とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 百五話
小高い丘。
海鳴という世界を見渡せる丘の上に、素っ気なく一つの墓が立っている。本来の意味での墓標であった。
奉られる事もない。きっと死んだ本人も望んでいない。海鳴という優しい街を見渡すことができれば、それでいい。
そんな墓が、高町家の主が眠っている場所であった。
「……思えば貴方に、ここを案内したことがなかったわね。ごめんなさい」
「こう言っちゃ何だが、他人の墓に案内されても困るぞ」
「一年前であればそうだったかもね。今の貴方は大切な私の家族よ」
なるべく取り繕わずに言ったつもりだが、高町桃子は優しい微笑みを崩さない。まあ俺も死体蹴りするような真似もしなくなったが。
案内された墓は、高町士郎という男が眠っている。生前の面識はないが、写真を見たことはあった。なのは達の父親であり、剣士であったと聞き及んでいる。
この素朴な墓が本人の意向かどうかは聞けていないが、俺が死後に望むのであれば墓を求めないか、望んだとしてもこのような墓を望むだろう。
自分が死んだ後で、痕跡を望むような事はない。剣士というあり方に、自分の軌跡は必要なかった。
「士郎、久しぶりね。
これほど優しい風が吹く場所で眠れるなんて、貴方が羨ましいわ」
ティオレ・クリステラが案内を望んだのは、この墓だった。
面識があったのか、親しくもしていたのか、墓へ語りかけるティオレ御婦人の声には気安さがあった。
悲しみも含まれているが、悲観的な声色はない。眠れるものを弔い、今を生きる者への語りかけがある。
どれほどの関係だったのか聞いていないが、聞く必要もないだろう。
「アイリーンも一人前にデビューして、フィアッセももうすぐ旅立とうとしているわ。
貴方が守ってくれたアルも、今では立派な議員よ。貴方が残してくれた思いを胸に、国と世界のために貢献してくれている」
高町士郎は剣士として、他人のために剣を振るっていたのだろう。だからこそ、死した後も感謝されている。
考えてみれば俺は戦いの中で自分の死を覚悟したことはあったが、自分が死んだ後の事まで考えたことはあまりなかった。
平和な日本であれば考える必要はないが、俺は海外や異世界で危険な戦いを行っている。けれど、自分が死んだ後まで頭は回らなかった。
思い馳せたのは法術の事くらいだろう。自分が死んだ後は解除されて、今起きている奇跡が全て消える。
「士郎。貴方が守ってくれたおかげで、私とフィアッセは同じ舞台に立てるの」
ティオレ・クリステラは一瞬、墓ではなくこちらを一瞥した。
どうして海鳴から始めるのか、どうして日本で開催するのか、どうしてコンサートを行うのか。
答えはこの中にあるのだと言って、彼女はここへ案内した。言葉よりも雄弁に伝わるのだからと。
彼女は、自分の思いを打ち明ける。
「この海鳴から始めるわ――貴方が眠るこの街で、貴方の家族がいるこの国で。
私の夢だった、クリステラソングスクールで育てた自分の娘達を連れたチャリティーコンサート。
この歌できっと貴方に負けないくらい、沢山の人達の人生を救ってみせるわ」
――得心した、何故コンサートを開催するのか。
動機は様々あるが、根本にあるのはこの一つの墓だった。ティオレ御婦人は一人の剣士によって救われた人間だった。
自分の命の価値だけではない。命がけで救われた自分自身の命を持って、大勢の人達の価値を高めようとしている。
より多くの人達を救うことで、彼が命がけで行ってくれた献身に報える。
「必ずコンサートは成功させて見せる。この歌を、貴方にきっと届けてみせるわ。
だから聞いていてね、士郎」
彼女は最後にそう締めくくって、案内してくれた桃子に少し頭を下げた。桃子も目に涙をにじませている。
死んだ人間に対してできることはない。天国にでもいてくれれば思いは伝わるかもしれないが、死んだ人間が何を思うのか誰も分からない。
それでも生きている人間は、死んだ人間に対して思いを馳せ、何か出来ることをしようとする。
あるいはそれも、生きるための行動なのかもしれない。
「危険なことは承知の上で、私は貴方にお願いしたいの。
フィアッセを守ってくれるかしら」
主語はあくまでもフィアッセ本人だが、実質はこのコンサートそのものになるだろう。
警護はきちんとプロが雇われているし、実質的に素人が手出しすることもないかもしれない。むしろ役に立たないことのほうが多いだろう。
今の話を聞いていても、特段感極まることはない。故人に面識はないし、どういった思いがあるのか想像しかできないからだ。
けれど、今生きている人達については別だ。
「……この墓の人間が誰なのか分かりません。
ただ故人を思う貴方達にはお世話になっていますし、その恩返しくらいはさせてもらいますよ」
そう言って、握手する。高町士郎には恩義はないが、高町の家にはお世話になった。
この一年間の恩義を返すには、ちょうど良い機会だろう。コンサートを成功させて、故人が喜ぶのであればそれに越したことはない。
チャイニーズマフィアという民間人にはどうしようもない組織が相手ではあるが、その分こっちも仲間達がいる。
俺は悪に一人で立ち向かう英雄ではない。この墓の者と同じ、剣士なのだから。
「ありがとう、それじゃあ買い物にでも行きましょうか。貴方に似合う服をプレゼントするわ」
「俺に言ってる!? いえ、そういった事はうちの娘やそこの不良娘にお願いします」
「いやいや、父よ。我はそういったおしゃれはあまり……」
「そうですよ、良介さん! 人には好みというのがあってですね……」
この時、俺はティオレ・クリステラの想いを本当の意味で分かっていなかった。
個人への思いはたしかに事実であり、底に向けられた気持ちは本当だっただろう。
しかし、彼女の覚悟は――違っていた。
<続く>
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