とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第三十四話





 今、この時ほど――剣士として生きてきてよかったと、実感した事はない。


頭を撃たれて倒れている、月村すずか。

過去にアリサの死を経験していなければ、彼女の死に様に絶望していた。

顔を撃たれて倒れている、月村すずか。

過去になのはと悲しみを共有していなければ、彼女の死に様を嘆いていた。

胸を撃たれて倒れている、月村すずか。

過去にフェイトと和解していなければ、彼女の死に様を後悔していた。

腹を撃たれて倒れている、月村すずか。

過去にはやてと出逢っていなければ、彼女の死に様を嘆いていた。

手足を撃たれて倒れている、月村すずか。

過去に美由希達と戦っていなければ、彼女の死に様に狂っていた。

全身を撃たれて倒れている、月村すずか。

今、自分が孤独であったのならば――彼女が死んだと、思っていた。


"法術を、絶対に使うな"


 始祖の血を受け継いだ夜の一族の少女、月村すずか。夜の王女である彼女の肉体は、伝説の吸血鬼を遥かに凌駕する強靭さを誇っている。

伝承では弱点の多い吸血鬼も、世界最高峰の科学者によるクローン技術で克服されていた。太陽の光を浴びて生長し、あらゆる匂いの食物を食べて成長し――

心臓に杭をうたれても、即死しない。


"奇跡に頼れば、お前が追い詰められる"


 まだ生きている、ただそれだけだ。

全身を蜂の巣にされても生きているのは、奇跡ではない。彼女であれば、月村すずかという少女であればありえる。

けれど、間もなく死ぬだろう。夜の一族であっても、出血多量なら死ぬ。夜の王女でも、脳が破壊されれば死ぬ。月村すずかでも、体中に穴を開けられたら死ぬ。


今助けなければ、死ぬ。


"他人を救いたいという気持ちが、自分を殺すんだぞ"


 慌てて仲間達が駆け寄っているが、間に合わない。どんな治療を施しても、助からない。奇跡がなければ、救えない。

この手には、剣はない。この手には、奇跡が宿っている。救いを求めている少女が、目の前にいる。

自分のためには使えなくても、他人のためであれば使用できる。仲間のためであれば、家族のためであれば、何の躊躇いもない。

月村すずかを救えるのであれば、どんな奇跡も惜しまない。


"絶対に、法術を使うな"



 ――だから。


"法術を使うな"



 使わない。



 奇跡への強烈な誘惑を――剣で、断ち切った。

剣士として生きてきて、本当に良かった。今この瞬間、心の底から感謝できた。


仲間を救うために、仲間の信頼を裏切ってたまるか!


「何をする気ですか、父上!?」


 チンクが着せてくれたシャルコートを脱ぎ捨て、展開されている炎の防衛網から一歩前に出る。冷静なシュテルの可憐な表情が焦りに滲んだのが見えた。

敵の目的を、見誤っていたのではない。俺の思考を完璧に読み取って、俺の護衛を務めていた月村すずかへと標的を変えたのだ。敵ながら、恐れ入る。

そして、俺が妹さんを救おうとするのも計算済みだろう。恐るべき数の銃口が一斉にこちらへ向くのが見える。それでも、恐怖は感じなかった。


手刀――剣士として放った刃が、動脈を正確に切り裂いた。


絶対的危機であるのにも関わらず、笑いがこみ上げてくる。まさか本当に、単なる手刀で血管を切れるとは思わなかった。剣士として生きた甲斐が、確かにあったのだ。

手から溢れ出る大量の出血が、月村すずかの身体に注がれる。常軌を逸した行為に指揮官のオルティアを筆頭に、仲間達が驚愕の眼差しを向けてくる。

猛烈な目眩と、容赦のない貧血に頭痛が生じる。これまで完璧だった敵でさえも、動きを止めている。よかった、ようやく敵の上をいけた。


次の瞬間、車両群が一斉に発砲して――



「陛下ーーー!!」



 月村すずかが、宮本良介の血を飲んだ。





「ギア4」





 雨のように降り注いでいた銃弾が、嵐のように吹き飛ばされていった。月村すずかの身体より放出された強大な魔力が――何十何百何千の弾丸が正確無比に、一発残らず破壊される。

深遠なる夜の王女、闇の化身たる少女が立ち上がる。大量に流された己の血を麗しき鮮血のバリアジャケットへと変換し、美しき白い肌を傷一つ残さず再生させた。

全身から溢れ出ている覇王のカリスマ、全身から漲っている英雄の覇気。飲み干した俺の血によって、破壊された内臓の数々を強靭に再生させた。


自分の血で全身を細胞レベルで強化し、俺の血で内蔵を遺伝子レベルで強化――ジェイル・スカリエッティが渇望していた、理想の生命。



研究の、完成形――究極生命体が、誕生した。



「アイゼルネ・ユングフラウ」


 仲間達が破壊した車両の瓦礫が王女の魔力で全て浮かび上がり、元廃棄都市に押し寄せていた車両群へと雨嵐のように降り注いだ。

慌てて回避に入る車両群だが、回避したその先へと瓦礫が落ちて来て踏み潰される。まるで未来が見えているかのように、正確に攻撃が着弾する。

血に染まった瓦礫の一つ一つが、まるでミサイルのように着弾して爆発する。強化された車両が、ゴミクズのように破壊されていった。


"物質の支配"――車両の弱点を、完璧に貫いている。"声"が、悲鳴をあげていた。


「ヴージェノヴ・ニュアレンバーグ」


 元廃棄都市は、湾岸に面している。その海上が王女の魔力に震え上がるように波立ち、うねりをあげて一斉に噴出した。

全てを飲み尽くす、大海原の反乱。大自然の全てが夜の王女に平伏し、王女に敵対する者達へと襲いかかる。

銃火器で反撃しようとも、大自然の猛威には歯が立たない。次々と飲み込まれて、水圧によって潰されていった。


"大自然の支配"――これほどの災害に晒されても、間近にいる俺達には何の影響もない。不完全なる異世界が、完全な支配に置かれている。


「ニュルンベルクの処女」


 少女が拳を振るうと、世界が粉砕された。少女が足を払うと、世界が切り裂かれた。少女が突撃すると、世界が破壊された。

両腕で罪人たる敵を丸ごと抱きかかえて、胸部から飛び出した杭の如き魔力が車両を撃ち抜いた。急所を見抜き、弱点を聞き分け、心臓である核を剥ぎ取る。

返り血がかかった手を拭うと肌が金色に輝いたように見えた為、処女の血を浴びると肌が綺麗になるという逸話が生まれた。


"魔法の支配"――伝説が今、ここに実現。想像を絶するほどに、王女は美しかった。



「……団長が恐れていた、バケモノ……」



 廃棄都市が、壊滅した。押し寄せていた車両は、一台も残っていない。完全無欠に壊されて、瓦礫が山積みになっている。ノアを含めて一人残らず、震え上がっていた。

敵よりも恐ろしい怪物が、目の前にいる。世界よりも強大な化物が、目の前にいる。神ならざる人は、平伏するしかない。

鮮血なる朱の瞳が、こちらを射抜く――人間は怯え、人外は震え、戦闘機人は縮み、マテリアルが下がって。


剣士は、呼びかけた。


「帰ろうか、妹さん」

「はい、剣士さん」


 平然と俺が呼びかけると、妹さんも一瞬目を丸くしながらも頭を下げた。異常な事態、異常な状況であるにも関わらず、俺達はどこまでいっても平常だった。

戦闘機人達と同じだ、俺は最初から妹さんを人間だと思っていない。人間ではないと思っているのだから、どんな化物になろうと何とも思わない。

彼女は月村すずかであり、俺の護衛である。彼女がこうして元気に復活したのであれば、俺から別に何もいうことはなかった。


忌避せず手招きすると、妹さんは心なしか嬉しげに歩み寄ってきた。


「ところで、剣士さん」

「今からオルティアさん達に止血治療してもらうから、片手間でよければ聞くぞ」


「今日から、わたしは剣士さんの女になるのですね」


 ……何を言っているのか一瞬分からなかったが、すぐに察して青褪めた。

夜の一族の女が異性の血を飲むことは、特別な意味を持っている。


俺の血を飲んだ妹さんは、息を呑むほど艶やかであった。


「ご安心下さい。剣士さんの女になろうとも、護衛は確実に務めます」

「い、いや、これは不慮の事故であって――」

「婚約者がいることも承知しておりますので、愛人でかまいません。今後ともよろしくお願い致します」

「姉の影響を受けないでくれ!?」


 大量に血を流した影響もあるが、目眩がする思いだった。妹さんは果てしなく純粋な少女なので、疑う余地もなく思いつめている。

護衛として毎日一緒にいるので今更ではあるのだが、女としても接してくるのであれば、距離感は変わってくる――ことはないか。妹さんだもんね。

事件は全く解決していないのに、悩みのタネが増えてしまった。


(結局法術を使わなかったな、お前)

(使うなと言ったのは、お前らだろう)


(責めてるんじゃねえよ――お前は剣がなくたって、強くなってるぞ)


 俺は今日殆ど何も出来なかったというのに、俺の相棒を務めてくれたアギトはとても誇らしそうにそう言ってくれた。

自分の腕を見る――鋭利に切り裂かれた、治療中の傷。咄嗟にやったのだが、単なる手刀で肌を切り裂くことが出来た。

剣士であったから、奇跡という圧倒的な誘惑を断ち切る事ができた。


(とはいえ、やはり剣がないと――うん?)


 その時、別に意識してはいなかった。最初に海鳴で辿り着いた時、桜の枝を拾って戦ったあの頃と同じ軽い気持ちで――

俺と月村すずかの血に染まった、車両の破片を拾い上げた。















<続く>








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