とらいあんぐるハート3 To a you side 第十三楽章 村のロメオとジュリエット 百四話



「率直に聞かせて下さい。
チャリティーコンサートを開催する目的は、今貴方がお話下さった過去が起因となっていますか?」


 チャンスだと思った。込み入った事情があるのは分かりきっているが、他人の家庭事情は雇われの身では非常に聞き辛い。

一年前の俺なら無礼千万に聞きまくっていただろうが、仕事として請け負っている立場となればそうはいかない。

チャリティーコンサートの開催は自分達だけではなく、自分の娘まで脅迫されるほどの難事。それでも開催するとなれば――


自分の娘を危険に晒すほどの事情があって然るべきだろう。


「……そうね、貴方には聞くべき理由と資格がある。
実を言うと今日一日貴方と一緒に過ごし、一日の終わりに打ち明けるつもりだったの。

けれど、改めて貴方と貴方の傍に居る娘を見て決めたわ。貴方には全てを打ち明けようと」


 思わずフィアッセを見やる。本人は若干きょとんとした顔をしつつ、ふんわり笑っている。実に呑気な顔をしていた。

こいつの顔を動見れば信頼する要素が生まれるのか、俺にはサッパリ分からないが、まあ話してくれるのならいいだろう。


同席していたシルバーレイがオレンジジュースを飲みながら手を挙げる。


「なんか深刻そうな話なら、席を外しますけど。というか外してもいいですよね」

「ありがとう、お嬢さん。気を使ってくれているのね」

「……うっ、何この善意の塊」


 御婦人の気品ある微笑みを向けられて、シルバーレイは若干引き気味に俯いた。本人は逃げ出したかったのだろうな。

他人の深い事情なんてそれこそ興味がなければ、基本的に面白い話ではない。気分が上がるなんてことはあまりないだろう。

シルバーレイは一匹狼な性格ではないが、他者との関係にはあまり積極的ではない。関心がないと自ら知ろうとはしない。


場が改まったところで、ティオレ御婦人が話し始めた。


「少し話したけれど私が中東にいた頃、服どころかその日の食べる物にさえ困る、貧しい暮らしだったの。
働くところはなくはなかったけれど、私は当時鶏ガラのような小さな子だったから、肉体労働も出来なかった。

働く場所は何処にもなく、物乞いをしていた時――その手段の一つとして、歌を歌ったの」


 げっ、聞くんじゃなかった。思い出してしまったのだ、かつての自分の生活を。

正直ティオレ御婦人ほど切羽詰まってないが、孤児院を飛び出した頃の俺は日々食べるものにさえ困っていた。

肉体労働は出来るが、身元を保証できるものがない子供。拾い食いなどは当然のようにしていたが、それ以外では絵を描いたりしていた。

今の世の中似顔絵書きなんて誰もやっていないが、逆にその廃れた商売を今どきやるという事がウケたのか、旅先で小銭くらい出してくれる人はいた。


今にして思うと、あれも汚らしい俺を物乞いの手段だと憐れんでいただけかもしれない。


「当時の私は本当に運が良かったのね……
歌を歌って生活をしていた私をエヴァンという人が拾ってくれて、初めて英国へわたったの。

当時はそうね、12歳の頃だったかしら」


 中東に居る貧しい子供を拾うなんて酔狂な真似、普通の人間ならしない。恐らくよほどティオレ御婦人の歌に魅了されたのだろう。

生活の糧とはいえ、貧しい身なりの子供の歌にお金を出していたのだ。荒んだ環境の国で、大人達に感動を与える力がその歌にはあったのだ。

才能といえばそれまでかもしれないが、ティオレ御婦人の歌は貧困の中から抜け出すべく生み出された、生へのエネルギーだったに違いない。


今まで詳細を聞いていなかったのか、フィアッセは感銘を受けたように頷いて聞いている。


「リョウスケ、私はねかつての自分と同じ境遇の子供達を救いたいの」

「……動機は立派だと思いますが、同じ子供のフィアッセが危険に晒されています」

「ええ、それは分かっている。けれどねリョウスケ、フィアッセを脅かす者達の背景は私の動機に繋がっている。
暴力に屈することとなれば、当時私がいた国の荒廃が更に広がっていくことになるわ。

昔も今も同じよ、私は断固として負けたくはない」


 チャリティーコンサートの背景と、その裏に蔓延する貧困ビジネスやHGS関連の非人道的な研究について、夜の一族から聞いている。

コンサート開催でそうした闇のビジネスの全てが根絶できる訳ではないが、少なくともチャイニーズマフィア達にとっては大きな痛手となるだろう。

彼女の言う通り、脅迫に屈せばつけあがるのは間違いない。そもそも脅迫に応じたところで、フィアッセたちが安全になる保証だってないのだ。


ティオレ御婦人は紅茶を一口飲んで、続きを語る。


「それに単純な善意だけではないわ。私はフィアッセと同じ舞台に立つのが夢なの」

「ママ……」

「私の夢だった、ソングスクールの娘たち皆を引き連れたチャリティーコンサート。そのツアーをここから始めるのよ」

「えっ、ここから!?」

「そうよ、この海鳴から始めるつもりよ。貴方がいてくれるこの街で、フィアっせと一緒に始められる。
私も主人のアルも、貴方がいてくれるのなら安心だと思ったのも、決断の大きな理由の一つね」


「よかったじゃないですか、期待大ですね!」

「ちくしょうこいつ、無責任に煽りやがって」


 せっかくチャリティーコンサートの立派な動機で話が広がっていたのに、ティオレ御婦人から茶目っ気ある理由まで聞かされて突っ伏す。

ここぞとばかりにシルバーレイがニヤニヤ顔で俺の肩を叩いてくるのが、ムカつく。自我に目覚めた超能力娘は性格が悪い。

ただ海鳴で開催するというのが冗談ではないらしい。自分で言うのも何だが、どうして日本の首都とかではなくて、この町になるのだろうか。


国際都市化しているけど、それもここ一年くらいの話だぞ。海鳴から出ないという夜の一族との約束は守れるけど、どうしてだ。


「少しからかうように言ったけれど、この海鳴で始めるのには理由があるわ」

「ま、まあ、さすがにそうでしょうね……」

「理由はこの食事が終わってから話すわ。次の予定の場所で打ち明けたいの」


 ――次の予定は、お墓参り。

死者を理由にするのであれば、その経緯に至るまで察しが付くことが出来る。

だからわざわざ追求する必要はなく、俺達は歓談に戻った。


コンサートが決戦だと思っていたが、海鳴でケリをつけることになるのか……














<続く>








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