とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第三十一話






 綺堂の姉の家ということで、至極簡単に協定が結ばれた。夜の一族に連なる家であれば是非もなし、一族の長であるカーミラが俺の主人であるという時点で話はついた。

犯行の動機は本人に聞くとして、襲撃事件自体は解決。高町姉妹については俺が事を収め、道場破りについては大人同士の話し合いで決着をつける。剣術道場である以上、敗北も前提の上で和解が成立した。

襲撃事件を大きくした背景が落ち着いたのだから、後は当人同士の問題。事件について俺個人は全く関係ないのだが、渋々俺の方が折れて話し合いを持ちかけた。話も早く、翌日にセッティング。

カレン達は散々渋ったが、騎士団及び警護チームは引き払った。相手側も当然条件を受け入れて、SP関連は不在。場所も夜の一族の私有地と、徹底した管理下の中で段取りがついた。


そして、この俺と――



デブこと"御堂音遠"との再会が、果たされた。



「お久しぶ――」

「? どうした」


 人の顔を見るなり、目を丸くするデブ。訝しげに見つめなおすと、我に返って咳払いした。


「お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」

「お前も随分とはしゃいでいるようだな、デブ」


 上品さが漂う、大人のフェミニンファッション。フェミニン系のコーディネートは上品さと女性らしい可愛さがあり、整えられた服装は大人っぽい印象も持ち合わせていた。

下品に膨れ上がっていた脂肪が理想的に磨き上げられており、洗練されたワンピース姿から美しく仕上げられたスタイルが垣間見える。肉厚的だった身体が、スタイル抜群の肢体に磨かれている。

格闘家として見事に鍛え上げられた女性でいながら、上品な言葉遣いと立ち振る舞いからお嬢様としての気品を感じさせる。少女から大人となり、デブは見目麗しい容貌の少女となっていた。


自然豊かな広大な私有地に用意された、テーブル席。お互い椅子に座って向かい合い、二人きりの空間でお茶が用意される。


「こうして直接お会いするのは孤児院以来ですが、貴方のお姿はネットやテレビでお見受けしています。剣道着、よくお似合いですよ」

「白髪になったと話には聞いていたんだが、意外と似合っているな。銀のように涼やかで美しいという評判も頷ける」

「ありがとうございます。今の私こそ本当の自分だったのだと、確信しています」


 半ば先制攻撃のつもりで指摘したのだが、涼やかに微笑んで受け止められた。言葉遣いや態度にしても猫かぶりではないかと邪推していたのだが、よく教養されている。

流石と言うべきか、ガリや母親の推測が正しかったようだ。あいつらはデブの頭の線が切れたのだと、精神的に吹っ切れたのだと明言していた。

精神的ショックと聞くとマイナスのイメージに取られがちだが、こいつの場合突き抜けてしまった。人間本質なんてそう簡単に変わらないが、少なくともこいつは外見同様に精神が変容している。


親しげに微笑みを向けていて友好的な態度を示しているが、獲物を狩る喜びに溢れた獣を強烈にイメージさせた。


「このような表現で恐縮ですが、貴方との間には奇縁というものがあるようですね。月村の家にお世話になっていると、さくら叔母様より伺いました」

「エッシェンシュタイン家との養子縁組を結んだそうだな。一体どうやって、そんな縁が結べたんだ」

「貴方を見習って私も外の世界に出て、これまで生きてきたのです。貴方は男として敵を切り、私は女として良縁を結んだ。歩むべき人生こそ異なれど、生き方は同じです」


 剣士として天下を取る、女として玉の輿に乗る。戦国時代さながらの男女の在り方なのだと、御堂音遠は笑みを深くする。頷けない話ではなかった。

色々理由をつけて来たが、結局俺も何とかして偉くなりたかったのだろう。教養や血縁が望めないのであれば、子供の頃得意だったチャンバラごっこでどうにかするしかなかった。

同じく何も持っていなかったデブが最後の拠り所としたのが、女であるという点だった。その一点のみでしか、こいつにすがれるものはなかった。


肥え太っていた体格を生かした強さは、俺が踏み躙ったのだから。


「お祝いの言葉を、述べさせて下さい。おめでとうございます、海外での貴方のご活躍、幼少時代を共に過ごした者として鼻が高いです」

「その髪の毛が白くなるほど、驚いてくれたのか」

「ふふ、自慢の髪なんです。私の栄華を象徴する特徴とでも言いましょうか」


 白髪と聞けば退廃を想像させるが、陽光に照らされた御堂音遠の髪は輝いている。襲撃犯でありながら見惚れてしまったのだという道場生の証言も頷けてしまう。

自分の持つマイナスイメージでさえもチャームポイントとして昇華したこいつには、並々ならぬ執念を感じる。醜悪だった体脂肪でさえ、女性らしい豊かな肉体へと磨き上げたのだから。

剣一筋だった俺は、結局見た目しか拘れなかった。剣士の考え方や在り方を追求するあまり、肝心の強さが実にお粗末だった。生き残ったという偶然に、いつまでも頼ってしまっている。


だからこそ、理解が出来ない。


「結婚する前にこうして貴方とお会い出来て嬉しかったです。招待状を送りますので、結婚式にも是非いらしてください」

「結婚……お前が?」

「祝辞が後になりましたが、ルーズヴェルト家の御息女と婚姻を結んだとお聞きしています。お美しい方だと評判ですよ、貴方も鼻が高いのではありませんか。
それから私事ではありますが、良い縁談の話を沢山頂いておりまして、この度大貴族のご当主であらせられる御方と婚約させて頂きました。


私も、『貴方と同じ』貴族の家柄となるんです――祝って頂けますか?」


 ――こいつ、イカれている。


頭の線が切れたと聞かせていたが、常軌を逸している。夜の一族の家柄であればヴァイオラとの縁談を聞いていても不思議ではないが、そこまで食い下がってくるか普通!?

ガリが一切口を閉ざし、母親が俺に助言した理由もよく分かった。俺の関係者ばかり狙った一連の襲撃事件といい、容姿と同じく中身も変わったかと思ったが、とんでもなかった。

こいつは、何も変わっていない。哀れみを感じるほどに、成長していない。どこまでも、俺と同じだ。天下人に正妃、頂点を望んでいるのにみすぼらしい孤児のままでいる。


御堂音遠はどこまでも直情的に――"過去の俺"から、奪おうとしている。記憶の中にしかいない、孤児だった俺から。


「いつまで、俺を目の敵にするつもりだ。お前はお前の、立身出世の道を歩めばいい」

「何の事を仰られているのか、申し訳ありませんが心当たりがありませんね。先日も、貴方から送られた挑戦状を受け取りました。私を狙うのは、貴方でしょう」

「俺はお前なんて眼中にないぞ」

「今でも大切な幼馴染である貴方からそのように仰られるのは、とても哀しいです。私の事をどうか分かって頂けるように、"努力致します"」

「……高町美由希に敗北したお前が、どのような努力を積み重ねていくんだ」

「剣士として大切な足を痛めたそうですね。稽古させて頂いた私としても胸を痛めております。しばらくは剣も振れないというのは、実にお気の毒です」


 予想通りの負け惜しみだった。こいつが俺なら、同じ事を言っていただろう。単なる負けではない、相手に一撃を入れたのだから勝利と同じ価値はあるのだと。

このまま放置すればまず間違いなく敗戦を繰り返し、雑巾のようにズタボロになっていくだろう。この世の中には負け惜しみが通用しない、真の強者が大勢いるのだから。

話し合いで解決する玉ではないのは分かり切っていたが、案の定だった。高貴な女性としての教養や知性を身に付けていても、肝心な所が変わっていなければ意味がない。

敗北すれば嫌でも思い知るだろうが、その時こいつには誰もいない。俺は、高町なのは達がいるから何とか立ち直れた。一人では、乗り越えられない。


なのは達の顔が一人一人、思い浮かんだ――かつての仇敵であろうと、あいつらへの恩返しとなるのであれば。



俺は再び、剣を取ろう。



「そうやっていつまでも、八つ当たりを続けるのか」

「どういう意味ですか?」

「お前は一度も俺に勝てていない。また俺に奪われるのが怖いから、本人ではなく関係者を襲っているんだろう。確かにお前は、変わったよ――今のお前は、ただの腑抜けたお嬢様だ。
昔のお前だったら、たとえ勝てなくても直接襲い掛かってきたぞ」

「……教養の足りない、実に陳腐な挑発ですね。私を怒らせようとしても無意味ですよ。私は人生を謳歌しておりますから」

「俺も少し前まで、お前と同じだった。強い敵なんて何処にでもいるのに、俺は無意味に暴れまわって他人を傷つけ続けた。剣だけではなく、言葉や態度で。
そうして他人を傷つけたところで、自分は何一つ変えられない。俺やお前がやっている事は醜悪な自分と向き合う度胸もない、ただの腑抜けのやる事。

子供じみた、八つ当たりなんだよ」

「……っ」


 自分が傷付くのが嫌だから、他人を傷付ける。そういうのを、子供じみた真似だというんだ。

デブは俺と同じく他人の言うことなんぞ聞いたりしない。だからこいつは何一つ反省をしない。だが唯一、絶対に聞き逃せないものがある。


他でもない、俺から批判される事だ。


「挑戦は、受けるんだろうな。どうしても怖いのなら、やめてもいいぞ」

「いいえ、勿論お受けいたします。腑抜けなどといわれるのは心外ですから」

「そうして怒っている顔は昔のお前そのまんまだぞ、デブ」

「私をいつまでもそう呼ぶのはやめて。


――自分がカッコよくなったからって、いい気にならないで!」


「は……?」


 カップをソーサーに叩き付けて、怒りに頬を染めて音遠は立ち上がる。そのまま怒りのままに立ち去るかと思いきや、足を止めて振り返って一礼する。その妙な礼儀正しさに、笑ってしまった。

話し合い自体は破綻したかに見えるが、意外と話してみて少しは分かり合えた気がする。仲良くなったとはお世辞にも言い難いが、昔に比べれば上等だろう。

孤児院時代も毎日のように喧嘩していたが、母親に怒られて仲良く立たされたりしたからな。


二人して夜まで一緒に立たされて、母親の悪口を言い合ったりしていた。


「まああんな奴でも幼馴染だからな、一応」


   思い出というのは、美化される。あいつは今でも、その影を追っているのだろうか――

いずれにしても次に交えるのは言葉でなく、剣だ。













<続く>








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