とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第七十三話




"我が娘、ロード・ディアーチェ。魔女を討伐せよ"

"承知した、父よ"



「その冷酷な殺意、その凍て付いた眼差し――いいわ、すごくいい。"わたし"の遺伝子が濃厚に刻まれている証ね」

「世迷い言は地獄の鬼にでも思う存分語れ」

「たとえ魔王であってもわたしと語る資格はないのよ、うふふ。"黒炎"」


 大広域氷結魔法コキュートスによって氷柱に捕らわれていた暗黒の魔女が、たった一言呪文を紡いだだけで解き放たれる。業火の戦場を凍らせた暗黒のブリザードが、漆黒の邪炎によって蒸発させられる。

自分自身が解き放った極地的な暴風雪が一瞬で溶解させられた事実に舌打ちしつつも、ディアーチェに動揺はない。巨大な氷柱から飛び出した魔女が抱擁してくるのを察し、有無を言わさず蹴り飛ばす。

上空からの猛烈な蹴撃が直撃したはずなのだが、魔女の浮かべる歓喜に陰りはない。おぞましく向けられる妖艷な気配に周囲は身震いさせられるが、天空に佇むディアーチェは王の威厳を持って迎え撃つのみ。


ロード・ディアーチェ。彼女が俺から受け継いだのは、剣士が持つ非情と暴虐性。攻撃タイプは俺とは違う、遠隔攻撃型。愛用の杖エルシニアクロイツを、容赦なく突きつけた。


「魔女を騙る貴様の稚気など、王たる我が全て飲み込んでくれるわ。"ダークドレイン"」


 猛然とディアーチェに接近する魔女を中心に、闇のオーラによる魔方陣が展開。高精度かつ高密度な魔法陣はディアーチェの濃密な魔力により、攻撃と吸収を同時に行う大魔法へと発展する。

ロード・ディアーチェが法術から授かった新しき才能、魔力の吸収。ユーリ・エーベルヴァインに比べれば小規模ではあるが、優しいあの子に比べてディアーチェの魔法には一切の容赦がない。

吸収するのはあくまで魔力だが、魔導師にとって魔力は生命線。吸収されれば消耗し、略奪されれば摩耗する。奪い尽くされたら、生命の危険だってあり得る。魔力吸収はそれほど恐ろしいスキルなのである。


ディアーチェの才能と才覚は、遺憾なく発揮されている。剣士の無慈悲さを継いだ我が娘は、親と同質の魔導師に対して何の慈悲も与えなかった。


「我が父と違い、貴様は所詮魔女を気取る哀れな小物よ。拠り所である自分を全て奪われれば、死ぬしかあるまい」

「正しいわ、愛しき我が子。"わたし"がわたしで無くなるのであれば、生きている価値などないもの。わたしはわたしだからこそ、意味がある」

「手加減など期待せぬことだ。父と同一などとほざく貴様なぞ、死すら生温い!」


「さあ、我が子ディアーチェ――わたしから全てを、受け取りなさい」

「馬鹿な、我がエルシニアクロイツにヒビがっ――我に匹敵する魔力量だというのか!?」


「どうしたの、ディアーチェ。私から全てを奪うのでしょう、何もかも奪いなさい。

さあ、さあさあ、さあさあさあ、さあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあ
さあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあ
さあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあぁぁぁぁぁぁ―――!!

あーーーーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」


 ――完全なる、無防備。何の抵抗もせず、両手を広げて魔女はディアーチェに吸収されている。心の奥底まで見せつけても、魔女は己の命にまで頓着せず高らかに喜びの声を上げている。


弱者の俺のように、諦めたのではない。強者の自分のように、揺るぎないだけ。自分の魔力総量に匹敵する存在など、この世には存在しない。頂点に君臨するからこそ、己に似た天才の殺意を見下ろせる。

戦場を揺るがす地震、地雷王が放つ振動だけではない。魔女から吸い上げている魔力をディアーチェが受け止めきれず、エルシニアクロイツがひび割れして膨大な魔力が溢れ出しているのだ。

まるで、地獄の釜が引っ繰り返るような光景。もしもディアーチェが支え切れず溢れ出してしまえば、魔女の魔力によって戦場は文字通りこの世の地獄と化すだろう。分かっていても、ディアーチェは引けない。


あの子は魔王、王には王の矜持がある。ならば絶対なる王に意見出来るのは、王の親しかありえない。


"あんな馬鹿女といちいち張り合うな。お前らしく戦え、ディアーチェ"

"フッ……他ならぬ父の意見であれば、無碍にも出来ぬ。ありがたく頂戴しておこう"


「気が変わった。貴様は直々に我自ら罰を与えてくれようぞ、"ヨルムンガンド"」


 魔女から膨大に溢れ出ていた暗黒の魔力が突如蛇のようにうねりを上げて、牙を向いて魔女に襲いかかる。ヨルムンガンド、ディアーチェが扱う砲撃魔法。毒蛇の如く複雑な動きを持って、目標を攻撃する。

突如の方針転換に魔女はついていけず、回避を試みようとするがディアーチェに先を読まれて着弾。ヨルムンガンドの長所はその複雑な射線にあり、反射的な行動では到底回避出来ない。

それでも、相手は俺がかつて理想とした才能の怪物。剣ではなく魔法で開花した絶対の才能は、断じて自分を裏切らない。ディアーチェの砲撃を受けても、今だ健在であった。


魔法使いが持つ武器は剣ではなく、箒。お伽噺の魔女は箒に乗って、偉大なる天空へと舞い上がる。


「戦場の空は血に濡れたように赤いわね、素敵な空の旅を楽しみましょう。"箒星"」

「早っ――ガッ!?」


 飛び上がった、なんてものじゃない。ロケットのように噴射した箒に乗って魔女はディアーチェに最接近。回避どころか、認識さえも出来ずに箒の先端がディアーチェを突き刺した。

悔しいが、あの魔女はやはり天才。俺には在り得ない才覚を継いだディアーチェでさえも、回避も防御も行えなかった。全くの無防備のまま、胸に突き立てられている。

その光景を目の当たりにした者達は皆一様に、最悪を想像しただろう。箒が貫通して、百舌鳥の早贄のように串刺しになるディアーチェ――魔女に慈悲を求めるものなど、誰もいない。


仮にも我が子だと認識しているというのに、我が子を殺した魔女は笑みを深くして――目を、見張った。


「どうした、塵芥よ。箒星などと大言を吐いておきながら、我一人貫けぬのか?」

「……この、甲冑は!?」


「"暗黒甲冑(デアボリカ)"、我が父宮本良介より与えられた戦闘衣服よ。貴様のような薄汚い魔女の衣装とは、モノが違う。控えろ、虫ケラめ!」


 闇と暗黒を操るロード・ディアーチェの甲冑は、王の威光をもって敵の魔法や攻撃を無力化して跳ね返す防御力も備えている。弾き飛ばされた魔女が、勢いそのままに地面に転がされた。

髪の色は銀だが、前髪以外の先端には黒いメッシュが入っている。瞳の色は緑だが、薄茶色も少し含まれている。そうした要素一つ一つに父を感じられると、ディアーチェが誇らしく語っていたのを思い出した。

女の子なら父親似であることを忌避するものだと思っていたのだが、ディアーチェは常に俺の子である事を意識している。親から子へと継がれていく、そうした家系の繋がりでいえばディアーチェこそ正しく我が子だった。


魔女箒を手に立ち上がる魔女、忌々しい限りだがあの女もまた俺と同じ存在。俺が剣士であることを望むように、あの女は常に魔女であろうとする。


「"わたし"の娘であることをそれほど誇らしく思ってくれているのね、嬉しいわ」

「何度同じことを言わせる。我は宮本良介の娘、その名も――」


「吸収("ロード・ディアーチェ")」


 紅葫蘆――西遊記の話にも出てくる、魔具。この葫蘆の口を相手に向けて呼びかけるのだが、その相手が返事をした場合たちまち中に吸い込んでしまうのだ。他国でも有名なお伽噺の一つである。

箒に吊り下げられた小瓶、その蓋が開いている。返答こそしていないが、魔女が呼んだ"真名"に対してディアーチェは明確に視線を向けた。真命は認識され、水晶が認証してしまう。

抵抗する余地もなく、ディアーチェは小瓶へと吸収。高らかに誇っていた自身の名によって、ディアーチェは小瓶に封印されてしまった。あろうことか、自分の誇りが弱点となったのだ。


「おいおいおい……あんな魔法まであるのか、シスター!」

「――トゥルーウィッチの秘技。あれほどの秘技を実用化するなんて!?」

「正統派魔女だね」


   小さな瓶に封印されたディアーチェは、手の平サイズまで縮まってしまっている。


「可愛い、可愛い、"わたし"の娘ディアーチェ。このままお持ち帰りしてあげる」

「ふざけるな、ここから出せ!」

「安心しなさい、"わたし"の娘。貴女はガリューや裏切り者共とは違うもの、支配なんてせずに育ててあげる」


 ディアーチェが封印された小瓶に、麗しく接吻。よほどあの子が気に入ってしまったのか、自分の手で手に入れることが出来てご満悦であった。

どういう仕組なのか全く持って理解できないが、お伽噺の創造物をこの現実世界で作り上げてしまったらしい。理想を現実とする、残酷な希望を今目の前で見せつけられてしまった。

俺がもし奴の才能の欠片でも持っていれば、間違いなく今の自分はなかっただろう。他人との繋がりを求めたのも、結局は自分の弱さから出た思いにすぎない。才能があれば、自分を貫けた。


そんな"自分"だからこそ、自分に近しき才能を持った娘であれば可愛いに違いない。遺伝子の祝福は、何よりの自己肯定なのだから。


「あの子もすごく強かったけど、残念だったね」

「? 何がだよ」

「あの子の負け」

「何を言っているんだ、お前は」

「どういう意味?」


「ロード・ディアーチェは、"俺の"子供だぞ――この程度で諦める教育は、していない」



「絶望に足掻け、塵芥。これぞ父より受け継いだ、我が"剣技"。フルドライブバースト――ツバメ返し!」



 正統派魔女、トゥルーウィッチの封印。真名把握による呪縛をものともせず、巨大な魔法陣から放った三本の魔力光が剣となりて小瓶の封印を鋭く切り払った。

収束された大魔力の奔流、発射された黒刀が飛び出して瓶を手にしていた魔女をメッタ斬り。接吻していた矢先の問答無用な巨大魔法に、魔女は喀血して仰け反った。その目はありえないと、物語っている。

確かに、ディアーチェの矜持は打ち砕かれた。誇りにしていた名が弱点となる、覇者には許されない失態だ。魔王を語っていたディアーチェの自信は、魔女によって砕かれた筈であった。

自分自身の力で解放されたディアーチェは、エルシニアクロイツを掲げる。


「我が名はロード・ディアーチェ、我が父宮本良介の後継者である」


「……っ!?」

「我が存在は不変にして絶対、ゆえに闇統べる王。我が父がこの世で覇を成す限り、我が名に揺るぎなどありえない。貴様如きに愛でられる矮小な名ではないのだ、愚か者め。

紫天に吼えよ、我が鼓動――!」

「――ふふ、あははははははは……そうよ、それでこそ"わたし"の娘! "わたしは"不変にして絶対、ゆえに黒い森の魔女。

魔女の誇りを傷つけた者は、未来永劫呪われよ――!」



「出よ、巨重(ジャガーノート)!」

「這え穢れの地に(グラビティプレス)!」



 共に、強力な重力を発生させる大魔法。闇統べる王と黒い森の魔女の全力が激突して、天地が悲鳴を上げる。恐れを知らぬ天才たちが、才気を発揮して世界を揺さぶった。

小細工など不要と言わしめる威力は周囲の全てをなぎ払い、あらゆるものを粉々に押し潰した。恐るべきは未曾有の災害でありながら、揃いも揃った強者達は微動だにしていない事であったか。

聖騎士は荒れ狂う大地を駆け抜け、ユーリは薙ぎ払われた大気さえも受け止め、他の者達はそれぞれの敵と全力で戦っている。何も持っていない弱者だけが、非情にも吹き飛ばされていった。


大魔法同士の激突はそれほどまでの破壊を生み出すが、魔女はともかくとして、ディアーチェもまた何の憂いもなく全力を出し切っている。周囲の被害を考慮していないのではない、考える必要が無いだけだ。


俺を含めた自分の家族、仲間達を全力で信じている。この場に居るものだけではなく、この場に居ないものを含めて、信じている。だからこそ、目の前の敵を倒すことだけに集中できる。

魔女とディアーチェ、血の繋がりがなくても確かに二人は親と子のような力関係にはあったのかもしれない。同じ才能と才覚を持っているのならば、何を持って勝敗を分けるのか――

敢えて言うのであれば、ディアーチェは王であり――


「貴様の、負けだ」

「……う、そ……」


 ――あの女が、魔女であった事だろうか。


ユーリ・エーベルヴァインに放たれた、殲滅兵器。禁忌の兵器が火を吹いた瞬間魔女は自分を咄嗟に庇い、ディアーチェは我が身を一切顧みずに魔女を殲滅する事だけに注力した。

自分の娘であるはずなのに、自分を守ろうとしない。そうした魔女との認識違いが、勝敗を分けてしまった。もしもあのまま捨て身で挑んでいれば、どちらが勝っていたのか神様でも分からなかっただろう。

ディアーチェは、ユーリを信じていた。殲滅兵器を持ち出されたところで、ユーリは決して負けたりはしない。自分にも絶対に危害が及ぶ事はない。


 この絆こそ王であろうとも持てる、信頼であった。そして、魔女には絶対に持てない価値観であった。


"見届けてくれたか、父よ。我は見事、父の信頼に応えてみせたぞ!"

"ああ、カッコ良かったぞ。さすがは俺の娘だ"

"ふふふ、今後も父の名に恥じぬ生き方をしてみせる!"


 距離こそ離れているが、明らかに俺の方を向いてディアーチェは胸を張っていた。親の欲目かもしれないが、褒められて頬が紅潮しているように見える。

あの魔女を相手に、ディアーチェは一貫して自信を崩さなかった。驚きなのは魔女とは違い、自分自身を誇っているのではないということ。俺の娘である事が、絶対の自信となっているのだ。


気弱なユーリとは対照的だが、親を思う気持ちに変わりはない。俺の存在があるかぎり、あの子は決して揺るがない。それが嬉しかった。


「――自分の力だけを頼みに、生きる。その末路があの姿だぞ、ノア」

「戦争屋が戦争で死ぬ、別に珍しくはない」


「だけど、悲しいじゃないか」

「……」


 ノアは何も言わず、俺に銃を向ける。聞く耳を持たない、あまりにも価値観が違うと認識さえ齟齬が生まれる。誰もが皆、分かり合えるのではない。

けれど今、自分の娘から勇気を貰えた。あの子は民を慈しみ、家族を愛し、仲間を信じて、自分を誇って勝利したのだ。親である俺に成し遂げられないはずはない。

何の才能もなくても、剣を持つ力も失っても、俺は戦い続ける――


――俺と同質であるあの女も、同じだろう。ディアーチェが倒してくれたが、不吉な予感は消えなかった。










<続く>








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