝負。

長距離走において問われるのは速力よりも持久力、体力という性質がないロボットや幻影の少女は有利かもしれないが、彼らには足がない。走るという点においては、微妙だった。


だがそもそもゴールが見えない勝負の場合、一番必要なのは根気かもしれない。


「……あのさ、さっきから同じ光景が続いている気がするんだけど」

「……気のせいピョロ。着実にピョロ達は前へ進んでいるピョロ」

「……うー、つまんない。あーきーたー!」


 空調は利いているのだが、まるで砂漠の中を歩いているかのような錯覚に襲われる面々。延々と続く通路を、だらけきった顔で歩いている。

そもそも止まってもいいのだが、危険という選択肢は何故か彼らにはない。一番懸命な判断だけは、彼らにとって負けの認識になってしまっている。

彼らが止まらない限り、地獄はいつまでも続く。果てしないマラソンは、無常にも彼らの意志により継続されてしまっていた。


今のところ勝負の軍配が上がりそうなのは、根気が染み付いている男であった。


「すごいよ、おにーちゃん。はやい、はやい!」

「ふふふ、シャーリーを背負った僕は天下無敵なんだよ! シャーリーに勝利を捧げるぞ、うおおおおお〜〜〜!」


 シャーリーは病の星で生まれ育ち、隔離施設で闘病生活を送っていた。彼女にとって世界とは、暗く閉ざされた病室だけだった。

病気は治らないと、半ば諦めていた。大人にはなれないと、半ば落ち込んでいた。そんな彼女を連れ出してくれたのは、家族になってくれた青年だった。

テラフォーミングはペークシス・プラグマの力だが、病を完治させたのはペークシス・プラグマを動かしたバート・ガルサスだった。


彼ら自身が結んだ絆が奇跡を起こし、今その新しい絆を大いに育んでいる。


「くっそ、もうやめてえけど、あいつらに負けるのはムカつく。アタシにだって、名前をくれた家族がいるんだよ」

「ピョ、ピョロにだって、ピョロUという家族がいるピョロよ!」

「ユメには大好きなますたぁーと、妹のカルーアと、まあ一応……ソラもいるもん。ふふん、三人もいるユメの勝ち!」


 そう、家族である。家族の絆をこれでもかと言わんばかりに見せつけられたら、リタイアする訳にはいかない。

何が何でも勝つ、その思いの根源は自分ではなく家族の名誉。もう一人ではないのだと、彼らはこの勝負を通じて証明しているのである。

独りぼっちだった経験があるからこそ、一人ではない今の自分を誇らしく証明したいのだ。


――この勝負に、終わりは全く見えないのだが。


「ところで、おにーちゃん」

「何だい、シャーリー!」

「今、どの辺を走っているの?」


「僕もよく分からないよ!」


「ちょっと待てや」

「ほげぇ!?」


 子供は持久力は大人に比べると弱いが、瞬発力には長けている。バートの言葉を聞き咎めたツバサは駆け抜けて、バートの横腹を殴った。

背中から蹴り飛ばしてやりたかったのだが、あいにくとバートはシャーリーを背負っている。小生意気なツバサも、自分を友達だと言う少女を蹴りたくはなかった。

女ボスが支配するミッションを生き延びた少女、暴力沙汰には慣れている。絶妙な加減で、シャーリーを落とさないように気を使っている。


もっとも無防備な横腹を殴られたバートにとっては、手加減であろうとダメージはデカイ。


「いきなり何するんだ!? 勝負に暴力は反則だろう!」

「うるせえ、バカ案内人。てめえ、まさか道に迷ったのか?」

「えっ――」

「道に迷ったのか、聞いてんだよ」

「ま、迷ってないよ」

「挙動不審」

「ま、迷ってないから」

「だったら、今アタシらがどの辺にいるのか、正確に言ってみろ」

「え、えーと……多分、母艦の真ん中辺りかな」

「大雑把すぎてよく分からねえよ!?」


 迷っている、完全に迷っている。冷や汗流して右往左往するバートに、観察力に長けているツバサはすぐに見破った。

厳しく追求しなかったのは、背中のシャーリーが心配そうにバートを見ていたからだ。家族を馬鹿にされれば、繊細なシャーリーは傷ついてしまう。

もしもカイが他人に馬鹿にされたら、自分はきっとそいつを殴る――分かっているだけに、ツバサは鼻を鳴らす程度で済ませた。


「だ、大丈夫だよ、心配しないで! 走ればいずれ、船の端っこに着くさ!」

「お前にそう言われると、何だか自分の馬鹿さ加減を思い知らされた気がする」

「酷い!?」


 反面教師という言葉がこれほどピッタリな状態は、なかなか無い。狼狽えるバートを目の当たりにして、ツバサは髪の毛を掻き毟った。

勢いのまま勝負を持ち込んでしまったが、どうやら事態は深刻な状況に陥っているようだ。それでも足を止めないあたり、ツバサもなかなか負けん気が強い。

全員は走りながらも、状況を再認識していく。繰り返すが、走るのはやめていない。


ここで足を止めれば負け、勝負内容は刻一刻と無駄に苛酷さを増していった。


「案内人が案内に迷うってのはどうよ」

「違うぞ、ツバサちゃん。これは僕なりの観光だよ!」


「同じ景色が続いているからウンザリしているんだよ、ボケ」

「ナビゲーション『スタッフ』としての意見はどうピョロ?」

「ナビゲーション『チーフ』の意見としては、もんどーむよーで不採用」


「酷すぎるよ、君達!?」


 志望している訳ではないが、先日の就職イベントでは転職希望で参加していたバート。不採用の三文字は、転職者には死刑宣告に等しい。

しかもナビゲーションクルーは少女とロボットで構成されているチームである。大人が受け入れられないのは、完全な恥だった。

泣きそうな顔で俯くバートを、シャーリーは懸命に元気づける。少女の健気さは、天下一品だった。

妹に慰められている情けない兄貴を前に、ツバサは実に現実的に解決策を探る。


「この馬鹿に頼っていると、マジで遭難しちまう。おい、ロボット、お前の出番だぞ」

「ピョ、ピョロは無理ピョロ!?」

「あん、何でだよ。ナビゲーターだろう、てめえ」

「ナビゲート出来ない場所で無理言うなピョロ!?」


 そもそもピョロが此処へ来たのは彼らの友達ということもあるが、母艦のナビゲートを行う下準備の目的も含まれている。

地図を作るには測量が必要なのと同じく、ナビゲーションするにはマッピングデータが必要なのだ。

肝心のそのデータは母艦内にしかなく、外部から検索するのは不可能だった。現地でデータを確保するしか方法がない。


何しろ検索を行うシステム自体が今、ウイルスで停止しているのだから。


「お前はどうなんだ、チーフさんよ」

「ユ、ユメは勿論出来るわよ。ナビゲーションチーフだもん!」

「じゃあ案内してくれ」


「――うっ、いたい。おなか、痛い!」

「すげえガキ臭い理由で逃げやがった!?」


 ユメであれば不可能ではないが、彼女が母艦のシステムに介入するのは問題があった。個人的な問題なのだが、本人には重要だ。

母艦のシステムが停止している以上ユメが直接干渉するしかないのだが、ユメ本人が母艦のシステムに干渉すると地球に知られる危険性があった。

彼女にとって、地球はもはやどうでもいい存在。干渉したくも、されたくもなかった。


「……やべえな、どうしよう……このままじゃ」

「お、おいおい、そんな不安そうな顔をするなよ。僕がいるだろう!」

「てめえがいるからなんだってんだよ。と言うかお前、いい加減足を止めろ」

「君こそ悩んでいるくせに、足は止めないな!」


 誰もが皆困り切った顔、体力どころか気力まで失いつつある。それでも足は止めない、勝負は絶対にやめない。

これは彼女達にとって勝負であり、冒険でもある。ようやく一人だけの生活が終わり、仲間達との冒険に出ているのだ。


自分の意志で、故郷を飛び出したのだ。苦境に立たされたからといって、引き返したくはない。前へと進んでいたい――!


「ちくしょう……カイ、どこだよ!!」



「――このやかましい声、ツバサか」



 果てしなく続く通路の横脇から、荷物を抱えた一人の少年が飛び出してくる。彼の背後には別チームのメイア達、調査隊が並んでいる。

いきなりの登場――待ち望んでいた存在のまさかの登場に、ツバサは足を止める。


足を、止めてしまった。


「……お、おまえ、どうして」

「お前らこそどうして、わざわざ"戻って"来ているんだ。まさか迷子にでも――わっ!?」


 ツバサはそのまま、カイの胸の中に飛び込んだ。よろけてしまうが、倒れたりはしない。どれほど体勢が悪くなっても、家族を落としたりはしない。

何も言わず、さりとて静観せず、ツバサはカイの胸に顔を押し付けて表情を隠す。強く抱きしめられて狼狽えてしまうが、文句はいったりしない。


いつも生意気な口を叩いていても、ツバサはまだ子供――不安になれば頼るのが、家族なのだ。























<to be continued>







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