ヴァンドレッド


VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <前編>






Action29 −迫害−






 赤黒く朽ち果てたコックピットの残骸。

壮絶に戦い抜いた戦士の亡骸は、パイロットシートを血肉に染めて消滅していた。

惨めな脱出の痕跡など欠片も残していない。

押し寄せる絶望に歯を食い縛って抗い続けた少年の戦影が、死臭と共に漂っていた。


「……こんな旧式で戦いおって……馬鹿じゃ、お主は」


 暗く閉ざされた保管庫で、少女が独り憤然と佇んでいる。

少女が放つ凛々しさと美麗さを兼ね備えた空気が、殺伐とした世界を一新している。

小柄なその身より放たれる麗質な威厳も、今は憂いに満ちている。

白い手のひらが汚れるのもかまわず、少女はシートを優しく撫でた。


「ホフヌングを限界値を超えて出力させたな……その結果を知りながら。
――斯様な扱いをさせる為に兵装させたのではないぞ」


 周囲を困惑させる少女の雅な服装は今日、ひときわ異彩を放っている。

黒無地染め抜きの羽二重。

故郷を同じくする者が見れば目を見張る、大仰な家紋。

――少年の死を、哀しくも受け入れた喪服。

撫でる手のひらは隠しようがないほど震え、強く握り締められる。


「何故……儂を頼ってくれんかった……
パイロットとエンジニアは一心同体であろうに――!」


 ――少年の亡骸が届けられたのは、一時間前。

少年と不可思議な関係を築いていた一人の商人が、瀕死の少女と共に運ばれて来た。

この世の地獄とも言える怨嗟の渦――

ありったけの憎悪と憐憫を吐いて、その場に居た全ての人間が悲嘆に暮れた。

第一目撃者ジュラ・ベーシル・エルデンは魂が抜けたようにその場に座り込み、虚ろな笑いを上げるだけ。

担架が運ばれて、そのまま再起不能――以後も担架の流れが途切れる事はなかった。


旗揚げ後数々の戦果を上げて勢力を拡大、タラーク・メジェール両国家を心胆から震えさせたマグノ海賊団は――死んだ。


皮肉にも、海賊を否定し続けた少年の死によって。

阿鼻叫喚な地獄絵図もやがて悲しみの声が途絶えると共に消沈し、皆散り散りとなった。

行動理由など在ろう筈がない。

誰もが皆現実から逃げて、僅かに身体を支えていた気力を完全に失った。

死に瀕する少女を前に、老練な艦長も悲痛に視線を落とすのみ。

奇跡に縋るしかない少女の隣で、少年は絶望に沈んでいったのだ。

希望など、どうして見えようか――

間もなく始まるかつてない規模の戦闘を前に、完全に沈黙した同盟軍。

誰も居なくなった瞬間を見計らったかの如く、少年だけのエンジニア―アイ・ファイサリア・メジェール―は喪服に身を包んで参上した。


一人だけの、葬式を挙げる為に。


「御主だけの為に改良した新型も、意味を為さなくなったな……すまぬ、本当にすまぬ。
儂がもう少し早く完成していれば、このような――」

「自惚れるんじゃないよ」


 後悔に似た憤りに喘ぐ少女の耳に届く、確かな意思の声。

怒りに荒げず、さりとて冷たく見下ろさず――声の主は語りかける。


「お前さんは天才だ、それは認める。
けれど現実ってのは、才能だけで乗り越えられるほど甘くない。
カイはね……多分全部分かっていて、自分の持ってる物全部チップにして勝負に出たんだ。

アイツの命懸けの覚悟を、軽はずみに扱うんじゃないよ」

「……分かっておる」


 厳かに己の背後に立つガスコーニュに、アイは力なく返答する。

起こり得た可能性は時間と一緒に流されて、結末だけが取り残された。

過ぎてしまった過去に現実でどれほど異を唱えても、変わる事など何もない。

出来たかもしれない事が出来なかった、それだけが現実――

凡人でも天才でも超えられない壁だった。

白い頬を濡らす熱い涙を、優雅に袖で拭う。


「さっきは御主に偉そうな事を言ったのに、このザマじゃ。笑うてくれ」

「……生憎そんな気分じゃないんでね……後にしておくよ」


 裏方で鍛えられた体格も、今は何処か小さく見える。

ガスコーニュはトレードマークの長楊枝をを力なく揺らして、少女の隣に立った。

空席となったパイロットシートを前に、彼女は語りかける。


「……バーネットがね、パイロットを辞めちまったんだ……お前さんとの戦いを、最後に。
戦う意義を見失っ――いや、最初から何も無かったんだって気付いたのかもしれないね……」


 空を仰ぐ。

真っ黒な天井に遮られ、決して見える事の無い満天の星空――

視界一杯に広がる宇宙を、少年は心から愛していた。


「ウチで一からやり直したいって頭を下げて来たんだよ、あの娘が。
アンタと同じ見習いでさ、弱った身体と傷付いた心で今懸命に頑張ってる。

自分の生きる意味を見つけるまで――

もう一度アンタと再会した時、胸を張って戦えるように。
あの娘はね、心から勝ちたいって思えるようになったのさ――アンタに」


 痩せ細った身体に白いシャツ一枚、薄汚れた作業着を着用して働き出した女性。

病み上がりの顔は青白く、濃い隈が浮かんでいるが、表情に生気が戻っていた。

常に負けん気が強く、頑なだった少女の面影は消えていた。

少年の死を聞いて、レジクルーの誰もが驚きを隠せなかった中で――あの娘だけが踵を返した。


『――仕事に戻ります』


 死を受け入れたのか、拒絶したのか――店長の目にも分からなかった。

生きていると確信しているのではないだろう。

己の中の甘い希望を信頼出来る強さは、今の少女には無い。

戦う事を止めた戦士に出来るのは、まだ戦える者を手助けするだけ――

ドレッドの復旧と兵装の準備に明け暮れる少女は、危うくも頼もしかった。


……ガスコーニュは長楊枝を口から取り出し、シートに突き刺した。


古びた金属の線香を一本、着物の少女は黙祷を捧げる。


「……すまんな、カイ……この戦い、生き残れないかもしれん」


 マグノ海賊団やメラナス――強いて言えば、全宇宙の命運を賭けた戦いを前に、弱気な言葉。

通常ならば叱責は免れない発言だが、ガスコーニュは何も言わない。

現状はそれほど酷い。

海賊と軍隊――両雄の全力を費やして尚勝ち目が薄い戦力差。

今や戦力は半減、戦士達の状況は最悪の一言。

戦う前から、既に負けていた。


「お前さんの期待を裏切ってばかりのアタシらだけど――このままで済ますつもりはないよ。
死に物狂いで稼いでくれた時間は、決して無駄にはしない。

向こうでアンタに口煩く言われないように、こっちも命懸けでやらせてもらうさ」


 無駄死にはしない。

少年の死に意味を与えるべく、勝ち目がない戦いに挑む。

その矜持が焼き尽くすされるまで、戦いは決して止めない――



灼熱に焼け焦げた血のシートに、二人は誓いを立てた
















 大量の残骸と燃え滓が乱舞する戦場――

強大な力が荒れ狂った世界は静寂に閉ざされていて、儚く漂う塵が名残を魅せている。

空間を埋め尽くすガラクタに、形すら残されていない。

断片の悉くが戦火を吐き散らし、宇宙の闇へ零れ落ちる。


無人兵器の墓場。


数々の兵器が破壊され、深淵の世界を燃やしている。

吹き荒れる暴風雨――

強力無比な紅の閃光が縦横無尽に暴れ回る。


「よくも……よくもユメの大好きなますたぁーを殺したな!!」


 それはとても壮絶で、奇妙な光景だった。

身の毛がよだつ不気味な構造を持つ無人兵器の群れが、狂ったように暴れ回っている。

攻撃対象は目の前の標的、ただそれだけ。

体当たり、ビームの乱射、己が持つ独自の攻撃兵器の暴走――

敵の存在しない空間で、無人兵器の怪物達は味方を貪り尽くしていく。

連載する自壊――

暴力の華が咲き誇る空間で、紅のドレスを纏う暴君が君臨していた。


「玩具のくせに……ユメの力が無いと動かないガラクタのくせに!」


 愛らしい容姿から想像も出来ない、途方もないエネルギー。

喚き散らせば薙ぎ飛ばされ、破壊の渦に巻き込まれて消えて行く。

惨たらしい戦渦の風景は見る者全てを恐怖に染め上げ、悪魔の如き力に平伏すしかない。

誰が知りえようか――


この力の源が、大いなる悲しみである事に。


「えぐ、えぐ……ますたぁ……ますたぁー……ユメを置いていっちゃやだぁ……」


 暴力の正体は癇癪。

冷めやらぬ破壊の連鎖は未熟な復讐心。

無人兵器のみならず、この場に誰が居ても容赦なく八つ裂きにされていただろう。

少女は今、精神を逸脱していた。


「ぐぅぅぅ……はぐぅぅぅ……」


 芽生え始めた心から消え去った、少女の拠り所。

顔を合わせば好きの感情が溢れ出し、もっともっと大好きになる。

顔を思い出せば会えない苦しみに満たされ、自分の奥底が痛む。

会いに行けばどうしようもなく『心』が弾み、話すだけでとても幸せな気持ちになれる。


――事象の観測なんてどうでも良かった。


ようやく出逢えた真なる主の為ならば、何でも出来た。

この身を捧げる事も、望むままに力を与える事も。

世界の断片でしかない自分を『ユメ』にしてくれた、優しいマスター。

大好きという言葉すら陳腐に聞こえる、世界でたった一つの大切なモノ。


この世から――消えてしまった、宝物。


もう会えない。

広大な世界の何処を探しても、同じモノは存在しない。

胸を温かくしていた面影は露のように消えて、秘めていた想いは霧散した。


「苦しいよ……哀しいよ……ますたぁー……」


 生と死の概念は理解出来ても、感情はまるで追い付かない。

世界の数多を知り得ても、この胸の空虚は埋められはしない。

この世を去った、大好きな人。

人間は脆く、死ねば二度と生き返らない――

会えない。

居なくなってしまった。

――嫌だ。


いやだいやだいやだイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤーーーー!!!


世界を揺るがす力を持とうと、生命は戻らない。

覆せない絶対的法則に、少女は絶望する。

無機質な機械を何百回殺しても、何も満たされない。

悲しみはドス黒く染まり――行き場の無い気持ちはやがて、最悪の方角へ向かう。

無人兵器で満たされないならば――


「……あいつらだ」



 恋焦がれ、心は餓えていく。

乾き荒れて、枯渇していく度に胸の奥が切り裂かれていく。

傷から流れるのは、血――

優しさに満たされていた幼い心は血に濡れて、渇きを慰めようとする。



「あいつらがますたぁーを虐めたから、死んじゃったんだ……!
ヘラヘラ笑って、ますたぁーを苦しめて……許さない。


殺してやる……殺してやる、コロシテやる……」



 少年と出会い、笑い合って――育まれつつあった『心』。

無垢な感情ゆえに想いは強烈、生み出される美しき愛も転じれば醜い憎悪となる。

芽生えつつあった優しさゆえに、憎しみは歯止めが利かない。



「ますたぁーを虐める奴は、皆死んじゃえばいいんだぁ!」



 ――紅の姫君の覚醒。

人を主として愛した少女は、人に絶望して――人を刈り取る修羅と化した。










































<to be continued>







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