ヴァンドレッド


VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 12 -Collapse- <前編>






Action10 −宣戦−






「駄目。やっぱり何処にもいない!
どうしよう、ドクター……パイが目を離したばっかりに……」

「無理な協力を求めたのは私だ。君に責任はない」


 涙を溜めて落ち込む小さな助手に、ドゥエロは誠実に返答する。


――入院患者の脱走。


自殺未遂を図ったバーネット・オランジェロが、突如医務室から姿を消した。

その事実に気付いたのは、医務室に到着して十五分。

パイウェイが最後に医務室を出たのが一時間前なので、手痛いロスとなった。

バーネットの容態を診る為に脱獄までしたドゥエロには、痛恨の事実である。


「彼女は今、不安定な状態だ。最悪の事態も考えられる。
至急、保護する必要がある」

「待って、ドクター! 今艦内を探し回るのは危ないわ。
警備クルーに見つかったら、脱獄した事が発覚してしまう」


 冷静とは言い難い足取りで医務室へ出ようとするドゥエロを、パルフェがやんわり押し留める。

表立って騒ぎになっていないだけで既に発覚している可能性もあるが、万が一を考えると迂闊な行動は控えるべき。

鋭利な理性が警鐘を鳴らすが、焦燥を抑制するのは困難だった。


「僕が探しに行こうか? 
大丈夫、逃げ回るのは得意だからみつかりっこないって!」

「そのまま逃げそうだから駄目」

「ガク……」


 パイウェイに睨まれて、沈黙。

危うい現状から逃げ出したい気持ちは確かにあるが、バーネットが心配なのも本当だった。

日頃の態度が信頼を築くのだと、バートはつくづく思い知る。


「……すまない、私が早く気付いていれば……」

「メイアは仕方ないよ。事情をよく知らなかったんだから」


 パルフェが優しく慰めるが、額に冷たいタオルを置いたメイアは沈痛な面。

情緒不安定な様子に、パルフェも心配げな表情を浮かべる。


噛み合わない歯車。


共同生活が幕を閉じてからというもの、皆が皆何かがずれていた。

正しく動作を行おうとして、その実致命的な欠陥を放置している――

エンジニアらしい感性から、パルフェは艦内の空気を敏感に嗅ぎ取っていた。

根本的な修理が必要だが、何処がどう間違えているのか判別出来ない。

機械とは違って、人の心という見えない部分の修繕は専門外だった。


息が詰まるような重い静寂を、可憐な少女の声が切り裂いた。


『バーネット・オランジェロは第三区画の格納庫にいます』

「! 何故分かる」

『カメラで補足しました。
マスターの機体が収納されていた保管庫を一人見つめています。
不振な素振りや言動はありません』

「君は……」


 淡々と報告する少女に、ドゥエロが疑惑の目を向ける。


周囲の緊張や不安から、明らかに逸脱した雰囲気――


ガラスのように繊細で無機質な瞳は、心まで見透かされそうな透明感がある。

美しいという言葉さえ陳腐に聞こえる美貌に、感情の色はない。

神秘性を秘めた美少女は、医務室の中央で独特の存在感を放っていた。

冷静沈着なドゥエロでさえ、少女に底知れぬ畏怖を覚える。

バートやパイウェイは完全に飲まれ、声一つ上げられない。

医務室のベットに寝かされたメイアなどは、敵意の視線さえ向けている。


恐怖、畏怖、敵意――人間達の警戒に取り囲まれても、少女の様子に変化はない。


「はわー、ソラちゃん、ソラちゃん」

「――、ディータ・リーベライ」


 固い表情の一同とは別に、無垢な笑顔を見せる女の子。

記憶が退行した女の子から呼びかけられた名は、確かに少女の名そのものだった。


無感情な少女の瞳が――微かに揺れる。


『私を……覚えているのですか』

「えへへ、ともだちー」

『とも、だち……』


 にへらっと頬を緩ませて、ディータはソラを見る。

恐怖や畏怖は微塵もない。

幼児退行した子供ゆえに、純粋にソラに心を許していた。

曇りのない瞳が、何よりソラがどのような人物なのかを映し出している。

張り詰めた空気が一転、困惑と動揺が室内を満たす。

正体不明の密航者、幼くも美しい容姿に不思議な空気を持つ女の子。

少女の容姿に奇妙な言動は異常性を高めるが、ディータは気を許している。


どう扱うべきか悩む一同に――高らかな手打ちが鳴らされる。


ハッとする皆の前に、バートがパンパン手を叩きながら歩み出た。


「ほらほら、そんな顔で睨んだらこの娘も怖がるじゃないか。
仲間割れしている場合じゃないだろ、僕達は。

仲良くしよう、仲良く。ほら、スマイルスマイル。

人間関係を円滑にする第一歩だよ」

「誰の受け売りだ、それは」

『恐怖を感じてなどいません』

「し、辛辣だね、君達は……」


 ドゥエロとソラに冷静に切り返されて、バートは肩を落とす。

状況をハラハラしながら見つめていたパイウェイは、ホッとした顔。

ドゥエロも冷静な表情を崩さないが、内心はバートのフォローに感謝していた。


――バートの言う通りだ。


どうやら自分で思っている以上に、バーネットの失踪に神経を尖らせていたらしい。

余裕のない自分の心を見つめ直し、小さく嘆息した。

若干茶化した言動でも、自分達とこの娘を気遣っての発言だろう。

あえて自分が道化を気取る事で、周囲の空気を和ませようとしたのだ。

バートは勇気のある男ではないが、ドゥエロにはない強さを着実に育んでいる。

友の前向きな姿勢と明るい助言にまた救われた――

頭の下がる思いで、ドゥエロはソラに向き直った。


「……彼女が無事というのは本当か?」

『間違いありません。一人静かに考え事をしています。
今は無理な干渉すべきでは無いと、私は考えます』

「ふむ……」


 船から去っていったカイやジュラ達に思いを馳せているのだろう。

悪い傾向ではなさそうだった。

気持ちの整理は前向きな思考である。

無論心の整理次第では後ろ向きな結論を導き出す事もあるが、一人で考える時間は確かに大切だった。

男の自分が今無理に話しかければ、頑なにさせる危険性がある。

医者としての判断が、一時の猶予を結論付けた。


「しかし、何故監視カメラの映像を知る事が出来る?
それに君のその姿は――」


 ――立体映像。


息遣いまで感じられそうな精密な人間像が投影されているが、生身の人間の存在感には届かない。

とはいえ、一見するだけでは分からない程の高度な描写技術が使用されている。

タラーク・メジェールの最新技術でさえ、これほどの映像を映し出す事は不可能だろう。

少女はあらゆる意味で人間の枠を超えていた。

ドゥエロの疑問視に、ソラは正面から視線を向けて返答する。


『私はあなた方が"ニル・ヴァーナ"と呼ぶこの船のシステムを管理しています。
システムの介入は随時可能です』

「システムに介入……? 何故君にそんな真似が出来る。
いや――このような言い回しは不適当だな。

率直に聞こう。君は何者だ」

「……」


 ドゥエロの率直にして核心に迫る質問に、皆は固唾を呑んで見守る。

第三世代のトップエリートの視線は鋭く、気の弱い人間なら恐怖に身を震わせていただろう。

虚像の美少女はドゥエロの瞳を真っ直ぐ見つめ返し、涼やかに宣言した。


『私はマスターの望みを果たすべく、あなた方の助力に参りました』

「……答えになっていないが?」

『必要とされる解答は提示しました。
私を如何に取り扱うかは、あなた方にお任せします』


 禅問答のような少女の簡素な返答に、ドゥエロは一考する。

自分達を試している感じは見受けられない。

この少女は必要事項のみを口にして、自分達に判断を任せている。


――判断を間違えれば、この少女は二度と姿を見せない。


不思議だが、強い確信がドゥエロにはあった。

正体を明確にせず、自分の能力と意思だけを告げている。

友人や仲間・家族には程遠く、上司と部下の力関係もない。

必要とされる技能のみ発揮して、用が済めば関係は切れる。

これは、契約だった。

システムへの自由な行使が可能なら、追い詰められている自分達には喉から手が出るほどほしい人材。

何故システムへの介入が可能なのか明かされない限り、信頼は出来ない。

不確定要素を抱える余裕もまた――ない。

重大な選択に迫られて、ドゥエロは即断出来ない。


一体どのように取り扱うべきか――


「――あのさ」


 思案に暮れるドゥエロの耳に届く、軽い調子の男の声。

顔を上げると、バートが気安い様子で少女に話しかけていた。


「マスターってのは、もしかしてカイの事?」

『あなた達の力になるように命――

――希望されて、私は今此処にいます』

「だったら話は早いじゃん! ね、ドゥエロ君!」

「バート……?」


 二の句が告げられないドゥエロに、バートは明るい笑顔で答えた。

ドゥエロが出せなかった、決断を――


「彼女に手伝って貰おうよ!
何かよく分からないけど、カメラとか扱えるんだろ?

僕達より凄い技術を持ってるんだ、出来る事はいっぱいあるじゃないか!」


 出来る事は――沢山ある……


バートも何か意図があって口にした言葉ではないのだろう。

深く考えず、自らの本心を明かしただけ。

だが――深く、心に響いた。

緊張が解けていくのを感じる。

ドゥエロもまた、本心からの言葉を口にした。


「君は本当に……面白い男だな」

「はははは、そうかい? 僕はそれだけが取り柄だからさ。

ま、宜しく頼むよ。僕達今やばくてさ!

君のような娘が力になってくれて、本当に助かるって言うか――」

『……』


 無感情な眼差しをバートに向けているが――心なしか困惑しているように見える。

バートの熱心な弁舌に対応に困っているのかもしれない。

それが心底愉快で、ドゥエロは表情が緩むのを抑えられなかった。





かくして仲間は集い――本当の戦いが始まろうとしていた。












































<to be continued>







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