とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第七十二話




"我が娘、ユーリ・エーベルヴァイン。魔龍を死守せよ"

"分かりました、お父さん"



 白旗で危険視されているのは間違いなくあの子、ユーリ・エーベルヴァインだろう。聖女カリム・グラシアが刻んだ予言、聖王オリヴィエの怨霊が居なければ俺でもあの子こそ神の申し子だと確信したかもしれない。

我らは闇統べし者、"紫天の一族"。聖地で名乗りを上げたあの日、ベルカ自治領を震撼させた少女。沈む事なき黒い太陽が聖地の頭上で燃え上がり、誰もが皆平伏させられてしまったのだ。俺の仲間達も、含めて。

プロの捜査官であるルーテシアが腰を抜かし、ミヤやアギトが必死で逃げろと叫んだ。アイゼンを握るヴィータの手は冷や汗に濡れて、ザフィーラは大型に戻って、震える足を隠すように必死で踏ん張っていた。


誰が、勝てるというのか。誰が、超えられるというのか。存在そのものが、神であった。存在そのものが、絶望であった。


「計測確認。アンチ・マギリング・フィールド、正常に出力しております」

「……例のオークションで団長自ら高値で購入された魔導機材を用いた、改良型AMF高出力兵器。とくと味わいなさい」


 傭兵団マリアージュ。生粋の戦争屋である猟兵団との違いは、高度な戦略と高価な戦術を用いた多彩な戦い方だろう。豊富な資金力と高度な技術力を用いて、多角的に目標を攻撃している。

ノエル・綺堂・エーアリヒカイトが売り出されたオークションでは、合法的なロストロギア関連の魔導器や機材も競りに出されていたのを覚えている。買い手は覚えていないが、彼らも参戦したようだ。

アンチ・マギリング・フィールドを用いた戦術は、魔導師相手には極めて有効だ。魔力結合・魔力効果発生を無効にするAMFは、AAAランク以上のジャマーフィールド。博士もこの技術を応用して、魔女対策を行った。

このフィールド内では攻撃魔法だけではなく移動や機動、飛行や防御に関する魔法まで妨害される。AMF濃度が増せば増すほどに、魔力の結合が解除されるまでの時間が短縮されてしまう。

ロストロギア級となればAAAランクどころか、Sランク以上の魔導師でも無力化されてしまうかもしれない。魔龍バハムートごと包囲されてしまえば、通常の魔導師であれば為す術もない。



「永遠結晶エグザミア、起動」



 彼らの戦術は、正しい――相手が人間であることを、前提とすれば。


どれほど水を注ごうと、どれほど風を浴びせようと、どれほど火を分解する薬品を用いようと、太陽には何の影響もない。如何なる物質も、如何なる魔素も、如何なる霊素も、太陽に近付けば蒸発するだけだ。

質量が違う、規模が違う、何もかもが違う。空気さえ歪む高濃度のAMF環境下に置かれても、ユーリ・エーベルヴァインは公然と君臨している。結界で魔龍バハムートを堅固し、彼らの頭上に燦然と輝いていた。

"魄翼"、闇色の炎を宿した巨大な翼。デバイスを一切使用せず、呪文を一切唱えず、瞬き一つで強大な魔法を行使。魔力素は何一つ分解されず、戦場の魔素や霊素を傲慢に吸い上げていっている。


太陽の化身、ではない。太陽そのもの、見上げるだけの存在。遠く果てにありながらも、その眩さに目を細めるしかない。


「わたしは沈む事なき黒い太陽、影落とす月」

「吠えたな、ユーリ・エーベルヴァインよ。ならば我らは如何なる手段を用いても、貴様を撃ち落とすのみだ!」


 聖女の予言により招喚された、次元世界各国の聖王候補者達。強者と支配者達の楽園と成り果てていたかつての聖地において、聖地防衛の名目の元に傭兵団は兵器類を持ち込んでいたそうだ。

ベルカ自治領防衛の為に配備されていた、回転砲塔を持つ装軌式戦車。比較的短砲身でありながら大口径という砲は、対歩兵戦を主眼とした形状の戦術兵器であるらしい。関係者一同より話を聞いて、頭を抱えてしまった。

装甲鈑が垂直装甲になっている、灰色塗装の戦車が唸りを上げる。断じて、魔導師一人に使用される兵器ではない。魔女が起こした戦争は確実に法の網を破り、狂乱を生み出してしまった。


戦車の砲口はあくまで地雷王の大群に向けられている――ユーリ・エーベルヴァインはあくまで、射線上にいるのみ。虫ごと殲滅する腹積もりなのだろう、ユーリという戦力は既に国家戦略級と捉えられている。



「――ゆえに、決して砕かれぬ闇」



 あらゆる法や倫理面を除けば、彼らの認識は極めて正しい。地雷王が次から次へと殲滅される中で、魔砲弾を浴びせられてもユーリは微動だにしていないのだから。

魔力を砲撃術式でコーディングすれば立派な質量兵器だと個人的には思うのだが、うちの娘が非常識過ぎて対応が至極まともに思えてくる。魔龍バハムートを戦車が完全包囲する大人気なさでも、応援してあげたい。

六号重戦車E型・ティーガーI、陸用型戦車。出動理由は魔女と地雷王の討伐、実際に地雷王も掃討されているので名目自体は保っている。それでも傭兵団は揺るぎないユーリに、焦燥の色を強めている。


彼らの認識力そのものは評価しているのだが、一つだけ決定的な勘違いがある。撃たれても無傷である事と、撃たれても平気である事は、必ずしもイコールではない。


"お父さーん!? 戦車が、戦車が、沢山押し寄せてきています!"

"ユーリは人気者だな、お父さんは嬉しいぞ"

"集中的に砲弾を浴びせられても、わたしは全然嬉しくありません!"

"ユーリ、戦車の弱点をお父さんが教えてやろう。弾切れすれば、お前の勝ちだ"

"弾切れするまで待たないといけないのですか!? 怖いですー!"


 猟兵一人に逃げ回っている俺に対して、戦車に囲まれている娘が必死に救難信号を発している。まあ確かに例え防弾ガラスで囲まれていても、間近で撃たれまくれば俺だって悲鳴を上げてしまうからな。

俺から守護を命じられた以上、ユーリ・エーベルヴァインは魔龍バハムートを守護らなければならない。守るとはあらゆる攻撃への対応を意味しており、肉体面だけではなく精神面も問われている。

守護る側が怖気づいていたら、攻撃する側が調子に乗るだけだ。戦意を挫く事が守る事への一番の近道である以上、ユーリ・エーベルヴァインは常に顔色一つ変えず守護り続けなければならない。


――本人は意外と気弱な性格なのだ。必ずしも強い心は強い体に宿るとは限らないらしい。


「戦車部隊は引き続き攻撃を続けろ。魔導師部隊はAMF環境外よりフォトンスフィアを展開、バリアコーティングした魔法弾を発射しろ」


 スフィア関係は聖騎士が斬り落としてくれていたが、魔法弾の発射台となるフォトンスフィアは魔導師が自己展開出来るので対応は難しい。AMF環境内でも適応可能な魔法弾だと尚更だ。

戦車の砲撃に比べると魔法の射撃は突破力こそ劣るが、破壊力は魔導師ランク次第で砲弾を上回る威力を発揮出来る。高度な魔導師だと自動連続装填を行える、強力な魔法連射弾を実行出来ると聞いている。

大きな破壊力を持つ射撃型攻撃魔法は魔力ダメージなので身体的な損傷を伴わないのだが、ユーリのような高魔力保有者は魔力との親和性が高いので、その魔力ダメージが馬鹿に出来ない。

しかも砲撃との合わせ技だと、物理と魔法の相互作用で大きな効果を発揮出来る。魔法攻撃による魔力値の枯渇や身体的な衝撃を受けると、バリアジャケットの破壊や術者の昏倒等の危険性があるようだ。


加えて高濃度のAMFで満たされている空間。自分達は魔力や物量を思う存分運用できるのに対し、相手は魔力使用が阻害されるという環境を作り出して有利な戦場を作り出そうとしていた。


「"ヴェスパーリング"」

「ま、魔力弾のみならず、砲弾まで消滅させてしまえるのか!? ならば貫通弾を――くっ、反射まで行えるのか。どれほど高性能な構成を行えるんだ!?」


 防御型の攻撃魔法というアンバランスも、術者が非常識であれば可能とする。リング状の巨大な弾丸が砲撃を消し飛ばし、魔力弾をかき消してしまい、貫通弾をあろうことか反射させてしまった。

跳弾した砲撃、反射した魔力弾は、狙い違わず魔龍に群がろうとしている地雷王達に着弾。呆気無く吹き飛んでいって、再び魔龍バハムートの周りは安全な空間を取り戻してしまう。

魔力による対空砲撃が可能な魔力砲も、ユーリにかかれば形無しだった。金に物を言わせた戦術も、国家戦略級兵器が相手では分が悪い。太陽の化身ともなれば、歯向かうだけ無駄なのかもしれない。


それでいてユーリ本人に、魔力行使による疲労は一切ないのだから、理不尽というしかない。精神的なストレスを、常に訴え続けているのだが。


"お父さん、お父さん、車が何台もこっちに向かってきています! わわ、いっぱい兵隊さんが出てきましたよ!?"

"おお、懐かしいな。お父さんもその昔、剣を片手にあの兵器と戦ったんだぞ"

"お父さんの思い出話はすごく興味はあるのですが、決して良い話じゃないですよね!?"


 ――プレシア・テスタロッサの、時の庭園。誘拐されたレンを救うべく突入した宮殿で、死闘を繰り広げた巨人兵――かつて大魔導師が製作した傀儡兵の同タイプが、一個連隊で出撃してきた。


Aクラス魔導師以上の力を保有する傀儡兵、外付パーツの六連装ランチャーを装備した砲撃兵。オークションで出品されていた完成度の高い設計図が、見事資材と資金を投入して完成されていた。

機械仕掛けの人形部隊に、一切の乱れはない。完璧な統率力を持って作戦実行に取り掛かった兵士達は、目標の討伐を命令されて一斉攻撃を開始する。無論対象は地雷王、ユーリはあくまで射線を妨害する標的でしかない。

何十、何百の砲撃を正面から浴びせられる光景は壮絶極まりなく、決して人間一人に向けて行われる惨劇ではない。要塞レベルの破壊を目的としているとしか思えなかった。


"お、おお、お父さーん、そろそろ泣いてもいいですかー!?"

"頑張るんだ、ユーリ。デザートにヨーグルトをつけてやるぞ"

"プリン派のわたしに対して、なんて残酷なご褒美!?"


"お前のプリン、ナハトがぱくぱく食べていたぞ"

"……あの子は後でメリーゴーランドの刑"


 抱っこ対おんぶという宿命の対立図を持つ姉妹達は、よく喧嘩をしている。ナハトヴァールに比べれば、傀儡兵や砲撃兵との戦闘の方がまだ楽という意味不明さ。父の俺でもよく分からない。

ナハトは赤ん坊なんだぞ、ユーリ。プロの傭兵や、傀儡兵や砲撃兵達の方が強いに決まっているじゃないか。そう擁護したいのだが、ナハトの味方をすると拗ねてしまうので扱いが非常に難しい年頃だ。

左右に一基ずつの計二基をマウントするミサイルランチャーは高精度かつ高威力を持っているのだが、ユーリの結界にぶつかって爆発するのみ。結界は鳴動しているが、傷も付いていない。


各局面、各戦局で激しい戦闘が行われているが、この戦場で最大の集中砲火を受けているのは間違いなくユーリだ。各勢力の大多数の戦力が、ユーリ一人に向けられている。


魔女は我が子可愛さで地雷王の大群をけしかけ、猟兵団は傭兵団に便乗する形で砲撃を行っている。ベルカ自治領からでも見渡せる砲撃の嵐が今、戦場で華やかに吹き荒れてしまっていた。

戦局の中心に君臨している存在は、ユーリ・エーベルヴァイン。彼女の翼に、かつて信者は涙を流して祈りを捧げた。闇色の炎に、町の人達が失禁して許しを請うていた。その彼女の神秘が今、再現されていた。

魔導師も、機械兵士も、魔導兵器も、質量兵器も、全く歯が立たない。どれほどの兵器を用いても、誰も咎めない。何も通じないのであれば、何を使用しようと同じなのだ。全てが等しく、無力化される。


時空管理局の法も、通じない。聖王教会の祈りも、通じない。強者の論理も、通じない。弱者の命乞いも、通じない。何も、通じない。ゆえに恐れ、ゆえに怖れ、ゆえに畏れ――ゆえに、ゆえに、ゆえに。



怖れて、しまった。



「……これまでだな、皆を下がらせろ」

「撤退――ま、まさか!? 無許可で持ちだしたのですか、部隊長!」


「この戦場で、私は確信した。団長の懸念は正しい――白旗は、やはり危険だ。今は正しく力を行使されていても、"聖王"の心一つで簡単に表と裏が入れ替わってしまう。
白旗がもしベルカに牙を向けば、一体誰に止められるというのか。時空管理局か? 聖王教会か?

我々人類に、あんな怪物をどうにか出来ると思うのか!?」


「そ、それは……」

「過剰も過剰、異常な戦力が狂ったように白旗という一組織に――たった一人の人間に与えられているのだぞ。聖王教会と時空管理局、両組織に認可されるという恐ろしい権力構造まで伴って! あの男がその気になれば、王国を作れるのだ。管理局や聖王教会、あらゆる枠組から独立した"聖王"国を!」

「……」


「この世界において、"聖王"の存在は決して許してはならないのだ。狂ってしまった聖地を、今こそ我々が正さなければならない。古代ベルカの戦乱を、再びこの地に起こしてはならない。
少なくともあのユーリ・エーベルヴァインは、聖王のゆりかごに匹敵する力を秘めている。あの力を正義の名の元に、再び"聖王"が使おうとしているのだ。

団長の代わりに私が全てをかけて、"正義という悪"を正してみせる!」


 集中していた傭兵団の全戦力が突然、撤収してしまう――入れ替わるように舞台に立った一人の長の手には、箱状のファイアリングロックシステム。目にした瞬間、ユーリの顔色が変わる。


取り出した始動キーを差し込むと、ファイアリングロックシステムが赤く輝き出した。その瞬間周囲の空間が悲鳴を上げて、巨大な環状魔法陣が展開された。今までの比ではない、超大型の立体魔法陣。

不規則に周囲に展開された、環状魔法陣。その光景を目の当たりにした瞬間ユーリがこちらを一瞥し、俺を背負っていたシスターが頷いて突如急速離脱。周囲を見ると、あらゆる面々が慌てて避難している。


一体何なのか、他ならぬ敵のノアが並走しながら呟いた。


「君の娘、可哀想だったね」

「どういう意味だ、アレは何なんだ!?」


「空間収束型の魔導砲――対超大型魔獣を対象とした、殲滅兵器。効果範囲が極小という欠点があるけど、直撃したら人間なんて骨も残らない」


「ロストロギアじゃねえか、違法だろう!?」

「あの人、逃げていない。死人に口なし、使用者も魔龍も滅ぶから暴走を理由に押し付けられる――巻き添えであの子も死ぬけどね」


 ――剣士とはいえ、俺も男。宇宙戦艦に興味はなくもなかったので、リンディやクロノにアースラについて聞いた事がある。大型艦船に搭載される魔導砲、"アルカンシェル"についても。

宇宙戦艦は機密事項の塊、当たり前だが一般人の俺には詳細まで教えてもらえない。魔導砲の使用は特定条件を満たした状況や対象に対してのみしか許可されないからだ。

特定の条件とはこの場合、"暴走した魔龍"の殲滅。暴走なんてしていないが、白旗以外の面々は口裏を合わせるだろう。戦場で起きた真実はもっとお伽噺じみていて、残酷だった。

いくらなんでも、アルカンシェルレベルの魔導砲とは到底思えない。対魔獣を想定しているのならば、効果範囲も威力も小さい――だが断じて、人間に向けるべきではない。


だからこそ、この使用は正しいのだと皆が口を揃えるのだ。あの少女を人間だと思っているものなど、最早誰もいない。魔獣よりも、魔龍よりも恐ろしい怪物――



"ユーリ・エーベルヴァイン"という黒き太陽を、滅ぼすためだったのだから。





発射された。




「ユーリィィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーー!」

"だ、だいじょうぶでーす! うう、ビックリしたよ〜"

「……え?」


 魔導砲を使用した指揮官の決断は、絶対間違っていない――後に事件を振り返り、その場にいた誰もが身を震わせて泣きながら証言した。


完全起動を可能とした、永遠結晶エグザミア。完全制御を可能とした、ユーリ・エーベルヴァイン。100%の出力を発揮するユーリが張り巡らせた多層障壁で、魔導砲は"圧縮"された。

発射した魔導砲の超高威力は取り込まれて消滅、歪曲する空間は空間干渉制御を撃ち込まれて安定、超大型魔獣すら消滅させる魔導砲の巨大な魔力素は――



全て、吸収された。



「あんな危ない兵器を、人に向けて撃ってはいけません。怪我するじゃないですか」

「……」


 残されたのは、無傷の魔龍。茫然自失としている隊長は正座して、ユーリの説教を聞いていた。


「……ねえ、君」

「何だよ」


「あの子一人居たら、聖女の護衛なんて簡単になれたのに、何で地道に活動してたの?」

「聞くな」


 対超大型魔獣を対象とした殲滅兵器が直撃しても無傷――この事実が後日時空管理局との間でややこしい摩擦を起こすのだが、それはまた別の話としておこう。










<続く>








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