とらいあんぐるハート3 To a you side 第十一楽章 亡き子をしのぶ歌 第三十五話





 廃棄都市、壊滅――


ミッドチルダ地上本部とベルカ自治領に隣接する都市が、軍用改造車両で出来た瓦礫の山に潰されてしまった。

ありえない話だとは思うのだが、廃棄都市消滅を隠蔽する軍事作戦であったのであれば見事と言うしかない。

事実、消滅した真実よりも、壊滅したニュースがミッドチルダ全土を震撼せしめたのだから。

千を超える軍用改造車両が完膚なきまでに破壊され、天を貫かんとする瓦礫の山が一夜にして出来上がった。たった一人の存在によって、戦略的破壊が実現されたのだ。


たった一晩で戦争を終わらせた、圧倒的武力の存在。その名も――


『どうして、俺が武力制圧したことになるんだ!?』

『月村すずかさんという少女が一人で廃棄都市を埋め尽くす軍用改造車両の大群を破壊したと、素直に報告してもよろしいのですか?』

『あんたの指揮で俺達が武力制圧を行ったのだと、報告してくれればいいだろう。口裏くらい合わせるぞ』

『取引には応じました、譲って頂いた武功はありがたく受け取っておきましょう。しかし私の指揮であったとはいえ、あなた方が活躍したという事実は隠蔽できません。
敵の勢力はあまりにも想定外の規模であり、軍事的改造が施された車両の武装は強大でした。質力兵器の数々を搭載した人型兵器の大群との戦闘は、もはや戦争であったと言えるでしょう。

「戦闘機人で構成された」聖王騎士団の存在が、否が応でもピックアップされてしまいますよ。当然、地上本部は何が何でも介入するでしょうね』

『ぐっ……だ、だからって"聖王"一人で全車両を破壊したなんて無茶苦茶が通じるはずが……!』


『――いい加減、貴方は自分という存在を自覚するべきです。貴方の過去の功績を、振り返ってみて下さい。
ベルカ自治領を支配せんとした龍姫との一騎打ちによる勝利、聖地の空を支配した巨大龍の制圧、異教の神と噂される怪物の討伐――これら全て人々が目撃した、貴方の戦歴です。
貴方一人で全て成し遂げたかどうか、真実は関係ありません。"聖王"である貴方であれば可能だと、人々が謳っている事が全てなのです。

月村すずかさんやセッテさん達を守りたいのであれば、貴方の存在を前面に押し出すしかありません。私からの要請により、貴方が応じたという話の流れにします。
"聖王"の協力を得て行った武功と、"聖王"との関係を結べた事実は非常に大きい。聖地へ派遣された私への評価は揺るぎないものとなるでしょう。

貴方の仲間を守るために、貴方を英雄とする――これが武功を譲って頂いた貴方に対する、私からの対価です』


『俺一人で武力制圧したと言って、本当に時空管理局が納得するのか』

『それが私の仕事です、お疲れ様でした』


 ミッドチルダを震撼させる戦争規模の事件が起きたというのに、誰一人損のない着地点へ持っていけるオルティアの手腕に震え上がった。恐ろしい女である。

世間的に見れば部下の手柄を上司が独り占めする結果にしかならないというのに、オルティアより説明を聞いたセッテ達は何故か感激して全員揃って俺に頭を下げた。部下の安全を保証するなんて当然だというのに。

再生した妹さんは結局無傷で勝利、彼女の武功は夜の闇に溶けて消えた。だというのに負傷した俺を案じるばかりで、彼女本人は何も主張しなかった。俺を守れたことだけが、彼女の誇りだった。

その後現場へ急行してきた時空管理局と聖王教会関係者への対応はオルティアとシュテル達が行うこととなり、負傷した俺と妹さんは聖地へ帰還した。


この配慮も、彼女なりの対価なのだろう。


「平和を愛する信徒たちよ。此度の乱痴気騒ぎで取り乱す声も出ておるが、案ずる必要はない。
聖地を乱す怨敵は我が父が成敗し、聖地を支える人民は我が守ろう。安寧に甘えず、恐怖に負けず、お前達は明日を生きる為に今日という日を休むといい。

父はお前達に、神に縋らず人であらんとするお前達の強さを問うた。今こそ、"聖王"より学んだ最後の教えを生かす時だ!」


 オルティアが手配してくれた車で聖地へ戻ると、ベルカ自治領全土に響き渡るディアーチェの演説が聞こえてくる。これほどまでの演説、どうやら聖地にも不安や緊張が走っていたようだ。

耳を澄ませてみると、狂騒や狂乱の声は全く出ていない。聞こえてくるのは後継者であるディアーチェを讃える声ばかり、あの子は良き王として今日も人々に愛されている。

父として拍手の一つでも送ってやりたいが、人々の注目を集めるだけだ。今晩はあの子が主役の舞台、自分の娘が愛される舞台を見る幸福に酔うとしよう。


程なくして演説を終えたディアーチェは民に囲まれながら堂々と振る舞い、皆の不安を取り払っていった――落ち着いたところで、声をかける。


「もう立派な王様だな、ディアーチェ」

「帰ったか、父よ。我はあくまで父の留守を預かったのみ、父の娘として当然の責務を果たしたまでだ」

「なるほど、称賛は不要ということか」

「むっ……わ、我は父の娘であるのだから、褒めて頂ける分にはかまわぬのだぞ」


「よしよし、偉いぞディアーチェ」

「ふふふ、いつでも頼りにしてくれ父よ」


 頭を撫でるのも子供っぽい気がしたので、大人として抱き上げてやる。負傷した腕が痛いので大した高さにはならなかったが、ディアーチェは嬉しげに頬を緩めていた。

実際、立派だと思う。市街戦にならないように配慮こそしたが、廃棄都市での戦いは戦争にまで発展した。戦いの予熱は間違いなく、聖地へ伝わってしまっている。

戦乱が落ち着いたばかりの聖地、戦争の匂いが届いて民もさぞ不安になっただろう。不穏な気配を王の貫禄で吹き飛ばしたこの子は正に、王者であった。


同じく留守を預けていたユーリも、ナハトヴァールを背中に乗せて急降下してくる。


「現地のシュテルより連絡が届きました。お父さん、やはり私が行けばよかったじゃないですか!」

「い、いや、でもお前がこの聖地にいてくれたからこそ、皆が安心なのであって――」

「お父さんが危機一髪になれば、何の意味もありません! シュテルに聞きましたよ、全部。あの子がお父さんを捨て身で庇って、愛を育んだそうじゃないですか!」

「前半はともかく、後半は嘘つきまくっているじゃないか、あいつ!?」


「あの子は明日留守番です。ねえ、ディアーチェ」

「うむ、明日は我らが出撃するぞ父よ。父を狙う愚か者は、我が直々に成敗してくれるわ!」


 怪我しているので明日は聖地で大人しくしていようと思ったのに、娘達はやる気満々だった。この二人がいるだけで、過剰戦力である。

その後聖王教会からの使いが何人も来られたが、同乗していた聖騎士アナスタシヤが対応してくれた。俺は本当に、良縁に恵まれている。


「パパ、おかえりなさい!」

「ヴィヴィオ……こんな夜中に起きていたのか」

「うん、皆さんさんからおはなしをきいて……しんぱいで、ねむれなかったの」


 可愛いパジャマ姿で飛び込んできた自分の娘であるヴィヴィオの頭を、なでてやった。抱き上げてやりたかったが、あいにくと腕を怪我していて難しい。

最近色々あって話せていなかったが、この聖地で日々人間らしく生きているようだ。"聖王"の後継者はディアーチェだが、聖王家とされる俺の血はヴィヴィオが受け継いでいる。

英才教育を受けているヴィヴィオの才能は開花されており、幼少であっても大人顔負けの認識力と判断力を持っている。事態を聞いて、居ても立っても居られなかったのだろう。


俺の剣と生き方を受け継いだ娘達も、その気持ちは同じだったようだ。ヴィヴィオと一緒に、俺の元へ駆け寄ってきた。


「お父様、お怪我をされたのですか!?」

「父さんが怪我をするなんて……くっ、僕もついていくべきだった」

「あんな戦場に、お前達を放り込めるか。お父さんに任せておけ」


 双子姉妹であるディードとオットーが俺の怪我を見て顔を青ざめさせるが、むしろ明るく笑って何でもないと快活に言ってやった。実際、俺は特に何もしていないからな。

戦いが起きているというのに、じっと待つことの辛さはよく分かる。剣士や戦士であれば、尚更だ。戦える実力と武器があるというのに、機会に恵まれないのは辛いものだ。

俺の遺伝子を受け継いだ戦闘機人の二人であれば戦えただろうが、あれ程の規模であれば負傷するのは避けられなかっただろう。残念だが、最前線にはまだ立たせられない。


とはいえ、子供扱いされるのは納得出来ないだろう。俺もこの二人を、単なる子供と扱うつもりはなかった。


「ヴィヴィオと俺の大切な人達をお前達が守っていてくれるからこそ、安心して戦いに行けるんだ。
どうやら今回の敵は、俺を標的にしているようだからな。俺の子供であるお前達も狙われるかもしれない。その時は――」

「お父様に代わり、賊を斬り伏せてご覧に入れましょう」

「父さんを脅かす敵は、僕が仕留めるよ」

「うむ、それでこそ俺の子供達だ!」


「えーと、ヴィヴィオも……!」

「お前は寝てていいよ」

「わ、わたしにもきたいしていただけるとうれしいのですが!?」


 両手を振り回してアピールしてくるヴィヴィオの可愛らしさに、思わず場が和んでしまう。頭の良い子なのだが、父親の前だと年相応の甘えん坊になってしまう。

冗談めいて言ったが、実際のところ可能性はありえる。今回の敵は、剣士である俺を熟知している。俺の事を完璧に把握しているのであれば、俺の子供達の存在も知っているかもしれない。

子供を顧みるのであれば、他人を切る剣士なんて務めるものではない。しかし剣を捨ててまで、子供に縋るつもりもなかった。


この子達は俺を誇りとして生きる、立派な存在だ。守りたいと思っていても、足かせのように扱うつもりはなかった。


「そういえばセインはどうしたんだ、ヴィヴィオ」

「セインは、もうぐっすり寝ているよ」

「……子供は寝る時間だけど、寝てたら寝てたで腹が立つな」

「あ、あはは……ゆるしてあげてください」


 他の戦闘機人は全員起きているのに、これほどの事態になっても爆睡できるあいつの神経の太さが羨ましかった。セインらしいといえば、そうだけどな。

セインの存在、特にあいつの能力は切り札となる。無機物に潜行するディープダイバーは、ヴィヴィオ達を守るこれ以上ない特殊能力だ。

敵は無機物を兵器に出来る技術を持っている。戦争にこそ向いていないが、あいつの特殊能力を活用すれば無力化も出来る。


本人はいたってノンキで危機感のないガキンチョだが、ヴィヴィオを守る使命感は本物だ。あいつがいる限り、ヴィヴィオ達は大丈夫だろう。


「おとうさん、ヴィヴィオ達にもてつだえることはありませんか!」

「とりあえず今日はもう寝ろといいたいが――手伝いというのなら、頼まれてくれ」

「お父様、当然私もお手伝いいたします」

「もちろん、僕も」

「ありがとう。悪いけれど今からある人を呼びに行ってくれ」


 真夜中だというのに、子供達は元気に走り去っていく。戦争が起きようと、あの子達の逞しさは恐怖で濁ったりしない。

今晩は色々あって疲れ果てているが、まだやらなければならない仕事が残っている。社会に生きる大人である以上、残業だってある。

俺はそっと夜空を仰ぎ見た。


「フローリアンさん、待っているだろうな……急いでいかないと」


 ……考えてみれば高級ホテルに泊まる女の子のスイートルームに、夜中押しかけるというのはどうなんだろうか。

切羽詰まった事情があるとはいえ、社会的立場を考えると悩ましいものがある。年代は俺と近いので、考えすぎかもしれないが。

いずれにしてもシュテルがいない以上、代役が必要だ。


「難しい交渉になりそうだ」


 キリエ・フローリアン、決して叶うことのない奇跡に縋るしかない絶望の少女。

戦場でどれほど追い詰められても、俺は法術を使わなかった。アギトはその事実を強さだと褒めてくれたが、奇跡を使わなかったという事実はフローリアンさんには何の救いにもならない。



俺はあの子に、希望を与えられるだろうか。



「パパ、だれをよびにいけばいいの?」

「ウーノさん」


「えっ、どうして!?」















<続く>








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