とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第四十九話




 ――妙だな。刻限が迫る焦燥だと最初は思っていたが、時間が経過するにつれて違和感が強くなる。距離が近付いているのに、目的地より遠ざかっているような不思議な感覚。


傭兵団が起こした誘拐事件を猟兵と共に解決、セレナさんが手配してくれた車にカリーナお嬢様と乗り込む。鐘が鳴る時刻、主催であるカリーナお嬢様により神である聖王の復活が宣言される。

お嬢様の不在は聖王復活の障害、復活祭の意味を熟知する傭兵の手でお嬢様は誘拐されてしまう。同時期、猟兵団も別の思惑でヴィクターお嬢様の誘拐を企てた。その二つの犯罪を潰し合わせた。

猟兵団を動かしたそのタイミングで、傭兵に偽装した救出部隊がヴィクターお嬢様を誘拐した猟兵達を潰す。猟兵の幹部達が俺に注視している絶好の機会、今頃激突が繰り広げられているだろう。


その間セレナさんが副団長達と交渉し、俺が主力のノアを連れてカリーナお嬢様を護送。作戦は順調に進んでいた筈なのだが、疑念が付き纏っている。


「運転手さんよ、本当にこの道で合っているのか」

「はい、お任せ下さい」


 後部座席にカリーナお嬢様が鎮座し、護衛として俺が隣に座っている。セレナさんが手配した運転手の隣、助手席にはノアが乗り込んでいる。俺の護衛という名目の監視であった。

事件解決後も引き続き監視が付いている状態は通常不快ではあるのだが、猟兵団の注意を引きたい現状ではむしろありがたかった。傭兵を一蹴したノアの才覚と実力、救出部隊とぶつけるわけにはいかない。

カリーナお嬢様に、メイドのセレナさん。個性豊かな主従と比較して、手配の運転手は凡庸な男性だった。これといった特徴はなく、運転手という職業の個性に当て嵌まっている。

セレナさんが手配した以上信用の置ける男性なのだろうが、何故か気になる。事件が解決したというのに、少しも安心感が出てこない。


「まるで本物の田舎者のようですわね、何を見苦しく狼狽えていますの?」

「嫌味で言っているのかもしれないけど、前にも言ったように本当に田舎者だからな」


 誘拐犯から救い出したカリーナお嬢様はいつもの不遜な微笑みを取り戻し、右往左往する俺を意地悪く指摘する。化けの皮が剥がれたので、もう取り繕う必要はなかった。

聖地へ来て既に一ヶ月以上が経過しているが、ベルカ自治領はそもそも広くて歴史ある建物が並んでいる。観光ガイドの経験もあり、土地勘には詳しくなりつつあるが、知らない道もまだある。

車窓の外を流れる景色には、見覚えがある。道順としては正しく、正確に目的地へと進んでいる。疑問に思う点は何一つ無い筈なのだが、少しも落ち着かない。

俺より長く聖地に住んでいるカリーナお嬢様は何も感じていないようだし、優れた感覚を持つ猟兵のノアも別段何も言わないので気のせいかも――


「くー」

「おい、監視役」

「むっ?」

「寝ていただろう、今」

「ノー」

「いびきをかいていたぞ」

「生まれてこの方、いびきをかいたことがない」

「寝ている本人の申告では当てにならん」

「我が友に聞いてみればいい」

「友達がいない分際で何をぬかすか」

「ん」

「自信満々に、俺の連絡先しかないアドレス一覧を見せつけられても」

「いびきはかいてないよね?」

「たった一人の友として言ってやろう、かいていた」

「落ち込んだ」

「うむ、気をつけろ」


「……コホン」


「どうしたんだ、カリーナ?」

「このカリーナは今、聖地の姫として君臨しております。当然この麗しき美貌の姫君を狙う輩は、この先増えてくるでしょう――ですから」

「ですから?」

「……先を」

「は?」


「お、お前の連絡先を教えろと言っているんですの!」


 奮然と詰め寄ったカリーナお嬢様は得意気に見せつけるノアのアドレス一覧を凝視し、自分のアドレス一覧に入力。本人の許可無く、勝手に登録してしまった。

隣に座っているのでほぼ丸見えだったのだが、カリーナお嬢様のプライベートアドレス帳にはセレナさんとマイアの連絡先が記載。田舎者フォルダを作成し、俺の連絡先を登録した。別枠!?

ちなみに俺のアドレス帳は登録が面倒臭いので忍に任せていたら、嬉々として沢山の連絡先を登録する始末。見覚えのある女共の名前が並んでいて、目眩がした。


和気藹々と連絡先を交換している間にも、車は黙々と進んでいる。


「さっきの話に戻るけど、この道で合っているんだよな」

「合ってる」

「だから何を先程から疑っているんですの? このカリーナが誘拐されてさぞ動揺したのでしょうけど、こうして傷一つなく救出されておりますの。
聖地の姫君を救出した英雄として、お前は常に堂々としていればいいんですの。間もなく鳴らされる祝福の鐘と共に、お前の殊勲を祝うとしましょう」

「神の降臨を祝ってくれよ!?」


 猟兵のノアも、カレイドウルフ大商会のカリーナも、セレナさん手配の運転手も、何の異常もないと言い切る。周囲の景色は平和で、周辺の空気は平穏そのものだ。何一つ、変わっていない。

世界は安定しているというのに、俺一人だけ胸騒ぎがしている。他人も、世界も変わりがないのに、俺だけが異常を感じている。困難な事件があまりも続いてしまい、鬱病にでもかかったのか。

そこまで深刻じゃなくとも、悩み過ぎて疲れているのかもしれない。作戦が順調に進んでいる事に疑問を感じてしまうなんて、どうかしている。異常に慣れ過ぎて、異常を感じる感覚が壊れた。


妹さんが傍にいない事で、精神が不安定になっているのかもしれない。何かあれば、あの子に聞いていた。才覚や実力だけではなく、妹さん本人が俺の心を守護ってくれていたのだ。


何か少しでも異常が起これば、あの子はすぐに知らせてくれた。"声"を聞く能力以上に、妹さんの感覚は常に正しく機能していた。あの子こそ、俺の平穏そのものだったのだ。

妹さんの不在が俺の感覚を乱している、そう考えれば辻褄が合う。これは異常だ。自分の感覚を第一にすべきなのに、あの子の感覚だけに頼っているようでは駄目なのだ。

俺は弱者だ、自分の強さは到底信じられない。けれど、自分本人まで見捨ててしまうほど――プライドは、捨てていない。


「車を止めてくれ」


「お急ぎなのでしょう。一刻も早く行かなければ、刻限に間に合いません」

「どうしたの、一体」

「今日の主役はお前なのですよ。ぼんやりしていては困りますの」

「いいから、車を止めてくれ。何かがおかしい」


 異常ではないこの状況を、異常だと感じてしまう自分の感覚。運転手のみならず、ノアやカリーナお嬢様まで怪訝な顔で見つめてくる。彼女達にとっては正に、俺こそ異常者だろう。

付き纏っている違和感、晴れない疑念、恐怖に陥れる不安。取っ掛かりは一切なく、手掛かりは見えない。平和の中で、俺はとことん異常を見出そうとする――それは、何故か。

俺の中に流れる、夜の一族の姫君の血。俺の魂に溶けている、神咲那美の魂。俺の心に宿っている、他人への共感。他人に触れて、他人と関わり、他人と交流して。

他人が、今の俺という人間を創り出してくれた、俺の中の他人が、異常を訴えている。世界の平和よりも、俺は彼女達を信じる。


彼女達が信じてくれた、自分を信じる!


「運転手、お前は何者だ」

「おやめなさい、田舎者! この者は長年カレイドウルフ家で働く信頼ある者、このカリーナを預けるに相応しい操り手ですの!」

「それは違う。あんたはセレナさんに自分を預けていた。そして今は、マイアにハンドルを預けていたじゃないか」

「……? 何を訳の分からない事を言っているのですの。カリーナはいつもこの者に運転させていましたわ」


 疑念は、確信に変わった。カリーナの話を聞いて俺は後部ドアを開き、ノアは銃を取り出して運転手に突きつける。車は止まり、俺はカリーナの手を引いて車から降りた。

小銃を突きつけられて運転手は面食らっていたが、やがて大人しくノアより車から引きずり降ろされる。抵抗はしていたが、すぐに諦めたようだった。

両手を上げた運転手に対しても、油断なくノアは銃を突きつけたまま。百戦錬磨の猟兵に、隙などなかった。


「どういうつもりですか、貴方がた。カリーナお嬢様の賓客といえど、このような暴挙は断じて見過ごせません。これは犯罪ですよ!」

「こう言っているぞ、ノア」

「わたしはカレイドウルフ大商会よりも、友達を信じる――それだけ」

「……お前、それ言いたかったんだろう?」

「まあね」


 得意気にVサインをするノア。友達になった覚えは全くなかったのだが、天才なりに交流は持とうとしているらしい。この時ばかりは、ありがたかった。

カリーナお嬢様は当初こそ狼狽えてはいたものの、今は堂々と成り行きを見守っている。長年信を置く運転手を捕縛されても尚、俺への信頼が揺るがないらしい。驚きだった。

このカリーナお嬢様の揺るぎ無き信頼、ノアのマイペースな友達思いが、俺を救ってくれたのだ。ようやく、答えは出た。


「先天固有技能、"ライアーズ・マスク"――自身の体を変化させる変身偽装能力。諜報活動に適した、視覚に特化した偽装能力」

「……!?」

「幻惑の銀幕、"シルバーカーテン"――幻影を操って対象の知覚を騙す偽装能力。工作活動に適した、知覚に特化した偽装能力」

「……フフ、フフフフフ。博士やウーノに問い質しましたか。事前情報は入手済みだったのですね」


「何のつもりだ、『ドゥーエ』。応じた取引への反古は、表裏に関わらず許されないぞ」


「御安心下さいな、陛下。応じた取引は果たしましたので、妹への義理を果たしたまでです。一応止めたのですが、どうしても陛下との直接対決を望んでおりまして。
我々が企てた一連の謀り事に対し執り行った陛下の采配、見事というしかありませんわ。偶然ではないと何度も申したのですが、あの子は頑なに陛下の能力を疑う始末。

ですのでこうして、自らの能力を駆使したのですが――まさか完璧に偽装した感覚まで打ち破るとは、驚きですわ。やはり貴方こそ、真なる王者」

「――単純に運転手へ変装しただけではなく、カリーナの認識まで偽装して信頼させたのか。
俺達の時間感覚を狂わせ、視覚を偽装して、延々と車に乗せ続けていたんだな。お前とクアットロの能力による相乗効果で、"平和な世界"を偽装した」


「本来これほどの能力は発揮できないのですよ――命を、削らなければ」


 偽装しているので表面上分からないが、その言葉に間違いはないのだろう。正体を表した彼女からは、深い疲労の色が感じられた。

単純にドゥーエが視覚を偽装するだけでは、延々と続く景色の連続に疑念を持つ。そこでクアットロの出番、彼女の能力は知覚の偽装――対象の認識を、誤らせる能力。

時間感覚が狂ってしまうと、どれほど時間稼ぎされても疑問を持たない。知覚を偽装されてしまうと、何をされても疑惑を持てない。悪人を善人に、不穏を平和に偽装出来るのだ。

恐るべき姉妹の能力、ドゥーエとクアットロの全力。世界の偽装とは言わば、夢を現実にする事を意味する。人は夢を見ている間、それが夢だと認識できない。目覚めて初めて気づくのだ。

俺が気付けたのは、俺の中の忍達が異常を知らせてくれたからだ。俺はただ彼女達の血を、魂を、心を信じたまで。


「どうされますか、陛下。私は敗北を認めましたが、あの子はなかなかの負けず嫌いであり意地っ張り――既に敗北していても、諦めないんですの。
あの子が渾身で生み出した幻惑の銀幕、"平和な世界"を貴方は断ち切れますか?」


 不可能だと、言い切れる。竹刀で、夢は切れない。剣で、幻は断ち切れない。眼前に広がるのは"平和な世界"という蜃気楼、狂わされた知覚と視覚は本物の世界だと訴えかけている。

話を聞いているノアやカリーナも、今だ半信半疑だ。だからこそドゥーエも驚いている。何故夢だと気付けたのか、幻だと断じられるのか。斬れぬと分かっていて、立ち向かうのか。

ドゥーエは素顔の自分を見せられず、逃げた。クアットロは俺という他人を信じられず、裏切った。自分か他人、どちらしか信じられない彼女達には分かるまい。


自分と他人――どちらも信じているから、俺はこの孤独な荒野に立てている。


「生憎だが、あいつの相手は俺じゃない」

「……と、申されますと?」

「俺はあんた達が起こした異常に気付き――俺に起きている異常は、あの子が気づく」



「I.S発動『スローターアームズ』、"ACT2"」

「うきゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」



 ――"平和な世界"を"黄金の軌跡"で切り裂いて、ブーメランが潜んでいたクアットロに直撃。幻惑の銀幕が切り裂かれて、カーテンが開かれるように元の世界が姿を見せた。

脊髄を抉られてのたうち回るクアットロの前に、姿を表したセッテ。無表情で見下ろすその目は愛する姉ではなく、まるで路地裏のドブネズミを見るような視線だった。

ノアに拳銃を突きつけられても平然としていたドゥーエが、変身を解いて震え上がる。顔を上げたセッテに一瞥された瞬間、ヒッと悲鳴を上げて、下半身を濡らしてしまう。

苦痛に泡を吹いているクアットロが、信じられない顔でセッテを見上げている。


「な、何で……私の、シルバーカーテンを――貴方の先天固有技能、では」

「――私のブーメランブレードは、高速回転時は切断能力を有する。バリアブレイク性能を持ち、このバリアブレイクで防御魔法を無効化する。その能力が、"進化"した。
この回転に、『黄金長方形』の軌跡を見出した。愚かな私自身を見直し、美しき世界を見直して、黄金が見えた。陛下が示してくれた、光の道が。

貴女の"世界"を切り裂いたのはブレードの爪ではない――牙。私はこの能力を、"ACT2"と呼んでいる」

「そ、そんな……戦闘機人の能力そのものが、進化するなんて……」


 修道服を着たセッテが物語る風景は、まるで罪人を裁く聖者に見えた。無口な少女が自らの口で、姉の罪を暴き立てる。恐ろしき裁きの場でさえも、神聖を感じさせた。

単なる潜入捜査であった筈なのに、今のセッテは本当に聖職者そのものだった。物静かだが敬虔なあの子は案外、修道女に向いているかもしれない。

静謐な妹の前に、姉二人はガタガタと震え上がっている。魔女の企みに乗って自ら裏切った連中だが、さすがに可哀想に見えた。


セッテはとどめを刺さずに、俺の前に来て最敬礼――どれほど成長しても、この子らしさは変わらない。


「助かったぞ、セッテ」

「……」

「背骨まで断ち切らなくていいから!?」


 背骨を断ち切るので、どうか姉を許して欲しい――恩赦を訴えるセッテの懇願がむしろ恐ろしい。一時期殺すとまで言っていたこの子も、少しは心変わりしたらしい。

妹さんとの不思議な交流で、何か心境の変化があったのだろうか。不思議だとは思わない。かくいう俺も多くの他人と出逢って、心変わりしている。どんな人間でも、出逢えば変わっていく。

ともあれ、これでミヤを除いて仲間達はほぼ取り戻せた。後は、誘拐された人質なのだが――


「――先程の話、本当なんだな?」

「全て、滞り無く」


 ヴィクターお嬢様の救出を行う工作任務を依頼した相手、ドゥーエ。ウーノの手引きにより交渉は成立し、偽装した彼女が救出部隊を手引きしたのである。

当然だがこの潰し合い戦略、潰し合う両者を上手く手引きする事が不可欠。機会を窺うのは勿論のこと、調節や偽装等の特殊な能力を有した工作員が必要となる。ドゥーエこそ最適の人材だった。

ウーノを通じて俺の戦略を知ってドゥーエが歓喜、前々からウーノが説得していた事もあって嬉々として策に乗ってきたのである。

そんな彼女が現場を離れてここに居るということは、救出作戦は無事に決行された。手引きが完了したからこそ、妹であるクアットロに乗る形で知らせに来てくれたのだろう。

ヴィクターお嬢様も、これで救出される。だが――


「――田舎者」

「ああ、最悪だ」


 鐘の鳴る時刻が、来てしまった。


開催を告げる人間は、誰もいない。カリーナ以外に、誰も務められない。神の復活に、遅刻や代替はありえない。威厳や信頼は地の底まで失墜する。

クアットロの謀り事、ドゥーエの渾身の策は、最後の最後で実った。命懸けで、死に物狂いで成し遂げた、成果。強者の彼女達が、まるで弱者の俺のように、必死で戦った結果。

彼女達も成長する、どうしてその事に思い至らなかったのか。結局大層なことを口にしても、自分しか見ていなかったということだろう。悔やまれてならない。



もう、間に合わない――復活祭は、失敗だ。















「……変」

「どうした」


「時間なのに、鐘が鳴らない」










<続く>








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