とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第五十八話




         γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
      「ノア」<  助けて         |
          |                 |
          ゝ___________,ノ
         γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
          | どうした友(仮)よ       >「良介」
          |                |
          ゝ___________,ノ
         γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
      「ノア」< 傭兵団と揉めてる       |
          |                |
          ゝ___________,ノ
         γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
          | 喧嘩はいかんな       >「良介」
          |                |
          ゝ___________,ノ
          γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
      「ノア」< 副団長がキレてる      |
          |                |
          ゝ___________,ノ
         γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
          | ご愁傷様と言っておく    >「良介」
          |                |
          ゝ___________,ノ
         γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
      「ノア」< 避難したい      |
          |                |
          ゝ___________,ノ
         γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
          | うちに?         >「良介」
          |                |
          ゝ___________,ノ
         γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
      「ノア」< うん              |
          |                |
          ゝ___________,ノ
         γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
          | やだ         >「良介」
          |                |
          ゝ___________,ノ
         γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
      「ノア」< パンツ見せる       |
          |                |
          ゝ___________,ノ
         γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
          | パンツ見せとけばいい   >「良介」
          | という風潮、嫌いです |
          ゝ___________,ノ
          γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
      「ノア」< パンツあげる      |
          |                |
          ゝ___________,ノ
         γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
          | (゚ε゚(O三(>_<`)oパ-ンチ!>「良介」
          |                |
          ゝ___________,ノ
         γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
      「ノア」< パーンツ>(゚ε゚(O         |
          |                |
          ゝ___________,ノ
         γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
          | 一昨日きやがれ        >「良介」
          |                |
          ゝ___________,ノ
         γ´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ
      「ノア」< もう来てる          |
          |                |
          ゝ___________,ノ



「おはよ」

「意味ねえじゃねえか、このやり取り!?」


 親睦会で盛り上がった、翌日の朝。早朝からプライベートで連絡を寄越しやがるアホ野郎に付き合っている内に、当の本人がマイアの食堂にまで押しかけて来やがった。

嫌だと言って追い払いたいが、食堂はあくまでもマイアの領域。お金を出すのであればお客様である以上、同じ客の俺が追い払ってしまうと営業妨害になってしまう。

渋々同じテーブルでマイア手作りの朝食を美味しく食べながら、朝から押し掛けた猟兵団のノアに詳しい事情を問い質す事にした。


組織の揉め事となると部外秘になる筈なのだが、オレンジジュースを飲みながらノアはペラペラ喋った。お喋りな性格ではないので、事務的な口調だけど。


「つまり猟兵団と傭兵団の対立が本格化して、副団長のエテルナが神経を尖らせているのか。でも俺の依頼を受けた時点で、傭兵団との全面戦争は織り込み済みだろう」

「襲撃も報復も想定内だけど、あの行動の早さは想定外。うちが襲撃を仕掛けたほぼ同時刻に、うちが襲撃を受けている。
双方共に相当な痛手を被った矢先に、白旗が聖地の頂点に躍り出た。ようやく後始末を終えた今、責任の所在に揉めている」


 ――笑い出しそうになった。同時誘拐事件を利用した潰し合い戦略は見事実ったというのに、自分の組織である白旗の地位向上のみ想定外の成果なのだから。

聖地を脅かした魔龍の姫プレセアの討伐と、カリーナ・カレイドウルフによる"聖王"宣言は予想外の出来事だった。敵の未来は予測出来ているのに、自分の事は想定外なんて笑える。

自分の管理は出来ていないのに、敵の動向は予測出来ているというのは、組織の長としていかがなものか。きちんと足元を固めておくべきかもしれない。

ヴィータ達やリニスに散々説教は食らったので、プレセア戦の総括における反省を延々繰り返すつもりはないけど。


「組織の今後を左右する大事な会議を抜け出して来てもいいのか」

「傭兵団の敵情視察を行うと言って出てきたので、平気。あの場にいたら、関係者のわたしも責任を押し付けられる。責任は果たすけど、八つ当たりは嫌」

「それほど荒れているのか、あの姐さん」


「ん。わたしは、君が仕組んだと思ってるけどね」


 くぴくぴとジュースを美味そうに飲みながら、何でもない事のように告げる。批判も叱責もなく、事実だけを淡々と告げるように言い切った。

思い掛けない指摘に驚愕、するようでは組織の長として失格である。他人を笑って蹴落とす非道さが無ければ、戦乱で生き抜く事なんて出来ないのだ。

俺は人を斬る剣士、人でなしの外道である事は認識している。平和な時代に剣を振り回すような馬鹿が、人を気取るなんて許されない。

リーゼアリアが指揮したジェイル達救出部隊がヘマしたとは到底思えない。俺は自分の無能な戦略よりも、仲間の有能な戦術を信じる。


「バレたからには仕方がない、口封じさせてもらおう。実は今、お前が飲んだジュースには毒が入っている」

「なるほど、このジュースが美味しい理由がようやく分かった」


「風評被害が発生している!? このお客さん達、本当に失礼ですよね!」

「アホコンビに関わるのはやめなさい、マイア」


「お前の命はあと十秒」

「何でもするから助けて欲しい」

「パンツを見せろ」

「残念ながら、もう脱いでいる。ブラジャーで許して欲しい」

「俺はノーブラ派だ」


「なるほど、侍君相手に色っぽい下着で攻めるのは逆効果だったか」

「絶対に参考にはなりませんよ、忍さん!?」


 外野がうるさいが、ともあれ平然とした態度を取っているとノアも追求してこなかった。この様子から察するに組織内での意見ではなく、ノア個人の勘だろう。

案外抜け出して来た本当の理由は、自分の推察でさえ話せない会議の荒れ具合にあるのかもしれない。証拠もない勘を述べたところで採用されず、逆に責任を追求されかねない。

潰し合い戦略は両組織の戦力を削ぐ効果だけではなく、誘拐の失敗による責任問題にまで発展しているようだ。同時刻で襲撃が行われたのだ、両組織で混乱が起きるのも無理は無い。

ノアを除いて白旗の関与を疑えないのは恐らく、同時誘拐を知らないからだろう。あのエテルナさえ俺が話して初めて知ったのだ。事件の全体像を把握するには、第三者的視点が不可欠。当事者が把握するのは難しい。

猟兵団も傭兵団もまさか、同じ日同じ時刻に互いの組織が誘拐事件を起こすとは夢にも思っていないだろう。復活祭開催による白旗の隙をつくのは常套手段だが、同タイミングなんて考えられない。


「逃げ出してくるのは勝手だが、俺は今日忙しいから相手出来ないぞ」

「ひどい、わたしよりも大切な用?」

「当然だ」

「泣きそう」

「俺は女の涙より、男の酒を選ぶ人間」

「男らしいね」

「うむ、お前も女らしく生きよ」

「勉強になった」

「ここの勘定は任せておけ」

「抱いて」

「口づけは後に取っておけ。涙が乾いてしまう」


「ナハトの教育に悪いので、朝から気が狂いそうな会話をしないで下さい!」

「あはー」


 パジャマ姿のナハトヴァールを抱いたリーゼアリアに蹴り飛ばされて、俺一人食堂から追い出されてしまった。残されたノアは、食べかけだった俺の朝飯を平然と奪っている。あの常連客、殺す。

ホテル前で転がっている俺の前に、トコトコと護衛の妹さんが参上。何事もなかったかのように、俺の変装道具を渡してくれた。馬鹿な日常にすっかり慣れている妹さんの心構えがちょっと怖い。

引き返すとリーゼアリアに怒鳴られるので、渋々このまま出かける。どうせ朝から用事があったのでかまわないのだが、今日も一日平和に過ごすのは難しそうだった。


開催された復活祭は、教会暦における復活大祭翌主日まで行われる。光明週間と呼ばれるこの復活祭期では、聖王の受難と復活からなる過越の聖なる期間とされている。


当初はあくまでベルカ自治領内での祭りだったのだが、"聖王"復活と聖女の予言成就によってミッドチルダの大祭として今では次元世界中から多くの人々が集まっている。

祭りは日を重ねる事に盛り上がっていく一方で、聖王復活の挨拶が信者間でも盛んに交わされていた。"聖王"とされている俺は平然と歩けず、軽く変装をして裏道を通っている。

芸能人ならともかく、神様扱いされているのだ。喜ばれるくらいならまだいいのだが、老若男女問わず平伏されたりするのでちょっとご遠慮願いたい。

本当は誤解を正したかったのだが、アナスタシアを騎士を迎えた以上彼女の忠義には応えたいと思っている。聖王にはなれないが、"聖王"のフリくらいはするべきだろう。



だからこそここ、聖王教会騎士団の詰め所へと自ら足を運んできたのだ。騎士として迎えた彼女を残し、護衛一人だけを連れて。



「――団長殿よりお話は伺っております。こちらへどうぞ」


 詰め所と称しているが、立派な石造りの建物である。大仰な扉の前には二人の騎士が立っており、物々しくこそないが治安維持の看板として十分な存在感を見せている。

聖地を守る治安の拠点として、騎士団の詰め所はベルカ自治領の各重要拠点に建てられている。その中で聖王教会騎士団の団長が鎮座する詰め所は、本部というべき威厳があった。

悪者を寄せ付けず、善人を迎え入れる、治安維持拠点の見本というべき建物。案内する騎士も礼儀正しく、団長の客として妹さんを丁重に待合室へ、俺は直接団長室まで案内してくれた。


聖騎士に団長への面談を取り付けてもらった事が功を奏したのか、過分に警戒される事なく面談が適った。聖王教会騎士団の団長――ベルカ自治領の頂点に立つ、騎士。


「わざわざ詰め所までご足労をお掛けして申し訳ない。"聖王"様より直接御連絡頂ければ、こちらから参りましたのに」

「お忙しい中、団長殿への面談を求めたのはこちらです。私の方こそ貴重なお時間を割いて頂いて感謝しております」

「お恥ずかしいながら長らく留守にしておりまして、少し散らかっておりますがご容赦下さい。立ち話も何ですので、こちらへどうぞ」


 聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの祟り霊、何百年も蓄積されていた荒御魂の霊障を受けて聖王教会騎士団は一度壊滅した。団長も被害者であるのだが、見る限り闊達なご様子だった。

若くして騎士団長に任命されたエリート騎士、聖王家に連なる家系に生まれたサラブレッド。家柄も、血筋も、実力に至るまで、この聖地の頂点に立つ器の持ち主。

屈強ではあるが鈍重ではなく、凛々しき騎士甲冑に埃の一つもない立派な騎士姿。吟遊詩人が語る英雄記より飛び出てきたような、金髪の美丈夫であった。貫禄も申し分ない、貴公子である。

立ち振舞いも立派なもので、礼儀礼節も心得ている。聖王を名乗り出たこの人に聖王教会が何故悩んだのか、よく分からない。外見だけでも、十分通用すると思うのだが。


「まずは礼を述べさせて下さい。救世主殿にも直接お礼を述べさせていただきましたが、聖王のゆりかご調査で我々を救出して下さって感謝しております」

「我々は、任務を果たしたまでです。少しでも聖王教会にお役立ち出来たのであれば、それだけで十分です」

「治安維持への貢献も聞き及んでおります。貴方がた白旗が治安維持活動を積極的に行って下さったおかげで、今日この日を迎えられた。
今この聖地には貴方への称賛と拝謁を望む声で溢れかえっておりますよ、"聖王"様」


 平然としている。厚顔無恥などではなく、在るべき事実を述べた上での称賛。皮肉や嫉妬を介さず、自分自身の意見ではなく、民の視点に立った言葉で相手を敬っている。

称賛を聞いて何を感じるのか、それはあくまで俺自身の心に過ぎない。役割を押し付けられていると感じるのも、俺本人が感じている心証にすぎないのだ。

つまり、俺が感じ入っている苦悩を考慮した上での称賛。単なる嫌みを並べ立てられるよりも、よほど俺を困らせる褒め言葉だ。俺の心証を、確実に探って来ている。

家柄からも察してはいたが、社交界や政界に通じる会話のやり取り。出会った時から感じていたが、やはり相当な曲者であった。


「聖女様の予言や信徒の方々の称賛はともかくとして、私が今与えられている役割はあくまで記号に過ぎません」

「称号ではなく、あくまで結果を求められていると仰る?」

「戦乱が起きている今の聖地で必要なのは、民の祈りに応えられる存在でありましょう。人々を憂う聖女様の護衛が務まる存在こそが、予言の待ち人であると確信しております」

「貴方自身が求められているのであれば記号であろうと、民には希望となりましょう。聖なる冠を、否定なさるのですか」

「私はこの聖地を、この地に生きる人々を肯定する人間です。ゆえに結果を求め、人々の安寧を望んでおります」


 正直、ホッとした。もしも昨晩聖騎士アナスタシアと話していなければ、"聖王"である事を明確に否定しただろう。それはすなわち待ち人の否定であり、護衛の座への棄権を意味する。

無論聖女の護衛競争を降りるなんて考えられないが、立場ある人間の軽はずみな言葉はそのまま宣言となりかねない。それほどまでに、団長の受け答えは巧みであった。

非公式の会談であっても、相手は聖王教会騎士団を指揮する立場の人間である。もしも"聖王"ではないと言ってしまっていたら、そのまま吹聴されていたかもしれない。


肯定も否定もせず、あくまで己の意思を明確に伝える――夜の一族を相手に散々行ってきた手法に、我ながら苦笑してしまう。


「素晴らしいお考えです、"聖王"様――いえ、白旗のリーダー殿とお呼びするべきか」

「求められる役割を演じる今の私は言わば、舞台の一役者に過ぎません。役者が名乗るのは役名ではなく、実名でありましょう。
この場で名乗り申し上げる無礼をお許し下さい。私の名は宮本良介と申します」

「宮本殿、貴方のお考えには私も賛同致します。今求められているのは役割を演じられる器と、役柄に求められる結果でありましょう。
"聖王"様の復活祭開催によって、戦乱に疲弊した信徒の方々の心は癒やされている。しかしながら聖地の治安維持に必要なのは安心ではなく、安全です」

「安全を維持するために私達白旗や、貴方がた聖王教会騎士団の存在がありましょう。我々の存在により、人々を安心させればそれでよいではありませんか」

「いいえ、明確な悪が存在する限り人々は怯えずに生きていくことは出来ません。それでは、安全とは決して思えないでしょう」


「だから――プレセア・レヴェントンと魔龍の公開処刑を行うと、仰るのですか」


 本題に切り込んだ。わざわざ直接足を運んできた理由も、この団長であれば理解しているだろう。指摘されても、顔色一つ変えなかった。

余裕綽々というより、彼の中では既に規定事項なのだ。決定ですらない、既定の路線。その先に至るまで熟考しているからこそ、途中経過に論点を求めない。

その確信に至る根拠が、俺には見出だせなかった。公開処刑、魔女裁判に匹敵する蛮行とも言える。確実に悪と断定しても、法治国家では決して許されない。


此処は宗教国家ではあるが、それでも相当過激な手段だ。戦乱が起きていようと、安々と民に受け入れられる提案ではない。


「宮本殿が成敗して下さった悪の権化、龍族。あの悪鬼共は戦乱を求め、神の復活を祈る復活祭で愚かにもこの聖地を焼き払おうとまでした。許し難き所業です」

「お気持ちはよく分かりますし、彼らの所業は決して許されるものではないでしょう。だが、彼らを裁くべきは神の法でありましょう」

「平時であれば、それでいいでしょう。しかしながら今この聖地は、戦乱の時代に入っている。余所者達の悪意に晒され、人外共の害意を受けているのです。
我々が毅然とした態度を取らなければ、奴らの凶行を許してしまう。今求められているのは寛容ではなく、断罪です」

「このベルカ自治領の歴史を調べてまいりました。確かに過去、戦乱が続いたベルカ時代において、重罪人の処刑が行われたケースも有りました。それは認めます。
しかしながら時空管理局による法の制定が行われ、聖王教会による神の平定により築かれた今の時代では、罪の裁きではなく、罪の贖罪を求めている」

「彼らは人間ではない、人外です。人の法に則った裁きで、彼らが救われるとお思いですか。人により与えられた贖罪で、彼らの罪は許されるというのですか!」


 ――そんな事を言い出したら、切りがないだろう。この世界、龍族も居れば、幽霊や自動人形、天狗や夜の一族、妖怪共まで溢れかえっている。全てに考慮していたらどうしようもない。

時空管理局だって法の範囲外を管理外世界と位置付けて、法の適う範囲を線引しているのだ。まして裁く側の立場で追求していけば、絶対個人の裁量で揉めてしまう。

俺如き庶民でも分かる理屈を、聖王教会騎士団を指揮する人間が理解できない訳がない。この強行手段には、絶対訳がある。その真意が何処にあるのか、探らなければ危ない。


こういう時は、論点を変えてみよう。水掛け論を延々と行えば、人生経験が少ない俺が根負けしてしまう。


「捕縛したプレセアはともかくとして、魔龍への公開処刑とはどういう事ですか。あの龍は既に討伐されております」

「失礼ながら、宮本殿は龍族について精通されていないご様子。貴殿が成敗したあの龍はベルカ時代より生きる古龍であり、恐るべき生命力を有しております。
致命に匹敵する痛手を負わせても、休眠して再生してしまう。あれほどの魔龍ともなれば、皮膚一枚残さず焼き払わなければなりません」


 肉どころか、骨や内臓に至るまで焼き尽くしてもまだ生きてやがるのか。アギトが決死の覚悟で倒したというのに、恐るべき敵である。

――いや、そうか。処刑の順序が逆なんだ。捕縛したプレセアではなく、まず休眠に入った魔龍を確実に滅ぼさなければならない。だが魔龍を滅ぼすには、完全に滅却しなければならない。

それほどの攻撃を加えるとなれば討伐ではなく、問答無用の処刑だ。非公式に行う事はまず不可能、されど大規模な戦力を投入して焼き払えば、公開処刑と変わらぬ人目を引いてしまう。

そこまでするのであれば、魔龍の主プレセアも同時に処刑すればいい。人ならともかく、人外であれば、魔龍と同列。見た目麗しき女であろうと、プレセアは聖地を破壊しようとした罪人なのだ。

かろうじてだけど、理屈は分かった。物騒ではあるが、あの魔龍を完全に滅ぼすというのであれば、処刑というのも頷けなくはない。ただ、悩ましい問題だ。


公開処刑の否定はプレセアだけではなく、あの魔龍まで庇うことになってしまう。プレセアでさえ庇ってやる義理もないのに、何で魔龍まで擁護しなければならないのか。


「宮本殿。人々の歴史を常に脅かした古龍の討伐は、人類の悲願と言っても過言ではありません。魔龍を滅ぼせる絶好の機会が、今なのです。
今現在、この聖地は次元世界全土の注目を受けております。聖王様復活が行われた今人類の悲願である魔龍の処刑を我々が行えば、これ以上ない平和への貢献となりましょう」

「待って下さい。今、我々と仰いましたか?」

「私達聖王教会騎士団、そして貴方がた白旗――我々が一丸となって古龍を処刑すれば、聖地に生きる人達を安心させられる。次元世界を生きる人達も、勇気づく事でしょう。
……お恥ずかしいながら聖王教会騎士団は先の失態により、信頼を失っている。恥を忍んで申し上げると、これは信頼を取り戻すまたとない機会なのです。

私とて騎士、宮本殿の実績を奪うつもりはございません。今こそ我々は手を取り合って、治安維持の礎となりましょうぞ」


 ――同じだ。手段が違うというだけで、この人と俺が望んでいる事は同じだ。御前試合と公開処刑、手段は全く違えど目的は完全に同じなのだ。

俺が提案しようとした御前試合は両組織の決闘による実力のお披露目で、団長が提案する公開処刑は魔龍討伐による実績の証明だ。

確かに遙か昔のベルカ時代より生きる古龍を滅ぼすには、完全に焼き払わなければならないのだろう。無抵抗とはいえ相手は魔龍、滅却するには相応の実力が必要となる。

実力者が揃う聖王教会騎士団とユーリ達がいる白旗が力を合わせれば、完全消滅させる事も夢ではない。逆に言えばそこまでしなければ、魔龍は滅ぼせない。


「聖王教会には団長である私が直接申し入れております。公開処刑は全て私の責任で行う、宮本殿はただ協力頂ければよろしいのです」

「……し、しかし」


 反論出来ない。魔龍をこの機会に滅ぼさなければ、いずれ復活してしまう。公開処刑は過激ではあるが、処刑そのものは絶対に行わなければならない。

どれほど隠し立てしても人々の目に触れてしまうのは、俺が逮捕された時のユーリ達を顧みれば明らかだった。あの子達が全力を出せば、昼夜さえ逆転するのだ。

そこまでして隠し立てするくらいならば、むしろ公開処刑と称して堂々と滅ぼした方がいい。論議は呼ぶだろうが、魔龍の恐ろしさが明確になれば人々も納得するしかない。


納得できそうなんだけど――疑り深くなっているのは性分か、それとも今までの難儀な交渉による賜物か。


「協力と仰いますが、我々白旗に求めるのは戦力でしょうか?」

「"聖王"様であらせられる宮本殿を先頭とした、白旗そのものです。聖騎士がいたとはいえ、これまで我々に変わって治安維持に貢献して下さった皆さんの実力を私は高く買っています」


 ――何かが引っかかる。実に些細な違和感だが、決して逃してはならない。天才の閃きではなく、凡人の懸念。この臆病さが、弱者である俺を生き延びさせてくれた。

評価の言葉に、何の取っ掛かりもない。団長は、俺達白旗を評価してくれている。だからこそ自分達聖王教会騎士団だけではなく、俺達白旗の成果をも期待してくれているのだ。

妙な事は何もない。だけど、引っかかる。何だ、何が変なんだ。俺自身が納得しているのに、どうしてこうも焦れている。何なんだ、一体。

俺は別に悪くない提案だと――





"聖騎士として祭り上げられただけの私は、恥ずかしかった。貴方様はその手に何もなくとも、行動されていたのに"





「今の言葉――どういう意味ですか」

「と、申しますと?」

「聖騎士殿がいたからこそ我々白旗が治安維持を行えていた、貴方はそう仰るのですか」

「気分を害したのであれば申し訳ない。ですが私に代わり聖王教会騎士団を代表していた彼女、聖騎士の存在は貴方がた白旗にとっても大きかったのは事実でしょう」

「ええ、その点は否定しません。リーダーである私本人が、彼女に協力を申し出ました」

「でしたら――」

「ですが、彼女はあくまで一介の騎士であり、一人の協力者です。聖王教会騎士団を代表する騎士ではなかった」

「聞き捨てならない言葉ですね、撤回を求めます。彼女こそ我が聖王教会を代表する聖なる騎士、個人に識別されるような人間ではない」

「彼女は個人ですよ、団長殿。聖騎士であっても、決して神の下僕ではない。神に敬虔なる祈りを捧げる、一人の人間なのです」


「よくそのような事を仰いますな。何か勘違いされているようだが――彼女は貴方が"聖王"様だからこそ、忠義を誓っているのですよ」


 ――ああ、やっと分かった。一体何が、ずっと引っかかっていたのか。先程の言葉だけではない、最初から最後までずっと感じていたのだ。

この、不快感を。


「彼女は私という個人を見出して、剣を捧げてくれたのです。"聖王"という冠ではない」

「大それた誤解だ。思わず目眩がしてしまう、大言壮語を言い放っておいでになる」


 はははははははははははは、何て面白いんだ。俺はこの人を立派な騎士だと思い、この人は俺を運良く"聖王"に担ぎ上げられた只の人間だと思っている。

その通りだ、全く間違えていない。俺を非難する人間が、実は俺自身を一番正確に捉えている。これが笑わずにいられるか。

運が良いというのも、事実だ。実際昨日話を持ちかけられていれば、この人の提案に乗っていただろう。この人の言う通り、俺は単なる庶民なのだから。


でも昨日、誓ったのだ――彼女という騎士に相応しい、"聖王"を演じるのだと。


「それほど聖騎士の主である私の実力をお疑いであるのならば、証明してみせましょう」

「ほう、どのように?」

「貴方がた聖王教会騎士団に、我々白旗が決闘を申し込みます。神の名の下に御前試合を行い、民の前でお互いの実力をお披露目しましょう。
団長殿が指揮する騎士団に敗北すれば、私達白旗は騎士団の指揮下に入ります。公開処刑でも何でも、お手伝いしましょう」

「ではもしも――貴方が指揮する白旗が勝利すれば?」


「公開処刑の是非を含めて、プレセアと魔龍についてはこちらに一任して頂きます」


 一任だと大げさに言ったが、実際は聖王教会や時空管理局との連携となるだろう。でも、それでいいんだ。神を気取った断罪ではなく、あくまで法に則った手続きによる贖罪を求めたい。

価値観が異なる龍族との交渉は厄介だが、出来ないのであれば人妖共存の理想なんて夢のまた夢だろう。夜の一族や天狗一族にあれほど啖呵を切ったのだ、異世界であっても絶対実現してみせる。

それに結局正義の在り処ではなく、一人の女性を巡っての決闘――何とも俺らしい、馬鹿げた決闘になってしまった。大義もクソもあったものではない。

でも、人の歴史なんて案外そんなものかもしれない。大それた大義などではなく、つまらない理由で人間は戦争を起こしてしまうものだ。


アナスタシヤが俺という人間を選んでくれたのなら、俺も聖騎士でなく彼女個人の名誉の為に戦おう。










<続く>








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