ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 16 "Sleeping Beauty"






Action17 −末期−







 汚染された環境で病気にかかると、命取りになる。まして医療物資も限られている状況ともなれば、治療方法にも限界がある。

バーネット・オランジェロ、彼女にとって不運だったのは精神的に不安定だった事。弱った心が免疫力を低下させ、病気が進行。

肺が汚染されて呼吸が困難となり、咳や血痰を絶え間なく吐き出し、胸痛に苦しめられる。容態は悪化の一途を辿っている。


医師ドゥエロ・マクファイルの決断で、隔離病棟へ移送。外どころか部屋から出れず、寝込んでしまっていた。


「お願い! 薬でも何でもいいから、バーネットを治してあげて!
ジュラに出来ることなら何でもするから!!」

「……出来る事には限度がある」

「何よそれ! 助けられないって事!? アンタ、それでも医者なの!」


 実験が失敗に終わり、居ても立ってもいられなくなったジュラは許可を得て惑星に上陸。急ぎ、病院へと向かった。

待っていたのは、極めて悪い知らぜ。バーネットの病気の進行が早く、改善する兆しもない。治る見込みもない。

診断結果を聞いたジュラは激昂。ドゥエロに食ってかかるが、彼の助手であるパイウェイが横から突き飛ばした。


「ドクターは一睡もしないで、毎日一生懸命患者を救う努力をしてる! それ以上悪く言うのは止めてよ!」


 愛用のカエル人形も床に投げ出して、パイウェイはドクターの前で両手を広げる。ドゥエロを責められるのは、我慢ならなかった。

救えなかったのは、一人や二人ではない。救命チームに参加して一体何人の死を見届けてきたか、身も心も疲れ果てていた。

もうやめようと、何度思ったことか――それでも医療現場に残っているのは、他ならぬドクターが諦めなかったからだ。

ドゥエロは決して手を抜いたりしないし、妥協もしない。簡単に切り捨てたのだと思われるのは、我慢ならなかった。


「でも、バーネットを助けてくれな――」

「バーネットを助けるのは、ジュラの仕事でしょう! この星を良くしてくれるんじゃなかったの!?」

「っ!? そ、それは……」


 パイウェイにとって、いやチーム全員にとって、テラフォーミング計画は希望だった。カイ達なら成し遂げられると信じていた。

今までどんな苦難も乗り越えて、どれほど不可能であっても可能にしてきた。巨大母艦を倒した時は胸が震えるほど感動した。


なのに、期待は裏切られた。裏切った人間が、自分達を責めている。パイウェイは悔し涙を浮かべる。


「ジュラなんて大嫌い! パイ達はね、今も苦しんでいる皆を何とか助けようと一生懸命なの!
邪魔するなら、出て行ってよ!!」

「パイウェイ、やめるんだ」

「……ごめんなさい」


 ジュラがドゥエロに怒鳴り散らしてしまったのは、自分で皆を救えなかったからこそ。八つ当たりでしかなかった。

実験の失敗を指摘されては、ジュラも黙るしかない。泣きながら怒るパイウェイを前に、ジュラは視線を落とす。

人を救おうとする思いは尊いのに、人が救えなければ責められてしまう。どうして善行が苦行となり果ててしまったのか?


救う意思はあるのに、救う手段がない。これでは、ただ辛いだけだった。


「面会の許可を出そう。バーネットに声をかけてやってくれ。今はそれが何よりの薬となる」

「何て言えばいいのかしら……?」


 今は薬で抑えられているが、汚染された肺は正常に機能していない。細胞も劣化してしまい、身体機能にも悪影響を及ぼす。

そもそも肺は酸素を体の隅々まで行き渡す役割があるので、汚染細胞が全身に高転移してしまうのだ。

血液を介して脳にまで転移してしまうと、脳細胞まで腐り果てる。感覚障害や人格変化、そして精神症状まで引き起こす。


発症時から懸念されていた、脳の汚染。死への秒読みが、バーネットの中で始まっている。


そして、救う術は断たれてしまった。後は末期を迎えるのみ、手を尽くしても秒読みを遅くすることしか出来ない。

ジュラは親友に隠し事をしたくはなかった。自分の口から告げに来たのに、いざとなれば躊躇ってしまう。


「私から話そう。医者としての義務だ」

「ううん、ジュラから話すわ。ありがとうドクター、それと……さっきは、ごめんなさい」

「謝らなければならないのは、私の方だ。本当に、すまない」


 謝罪の言葉には、感情がなかった。誠意が篭っていないのではなく、擦り切れてしまっていた。瞼が震えてしまう。

心苦しくて、申し訳なくて、涙が零れそうになる。罪悪感に押し潰れそうで、ジュラは自分の手を必死で握って耐えるしかない。


泣いて、何が変わる? 悪いのは、自分だ。誰も助けられなかったのに、自分を憐れむな。


ふらつく足取りで、診察室を後にする。パイウェイが沈んだ表情で支えようとするが、ドゥエロが首を振って止める。

今のジュラには支えが必要だ。でもそれは、物理的な意味ではない。彼女自身も、誰かの助けを必要としていない。

ドゥエロは手元のカルテに目を向ける。此処での悲劇を、自分は生涯忘れないだろう。救えなかった患者達の事を、きっと夢に見続ける。


せめて、希望があれば――ドゥエロは今も船に残る、友を思った。嘆き苦しんでいるであろう、あの少年を。


「……ドゥエロ君、ちょっといいかい?」

「バートか」


 そしてもう一人の友バート・ガルサス、上陸した事は知っていた。実験の失敗をドゥエロやパイウェイに知らされたのも、彼だ。

椅子を勧めて、ドゥエロも腰掛ける。激務の中での貴重な休憩時間を、ドゥエロは友人の為に使っていた。パイウェイはお茶を淹れる。

誰も何も言わず、黙って飲み物を口にするだけ。疲れきっていた、何もかも。どうしようもない事も、分かっていた。

彼らは、他人のせいには出来なかった。己の無力をただ責めて、言い訳も口にはしない。


「……なぁ、ここの人達をタラークに連れて帰るってのはどうかな」


 バートの口から出た言葉は提案であり、逃避。妥協にも及ばない、思い付いただけの意見。くたびれた挙句の、結論。

それでも真剣に答えてしまうあたりに、ドゥエロの生真面目さがあった。笑ってしまうほどに、どうしようもない。


「それは無理だ。彼らにとって長旅は体力を消耗させてしまう。それに、我々の船には設備が無い」


 限られた医療物資に、使い古されている医療設備。新造戦艦ニル・ヴァーナは半年の激戦を経て、傷ついている。

ペークシス・プラグマにより改良された戦艦は故郷までの旅路に耐えるので精一杯、内装の充実にまでは到底機能を発揮出来ない。

特に医療設備は無人兵器との連日連夜の戦闘で、メンテナンスにさえ苦労している。ほぼひっきりなしに、使用しているのだ。

この惑星の大量の患者まで載せてしまえば、まず間違いなく犠牲者が出る。怪我人か、病人か、どちらにしろ死人だ。


「そう、だよな。ハハ、悪い忘れてくれ……ハハハ」

「バート……」


 バートは笑いながら、泣いていた。泣きながら、笑っていた。笑いたいのに、泣くしか出来なかった。

気持ちは痛いほど、よく分かる。パイウェイもまた、何人も患者を死なせた。見殺しにしたくないのに、救う事が出来ない。

励ましてあげたかったが、慰めは結局気休めにしかならない。パイウェイは、ギュッと彼の手を握ってあげた。


――死の際にいた患者の手を握ると、少し安らいだ顔をしてくれた。パイウェイはその表情に救われて、こうして慰めている。


バートはハッと顔を上げて、また俯いて啜り泣いた。悔し涙が、次から次へと溢れ出て来る。

パイウェイの温かな手に凍りついた心まで溶けてしまったのか、彼の口から弱音が滑り出てしまう。


「ドゥエロ君、僕はどうして神様に生まれなかったんだろう……そしたら、皆を救えたのに」

「バート、それは大きな間違いだ」


 こんな時でさえも、ドゥエロは真面目だった。大真面目に、神様を馬鹿にした。


「神は、何も出来やしない。誰も救ってはくれない。

神が本当に全知全能であれば――何故、私の友人をこうまで苦しめる?」

「ドゥエロ君……」

「神などより君の方がずっと立派だ、バート。君はこうして、苦しむ人達を思って泣いているじゃないか。
神になんてならなくてもいい。どうかこれからも、私の誇れる友で在ってほしい」

「っ……違うよ、ドゥエロ君……僕は、そんな立派な人間じゃ……ううう……」


 神になろうとしていたのに、友であって欲しいと願われた事が嬉しくて。自慢の友人になれなかった事が、悲しくて。

バートは心から、涙を流した。反省と後悔と、悲しみの感情を、目から吐き出す。


「一緒にシャーリーに会いに行こう、バート。パイとバートの、友達でしょう?」

「……うん」


 どうすればいいのか、分からない――でもどんな人間になればいいのか、分かった気がした。












































<to be continued>







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