ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 17 "The rule of a battlefield"






Action12 −波乱−







 勝てば官軍、負ければ賊軍。軍事国家タラークでの教訓は、下級市民に至るまで徹底されている。戦いに勝った方が正義となり、負けた方は不義となってしまう。

弱肉強食の世界に、道理など必要とされない。どのようなやり方であろうと、強い者こそ絶対。勝たなければ、惨めに死ぬだけ。勝敗によって、正邪善悪が定まる。


中継基地ミッションを支配するリズも、勝利を積み重ねる事で頂点に立っている。彼女の強さは鍛え上げられた肉体と磨かれた技術、そして築き上げられた戦術で支えられている。


「あの闘技場には、仕掛けがある」

「仕掛け……? そんな物があるようには見えないが」


 リズとブザムの決闘が激化していく中、カイとミッションの少女は観客の影に隠れて密談している。観客はハイレベルな戦いに熱狂しており、カイ達に目を向ける者はいない。

パイウェイと同年代の少女だが、大人顔負けの利発さと度胸で物怖じせず、カイと対等に接していた。


「だから、お前は馬鹿なんだよ。よく見ろ、闘技場全面に土が敷かれている」

「あっ!? 土の下に埋めているのか!」


 ミッションの地下に建造された闘技場、急拵えとはいえ一応見栄え良くは出来ている。丁寧に用意された戦いの舞台、その見栄えの良さに騙されてしまっていたのだ。

土と砂に血と汗が染み付いているのも、対戦者であるブザムやカイ達の目を誤魔化す絶好の絨毯となっている。血の生々しさに度肝を抜かれて、土の下にまで気を配れなくされたのだ。

考えてみればミッションは中継基地であり、惑星ではない。土は植物類を育成出来る貴重な土壌であり、闘技場全面にわざわざ敷くなど無駄以外の何物でもない。

閉鎖された空間に娯楽は大事であっても、命あっての物種だ。戦いの舞台を贅沢に飾れる余裕など、彼らにはない。


指摘を受けてようやく気付いたカイを、少女は呆れた顔で見る。完全に馬鹿にした目をしているが、少年が驚いてくれて少し得意げにしていた。


「闘技場から見えない位置に、スイッチを仕込んでいる。万が一ボスが追い込まれたら、あのハゲ坊主がスイッチを押して助けるんだ」

「ちっ、どうりであのハゲさっきから見ないと思ったら――」


 リズの補佐役として間近に控えていたパッチが、いつの間にか姿を消している。メイア達はブザムとリズの死闘に集中していて、気付いてはいない。

カイは周囲を警戒していたので気付いてはいたが、注視はしていなかった。海賊の戦いを見るのが肝心要であり、側近の男などあまり関心はなかった。


敵の領域に居る中自分の迂闊さに歯噛みするが、後悔にいちいち立ち止まったりはしない。ウジウジしている間に殺される。そんな過酷な現実を生き抜いてきたのだ。


「スイッチの場所は分かるか? 多分そこに、あのハゲが居る」

「誰に向かって言ってるんだ、ボケ。知っているに決まっているだろう、ついてこい」

「ちょっと待て」


 すっかり仕切り役になっている少女に苦笑しつつ、カイは制止する。行動に出る前に、はっきりさせておかなければならない事があった。

自分の行動を邪魔されて少女は憤慨するが、カイの真剣な表情を前に怒りを沈める。場の空気を読める、修羅の娘であった。


「戦いの状況を見る限り、ブザムが一歩リードしている。あの女ボスも強いけど、ブザムなら追い詰められる。必ず、罠を発動させるだろう」

「だから阻止すると言ってるんだろう、いちいち確認すんな」

「確認したいのは、お前の立場だよ。あのハゲの邪魔をしたら、お前は完全に裏切り者になるぞ」

「アタシを、あんな奴らと一緒にすんな!」


「裏切り者になるということは、此処に居づらくなるという事だ。この場にいる連中全員を敵に回す覚悟はあるのか、お前に」


 気丈な少女が息を呑み、周囲を油断なく見渡した。興奮に拍車をかけている観客達、血に飢えた獣の群れ。群れを統率するボスを裏切れば、手下が総出で八つ裂きにする。

過酷な環境で生きてきた少女は決して、夢を見ない。話せば分かると、楽観的に世の中を伺ったりはしない。裏切れば、自分が殺されると理解している。

少女は、震えなかった。恐怖に瞳を揺らしてはいても、己の意思を貫かんとする。


「な、何度も言わせんな。こんな奴ら、仲間じゃねえ。アタシは元々一人だったんだ、何ともねえよ!」

「お前は、死ぬぞ。命は逃れても、此処から追い出される」

「じょ、上等じゃねえか……こんな所、アタシの方から出ていってやる! こんな穴蔵、大嫌いだ」


 やはり似ていると、カイは確信する。この少女は昔の自分、タラークで灰色の空を苦い思いで見つめていたあの頃の自分にソックリだった。

ボスの卑怯なやり方を毛嫌いし、ミッション内に蔓延する後ろ向きな空気に嫌気が差している。此処に居ても未来はない、自分の人生の窮屈さにうんざりしている。


一番嫌いなのは、嫌だと分かっていながら筋を通せない自分自身。空を見上げるしかできない無力な自分に、激しい苛立ちを感じている。


カイ達がこのミッションに来た事は、少女にとって一筋の光明だったのだ。地獄の底に垂らされた蜘蛛の糸、何が何でも離すまいとしている。

軍艦イカヅチへの乗船が自分にとって転機だったように、少女にとってニル・ヴァーナが救いの船だったのだ。ミッションに来た時は、さぞ興奮しただろう。

自分だって義父と喧嘩別れをし、中将に必死で頼み込んでイカヅチに乗船させてもらったのだ。気持ちは痛いほど、理解できた。


「よし、分かった。俺も一緒に戦ってやる」

「はあっ!? いらねーし、役立たずだし」

「どこから漲ってくるんだ、お前のその自信は!? 共闘しようと言ってるんだよ、俺だってあのハゲ止めたら観客共に襲われるだろうからな」


 仕掛けを止めれば少女の裏切りは確定的になるが、同時にカイも交渉相手から敵に格上げされる。卑怯な手段を使った反則負けにはならないのだ、この闘技場では。

リズの勝利は決定事項であり、物資も最初から渡す気はない。観客達の熱狂はとどのつまり、穴蔵に飛び込んできた馬鹿な獲物が血祭りに上げられるのを見れるためである。


特にマグノ海賊団は、麗しい女性達が出揃っている。狭く暗い穴蔵生活に飢えた男達の餌には、もってこいであった。


罠があると判明した時点で、最早交渉でも何でもない。決定的な決裂をはっきりと悟ったカイは、戦う覚悟を固めている。少女を護り抜く決意も。

少女は自分自身にそっくりな、人間。護ってやると言われて、喜ぶような性質ではない。お姫様扱いされるのを、徹底的に嫌う。

対等であると示しているからこその、共闘――少年の心意気と思い遣りに、少女は破顔する。


「しゃーねーな、お前弱そうだしアタシが面倒見てやるよ。喜べ、家来にしてやる」

「ぐぎぎ……文句言いまくりたいが、メカメカしていた頃のピョロ相手に俺もこういう事言っていた気がする。傍で聞くと、すげえ恥ずかしいな」


 こうして、二人は覚悟を決めた。観客全員、このミッションそのものを敵に回す覚悟を。一人では無理でも、二人ならば立ち向かえる。

虚勢なのは分かっている。所詮は子供二人、大勢の大人相手に勝ち目などある筈がない。勇気や優しさでは、相手を諭せても倒せはしないのだ。

結局は、自己満足。それで上等。大人に飼い慣らされて腐るくらいならば、子供なりに意思を貫いて死ぬ。馬鹿だと言われようが、馬鹿な大人になるよりはいい。


  二人は頷き合い――獣の群れに、飛び込んで行った。















 パッチはすぐに見つかった。闘技場から見えにくい位置に設置されているスイッチに、手をかけている。闘技場の様子を見つめる彼は、馬鹿げた事に隙だらけであった。

観客席が、絶叫する。攻勢に出たブザムが鞭でリズの足を絡めて倒し、チャンスとばかりに襲いかかっている。ボスのピンチに、観客が雄叫びを上げている。

戦況を確認して、パッチはニヤリと笑う。始終ペースを掴まされたブザムに、鼻持ちならなく感じていた。あの不敵な女が罠にかかると想像しただけで、笑みが零れてしまう。


罠にかかるであろう獲物を前に、舌舐めずり――無防備な狩人に、二匹のひ弱なウサギが齧り付いた。


「やめろ、てめえ!」

「うげっ!? くそ、何しやがる。そのスイッチから手を離せ!」

「この手の上下スイッチは逆方向に思いっきり曲げると、簡単に折れるんだよな。ほれ、ポッキリ」

「はい、キャッチ」

「あああああっ!?」


 少年と少女がタックルしてパッチを押し倒し、即座にスイッチを掴んでへし折る。折れたスイッチをカイが手渡し、少女は即座に明後日の方向へ投げ捨てる。

罠は当然作動せず、ブザムはリズを倒して殴りかかった。ボスの絶体絶命のピンチに、観客は唖然呆然。仕掛けが作動しない事に、場は騒然となる。

パッチも伊達に、ボスの側近は務めていない。すぐに立て直し、毛根のない頭に青筋を立てて二人を睨みつける。


「ガキ共が……ただじゃおかねえぞ!」

「俺達を田舎者と馬鹿にしていた割には、カビの生えた啖呵だ。その手の罵詈雑言は聞き飽きている」

「単細胞馬鹿、そんなんだからハゲるんだよ」

「てめえら、ぶっ殺してやる!!」


 パッチが拳を振り上げて襲い掛かってくる。カイと少女は正面からの争いを避けて、逃げに入った。戦う覚悟を決めても、正面激突するつもりはなかった。

二人にとっての勝利は罠を阻止して、生き延びる事。最重要目的は既に達している以上、いちいち殴り合いをする必要はない。

少年は半年間痛い目を見て経験し、少女は幼少時より辛い人生を過ごして、生き延びる術を心得ている。二人の悲しい過去が、逃走を促していた。


「絶対に許さねえ、待ちやがれ!」

「おいおい、俺達を追いかける暇があるのか、ハゲ坊主」

「てめえの大事なボスがしこたま殴られているぞ、腰巾着ハゲ」

「リ、リズ姐さん!? くそっ……おい、てめえら! そのガキ共を殺せ!!」


 パッチの叫びでようやく観客達が異常に気づき、逃げ回る二人を捕らえるべくにじり寄る。観客席は満員、逃げ場はなかった。

同じ観客席で見ていたメイア達もカイと少女の現状に気付き、走り寄ろうとするが同じ観客に阻まれてしまう。数と地の利、二つが組み合わされば身動き一つ取れない。


けれど、誰も怯えていない。リズと戦うブザムも、取り囲まれたメイア達も――大人達に囲まれた、子供二人も。


絶体絶命にこそ、活路はある。カイもメイア達も、経験からそれを知っている。諦めた時点で視界が狭まり、そのまま殺されてしまうのだ。

少女は正直怖くはあったが、気丈に立ち振舞っている。彼女は生まれて初めて、一人ではなかった。一緒に戦ってくれる、少年がいる。

数も地も有利であるはずの群衆が、蹴落とされている。リズもブザムにやられて、怯んでしまっている。獲物が、狩人達を前に牙を向けている。それは、狩人の誇りが許さない。


こうなれば、全面戦争。奪い合いに、殺し合い――血みどろの戦争。



「なかなか、楽しそうな事をやっているじゃねえか」



 制止をかけたのは、戦争を生業とする商人であった。















<to be continued>







小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けると、とても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。


<*のみ必須項目です>

名前(HN)

メールアドレス

HomePage

*読んで頂いた作品

*総合評価

A(とてもよかった)B(よかった) C(ふつう)D(あまりよくなかった) E(よくなかった)F(わからない)

よろしければ感想をお願いします





[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ]

Powered by FormMailer.