ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 15 "Welcome new baby girl"






Action8 −陣痛−






 暴力的な衝動が、全身に走った。声を張り上げて罵倒したい気持ちが、胸の奥からせりあがって来る。

重要な任務の最中に軽率な行動を取ったピョロに、久方ぶりの嬉しいニュースに気を緩めてしまった自分自身に。

他者と自分を責める気持ちが相殺して、怒りが萎んで冷静さを取り戻す。気持ちの切り替えが瞬時だったのは、流石というべきか。


強靭な精神力で自制したブザムは、コンピュータールームのシートに座り直した。


「――ピョロ」

「ひっ!? ごめんなさい、ごめんなさいピョロ! 赤ちゃんが生まれるのをどうしても見たかったんだピョロ!!」

「言い訳はいい。一刻も早く再起動するんだ、ただしカプセルには絶対に接続するな」

「えっ、どうしてピョロ?」

「ケーブルで直接繋ぐと、お前がウイルスに感染してしまう。最悪の場合、お前自身が消滅するぞ」

「ひいい、じゃ、じゃあ、副長さんのコンソールからアクセスするピョロ!」


 不幸中の幸いだったのは、ピョロがケーブルを外した事だ。もし繋がったままなら、彼はウイルスに感染していただろう。

ピョロは本来ナビゲーションロボットで、自立行動は取れない。AIもなく、プログラムのままに行動するだけのロボットだった。

ペークシスの暴走に巻き込まれて自我に目覚めているが、本来はプログラム。ウイルスは彼にとって、天敵なのだ。

もっとも、そのケーブルを強制的に外してしまった為にウイルスが発症してしまったのだが。


「あの、副長さん……」

「私にも責任はある。今は速やかに事態を収束して、被害を出さないようにする事を最優先に考えろ」


 ピョロだけではなく、自分自身にも言った言葉だった。責任の取り方は数多くあるが、最優先するのはクルーの安全だ。

自分の失敗で大切な部下達を被害を出すような事があってはならない。自分が関わっている以上、ピョロだけの責任にはしない。

他人にも自分にも厳しい女性、ゆえにブザムは若くして偉大なるお頭を支える副長となれた。

ウイルスが発症して停電が起きたのは、既に分かっている。停電によるダメージが一番大きい部署に、連絡を取る。


「パルフェ、艦内の全システムの状態はどうなっている」

『鑑全域のシステムがダウンしています! 電源も落ちてしまい、再稼働も困難です!』

「ペークシス・プラグマはどうなっている?」

『出力が急激に落ちて停止寸前ですが、予備と接続して何とか最低限の出力は行えています。

施設関連は稼働出来ませんが、空調が止まる事はありません――ソラちゃん、大丈夫!?』

「どうした!? あの娘に何かあったのか!」

『予備のペークシスを接続してくれたのは、ソラちゃんなんです!
ペークシス・プラグマに直接手を触れて復旧作業をしてくれているのですが、苦しそうで……ちょっと様子を見てきます!』


『ガガ――マス、タ――ガガガ――の、大切、な――ガガ――絶対、に、守――ガガガ』


 仄かな光を放つペークシス・プラグマの前で、今にも消失しそうな少女の映像が立っている。

機関部クルーの新人であるソラが、結晶体に触れている。蒼いペークシスの傍には、紅いペークシスの欠片が繋がっていた。

理知的な美を誇る少女の冷静な表情にノイズが走り、立体映像に亀裂が入っている。見るからに、痛々しい様子だった。


彼女はやはり、ペークシス・プラグマと密接な関わりのある少女らしい。ブザムは、確信した。敵ではない事も、含めて。


空調が止まれば酸素が無くなり、クルー全員が呼吸困難になる。窒息死は、数ある死に方の中でも最低に属する。

どういう方法なのか計り知れないが、ソラが懸命に最悪を回避してくれている。余計な詮索は、邪魔になるだけだろう。

状況を確認したブザムは、現場に委ねて通信を切る。他にも確認しなければならない事はある。


艦内のシステムに急激に広がっている、ウイルスの影響度だ。


「ベルヴェデール、状況を報告しろ」

『全システムのコントロール、不能。汚染エリアが物凄い速さで広がっています』

『感染範囲を割り出せましたので、転送します』


 ベルヴェデールの報告に沿って、セルティックが分析したデータが手元のシステムに転送される。

システムはダウンしているが、手元のコンソールにはまだ電力が残っている。何とか再起動して、転送されたデータを閲覧し息を飲む。

ベルヴェデールの報告通り、ウイルスの感染力は凄まじいものがあった。ほんの少しの時間で、爆発的に広がっている。

艦内全域がウイルスに感染されるのは、時間の問題だろう。未知のウイルスゆえに、ワクチンもない。

マグノ海賊団副長ブザム、彼女は決して甘い見込みなどしない。最善を尽くし、最悪を想定する。


「……この状況下で敵が来れば、先の戦いの繰り返しとなってしまう。ガスコーニュに連絡を取らねば」


 一ヶ月ほど前の地球母艦戦ではペークシス・プラグマが停止寸前となり、今と同じような状況に陥った。

システムが停止した鑑はシールドの出力も弱まり、戦力は半減。ニル・ヴァーナは真っ二つにされ、艦内への侵入まで許してしまった。

あの時と違うのが、男達がいる事。カイ・ピュアウインド、バート・ガルサス、ドゥエロ・マクファイル、彼らが味方にいる。


最初出逢った時は単なる捕虜だったのに、今では女性クルー全員を支える頼もしいメンバーとなっている。


この状況下で尻込みしている者は、一人もいないだろう。三人揃って行動に移し、それぞれの役割を果たしてくれるに違いない。

勿論、新参メンバーが彼らだけではない。人間ではないが、目の前にも居る。


「副長さん、分かったピョロ!」

「何か手掛かりをつかめたか?」

「このウイルスは無人兵器用、つまり刈り取り対策で作成されたものピョロ。
殺人プログラムを停止させる効果があり、システムへの干渉はその副産物に過ぎないんだピョロ」

「地球への対策で作られたウイルス、その目的に沿った形であれば――」

「ワクチンも添付されているピョロ。正規パスワードを入力すれば、ウイルスは除去されてシステムは元通りになるピョロよ!」

「よくやった、ピョロ。ならば、我々はパスワードの解析に全力をあげるぞ」

「了解ピョロ!」


 無人兵器対策に加えて、ヒューマンエラーも想定されて作られたカプセル。二重対策が施されていたのである。

その慎重な姿勢に敬意を表すと共に、カプセルに託された使命の重さをブザムは知る。カプセルを入手出来たのは、幸運だった。

人類を刈り取りから救う重要な手がかり、受け取ったメッセージを必ず聞かなければならない。


光明は見えた、ブザムとピョロは問題を解決すべく全力で取り組む。


「ミスティは恐らく、パスワードを知っている。彼女と、連絡を取る」

「了解ピョロ。医務室に通信してみるピョロ!」















『ドゥエロ、聞こえるか? 俺だ。何がどうなっている!?』


 医務室へ届いた、カイからの通信。通信機から送られており、声のみで映像は一切届いていない。

エズラが産気づいた事は連絡を既に受けている。ドゥエロは待ちかねたように、医務室の通信設備の前に座る。

隣にいるのは助手でありナースのパイウェイ、そしてミスティとエズラを見舞いに来たマグノ・ビバンその人だった。

医務室で出産する準備は既に出来ているのだが、肝心の患者は来ない。焦りも生じる。


「カイ、落ち着いて聞いてくれ。不測の事態が起きて、艦内の動力が停止している」

『艦内全域――エレベーターだけじゃないんだな?』

「そうだが……まさか、今エレベーターの中にいるのか!?」

『そうだよ、閉じこめられたんだ! どうにかしてくれ!』


 頭を抱えたくなる間の悪さだった。苦しむ妊婦を運ぶ為にエレベーターを使用したのは最善だ、何の非もない。

緊急時にエレベーターを使用するのは避けた方がいいのだが、この場合は適用されない。運の悪さを嘆くしかない。

誰も責められないのなら、誰かに責任を押し付けずに対処するしかない。ドゥエロは医師として、通信先にいる患者を診断する。


「状況を確認したい。患者の様子はどうだ?」

『意識はあるけど、苦しそうにしている。痛みにも襲われていて、しきりにお腹を押さえている。
どういう症状なんだ、今の状態は!』


「――それが、"陣痛"だよ」


 赤ん坊についての本を読んでいたドゥエロが、顔を上げる。即答したのはドゥエロではなく、マグノだった。

老齢に達する女性、赤ん坊を抱き上げた経験もあるのだろう。カイの簡単な説明にも、淀みなく返答する。


「赤ん坊が外に出る準備が出来た合図、という事さ」


 この説明は通信機で連絡を取るカイだけではなく、隣にいるドゥエロにも聞かせていた。

ドゥエロはタラークでは第三世代でもトップのエリートだが、出産経験も知識もない。

どれほどの天才でも、何も無いところから何かが出来る筈もない。ドゥエロはその事を恥じず、懸命に本を読んで急ぎ知識を吸収する。

その姿勢は正しいのだが、現状では頼りにならないのも事実。マグノは嘆息して、思い切ったことを告げる。


「二人とも、よくお聞き!」

『は、はい!』

『何だよ、バアさん』


 カイがミスティと一緒なのは、知っている。客人だからといって蔑ろにも、手厚く扱ったりもしない。

出産間近の妊婦の側にいる人間として、今この状況で出来る事を彼女は分析して告げる。

修羅場を潜り抜けた老女の判断は正しく、その決断は若者達には残酷だった。


「事と次第によっては、最悪――そこで産む事になるよ!」

『はあっ!? な、何言ってんだ、アンタ!』

『こ、此処でですか!?』


 エレベーターの中での出産、何の道具も知識もない。どれほどの覚悟があっても、経験不足は補えない。

通信機の向こうで、カイとミスティが飛び上がる。驚愕や抗議の声が出てしまうのも、無理はない。

彼らの気持ちがよくわかるドゥエロも、マグノに異議を唱える。


「それは無茶だ!?」

「じゃあどうするってんだい! 赤ん坊は待ってはくれないよ」


 マグノの言っている事は、正しい。産まれるまでに、システムが回復するかも分からない。

最悪の事を考えて行動できないようでは、これまでの戦いで生き残る事は出来なかっただろう。


だが、しかし――これは敵を倒す事ではない。赤ん坊の出産なのだ。


医学知識も何も無い人間が、道具も何も無い状況で行わなければならない。医者でも困難な状態――

この戦場を、あの少年パイロットは乗り越えられるのだろうか……?


ある意味――地球母艦よりも手強い戦いと、なりそうだった。






























<to be continued>







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