VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 11 -DEAD END-






Action11 −謝罪−







 深い嘆息。

重い鈍痛と苦々しい唾液を無理やり飲み込んで、カイは沈痛な眼差しで診察室の外で腰を下ろしている。


――現在、中ではディータはドゥエロの診察を受けている。


期待はしていなかった。

再び目覚めれば、毎日のように笑顔を向けてくれたあの少女に戻っているなんて。

自分の過ちを簡単に消してくれる希望なんて、抱いていなかった。


"いや・・・ディータを、苛めないで・・・"


 目を覚ますと同時に、ディータは怯えた眼差しと恐怖に満ちた涙を浮かべた。

瞳に、好意を向け続けてくれた自分の姿は映っていない。

ディータにとって、自分は怖がらせるだけの他人でしかないのだろう。

今の彼女の心は故郷。

理不尽に追い出される前の、優しいメジェールの世界に存在している。

現在の記憶を喪ったディータ。

幼い少女時代に逆戻りした彼女が信じられず、大声を出して問い詰めてしまった。

逆上して醜態を見せた自分は、ディータにとって悪鬼。

卑怯卑劣、醜悪極まりない――タラークの男でしかない。


「・・・ディー・・・タ・・・」


 何も口には出来なかった。

布団に包まって震える彼女を見て、カイは唇を噛み締めて俯いた。

優しい言葉も。

誠意ある謝罪も。

何一つ。

何一つ、今のディータには届かない。

もう二度と取り戻せない。

二度と・・・


"――私が診る。
気の毒だが、君に出来る事は何もない"


 ドゥエロはそっと退室を促した。

医療では常に事実のみを淡々と口にするだけのドゥエロが、ここまで他人を気遣う事はあまりない。

逆を言えば彼を気遣わせるほど、今のカイは憔悴しているのだ。

直接的な言葉に気遣いの色を感じさせ、カイは黙って医務室を出た。

そのまま何処かへ行く気力もわかず、外で座り込んだまま虚空を見上げる。


(・・・どうして、こんな事に・・・)


 朝まで・・・今日の朝までは、本当に平和だった。

何もない穏やかな日に退屈さえしていた。

旅は決して順調ではなかったが、女との関係は少しずつでも変化していた。

このまま行けば――彼女達と旅を続ければ、決して何者にも負けないと。

全てはうまくいくと、何処かで確信さえ抱いていた。


なのに、どうして・・・?



「――驚いたよ、あの娘・・・」



 カイは顔を上げない。

声の主が誰かよく分かっているが、返答する気力はない。

ぼんやりとしたまま、耳を傾けるだけ。


「記憶喪失なんだって?
普段から子供っぽい娘だったけど、まるで別人だね・・・」


 そのままどさりと、カイの隣に腰を下ろす。

軍服に着替え直したバート。

化粧を洗って、毎日のように着ている服を着直し、彼は傷心した少年に目を向ける。


「――何があったのか、聞いてもいいかい?」

「・・・ドゥエロから聞いただろ・・・」

「僕は、君の口から聞きたいんだ」


 いつになく、強気な口調。

普段とは正反対の心境で、彼らは少ない言葉を綴っていた。

怒っているのか、戸惑っているのか。

バートの言葉は強く、迫り来る印象を受ける。

カイは俯いたまま、小さく呟いた。


「・・・俺が・・・悪いんだ・・・」

「――」


 唇を強く引き締めたままのバート。

カイはただ、ポツポツとうわ言のように繰り返すだけ。


「俺が――あいつの何もかもを、ズタズタにした。
傷つけてしまった・・・

二度と癒せない、傷を。

俺のせいで・・・」


 口に出せば出すほど、感情が渦巻いていく。

愚痴や懺悔は吐き気がするほど嫌いなのに、口にしなければやり切れない。

嗚咽が漏れそうな程に悔やんでいるのに、涙が出ない。

嫌になるほど心の整理が出来ず、冷え切ったまま。

泣いて悲しむなんて当たり前の感情すら、今の自分には許されない気がした。


「――お前のせいじゃない、だろ・・・」


 説明にもなっていないカイの独白を、バートは上擦った声で答える。


「お前があの娘を傷つけるなんて、出来る筈がない。
事故なんだろ? だったら――」

「――それでも!」


 バウンドしそうな勢いで、カイは壁を殴った。


「俺が! あいつを!

――あいつの、記憶を奪ったことは、事実だろうが・・・

変えられない、現実だろうが!!」

「――っ!」


   バキッ
 

キツい衝撃音。

バートの右拳が、カイの左頬にぶつかる。

床に転がる少年に馬乗りになって、バートは心の奥底から叫んだ。


「だからって! 
お前がクヨクヨしても、あの娘は元通りにならないだろう!!」

「そんな事、分かってる!」


 ドカッ


生々しい衝撃音と共に、バートが腹を抱えて転げまわる、

膝蹴りした勢いを乗せて、カイは立ち上がって掴み掛かった。


「分かってるっ! 分かってるけどっ、俺は――!」

「分かってない!!」


 上半身をバネのように起こして、バートは頭突きを入れる。

そのまま二人はもつれ合って倒れ、転がりあいながら殴打を繰り返す。


「あの娘は――

あの娘は、お前が好きだったんだ!」

「――っ。
俺だって・・・俺だって、あいつは嫌いじゃなかった!」

「どうして安心させてやらない!
お前に出来るのは――あの娘を支える事だけだろう!?」

「でも、でも――

どうやって接したらいいのか、分からないんだよ!」


 いつも接してくれたのは――ディータ。

自分から近づいたのは、用事を除けば一度だってありはしない。

彼女はどれだけ冷たく突き放しても・・・傍に来てくれた。

男女の垣根を越えて。

周囲の温度差を気にせずに。


嫌われ者の自分に優しい笑顔を、向けてくれた――


「――それがどれだけ・・・どれだけ凄い事だったのか、今になって気づいた!
あいつの無邪気な笑顔の裏に、どれだけの強さが秘められていたのか!


今になって気づく、大馬鹿野郎なんだよ俺は!!


悔しい・・・悔しいよ!

畜生・・・何で、こんな事になったんだよー!!


答えろよ、バート・ガルサス――うあああああああああああ!!!」

「――っっ、僕だって・・・僕だって悔しいさ!
君が悩んでるのに、助けられない!
一緒に泣きたいのに、泣けないんだ!

困ってるのに・・・大事な――


大事な、友達が困ってるのに・・・


力不足な僕を笑え!
君みたいに何でも出来ない、非力な僕を笑え!!

笑えよ、カイ・ピュアウインド――うああああああああああああ!!」


   血反吐を吐いて、鼻水を垂らして、唾を撒き散らして。

それでも泣く事だけは出来ず――


――少年達は、ただ拳だけを振るい続ける。


何に対しての怒りか。

誰に対しての悲しみか。

誰も恨めず、許される事のない過去だけを背負って、殴り続けた。















「・・・私の仕事を増やさないでくれないか」

「「もぉーしわけふぁりまふぇん」」


 診察を終えたドゥエロが見たものは――無残な少年達の屍。

呆れ果てるドゥエロを前に、顔中をボコボコにしてカイとバートは平謝りした。

診察はさほどの時間を必要とせず、簡単に終えたらしい。

どちらかといえば、傷だらけのカイ達の方がよっぽど重傷に見えた。

二人の手当てを終えて、ドゥエロは、


「・・・原因は聞かないが、想像はつく。
カイはともかく、バートはもう少し建設的な男だと思っていたのだが」

「おい、待て。俺とこいつを一緒にするな」

「こっちの台詞だ、それは! 
僕だって君のような野蛮人と同じだと思われたら、迷惑だ」

「っけ、お前だって十分野蛮だろうが。
いきなり殴りやがって」

「人の腹を無造作に蹴飛ばす奴に言われたくない!
未来ある身体に傷がついたらどうしてくれるんだ」

「ぺっぺっぺ、このニセ貴族が。
社交界でお茶でも啜ってろ」

「君こそ汚らしい路地裏で、泥でも舐めていればいいんだ」

「何だ、こら!」

「誇りある決闘なら受けてたつぞ!」

「――君達は反省という言葉はないのか・・・」


「――うふふ」


「「「――!?」」」


 睨み合う三人の中に、飛び込んでくる笑い声。

三人は一瞬お互いを見つめない、恐る恐る視線を向ける。

「仲良しさんなんだねー、ふふ。いいなー、いいなー。

ディータも、仲間に入れてもらいたいな・・・」


 無垢な笑顔。

純真な子供のまま、ディータは憧れるようにこちらを見ている。

カイは呆然とした顔のまま。

怖がられ、もう話し掛けることも出来ないのだと、落ち込んでいた先程。

向けられた微笑みはとても懐かしくて――


「――ほら、カイ。何やってるんだ」

「え・・・?」

「君が、答えるべきだ」


 背中を力強く叩く男達。

驚いて顔を向けると、何処か照れた様子でバートとドゥエロは頷く。

カイは呆然としていたが――やがて、しっかりと頷き返して立ち上がる。

ゆっくりと、ディータの傍まで近づいて・・・手を伸ばす。


「俺と・・・友達になってくれる?」

「――うん!」


 二人はそのまま、しっかりと手を繋いだ。















































<to be continued>







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