ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 15 "Welcome new baby girl"






Action9 −解説−






 最悪の場合、エレベーターの中で出産――産婦人科医であっても怯む状況で、少年少女が挑まなければならない。

万が一失敗すればお腹の中の赤ん坊だけではなく、子を産む母親も死なせてしまう。出産は、母子の命がかかっている。

自分の命ではなく、仲間の命がかかっている。刈り取りの戦いとは別種のプレッシャーが、カイの背に重くのしかかっていた。


とはいえ、半年間だが数々の死線を潜り抜けたパイロット。困難を前に、逃げ出したりはしない。


「警備員を呼んで、エレベーターからおふくろさんだけでも救助出来ないか?」

『現在、システムダウンの原因であるウイルスの除去が行われている。
何時動き出すか分からない以上、救助活動を行うのは適切ではない』

「もうすぐ産まれるのよ!? ドクターもいないのに、こんな所で出産させる方が無茶よ!」

『エレベーターには確かに緊急避難口はあるが、妊婦を救出するのは難しい。迂闊に運び出すと、母体に負担がかかってしまう。
君達が困惑するのは無理も無いが、今は緊急時だ。協力してくれ』


 エレベーターの中で通信機を片手に、カイとミスティが懸命に案を考えてドゥエロに相談する。

素人の域を出ていない案ばかりだが、何もせずにはいられなかった。彼らなりに事態を深刻に受け止めているのである。

自分達がエレベーターの中で、エズラの出産を行う事を恐れている。失敗した時の叱責ではなく、命そのものを失う事が怖くて。

色々と意見を出すが、実現的ではないものばかり。カイは、通信機を切った。


「ちょっと、まだドクターと話している途中でしょう!?」

「いいアイデアが出ないのなら、バッテリーの無駄だ。何か出れば、向こうから通信してくるだろう。
こっちももう少し考えをまとめてから、相談してみようぜ」

「……そうね、分かったわ」


 停止したエレベーターの中で、二人揃って座り込む。停電で照明も落ちていて、非常灯のみの暗い空間。

思春期の少年少女が肩を並べて座るには、きわめて居心地が悪い。歓談する空気でもなく、黙りこんでしまう。

初対面から仲の悪かった二人だ、緊急時で力を合わせなければいけないとはいえ仲良くする義務もない。


二人は、大人ではない。けれど、子供でもなかった。


「……お前、出産経験ある?」

「はあっ!? アンタ、わたしがそんな年齢に見えるの!?」

「女が何歳で子供を産めるのか知らないし、他人の子供の出産を手伝った事はあるのか聞いたんだよ」

「紛らわしい言い方しないでよ……全然ないわ。ご期待に添えなくて悪かったわね」

「いちいちつっかかる言い方するよな、お前は」


 ほんの少し期待を込めて聞いたのだが、ミスティにも出産経験はない。男の星タラークで育ったカイは、言わずもがなである。

いよいよとなれば、医療経験も知識もない二人がエズラの出産を手伝わなければならない。

いざとなれば覚悟が決められるが、戦い方が分からないと不安ではある。パイロットであるカイならではの、悩みだった。


同じく悩んでいるミスティの横顔を、カイは一瞥する。


「お前ってさ、そもそも何処から来たんだ?」

「こんな時に女の子の秘密を聞き出すつもり? やーらしい」

「ゲスな勘繰りをするお前の方がやらしいわ!」

「……冥王星よ。此処が何処なのか知らないけど、多分すっごく遠い星」


 ひどく寂しそうに呟くミスティに、カイは息を呑んだ。軽く話しているが、言葉は悲しみに濡れていて重い。

距離だけではない。ミスティは冷凍睡眠していたのだ、何十年もの時間が経過している。世代を渡った距離感なのである。

ミスティは冷凍睡眠から覚めて、困惑こそしていたが混乱はしていなかった。自分の置かれた状況を理解していたのだ。


彼女は自分の意志で眠りにつき、メッセンジャーとなる事を選んだ。


「俺は……地球で、産まれたんだ」

「えっ!? 嘘、アンタ地球人!?」

「――そういう反応をするところを見ると、お前は地球のやっている事を知っているみたいだな」

「そ、それは……で、でも、変じゃない! どう見てもアンタ、わたしと同じくらいの年齢にしか見えないわ!」

「時空転移実験で飛ばされて――と言っても、分からないか。冷凍睡眠していたお前と、似たようなもんだよ。
目覚めたら、地球から遙か離れた星に居た。そこで拾われて、今まで養われてた。記憶を取り戻したのは、つい最近だけどな」

「記憶喪失だったの!? 実験とか言ってたけど、事故か何かで?」

「……まあな。思い出しても、大した記憶じゃなかったよ。忘れてた方が、よかったかもしれない」

「そんな事ないと、思う。どんな記憶であっても、何にもないのは寂しいよ」


 地球母艦との戦闘で過去に飛ばされて、カイは自分の記憶を取り戻している。"誰かの代わりで産まれた"、という記憶を。

思い出はなく、単なる記録。温かさも冷たさもない、思い出しても何も感じない。代わりになれず、ただ捨てられただけ。

カイがこの事を、誰かに話した事はなかった。幸福も不幸もない記憶なんて、物語にもならない。


ミスティに打ち明けたのは、自分と似たような立場だから――でもない。話して分かりそうな人間だったからだ。


「わたしは、色々あってね……話して楽しい事はないんだけど――」

「別にいいよ。聞き出したくて、話したんじゃねえから」

「……うん。でも、アンタの話を聞いて……この船で拾われたのは運命だったのかもしれないと、思ったの。

新しい命が産まれる瞬間に、わたしと似たような人と、立ち会っている。偶然にしては出来すぎよ」

「? どういう意味だ、それは」

「わたし達が頑張れば、この事態を解決出来るということよ!」


 暗い雰囲気が嘘のように、ミスティが明るく笑う。エズラの出産がシステムダウンの解消にどう繋がるのか、サッパリ分からない。

分かるのは、落ち込んでいても何も解決しないという事だけ。気休めであっても、元気を出すのは決して悪い事ではない。

不幸自慢するよりも、明るい未来を語り合った方が建設的だ。景気のいい話は、二人の得意分野である。

ミスティは苦しそうな顔をしているエブラの手を、力強く握りしめる。


「大丈夫だよ、エズラさん。エズラさんも赤ちゃんも、独りじゃない。わたしがいる、こいつもね!」

「おうよ、俺達二人に任せてくれ」

「……ありがとう……ミスティちゃん、カイちゃん」


 エズラは目を閉じていたが、二人の話を聞いていた。盗み聞きするつもりはなかったが、口を挟める空気ではなかった。

カイが記憶を取り戻していたという話に驚かされ、遠い星から一人で来たミスティにも憐憫の情を抱いた。

二人は己の境遇を、悲観していない。その事に悲しみを覚える。子供に、孤独を耐える強さなんて必要ないのに。


カイもミスティも、心に傷は負っていない。だからこそ、慰める余地もない。何も言えなかった。


二人はきっとこれからも、前向きに生きて行けるだろう。そして一度も、後ろを振り返る事もない。

それは本当に、正しい生き方なのだろうか……? 少年と少女の心の強さに、エズラは不安を感じた。


この二人に必要なのは生きる逞しさではなく、親の優しさではないだろうか?


子供を生む苦しみに襲われながらも、今を生きる子供達をエズラは心配していた。















「――さあ、腹は決まったよ。次はどうするね?」


 停電中の医務室で、通信施設を前にドゥエロとマグノが並んでいる。パイウェイは補佐役として、二人の傍で控えていた。

システムダウンして医療機器も停止していたが、幸いにも医務室で入院している者はいない。

近頃大きな戦闘が起きておらず、怪我人が出ていないのが幸いだったと言える。海賊に、病気は無縁だった。


マグノの問いかけに、ドゥエロは黙考して口を開く――本も一緒に、開いて。


「カイの通信機にコールして、陣痛の間隔を尋ねます」

「……まあ、頑張っておくれ」


 生真面目に述べるドゥエロに、マグノは嘆息する。医療ミスではないのだが、いちいち本を確認しているので不安なのだ。

マグノもドゥエロを責めるつもりはない。出産経験がないのは、タラークの社会状況を考慮すれば当然なのだ。

男性国家で女性の出産に立ち会う瞬間など、ありはしないだろう。理解は出来るのだが、今必要とされているのはその経験なのだ。

ニル・ヴァーナの船医は、ドゥエロ一人しかない。任せるしかないのだが――


「カイ、聞こえるか? 陣痛の間隔は何分か、教えてくれ」

『分単位かよ!? ちょっと待ってろ』

『さっきより、ずっと短くなってる!? 時間は――』


 わざわざ懐中時計を取り出して、ミスティの報告を聞きドゥエロは診断していく。勿論、本を読みながら。

悠長極まりない診断にマグノは呆れ返るが、通信越しのミスティとカイに注意が向いた。

先程連絡を取っていた時は二人ともいがみ合っていたのに、今は拙くはあるが二人で協力してやれている。

カイの人柄か、ミスティの明るさか――新しいお客さんも、どうやら良い子であるらしい。マグノは相好を崩すが、



視界が、ブレる。



「!? 今度は、なんだい!」


 停止していた船全体が、衝撃に襲われる。沈黙していた空間そのものが揺れて、激しさを増す。

システムが再起動した様子はない。ウイルスによって、今も船は停止してしまっている。船の、内部は。


外側からの、衝撃――その事実が意味するところは、一つだった。






























<to be continued>







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