とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第三十九話




 今回ノエルが出品されるベルカ競売場は、聖地繁栄の象徴ともいうべきオークション会場であった。未曾有のバブル景気を成し遂げた聖地に商売人が駆け込み、欲望の坩堝として誕生させたのだ。

聖女の予言と聖王のゆりかご起動、二つの要素は聖王教会の神の降臨を意味しており、信仰成就が確定となった聖王教はベルカの宗教としてかつてない布教運動が行われている。

布教も加速すれば宗教戦争に発展し、戦争が勃発すれば支配と商売が活性化する。巨万の富が権力を確立させ、確立された権力は象徴を求める。高額な美術品は、強き権力そのものを表現する。

まして"至高の美術品"ともなれば、歴史的遺産である聖遺物と同格の価値を生み出す。その美しさも極まって、オークション会場は歴史上最高の宗教権力者達が集っていた。


となればこのオークション会場の警備を務める勢力もまた、聖地の支配者に相応しき組織であるとも言える。


「珍しい顔ぶれね……聖地の守護者である白旗様ともあろう御方が、まさかオークションに参加されるなんて」

「ちっす」


 紅鴉猟兵団の副団長エテルナ・ランティスと、ノア・コンチェルト。オークション会場に無粋な猟兵武装はしておらず、会場護衛に相応しき服装で検問と警備を行っている。

紅鴉猟兵団を雇ったのは、間違いなく宗教権力者達。彼女達は基本的には戦争屋であるが、戦争を行える戦力を保有していれば著名人が集まるオークション会場を丸ごと守る事が出来る。

今回の骨董美術品オークションは金持ちの道楽であり、一般人が競り落とせるような品はそもそも出品されない。聖王教に相応しくない会場だが、宗教権力者達が望めばこのような娯楽も行えてしまう。

白旗には、警備の依頼なんてこなかった。聖王教会はあくまで黙認するのみ、教会の司祭様と関係があっても、オークション会場にまで手を回してはくれない。民間組織の限界が、ここに出る。

女豹の如きエテルナの揶揄は、言葉のみであれど美しい爪で敵の心を切り裂く。この場において猟兵団は白旗より上、その格の違いを明確に言葉にして見せたのだ。容赦はしないと、言うことだ。


しかし残念ながら嫌味で言ったであろうその言葉を、俺は爽やかに笑って肯定する。


「この度カレドヴルフ・テクニクスの社長に就任いたしまして、ベルカ競売場へのご招待を頂いたのですよ。この通り、推薦状も用意しております」

「っ――本物のようね。カレイドウルフ大商会様の威光を笠に着たことで、美術品コレクターの趣味にでも目覚めたのかしら」

「どれほど美しい美術品でも貴女ほど美しい女性の前には色褪せるでしょうとも、はっはっは」

「まあ、嬉しい。すっかりおべっかもお上手になられたのね、ウフフフフ」


「仲良し、だね」

「剣士さんは、どなたとも親密になれる御方です」


 高級装飾が施された偽造不可能な推薦状を手に、エテルナは肉食獣の微笑みで威圧してくる。虎の威を借っているだけだが、カレイドウルフの威光を持って俺は睨み返す。

同じ護衛である妹さんとノアは二人並んで、見物気分。初対面から相手を意識している様子の二人だが、子供同士の円満な関係ではなく、立ち位置を確保した上での会話に過ぎない。

お互い主からの命令一つで、容赦なく殺し合える。戦える位置取りと手札を用意しての円満な人間関係は、この戦場においてはむしろ正常とさえ言えた。


白旗も知名度は上がっているが、猟兵団は順調に支配権を広げている。焦りはあるが、今日のお相手はこいつらじゃない。武器も携帯しておらず、オークション会場へ入場する。


「――今日は、自分の剣を持って来ていないのね。残念だわ」

「残念……?」


「帯剣していればこの場で殺してでも奪い取れたのに――"荒御魂"を宿した、魔剣を」


「――!?」

「復活祭まで待ってあげる。あの剣を、我々に渡しなさい。世界を、滅ぼしたくないのであれば」



「どうしてあの"狐"を放置しているの、『夜の王女』」

「!……やはり、貴女の――貴女達の正体は」

「復活祭まで待つ。貴女が殺さないのなら、私があの狐を殺す」


 思いの外真剣に、彼女達は自らの真意を吐露して会場警備へ戻った。先程の嫌味や皮肉とは違い、むしろ今度の忠告こそ平手打ちを食らった気分だった。

俺の竹刀に祟り霊である聖王オリヴィエが封印されている事を、奴らは知っている。その上で祟り霊を宿した剣を差し出せと、エテルナは要求してきた。一体何故、分かったのか。

同様の忠告をされた妹さんは俺とは違い、微動だにしない。この子の深き精神は微塵も揺るがず、俺を守るべく在り続けている。孤高であり不変、夜の王女の本質をノアは見抜いていた。


那美と同じ退魔師か、久遠と同じ妖怪か、夜天の人と同じ魔導書か――いずれにしても、紅鴉猟兵団は幽霊や妖怪にも対応出来る武装組織だ。気をつけなければならない。


復活祭の開催は、首脳会談の成功で確定している。オークションが行われるこの日まで俺や三役達が金策に動き、仲間達が懸命に復活祭の開催準備に取り組んでくれた。

このオークションさえ無事に終われば、万事抜かりなく開催出来る段階まで漕ぎ着けている。その仕上げの為、俺の頭脳であるアリサが復活祭準備に動員されているのがやや痛い。

三役やルーテシアは聖王教会と連携して、金の流れを死に物狂いで追っている。どうやら本丸にまで辿り着けたらしく、黒幕を支援するあらゆる全てを壊滅に追いやっている。

ジェイルやウーノ達も黒幕より見事全資金を奪い取り、一旦姿を消している。あの医療施設も撤去しなければならないらしく、治療中のユーリ達や"改造"中の自動人形及び戦闘機人達を移送中だ。

手元に残されているのは莫大な資金と、護衛の妹さんのみ。このオークションは、この俺が自分で攻略しなければならない。



『視野を今こそ世界へ広げ、聖地の成長を経て成熟化――ご来場くださった皆様方に大きなビジネスチャンスをご提供出来るオークションを、今ここに開催いたします!』



 ベルカ競売場で行われる骨董美術品オークションは来場する方も、開催するスタッフたちも全てが一流。庶民であるのは俺一人、ドイツの地でカレンがオーダーした正装を着て望んでいる。

護衛の妹さんもリニスが仕立てたドレス姿、見た目は少女でも女王の気品を持つ王者。堂々たる風格に魅せられて、集った権力者達が誰一人異を唱えようとはしなかった。

むしろ目立ったのは庶民の俺だろう。エテルナも言っていたが、最近カレドヴルフ・テクニクス社長に就任した俺は、誰がどう見ても成り上がり者だ。権力者は、成り上がり者を好まない。

特に、白旗は慈善事業を行う組織。許可品とはいえロストロギア関連まで売買するオークションへの参戦は、単純に印象を悪くする。もしもオークションで敗北すれば、財界の笑い者となるだろう。


俺としても金持ちの道楽には、何の興味もない。狙うのは至高の芸術品であるノエルのみ、あの競売品だけは全額の寄付が決定されている。ノエルの落札のみ、慈善事業の一環となるのだ。


オークションが開催されてもマネー戦争に参加せず、席に座って競売に興じる金持ち共を観察する。今くらいの金額で熱狂する連中は正直度外視に等しいが、顔と名前を覚えておいても損はない。

問題なのは匿名で参加している連中、匿名システムを用いた参加者は一部であり、その一部こそが世界有数の権力者である事を示している。彼らは"ホーリーネーム"で参加している。

聖地で行われているオークション会場でホーリーネームを名乗る、不遜。神をも恐れる所業を許されるのもまた、特権。身分を隠すのも世間体を気にしているというよりは、秘匿特権を愉しんでいる面が強いのだろう。


"フローリアン"、"イクスヴェリア"、"イングヴァルト"、"クロゼルグ"、"ヴァンデイン"、"カウンソウ"――そして、"ナンバーズ"と"CW"。


「剣士さん」

「分かっている――物見遊山気取りか、あいつら」


 "ナンバーズ"は歴史的遺産、"CW"は重要芸術品を買い漁っている。"ナンバーズ"はマネー操作が非常に悪辣な魔女、"CW"は豊富な資金力に物を言わせたカリーナお嬢様なのは明白だった。

眉を顰めるネーミングセンスだが、恐らく参謀を通して参加しているからだ。魔女やお嬢様は参加手続きを自ら進んで行う人間じゃない。クアットロやセレナさんを通じてマネー戦争を繰り広げているのだ。

魔女の奴、資金まで豊富に蓄えていやがるのか。自分と同じだから、腹が立つほどよく分かる。俺だってもし大金があったら、金に物を言わせて文化財を買うだろう。

美術品は大勢で共有して楽しむものだが、骨董品は一人で楽しむのに最適だ。歴史ある品を買うことは、自分自身の歴史を深く刻むことに等しい。価値観の共有に、酔いしれるのだ。

"イクスヴェリア"はロストロギア、"イングヴァルト"は歴史資産品、"クロゼルグ"は魔導品、"ヴァンデイン"は管理外世界出展の変わり種を専門に購入している。

"フローリアン"と"カウンソウ"は、何も購入しない。俺と同じくオークション会場を観察しているのか――あるいは、"何か"を探しているのか。金持ちの道楽かよ、やれやれである。


フローリアン、もしもフロリアンであれば聖人の名前――カウンソウは確か単純に日本語訳すると、"評議会"とかだったな。他もそうだけど、際立って変な名前である。


面白いのは、匿名でありながら誰もが皆ある程度認識している事だ。全員が全員とは言わないが、少なくとも贅沢に散財しているカリーナお嬢様の存在は皆が認識しているだろう。

魔女の存在を把握しているのは、恐らく俺一人だけ。向こうも直接本人が会場へ来ていないだろうが確実に俺を認識しており、視線を強烈に感じた。オークションすら、俺への当て付けに見える。

オークションの場合単なる買い物とは違って、購買者が値段を告げる事で落札出来なくとも己の権威を示せる。これくらいの額を提示できるのだと、自分の資本力を会場中に訴えられるのだ。


その点で見ると、俺は明らかに落第者である。何しろ、何一つ参戦していないのだ。所詮は成り上がり者、高額の品などとても手を出せないのだと侮られてしまっている。


金自体はある、オークションには参加出来る。けれど一品でも手を出せば、その道楽姿があらゆる方面に伝わってしまうだろう。だからエテルナは、参加する俺を心底意外そうにしていたのだ。

誘惑は強烈だった。金があるというだけで、大物になったかのような錯覚を受ける。あくまで錯覚だ、本物の大物達から見れば俺は単なる成り上がり者でしかない。

周囲のそうした嘲笑や誹謗は、庶民にはとてもではないが耐え切れない。場違い感は半端無く、縮こまって死んでしまいたい程の羞恥心を覚える。格の違いはそのまま、人の違いとなりえる。

それでも逃げ出さずに居るのは、この場違い感が既知であるからだ。世界会議は孤立無援の戦場だった、同じ感覚は何度も味わえば多少なりとも慣れてしまうものだ。

ノエルを何としても救うという目的もある、カリーナお嬢様に勝つという意志もある、魔女の企みを打破するという決意もある。王者のように堂々と出来なくても、弱者なりに震えた足で立てる。


宗教権力者達は嘲笑い、匿名の支配者達は見下ろすだけ。俺は逃げ出さずに、立ち続けた。これが自分の戦いなのだと、胸を張って。


「皆様、長らくお待たせいたしました。次元世界のあらゆる芸術や骨董品をこよなく愛する、目の肥えた方々でもご満足頂ける最高の一品。
匿名で我がオークションに出展頂いた、美の結晶。出自、製造過程、そのあらゆる全てが神秘に包まれた品でありながら、我々は胸を張って断言いたしましょう。


これぞ"至高の芸術品"、人形の名は『ノエル』――落札価格は、当オークション最高金額より開始させて頂きます!」


 目を、見張った。あらゆる贅を尽くして、華やかに着飾っている自動人形。ノエル・綺堂・エーアリヒカイトが、至高の芸術品として美しく展示されていた。

魔女が仕上げたのか、オークション側が飾ったのか。息を呑む美しさ、すでに見慣れた容姿であるはずなのに、別次元の華を感じさせた。気安く接していた自分が、信じられなくなる。

賑わっていた会場が静まり返る。芸術品を散々見慣れた亡者共が、舞い降りた天使に平伏している。支配者達でさえも賞賛の一つも出せず、目の色を変えているのが気配で分かった。

ノエルの製造技術は、夜の一族においても謎とされている。オークション側があらゆる角度から調べても出自は判明せず、さりとてノエルの美しさを前に出品せずにはいられなかったのだ。


オークションは最低価格よりスタートするのが基本であるのに、最高価格という異例の開始。それでも誰一人異を唱えず、金額を上乗せしていく。


目ん玉が飛び出る数字が、飛び交っている。マネー戦争という表現は誇張でも何でもなく、宗教権力者達は汗水垂らして自身の最高額を提示していった。

剣よりも、魔法よりも、銃よりも早く、一人、また一人と殺されていく。殺し方は簡単、お金を積めばいい。他人より多く金を積み、山を築いて踏み潰していく。それだけだ。

サラリーマンの生涯賃金を容易く超えて、中小企業を薙ぎ払い、大企業を貶めていく。この場において金は人に与える恵みではない、人を殺す暴力であった。


あらゆる宗教権力者は殺されて、いよいよ支配者層の戦いとなる――"ヴァンデイン"の一声に、権力者の全てが黙らされた。このホーリーネームもまた、彼らを恐怖に陥れる名前となるのか。


続いて声を上げたのは"ナンバーズ"、テレビでも聞いた事のない資産額が提示された。魔女の一興ではなく、クアットロの嘲笑いが聞こえてくるようだった。俺の縮こまりを見て、ニヤついている。

しかし、支配者層も甘くない。"ヴァンデイン"が声を上げ、"ナンバーズ"が主張、"フローリアン"が横槍を入れて、三竦みの攻防と化した。金額はもう兵器と化してしまっている。

その金を少しでも聖地に還元すれば、と思わなくもないが、欲望が加熱してしまうだけだろう。お金が必ずしも弱者を救うとは限らない、一人一人では意味が無いのだ。


恐るべき三者の攻防は、鶴の一声――"CW"の『十倍』に、黙らされた。


『"CW"様より出ました高額価格、他にいらっしゃいませんか!』


 出る筈がない、常軌を逸している。数値で競り合っていたマネー戦争に、額さえ超えて倍の概念で提示されたのだ。道楽どころの話ではない、狂気の沙汰であった。

ご来場の方々は駆逐されてしまったが、疑問の声は出ない。美術品のこうした異例の落札は市場を荒らす事になるので通常批判されるのだが、誰も何も言えなくなっている。

ノエルの美しさに釣り合った金額、上記を逸脱した美。金では買えない美しさは、金額で買える。"CW"、カリーナ・カレイドウルフの美学が今ここに示された。


ならば今こそ、王に問おう――たった一円には何の価値もないのか、奴隷が手を挙げる。



「"CW"のプラス1で、お願いします」



『はあっ!? た、たった1で、ございますか……?』

「ベルカ競売場のオークション規定では一桁額の提示も可能であると、明記されておりましたよね」

『む、無論でございます。オホン、では白旗様よりご提示がございました。他にいらっしゃいませんか!』


 小馬鹿にする者、笑いの種にする者、憤慨する者、当惑する者、罵声を浴びせる者――実に多種多様に、惨めな金の引上げを批判してくる。というか今更だが、俺は白旗で登録されているのか!?

怒涛のように押し寄せるあらゆる批判は――途絶えた。マネー戦争に燃えていた会場内が、無尽蔵の殺意に煮え滾る。魔女の怒りに、"ナンバーズ"の悲鳴が一瞬聞こえてきた。お前が何故怒る。

オークションについては未経験、実のところ今までノエルの入札に参加しなかったのは相場が全く分からなかった点も大きい。正直どれほどの額を言えばいいのか分からなかった。

いきなり全財産を提示するのは愚かの極み、さりとて倍額を提示するのは無謀、金持ちに対して庶民が出来るのは一円単位での追い上げだった。


――この方法を口にした途端、アリサが俺を『他人を無意味に怒らせる天才』だと言っていた。誰一人反対意見が出なかった、何故だ。


『ウッフッフ、随分と小馬鹿にしてくれますの』

『お任せ下さい、お嬢様。このセレナ、お嬢様をからかう事にかけては誰にも負けない自信がございます』

『誰が競えと言いましたの!? ええい――白旗の倍で、いきますわ!』

『おおおおおっ、な、何と、倍額が――!?』


「"CW"のプラス1で、お願いします」


『い、田舎者の分際で、よくも! 今白旗が提示した額の、更に倍で!』

「"CW"のプラス1で、お願いします」


 凄いものだ、馬鹿にしていた声が驚嘆の声に染められてしまった。一円単位の釣り上げではあるが、既に積み上げられた金額の高さが最高峰クラスにまでなってしまっている。

たった1でも、エベレスト山の頂上に積めば誰だってその高さにまず驚く。1を手に入れるのは誰でも出来るが、エベレスト山の頂上に積める人間は限られている。

魔女に怯えていたクアットロの悲鳴は、別の意味で変質してしまう。宗教権力者は固唾を呑み、支配者層は唖然とした様子で世界的マネー戦争の目撃者となってしまった。


"フローリアン"、"イクスヴェリア"、"イングヴァルト"、"クロゼルグ"、"ヴァンデイン"、"ナンバーズ"、"カウンソウ"――支配者層が、"CW"の動向に注目する。


『――よろしい、この"CW"と遊ぶ最低限の金額は用意出来たようですの。多少なりとも、認めて差し上げましょう』

「……」

『田舎者らしく、よく足掻いたものですの。一応言っておきますが、感心はしてますのよ? ただ、金の取り扱い方がまるでなっていませんの。
実に丁寧に、丁重に、それでいて大胆に。お前が金を何処から用意したのか、我が社は全て調べ尽くしておりますの』

「何だとっ!?」


 目を剥いて上を見上げるが、真上から落ちてくるのは高笑いのみ。金は単に積めばいいものではないのだと、絶対の王者が小馬鹿にしていた。

セレナさんか、それともカリーナお嬢様本人が調べ上げたのか。敵は、本気だった。カレイドウルフ大商会の全てを駆使して、大金の流れを根元から追っていたのだ。

庶民のむなしい抵抗を踏み躙るかのように、カリーナ・カレイドウルフは勝利を宣言する。


『白旗の十倍で、お願いしますの』

『じゅ、じゅじゅ、十倍ぃぃぃぃぃぃ!? 十倍です、更に十倍での入札です、これはもう他にはおりませんね!?』


 更に強欲に、桁を釣り上げた。最高額の更に上を行く数字、俺達白旗の天井を知らなければありえない価格が提示されてしまった。本当に、読み切っていたのだ。

ミッドチルダ有数の企業、カレイドウルフ大商会、カリーナ・カレイドウルフは恐るべき敵であった。財界の頂点に君臨する魔物、次元世界中に流れる金の動きを完璧に把握している。

オークション側の最終確認は、もはや決定事項に等しい。当然だ、ここまで来ればもう問答無用で落札だろう。次元世界が傾く金は、世界を滅ぼす大量破壊兵器そのものであった。

一体何処から俺達の金の流れを掴んだのか、推測するのさえ野暮に等しい。カリーナ・カレイドウルフには可能、そう思わせられる絶対性があった。為す術もない。



見事だ――アリサがブラフで用意した、『関連企業の支援額』を見破るなんて。



「"CW"のプラス1で、お願いします」


『……は?』

『……へ?』


「"CW"のプラス1で、お願いします」

『えっ――えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?』


 いやー、冷汗をかいたぞ。本当に見破られたのかと、一瞬焦ってしまったではないか。十倍くらいなら、まだ十分競り合うことが出来る。

どういう黒幕なのか結局教えてもらえなかったが、ジェイル・スカリエッティが分捕った金は桁数を数えるのも馬鹿らしい額であった。全額奪いとったらしく、ジェイルは延々と高笑いだった。

三役や教会とは良心と法の帳尻を合わせるべく連日連夜話しあい、ルーテシアは胃痛と頭痛で涙しながらクイントに電話で愚痴っていた。いつか脊髄を殴られそうで、非常に怖い。

弱者は大金を掴むと大物と錯覚しがちだが、限度を超えると逆に萎縮してしまうようだ。国家予算を超える金を貰っても、現実感が無さ過ぎて逆に怖くなっていた。


カリーナ・カレイドウルフは声を震わせて、叫んだ。


『お、お前、分かっていますの!? オークションで提示した以上、払わなければ法に問われますのよ!』

「こんな腹黒いオークションに法も何もあったものではないですが、ちゃんと払えますよ」

『う、嘘ですの! お前にそこまでの大金を用意できるはずがありませんの!?』

「今こうして、用意しております。カリーナ・カレイドウルフお嬢様――貴女を倒せる、金額を」

『!?』


「一銭を笑う者は一銭に泣く、私の"田舎"の教えです。私は貴女を桁では超えられませんが、額では上乗せできますよ。幾らでも積みましょう、たった一つでも超えれば私の勝ちです」


『無礼者め……このカレイドウルフを相手に、競り合おうと言うのですの!?』

「競り合うのではありません。私は田舎者で貴女は富豪、客である私は貴女に払い続けるだけだ――全てを」

『――ひっ!?』


「"CW"のプラス1、です。いかがされますか、カリーナ・"カレイドウルフ"」


 お前は敵なのだと、俺は呼び捨てる。俺の本気を悟って、カリーナはこの時初めて気弱な声を漏らした。俺は彼女を知っているが、彼女は俺を知らなかった。

彼女は俺を調べ尽くしても分からなかったと言っていたが、それ以前に彼女は俺を把握していないと確信していた。この人は戦えるが、戦い続けることは出来ない。

金を使えるが、金を使い切るのはきっと無理だろう。何故ならこの人は、俺とは真逆の人間なのだから。


成功し続けてきた人間には――失敗は、決して出来ない。


『……降りますの』

『! よ、よろしいのですか、"CW"様!?』

『お前はいつから、"CW"の決定に疑問を唱えられる身分になったのですか!? このカリーナに逆らってもいいのは世界で唯一人、"良介"だけですの、フンッ!』

『し、失礼致しました! では至高の芸術品『ノエル』は、白旗様の落札とさせて頂きます!』


「いえ、またオークションは終わっておりませんよ」


『は、はあ……?』

「今積んだ額の、更に十倍を提示します」

『は、はあああああああああああああああああああああああああああ!?』


 ちゃんと、立ち上がる。人を見下さず、そして見上げることもなく――会場の人々を同じ視点で見つめて、俺は訴えかける。


「私は本日持って来たお金の全てを使い切り、このノエルに捧げる事を明言します。このお金は匿名希望者の意向により寄付され、聖地の隅々まで渡り、救っていく事となるでしょう。
巡りに巡って、やがて皆様の手にも私の金は届くでしょう。そのお金は聖地への寄付であり、皆様の利益であります。私は自分が出した今日の金は、明日皆様が生かして下さると確信しています。

共に、この聖地を大いに発展させていきましょう――神が舞い降りる、その日まで!」



 一瞬、静まり返った後――"ナンバーズ"からの、拍手。不思議と、魔女が優しい微笑みを浮かべて自ら拍手している姿が脳裏に浮かんだ。落胆も興奮もなく、その全てを祝福するように。

"イクスヴェリア"が呼応するように素直な拍手、"イングヴァルト"が盛大に続き、"ヴァンデイン"はお世辞かどうかは分からないがスマートな賞賛を送ってくれた。

"クロゼルグ"と"フローリアン"は俺の言葉を噛みしめるように吟味し――"カウンソウ"だけが、俺が提示した最高額に仰天しているようだった。


"CW"――カリーナ・カレイドウルフは匿名システムを解除して、正々堂々と拍手。傍に控えるセレナさんはいつも通りの微笑み、この結果さえも予測していたかのように。


世界最高峰の支配者層からの賛同を受け、宗教権力者達は落札した俺を今度こそ心から祝福してくれた。もしも途中でオークションに手を出していたら、この結果はありえなかった。

大きな拍手を受けて俺は手を上げて喜びを表現するが、内心精神的消耗に疲れ果てていた。孤立無援の戦い、大金を使いたいという欲望に何とか勝てた。ギリギリの戦い、自分との壮絶な戦いだった。

宗教権力者という敵に対し俺は剣で切りつけず、言葉を持って和平を促した。返されたのは言葉の槍ではなく、こうした盛大な拍手による祝福であった。

庶民の金の使い道とは、商売人へ金を払うだけである。お客様が満足し商売人が喜ぶ、それでいい。敵だからといって、駆逐する必要は必ずしもないのだ。勝つというのは倒す事とイコールではない。


共に栄えようとする、商売同盟――宗教権力者全員との人間関係を築き上げて、復活祭が盛大に開催される。










<続く>








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