とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第六十五話




 ベルカ自治領において、聖王教会騎士団の存在は国土安全の保障であった。聖騎士は別格にしても騎士団長の強さは治安の保証であり、騎士連隊を率いる部隊長は聖地の安全を確保する存在であった。

大規模かつ精鋭を誇る時空管理局でも一目置かれており、決闘場であるこの基地で行われる共同訓練は単なる教練ではなく、ミッドチルダとベルカの強さを確立させる為だと断言出来る。

天才の名を欲しいままとした、魔導師ランクS。聖地で名を馳せていた騎士二名が、無名の少女に敗れ去った。たった一撃、竜の鉤爪が振るわれて騎士の命運は絶たれたのである。


次元世界中が見守る戦場で起きた大反撃に、唖然呆然とする観客は――あろうことか、一人も居なかった。見目麗しくも痛々しい少女の勇姿を、世界中が歓喜と熱狂で祝福したのだ。


自嘲する。意外に思っているのは他ならぬ自分であり、管理外世界の弱者。レベルの違う戦いと思っているのは自分一人であり、広大な世界ではあれほどの戦闘であっても見応えのある『決闘』なのだ。

天下無双と嘯いていたあの頃の自分が、泣きたくなるほど愚かしい。見渡せばキリがないほど世界は広く、目眩がしそうなほどに奥深い。少女の強さは人外であっても、例外ではないのだ。

自嘲はしたが、自虐はしていない。自分の弱さは分かりきっている。弱いと分かっているのなら、強くなる努力をすればいい。強くなれないのなら、強い人達と繋がればいい。妹さんの強さもまた、俺と繋がっている。


正直なところ、少しだけホッとしている。飲んだ瞬間急激に強くなる、不正の次はドーピングのクレームが来る心配をしてしまった。自分の血を飲んだので、検査されても痛くも痒くもないが。


「我が陣形に対し、実力で捌こうとする囲いの相手に対しては無事押さえ込めた。単純な捌き合いではそろそろ観客も退屈されるだろう、クアットロ」

「相手に攻めさせて、その反動で駒を捌くなんてのは常道ですものね――王女様ー、回復しますのでお下がりになって下さいな」


 敗北を認めた以上、一つの態度であろうと敬意を払うのがクアットロの基本姿勢である。俺の護衛であろうと欲目で見ない彼女が、かの者こそ王女であると敬称する。実力を認めた証拠だった。

雇い主以外であろうと相手を立てる礼節もまた、王女の器。ギア4を解除した妹さんはクアットロの呼びかけに頷いて、攻防の陣より撤退。ユーリの加護を受けて、回復に努めた。

惜しまぬ賞賛はあろうと、妹さんには別段声をかけなかった。強さの秘密を探る事も、強さを見せた潔さの事も、強さで相手を圧倒した事も、何も言わない。妹さんも何も望まず、敵を退けて息を吐いた。

彼女のおかげで、俺は大将の座に今も君臨している。健在であることを示すことこそが、護衛である彼女への礼儀であった。


「皆、よく持ち堪えてくれた。これより、中飛車の型へ移行する」


 最初は守りの陣形に固めて、先手後手問わずに相手の主戦力を自陣へと誘導。薄い囲いでの攻め合いを行う事で、自分の得意な戦法へと引き込んでいく。将棋における、囲いへと近づける工夫である。

陣形に必勝の型はない。薄い囲いにおける攻め合いは前線を危険に晒す上に、相手の陣形の方が堅ければ単純な実力で攻防に負けてしまう欠点がある。俺は今回、この欠点を利用したのだ。


薄い囲いにおける攻防となれば鍔迫り合いに発展して、双方の実力を遺憾なく発揮できる。前線の攻防と、後方のせめぎ合い。前線ののろうさ達には持久戦を、後方のユーリ達には籠城戦を強いる。


騎士団にとっては格好の機会であり、主戦力投入の良き名目となる。同時に白旗側は武名の高い騎士団の主戦力との攻防により、無名である我々の実力をお見せする事が出来る。

前線は平均ランクAAクラスの従士達を相手に持ち堪え、後方は陣形を守る盾の頑強さと矛の鋭さを発揮出来た。他人の実力を信頼できなければ、この陣形は成り立たない。そして、功を成した。

対戦相手の騎士団の主戦力は、充分に見せつけられた。随分と苦しめられたが、今後はこちらの主戦力をお披露目する番だ。陣形の移行を命じた瞬間、決闘上の空気が一転する。

前線を維持していたのろうさ達が素早く展開して、怒涛の波状攻撃を行ってきた従士達が警戒を強くする。警戒をしていても、彼らは決して手を緩めない。その屈強さには恐れ入る。

騎士団長や部隊長達の突出した強さが浮き彫りになっているが、騎士団の陣形を支えているのは従士達だ。魔導師ランク平均AAの従士達、聖地の最前線に出て戦う尊敬すべき戦士達。その壁は厚い。


神が降臨する聖地を護る巨大な聖壁を一瞥し――"聖王"を騙る剣士が、騎士を名乗る者へ不遜に命ずる。



「薙ぎ払え、トーレ」

「IS発動――"ライドインパルス"」



 ――波状に攻め込んで来た従士達の、足が止まった。


エネルギー翼、インパルスブレード。戦闘機人であるトーレの固有武装をもって、頑強な素体構築と全身の加速機能で斬りつける。高速機動「ライドインパルス」、トーレの持つ先天固有技能。

腿と足首より爆発力を生み出して、手首付近からエネルギー翼であるインパルスブレードを発生して発動。その最大速度は人間の視認速度を凌駕して、追尾レーダーさえも振り切ってしまう。

竜の爪で引き裂かれた決闘場が、真一文字に切り裂かれる。従士達を、決闘場を、狙ったのではない。命じられるままに、トーレは薙ぎ払ったのだ――騎士団の戦術、攻勢に至るその全てを。


戦場の空気を一掃する、超高速機動能力。騎士団の長時間に渡る優勢が、たった一瞬の一刃で灰燼と化してしまった。


強者達の戦闘を見慣れている観客達はおろか、次元世界規模の戦乱さえ体験している管理局及び聖王教会関係者までもが息を呑んでいる。威力のみならず、芸術の如く洗練された技に対して。

ジェイル・スカリエッティという悪魔的な頭脳を持つ科学者によって修理され、新しき生と力を与えられた戦闘機人。特筆すべきは、黄金比により細密計算されたホイールベース。

超高速機動そのものは、フェイト・テスタロッサに代表される魔導師達でも再現は可能。しかしながら足底から臍までの長、臍から頭頂までの長さの比率で人体を完璧に仕上げると――


戦闘機人にしか成し得ない、絶技が成立する。


「ご用命、果たしました」

「大儀であった――チンク、お前の出番だ」


 一刃で戦況を覆しておきながら、平然とした姿勢で任務を果たしたトーレ。戦闘機人達の能力と実力は博士から聞いていたが、セッテの前例にあるように彼女達の固有技能は磨かれている。

魔女の支配を受けた失敗を経験とした再調整、屈辱を教訓とした再訓練。人間をベースとしながらも、彼女達は戦うべく自ら自分達を戦闘兵器であろうとした。人体の真髄に至るまで。

黄金比率で再調整された人体を活かした技、セッテは幻術の壁さえ切り裂いた。トーレは己が固有武装を更に追求して、常に安定した美感を与える絶技へと進化させた。


人間の尊厳を奪われた過去を持つ、廃棄人形改造人間。忌まわしき過去を持ちながら、何故自ら機械であろうとするのか?



「聖王教会騎士団、諸君らに問おう――貴方達は、何のために生まれて来たのか?」



 灰色の外套を羽織った、銀髪の少女。右目を眼帯で覆い隠した冷徹な姿勢は暴力的であり、正騎士のキルティング服を着用した少女騎士の苛烈な美に誰もが圧倒された。

嗜好を凝らして整えられた武装、華々しく着飾った騎士の正装。少女でありながら戦士であり、騎士。謳うように告げるチンクの佇まいは、騎士の風潮に慣れ親しんだ聖地の信徒達の心を奪った。

華美に媚びず、質実に溺れない。己を飾らず主を辱めない、誉れ高き騎士の服装。かつて戦闘で着用していた装備を脱ぎ捨てた彼女達は、紛うことなき白き旗の騎士であった。


されど、騎士は宣言する。



「我々は、戦うために生まれて来た」



 騎士でありながら、戦士であるのだと唱える。在り方は異なれど、矛盾はしない。暴論でありながら、正論だと言わしめる在り方。誰が、否定できようか。

人として生まれて来た者達の、最初で最後の疑問。自分が生まれて来た意味、自分が生きて来た価値、自分が存在する理由――その全ての答えを、戦いに求める。

戦闘機人として製作されながら、失敗作であると廃棄された者達。戦いを強制されて、戦う事を否定された、戦士達。戦いは彼女達にとって忌避であり、絶望であった。


そんな彼女達が――戦う事が全てであると、言い切った。



「我々は人々を守る剣であり、王を護る盾である。忠節は刃で示し、意義は能力で示そう。我らは戦士であり、騎士――刃を濡らすだけの血に、価値など求めない。
王は人々の声に求められ、騎士は王の名に馳せ参じる。望まれるのは結果であり、望むのは実力であろう」



 ――在り得ない事を、言った。聖地の治安をかけた決闘において、聖王家の血筋に価値はないのだと断じたのである。聖王教会の、聖王教会騎士団に対するアンチテーゼに他ならない。

しかしながら、異論を唱える声は何一つ出てこない。圧倒されるばかりの騎士団は勿論だが、決闘を見守る信徒達や世界中から見守る観客にも乱れる気配は波風一つ立たない。

戸惑う俺を前にして、仲間達は真摯に俺を仰ぎ見ている。この場は聖王の御前、聖王家の血筋ではなく、人々に求められた偶像に我らは集ったのだと、誇らしげに語っている。


そんな者達を――人々は、何と呼ぶのか。



「我々は、"聖王"騎士団である!」



 ベルカ自治領に、正規軍は存在しない。聖地に、時空管理局は必要ない。不遜な軍事を成立させているのは聖王教会騎士団、法の守護者達に負けない騎士達の存在あってこそ。

赦せぬと、騎士団の長は唱えた。釈せぬと、騎士の長は吠えた。赦せぬと、騎士は叫んだ。断じて許せぬと、従士達が抜剣する。

数は、十。天才に追随する、魔導師ランク"AA"。世界に名を語らずとも、世界を揺さぶれる力の持ち主。あらん限りに罵倒して、荒ぶる力の全てを解き放った。


我らこそ騎士であると、あらゆる魔法を――魔力の猛威を、振るった。





「諸君らに、問おう」



 ――防御外套、"シェルコート"。



「貴方達は、何のために生まれて来たのか」

『チンク DAMEGE:0 LIFE:10000』


 通常のバリアだけではなく、"AMF"――アンチ・マギリング・フィールドを発生出来る防御機構。AAAランクの魔法防御、対象の魔力結合を阻害してフィールド範囲内での魔法の発動を妨害する。


施設規模の爆発にも耐えうる程の高硬度を誇り、AMFを抜けてきた攻撃を受けても揺るぎもしない。魔法攻撃を阻害して、物理攻撃を防御する、鉄壁の機構。少女騎士は、悠然と立ちはだかる。

妹が攻撃を受けても、クアットロやドゥーエは微笑みを崩さない。トーレは、庇おうともしない。姉が攻撃を受けても、セッテは見下ろすのみ。誰一人として、チンクの身を案じない。

少女の忠義を、疑う者など居ない。忠義ある騎士を前にして、従士達は言葉も出ない。聖王の騎士として高め続けた実力を持ってしても、チンクは揺るぎもしない。



「我々は――」



 チンクの固有武装、スティンガー。金属製のスローイングナイフを、両手で掲げる。本数は十本、立ちはだかる騎士達の数。多くも少なくもない、必中必殺。彼らへの敬意であった。

騎士道を唱えるチンク、異様であり、威容でさえある一人の騎士に、観客達は固唾を呑んでいる。彼らは、"聖王"を誇っているのだと思っているのだろう。事実、そうであるのかもしれない。

けれど、俺とて少女が主とする人間。少女の真意は理解している。彼女は此処で忠誠を語っているだけではない。彼女は騎士であり、決闘に挑んでいるのだ。騎士であることを、今更誇る意味は無い。


少女が胸を張るのは、いつだって――親の前なのだ。



「戦うために、生まれて来た」



 IS発動、ランブルデトネイター。刃舞う爆撃手が放った、先天固有技能。手で触れた金属にエネルギーを付与して、爆発物へと変化させる能力。固有武装であるスティンガーに付与して投擲。

真っ直ぐに向かってくるナイフを回避出来ない弱者は、この場には居ない。この場にいるのはナイフを回避出来る従士達と――遠隔操作も可能とする、騎士のみ。

魔力炉でさえも物理破壊出来る爆発力が、従士達が咄嗟に張ったシールドや騎士甲冑まで粉々に破壊して、吹き飛ばした。残されたライフについては、語るまでもない。


波状攻撃を行ってきた騎士団の前線を壊滅――目を見張るこの戦果を、きっとジェイル・スカリエッティも見ているだろう。


空の殲滅者、セッテ。姿偽る諜報者、ドゥーエ。高速機動の斬込隊長、トーレ。幻惑の使い手、クアットロ、刃舞う爆撃手、チンク――立場こそ違えど、同じ志の元に集った戦士達。

失敗作だと廃棄された人形を修理して、彼女達を人として再生させた。彼の悪しくも偉大な研究は断念してしまい、在り得たかもしれない未来はもはや消え去ってしまった。

ジェイル・スカリエッティに、後悔はない。けれど彼には間違いなく、最初に見た夢があった。世界が悪だと断じようと、自分の生涯の全てを費やした願いはあったのだ。


――聞こえているだろうか、人々のこの歓声を。見えているだろうか、人々のこの喝采を。あんたの娘達が、人々の祝福をもって証明したのだ。


戦うために、生まれて来た戦闘機人――ジェイル・スカリエッティの研究は今、世界中の人々に認められた。










<続く>








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