とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第八十六話




 猛禽類は基本的に神経質で、非常にデリケートな生物だ。美しい容姿とは裏腹に獲物への執着心は恐ろしく、分類学上では括れない反応の速さで獲物を容赦なく狙い撃ちにする。

最速の能力を生み出すための体型を遺憾なく発揮して飛翔、極超音速で天空へと舞い上がれたら追撃する術がない。逃走の可能性を欠片も考慮せず、空を見上げて剣を構える。

飛空魔法は嗜んでいないが、空を飛ぶ手段自体は幾つかある。追翔しようと思えば出来なくはないが、息を呑んで戒める。荒御魂を肯定し、神格者を否定した。宣戦布告を行った以上、敵は本気だ。


その逞しき生命力と驚くべき捕食スキルを目の当たりにした時、ヒトは本能的に恐れる――俺が感じた悪寒は剣士ではなく、生物分類上の本能だったのかもしれない。



"ヴィシュヌ"



 ――戦闘空域を制圧する王者の精密誘導攻撃、ヴィシュヌ。地上脅威に支配を及ぼす神の対地攻撃、"大いなる爆撃"であった。


戦闘機と攻撃機の能力を兼ね備えている、多用途な主翼。赤い翼を持つ紅鴉ラクタパクシャの翼より放たれた羽毛が、音速の優に数倍はある速度で豪雨の如く戦場に撃ち落とされた。

先程俺との空中戦で繰り広げた戦術爆撃ではなく、敵戦力の継戦能力そのものを破壊する為に行う戦略爆撃。宣戦布告の意味を正確に捉えた、猟兵団団長としての明確な返答だった。

人道的及び効率的な問題のある無差別爆撃ではなく、精密誘導による敵戦力の隙を突いた攻撃。完全に抹殺するのではなく、完璧に殲滅するつもりであった。

戦場に倒れ伏した猟兵達も下手すれば巻き込まれる爆撃であるというのに、誰一人悲鳴も抗議も上げようとしない。何という信頼感か、生死も含めて自分達の全てを団長に預けている。


見事な覚悟である、非常時であれど一介の剣士として戦士達に敬意を払いたい――が、生憎と俺は先程自分の剣さえ捨ててしまった一般人である。


「シスターシャッハ、イレイン!」

「分かっているよ、マスター」

「――その"願い"、確かに聞き届けました」


 偉大なる神の攻撃とあれば、爆撃であろうと天罰である。人は罪なくして生きられない。神が与えた定めであれば恐怖と共に受け止めなければならない神罰に対し、俺は反逆を願った。

地に膝をついて平伏していた修道女は俺の言葉を受けて、ヴィンデルシャフトを握って立ち上がる。申し訳がないとは思わなかった。彼女にとって信仰とは祈りそのもの、純粋は血で穢されない。

異教であれど、確かなる神格を持った存在。逡巡はあっただろう、畏敬はあっただろう。それでも願いを聞き届けてくれた彼女は、俺に向けて吹っ切れたような笑顔を見せてくれた。


イレインも同じだ。彼女はイレインであり、ローゼでもある。戦場でどれほど活躍しようと、聖地の救世主という立場を決して忘れたりしない。


熾烈にして苛烈な爆撃が、烈風の如し一刃で華麗に切り払われる。超加速に対し超高速では太刀打ち出来ずとも、高度なフットワークを駆使した近接技で十二分に補える。

味方に降り注ぐ悪意も、敵に降り注ぐ害意も全て、漏らす事なく迎撃。限界を超えた加速に手足の腱まで痛めようとも、血反吐を吐こうとも、修道女として全てを護り抜いてくれる。

イレインもまた加勢に乗り出しながらも、爆撃に巻き込まれた人達を救う事に懸命。守り、そして救う。両者の行動は、神の名の下に一貫していた。


高性能にして長探知能力を持つガルダであれば、遙か上空からでも地上の様子は観測出来る。人外の領域で鉄壁を果たす修道女達を補足、忌々しげに攻撃を仕掛けてくるのが見えた。


「お前は俺が斬り殺すと言ったはずだ――レヴィ」

「アイアイサー、パパ!」


 攻撃特化形態、スプライトフォーム。防御力が大幅にダウンする事を代償に、攻撃性能に加えて機動力まで向上するフォーム。「空の妖精」と呼ばれる形態だと、愛娘は自慢していた。

フォームチェンジを成したレヴィは雷光の機動力を持って俺を上空まで連れていき、降り注ぐ爆撃を雷撃の破壊力で全て薙ぎ払った。極超音速といえど、蒼き光の速度には及ばない。

爆撃の雨を潜り抜けてきた俺を目の当たりにして、驚愕に目を見開きつつも精密誘導爆撃。集中放火された爆撃を、俺は抜き打ちによる竹刀で切り払った。一寸の狂いもなく。


フルドライブバースト――衝撃波で攻撃する相手に、極めて有効な剣技。雷の力を収束した竹刀であれば、雷光の速さで敵攻撃を斬り伏せられる。


赤の他人同士であれば魔力付与による加速は困難だが、俺とレヴィは親子。法術で結ばれた関係は密接であり、俺の血に染まった竹刀であれば魔力伝導率は圧巻の一言。

たとえ光速であれど空の王者であれば対処は可能だっただろう――先程の攻防がなければ。凡庸な剣技を見せつけられた後で、天賦の剣技を同じ人間から"魅せつけられれば"ついていけない。

目で追えないのではない、視覚で認識出来ないのだ。神であろうと人であろうと関係なく、経験は脳に焼き付けられる。そよ風のような剣が、雷光に等しき剣に化ければ、度肝を抜かれる。


このような剣技を、人は剣閃と呼ぶ。


「剣に斬られる事には慣れていないようだな、団長さんよ」

「くっ……大いなる空の戦闘に慣れてから大言を吐く事だ、白旗の担ぎ手よ!」


 掴む力が強い趾は斬り飛ばしたが、獲物を捕まえる為の鋭い爪は健在である。荒れ狂う雷光の空で斬り結ぶ戦いは、容易く相手側に天秤の針を傾ける。速さで上回れても、力で負ける。

頬を切れ味鋭く切り裂かれて血飛沫が舞い、上空から斬り落とした剣撃で羽毛が舞う。旋風を雷光で押し返しても、地に足がつかない戦い方では威力に差が生じる。

アリシアとナハトヴァールの支援で態勢こそ崩していないが、空中戦ではやはり勝ち目が微塵もない。レヴィの魔力付与で何とか食い下がれているが、距離を取られたら敗北は必至であった。


敵も己の優位性はこれ以上なく、理解している。主翼を広げた瞬間暴風が発生して吹き飛びそうになるが、翼に竹刀を突き刺して何とか凌ぐ。


「ぐうぅぅぅぅぅっ……!」

「……何という執念よ、信じられぬ。神に唾棄する人間の傲慢には思えん。重傷に加えての消耗、もはや目も耳も――五感全てがまともに機能しておらぬじゃろう。
精も根も尽き果てた貴様の何処から、斯様な力が生まれる!?」

「……」


 人を守る剣を掲げていた高町美由希、彼女の竹刀を借りて俺は戦っている。俺は彼女を壊してしまったが、せめてその理念は持って戦いを終わらせようと思う。この世の正義なんて関係ない。

剣士であることに全うする存在を愚かと笑いつつも、人間風情と嗤わない神。獣にとって牙こそ誇り、ガルダの誇りである気高き嘴を持って俺の手首が――食い千切られる。

翼に突き刺さっている竹刀が千切れた手首をぶら下げたまま、離れてしまう。拠り所を失った俺は為す術もなく衝撃波によって飛ばされて、目まぐるしい速さで墜落していった。


『キャアっ!?』

「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

「アリシア、ナハト!?」


 草原のそよ風は烈風に砕かれ、烈風に煽られた赤子は手が滑り、目をぐるぐる回して吹き飛ばされていく。篭手にヒビが入り、武器を失って、残されたのは壊れた自分のみ。

二人の心配はしていない、それほどまでにもう信頼出来ている。だが、肝心の自分自身は限界を超えていた。手首から先が失くなって、血が溢れ出ている。加護を失って、皮膚が肉ごとめくれ上がる。

アリシアが消えた、ナハトヴァールを失った、剣を奪われた。剣を取る手が壊れた――それでも俺は、剣士であることをやめない。血を吐きながら、叫んだ。


「セッテ!」

「御心のままに」


 戦闘機人としてのセッテは殲滅戦向けであり、"空戦"で力を発揮する前衛の戦士である。小さくとも極めて高いパワーを誇っており、上空であろうとブーメランブレードは届く。

セッテの先天固有技能、固有武装ブーメランブレードの扱いと制御をする為の能力を遺憾なく発揮。単身で空間制圧を行える武器が放たれ、長いブーメラン状の刃の上に着地して態勢を整える。

とはいえ此処は遙か上空、強風の中不安定な足場でバランスを保てるような超感覚は持っていない――俺は。


「"ネフィリムフィスト"!」


 聖王オリヴィエの憑依により自身の身体を的確に動かす技法、ネフィリムフィスト。翼に突き刺さっているのは単なる竹刀、俺が離れた瞬間から既に俺の身を案じて取り憑いている。

一瞬であろうと、確保出来た空中の足場。ブーメランブレードに爪先立ちした途端、空を蹴って宙を駆け抜ける。追走するブーメランブレードに合わせて、オリヴィエは疾走。

信じ難い武技が、俺の身体を持って体現されている。空を地とする芸当は、頭の上から爪先まで磨き上げていなければ成し遂げられない技。憑依一体することで、初めて可能となる。

戦闘機人の絶技と、聖王オリヴィエの武技。両者の必殺技を見せ付けられて尚、両者の攻撃を回避出来るこの者こそ、神に相応しき敵なのであろう。驚嘆の一言である。


ブーメランブレードは回避されてそのまま後方へ落ち、拳をいなされたオリヴィエは主翼による反撃で叩き落とされた。


「人とは思えぬ素晴らしき技であったが、無駄に終わってしまったな!」

「無駄ではない、これで"地に足がついた"!」

「なっ――!?」


 叩き落とされたその先に、回避されたブーメランブレードが戻ってくる。五秒経過してネフィリムフィストは解除されても、俺の意思と戦術がまだ残っている。

相手は神ガルダ、戦闘機人や聖王陛下の技であろうと通じない。その程度の認識くらいは、凡人の俺でも持っている。だが知恵を持つ人間である俺には、対抗出来る手段が残っている。

意思疎通が行えるオリヴィエと主従関係で結ばれているセッテ、両者は回避されることを前提に技を繰り出していたのだ。


俺へと繋げる、この瞬間を狙って。


  「断、空、剣!」

「ゴアッ……わ、儂の翼が!?」


 地から練った足の力を刃と変えて、相手に攻撃をする技。ブーメランブレードを足場として、後方から発動させた断空剣によって、敵の一翼を切り裂いた。

手首がなかろうと、関係ない。俺が剣士であるかぎり、斬ることを絶対にやめたりはしない。執念であると認めながら執着を侮っていた、こいつのミスであった。

どれほど音を超えた速度で翔ぼうと、認識を超えた速度で斬られたらどうしようもない。意識の外からの攻撃は、神であろうと認識出来ない。認識出来ない攻撃こそ、何よりも速い。

そして自分より速く攻撃されたことがない神は、一翼を切り飛ばされて初めて態勢を崩した。俺はブーメランブレードを蹴って、上空から再び断空剣を撃ち放つ。


翼に突き刺さったままの竹刀、その柄尻に対して渾身の力を叩きつける――荒御魂オリヴィエが宿った魔剣が、神を貫いた。


「ぐあああああああああああああああああああああっ!」


「ガルダ!? くっ、この――」

「やらせない」


「チンク、トーレ!」


「陛下の聖戦を邪魔するのであれば――」

「――陛下の友であろうと、容赦はしない」


 副団長エテルナと猟兵のノアが長の危機に出向いてくるが、こちらにも主の危機に馳せ参じる騎士団がいる。トーレとチンクが、駆けつける二人の前に立ち塞がった。

爆撃を迎撃するシャッハ達に加勢していた二人だったが、主の命を受けて行動に移す。もっとも今更俺が言わなくても、二人であれば駆け付けてくれただろう。信頼はしていた。

上空から真っ逆さまに急降下する、俺とガルダ。精魂ともに尽き果てた俺と、主翼を失ったカルダ。両者共に飛ぶ力はなく、決着は目の前だった。


ゾッとする速さで墜落しているというのに、俺が見ているのは相手であった。斬ることしか、殺すことしか、頭になかった。敬意を持って、倒す。長同士の、決闘。


掌打と共に飛ばして来たガルダの強烈な衝撃波に全身の血管が引き千切れるが、俺は一切構わず唯一無事な手で翼から剣を抜き、相手を袈裟斬りにした。

両翼を失ってバランスを欠いたガルダと、アリシアとナハトの二人を失ってバランスが取れない自分。神は信仰を失って動揺し、人は拠り所を失っても戦う。腕一本のみであろうと、俺は剣士であった。

死に物狂いだった。必死だった。速さを駆使して、手数を発揮して、技を披露して、それでも倒せない。それでも斬れない――もはや、どうしようもなかった。


神と人との決着は何とも皮肉なことに、自然に任せることになりそうだった――地面が迫り来る。


「ゴハッ……素晴らしき剣士であったぞ、天の遣いよ」

「ゼェ、ゼェ……」

「さあ、敗北を受け入れて手を伸ばせ。命が要らんわけではあるまい」


 このまま落下すれば俺が地面に激突して木っ端微塵となり、ガルダは飛んで助かるだろう。主翼を失えばもう翔べないが、何とか"飛ぶこと"くらいは出来る。

俺にはもう、何もない。全身が切り刻まれた状態では、オリヴィエに取り憑かせても助からないだろう。だからガルダは勝利を確信して、俺に手を差し伸べる。

俺こそが正当な決闘における敗者であると、決めつけている証拠だった。戦いになっていなければ、ゴミのように処分されていただろう。敗北とは、一方的な殺戮では成り立たない。


光栄だと思う。こいつは、まぎれもない神だった。俺の剣は――届かなかった。剣士としては、言い訳しようがない敗北だった。


「俺も剣士としては敗北を受け入れてやろう。だが勝つのは俺だ。後三秒以内に負けを認めれば、命は助けてやる」

「な、何を言っている」

「3」

「貴様は」

「2」

「自分の状況が」

「1」



「分かっていないの――ガッ!?」



「――0ですね、父上。本当に……貴方という人はこれほど血を流してまで、私達のために」

「……見事だ。本当に見事であったぞ、我が父よ……! 我は、貴方の娘であることを誇りに思う」

「ハァ、ハァ…‥…せ、戦術が……成立したのは……ゴホッ……こいつのおかげだけどな……」

「……これでも貴方の参謀ですもの、陛下の悪巧みくらい読めますわ……まったく。
とにかく、一刻も早く治療を。このままつまらなく死んだりしたら許しませんわよ、陛下!」


 翼が傷付いた鳥が墜落を阻止できるのは、鳥類ならではの感覚があってこそ――神に相応しきその超感覚を狂わされたら、高さを見誤って大地へ激突する。


戦闘機人クアットロのシルバーカーテン、幻影を操って対象の知覚を騙す絶技。知覚の全てを狂わされたら、飛ぶタイミングを見失って墜落するしかない。

俺のそうした考えを両者の落下から推察したクアットロはISを発動、聡明な頭脳のシュテルも察して俺を助け上げ、王の鋭き戦略眼で観察していたディアーチェがナハトヴァールを拾い上げていた。


「何故戦えるのか俺に問うたな、神よ」


 遙か上空から無防備に大地へ叩きつけられれば、神様であっても立ち上がれない――血溜まりに沈んでいた。



「俺が、"人"だからだ」










<続く>








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