VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <後編>






Action15 −突入−








・・・・・・記憶がある事が厄介になる日が来るとは思わなかった。

建造中の巨大軍艦『イカヅチ』、複雑に絡み合う人工の迷路を過去の少年が彷徨い歩いている。

表情に浮かぶのは自嘲と焦燥、そして複雑な苦笑い。

時代の流れに逆らって過去を彷徨い、今どうするべきか悩み、未来に向かうのを恐れている。

製造途中の通路を迷う時間に猶予を感じてしまい、自分の弱さに溜息を吐く。


――刑務所内の重労働場の一つ、艦隊旗艦イカヅチの建造施設に突入したカイ。


自分の居た時代へ戻る為、脱獄した少年は士官候補生の協力を得て行動を開始した。

彼とは既に別れたが、囚人の作業時間や警邏役の監視ルート等の情報は得ている。

彼の案内と情報提供で潜入に成功した艦内を、始終用心しながら目的地へと向かっていた。


近い将来、二人の友と百五十名の海賊達を載せる戦艦――半年間過ごした男女共同空間。


多くの人員と兵器が積載可能な広さを有しているが、当初少年は迷わない自信はあった。

海賊の仲間になるのを拒んだ彼のセキュリティレベルは0、如何なる権限も持っていなかったイカヅチでの生活。

行動範囲は大幅に制限されて、施設内の立ち入りは厳禁。エレベータさえ使えない。

各部署に用事が出来た際は、セキュリティの無い通路を遠回りでも走り回る必要があった。

とんだ苦労話だが、少年は自分の足で巨大戦艦の内部構造を見て回ったのだ。

苦労と同時に得る経験は、実感として身体が覚える。


「うわっ、ここの通路はまだ第三区域まで通ってないのかよ・・・・・・
最短ルートは工事中だし、他に潜り込めそうな道はあったかな」


 女性達と過ごした記憶に身体が学んだ情報、その二つが今の彼の行動を妨害していた。

日常生活を送る上で余程の変更でもない限り、人間は慣れ親しんだ行動を取る。

昨日当たり前のように歩いていた道が、今日突然工事中だったら誰でも困惑する。

特に急いでいる場合は苛立ちもあって、余計に混乱してしまうものだ。

カイが覚えているのはあくまで完成後・・・のイカヅチであり――融合戦艦ニル・ヴァーナの記憶だ。

建造中で通路が繋がっていないのは至極当然、男女の船が融合した際にもペークシスの結晶が内部を作り変えている。

加えて、艦隊旗艦イカヅチはそもそも旧時代の植民船を改造した産物だ。

在るべき場所に何も無く、無い筈の場所に何かが存在していても不思議ではない。

これならいっそ何も知らない方が行動し易かっただろう。

なまじ艦内を見知っているだけに、記憶を頼りに行動して行き止まりにぶつかってしまう。

素直にイカヅチの詳細設計図を貰って置くべきだったと、人生経験未熟な少年は心から反省した。


「片っ端から見回って行けばいいかもしれないが、警備員に出会い頭射殺は御免だからな。
作業員で誤魔化すのも限界がある、急ごう」


 協力してくれた士官候補生達の卒業時、初出航を迎える艦隊旗艦イカヅチ。

その中にドゥエロやバートも含まれているのだと思うと、不思議な気分にさせられる。

彼らは今頃どうしているだろうか・・・・・・?

バートは臆病者だが薄情ではない、たとえ虐げられて来た女達でも守ってくれると信じている。

ドゥエロは寡黙だが芯の通った男、文武両道を絵に描いた彼が居れば頼もしい。

マグノ海賊団と本格的に敵対化した時、不安なくニル・ヴァーナを出て行けたのも彼らが残ってくれたからだ。

操舵手と医者という役割以上に、二人の存在そのものが彼女達に安心を与えられる。

――逆に言えば自分が戻らなくとも大丈夫という何よりの証なのだが・・・・・・


「自分の意志で戻ると決めたんだ。どれほど拒絶されても必ず助ける。
海賊を――略奪を続けるのだというのなら、何を賭しても彼女達を止めてみせる。

己の過去に、答えは見出した。だから――」


  "私はこの船に残る。君一人を、戦わせるつもりはない"

"僕も残るよ。
正直怖いけど・・・・・・僕まで船から出て行ったら、ドゥエロ君や皆が――困ると思うし"


 自分の不手際で危険な立場に追い込んだのに、二人は笑って見送ってくれた。

バートの明るさにどれほど救われただろうか。

ドゥエロの静かな力強さがどれほど頼もしかったか――

あれほどイイ男達が二人も友達、それだけで今どれほど心強い事か。

マグノ海賊団に対する答えもようやく出た、強大な敵である地球と戦う意思もある。

タラーク・メジェールへ戻る、自分なりの理由もこの時代で見つけられた。

この時代に出来た同志とまた会える保証は何もないが、彼ならばきっと罪を償ってやり直せる。

巣立ちの時は今。自分の過去を飛び出して、現実へ羽ばたく。



「そこで何をしている、貴様!」

(――!)



 背後から浴びせられた静止の声に、力強く踏み出していた足が急停止する。

後ろを確認する必要はない。誰なのか分からずとも、どの所属なのか容易く見当がついた。

逡巡は相手に警戒を与えるだけ。両手を挙げて瞬時に答えた。


「番号35555です。機関室の清掃作業を命じられました!」

「・・・・・・最近ぶち込まれた新人か。ちっ、人騒がせな」


 囚人を区別する番号、犯罪者に名前を覚えられる資格は無い。

三等民ならば立場は下の下、刑務所側の気持ち一つで無断発砲さえ黙認される。

犯罪を犯した下民階級など、此処では家畜に等しい。

登録された番号は本物だが、冤罪で刑務所に収容されたので複雑な気分である。

番号の認証を即座に終えた警備員の舌打ちが聞こえる。


「機関室は機械の整備を終えたのか? 完成はまだ先と聞いていたが」

「部品を含め、整備中の機械は直接接触の禁止を言明されています。
ゴミはゴミ屑だけを片付ければよいとの事で」

「ははは、うまい事を言うな。その通りだ、余計な真似はするなよ。
本当なら貴様如き、この船に汚らしい足を踏み入れる事さえ恐れ多いのだ」


 腹を立てるのも馬鹿馬鹿しい。素直に頷いておいた。

犯罪者の烙印を押されている以上、何を反論しても無駄だ。

立場的な違いを下から訴えたところで、相手に届きはしない。

自分の戦う場所は別にある、今はこの場を逃れる事だけを優先する。

言って良しと一言頂いて、カイは安堵の息を吐いて歩き出す。


「待て、何処へ行くつもりだ? 機関室はこの通路を逆だぞ。
・・・・・・どうも怪しいな。顔を見せろ。一度問い合わせる必要がある。
貴様に指示した人間は誰――なっ!?」


 一瞬の判断の遅れが、取り返しのつかない結果を生む。

半年間身を削って戦い続けた修羅場が、少年に訓練を凌駕する戦闘経験を与えてくれた。

刑務所へ戻されれば二度と機会は生まれない、檻の中で飼い殺しにされる。

協力者がいればやり直せる――そんな甘えた希望は、仲間に迷惑をかけるだけ。

カイは一瞬で判断して、振り向きざまに走り込む。


「がは……っ!」


 顎に引っ掛けるように打ち出された拳は、脳を直接打撃で揺らす。

ゴキッ――嫌な音を立てて、男の首が天を向く。

噛み合わされた歯が下から打ち付けられ、唇を通して口内から出血。男は倒れた。


「悪いね、急いでいるんだ。
怪我の文句は、未来でアンタに会えたらゆっくり聞くよ」


 これまで歩いて来た通路を逆に辿り、少年は走り出す。

不案内だった行き先も記憶と男の証言で座標が固定され、針路は決定される。

過去から現実へ――ありえない奇跡を起こすには、人間以上の力が必要だ。


ペークシス・プラグマ、男と女の関係を結び付けた結晶体。


ディータ・リーベライ達と初めて出逢ったその場所に、奇跡の源が眠っている。

未来と過去の機関室の場所が同じである保証は無いが、ペースシス・プラグマはそもそも扱いがデリケートな代物。

実用が難しかったのか、成人男性の背丈の五倍以上の大きさに難儀したのか――

ディータ達とトラブっていた当時も、結晶体はそのまま放置されていた記憶がある。

恐らく植民船がこの惑星に上陸して以来、起動停止したのだろう。

長い眠りから覚めた瞬間ワームホールを生み出して、この戦艦ごと宇宙の彼方へ吹き飛ばしたのだ。

ペークシス・プラグマをあの時と同じく起動させれば――未来へ戻るチャンスは生まれる。

当然、危険もある。

あの暴走が再びこの時代、この惑星内で起こせば大惨事となってしまう。

同じ現象が起きると仮定すると、今この船の中に居る人間ごと宇宙の向こう側へ飛ばされるのだ。

自分だけの責任ではなくなる。過去から未来へ向かう人間は、一人でなくてはならない。

時代に生きる人間は、その日その場所で生きるからこそ価値がある。

元の世界へ帰る決意をしたのも、未来を知る自分が此処に居る事の過ちを悟ったからだ。

やり直しなど、絶対にしてはならない。

人生とは――命とはやり直しが利かないからこそ、尊いのだから。



――発砲音が、鼓膜を震わせる。



歩き出した自分の耳たぶを掠った痛みに、カイは慌てて走り出す。

驚愕に足が一瞬ふらついたが、致命的な遅れには繋がらなかった。


「ま、待て貴様――う、ぐ・・・・・・」


 ……ドゥエロに今度、格闘術を仕込んでもらおう。固く決意する。

顎を叩いて脳震盪を起こさせるつもりだったが、所詮素人の甘い目論見でしかなかったらしい。

本来衝撃が頭蓋を通り抜け、脳みそを揺らして気絶する筈だった。

それほど優秀な軍人でも、脳そのものを鍛える事は出来ない。

肉体の制御を失って倒れた事に安心した、その辺が素人なのだろう。

パイロットなのに生身での戦闘を強いられる自分の人生に、心から疲れを覚える。


  「こちら――囚人が一人――ええ、至急応援を――」


 そして相手が素人なのに応援を呼ぶ判断こそ、男がこの手のプロである証拠。独断で全てを片付けない。

  発砲される事にはいい加減慣れたが、後ろから撃たれて平気な人間になんてなりたくもない。

銃声が耳の傍で響き渡る状況に肝を冷やしながら、全力でその場を離れる。

間もなく、銃を携帯した応援が押し寄せてくる。悠長にしてられる余裕は無い。

出来れば船内を詳しく調べたかったが、最早一刻の猶予も無かった。


こうなれば土壇場一発勝負。ペークシス・プラグマに直接接触して、起動させるしかない。


暴走どころか、起動すらしない可能性もある。

パルフェの見解では当時ペークシスが起動したのは、この船の危機――この船ごと吹き飛ばされる事への自己防衛が、理由。

今訪れている危機はペークシスではなく、自分自身。

カイ・ピュアウインド一人の危機に、ペークシス・プラグマが起動する理由は無い。

分かっていながらも、カイには試すしか道は残されていない。


「ドゥエロ、バート、待っていてくれ。必ず戻る。
俺は一人じゃない、お前達が居る。
三人で力を合わせれば、どんな状況でも乗り越えられる!」


 男達を、人間を――女達の可能性を信じて、戦い続けよう。

否定される事を恐れない限り、肯定される事を諦めない限り、希望は決して消えないのだから。

やり直せるのだ。きっと、何度でも!


――サンニン・・・・で、チカラ・・・を合わせれば。


「居たぞ! 貴様だな、逃亡者は!」

「前からも!? まずっ――!?」


 出会い頭に射殺。最悪の未来――

全て、少年が自分で欲した言葉。想像した現実。

前から現れた男が、銃口が無慈悲に向けられる。





「死ね」





 ユメは必ず叶う。少年の言葉通りの結末――

こうして過去は全て元通り、少年の存在は歴史に消える。


残されたのは――男達がいなくなった、現実。


今までマグノ海賊団が心から望んでいた・・・・・・・・未来が待っている。





























<to be continued>







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