VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 11 -DEAD END-






Action26 −安堵−






 口惜しんでも、結果は変えられない。

起きてしまった現実を、覆せはしない。

主のいない部屋の中で――カイはただ頬を濡らす。


「・・・何で・・・どうして・・・!」


 今日一日で何度叫んだか分からない言葉。

理不尽に満ちた数々の悲劇を前に、カイは最早ただ疑問を投げ掛けるしか出来ない。

神の存在など信じていないが、今日一日で何もかも覆されてしまった現実を見ると、運命ですら思えてしまう。

世界に唾を吐きかけたい気分だった。

温もりを失った着ぐるみが、カイの胸の中で冷たく垂れ下がる。


「・・・赤髪を傷付けたのは俺・・・ソラを隠してたのも俺。

コイツが死ぬ理由なんて、何処にも無いだろうが!!

畜生、チクショ・・・ウ・・・」


 セルティック・ミドリ――彼女とはお世辞にも仲が良いとは言えなかった。

会えば一方的に疎まれ、盗聴や盗撮で弱みを握られたりもした。

敵か味方かで区別すれば、彼女からすれば自分は間違いなく敵だっただろう。

この討伐劇に彼女が参加していても、むしろ納得すら出来る。

なのに――

追われる身の自分は生きて、守られる身の彼女は死んでいる。

一体、誰を呪えばいい。

この受け止め難い悪夢から、どうすれば覚められるというのだろう?

何故彼女が――



――。



・・・?



涙が、止まる。


「・・・ユメ」

"あ、あのね・・・ますたぁー、元気出して。
ますたぁーが泣いてると、ユメも悲しくなって・・・グス"


 湿り気の帯びた声にも、カイは動じない。

ユメが泣けばまた騒乱が起きるのだが、彼は別の疑問で頭が一杯だった。


「クマちゃんは――何で死んだんだ?」


 死んだという伝聞と、部屋にあった彼女の抜け殻。

加えて積み重なる冷徹な事実で、気が狂いそうだった頭が彼女の死を受け入れた。

泣き喚いて、心の痛みにのた打ち回って、気持ちの全てを吐き出して――

冷めた頭が、本来の思考の一端を取り戻した。


"だって・・・反応が消えたもん"

「何処で?」


 生体反応が消えた、それは耳にした事実。

ピョロも肯定した以上、確かなのだろう。

気になるのはその場所――



"ますたぁーのお部屋の前だよ"



 死んだという言葉を口にした時と同じ。

極めてあっさりと、彼女は驚愕の事実を口にする。

カイは顔を上げて、ユメを振り返る。 


「――! こ、此処じゃ・・・ないのか・・・?」

"うん。お部屋の前"


「・・・」


 ――ちょっと、待て。

カイは拳が震えるのを押さえきれない。

ピョロもユメも、セルティックが死んだ根拠をこう語っていた。


反応が消えたから、だと。


分析が出来な自分には理解出来ないが、二人には生命の反応が感知出来る。

広い船の中で一個人を特定出来るレベルで。

カイは二人を信頼している。

生きている人間の反応とやらがどのような反応なのか理解出来ないが、まずミスはない。

セルティックの生体反応は確実に消えたのだ。

ただ――それでもやはり。

この二人は、知っているのだろうか?


「ちなみに聞くけど――

俺の部屋の奥って、ネットワークとかを遮断・・するって知ってる?」

"・・・テヘ"

「どっちなんだぁぁぁぁぁ!!」


 ――現実なんて、そんなものかもしれない。















 密閉空間――

かつて、賛成派と反対派が船内で二分していた時期。

クリスマスというイベントの渦中で、二つの勢力が反目し合っていた。

その際高度なネットワークを自在に操る存在に、賛成派のリーダー・カイが監視されていた。

反対派の干渉を防ぐべく、急遽設計された真空の空間。

セキュリティやネットワーク、あらゆる監視の目から守られた白紙の世界。

カイの部屋の奥に、悠然と今も残されている。

その孤立した広場には――





「やっと来た、このノロマ」
「カイさん、ご無事で本当によかったですわ」
「おっそーい! いつまでジュラを待たせるつもりよ」
「アマロ、カイが来たわ。セルを起こしてあげて」
「駄目、完全に目を回してる。
どうして殴って気絶なんかさせたのよ、ミカ!」
「ちぇ、何だよ・・・
捕まったって聞いて心配してやったのに、ピンピンしてるじゃないか」
「いや、無事とは言い難い。すぐに手当てをしよう」





 ――その賑やかな声に、カイは豪快に床にずっこけた。




「どうなってるんだ、一体!?」


 緊張感が欠片も無い空気。

まるで今日の騒乱が、嘘であるかのように。

何も変わらない人達が迎えてくれた。

その意味不明さに叫んでしまう。


「何で此処に居る!?
そ、それに・・・それに・・・

――っ」


 震えるカイの眼差し

真っ白な空間の中で、毎度御馴染みの面々が集まっている。

クリーニングチーフのルカに、キッチンチーフのセレナ。

どこか拗ねた顔で待ち構えていたジュラに、イベントチーフのミカ。

愛想をつかされた筈のドゥエロに、バート。



そして。



アマローネの膝枕に寝かされているのは、





――セルティック・ミドリ。





可愛らしい寝顔を見せて、セルティックは目を回していた。

生きている――間違いなく。

カイは脱力して、床にへたり込んだ。


「・・・クマ、ちゃん・・・」

「この娘、貴方の通信機を隠し持ってたのよ。
素直に渡してくれないだろうから、ちょっと乱暴だけど無理やり寝かせて運んだの。

はい、これ」


 セルティックに後ろめたいのか、少し沈痛な顔でミカはカイに手渡す。

使い慣れた通信機――

取り返そうと躍起になっていたのに、カイは手にしても何の感情も湧き出さない。

ただ、


「・・・良かった・・・

生きてて・・・良かった・・・」


 激情とは真逆の、強烈な脱力感に満ちた安堵。

張り詰めていた心が緩み、また泣き出しそうになってしまう。

皆の手前我慢はするが、そこは長い付き合い――

カイの見得や意地など、もうお見通しだった。


「・・・彼女が死んだと思っていたのか」

「うるせえ・・・」

「何でそう思ったのか知らないけど――お前らしい勘違いだよな」

「お―ーお前らも、教えてくれればいいのによ・・・」


 ドゥエロもバートも苦笑い。

何気ない――それでいて、普段通りの接し方に心はまたかき乱される。

どうやら彼ら二人に嫌われていた事実は、自分が思ってた以上に堪えていたらしい。


「連絡出来なかった。簡単に捕まった馬鹿のせいで」

「死者に鞭打つって言葉を知ってるか、貴様は!」


 冷笑するルカに、カイは怒鳴りながらも笑う。

安堵に力が入らない腰を持ち上げて、フラフラと歩み寄る。

見上げるアマローネに目で笑いかけて、そっとセルティックの頬を撫でた。

温かい――



――生きている事の素晴らしさに、眩暈がした。



「んじゃ、主役もやっと来たんで」


 ペチペチと、ルカは小さな手の平を叩く。

皆に促すように。


「和むのは後にして、とっとと行くよ」


 カイはガバっと顔を上げて、驚愕の眼差しを向ける。

怖気が背筋を這い回る。

この嫌な予感は――!


「行くってまさか――!?」

「ん? 決まってるじゃん」


 ルカはよいしょっと、背負う。

自分の荷物をまとめた、リュックを。


「出て行くんでしょ? 付き合う」

「協力する」


 当たり前のように、ルカとドゥエロは申し出る。

カイは目を見開いて、まさかと思い周りを見る。

並ぶ一同の顔は――どれも決意に満ちていた。














































<to be continued>







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