とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第三十八話




 オークションの起源はそもそも紀元前500年頃、バビロニアで妻を得るために開催された事が始まりらしい。器量の良い少女が競りに出されて、男達の結婚の対象となったのだ。

ノエル・綺堂・エーアリヒカイト、至高の芸術品。異世界ミッドチルダの長い歴史の中でも類を見ない美の人形は話題となっており、財界や政界の権力者達がこぞって買い手の名乗りを上げている。

ローマ帝国時代には、戦利品や捕虜などもオークションに掛けられていた。こうした骨董美術品オークションも言わば権力闘争であり、金の品位と風格を問う戦争なのである。

至高の芸術品を手に入れるべく、俺達白旗もまた"持参金"を用意しなければならない。


「ノエルがオークションに売り飛ばされた!?」

「残念ながら確定事項だ。セレナさんが見せてくれたオークションの競売リストの中に、見事にノエルが載せられていた」

「異世界に来てまでノエルがこんな目に遭うなんて……あっ、別に侍君を責めているんじゃないよ!? 安次郎を一族から追放してくれた侍君には、感謝しているもの。愛してる!」

「はいはい、余計なフォローはいいから金策を練ろうね」


 月村安次郎とカリーナ・カレイドウルフでは、次元が違う。安次郎は権力者と実力者に翻弄されて自滅したが、カリーナお嬢様は実力者であり権力者そのものだ。使われる人間と、使う人間の差。

成金と富裕者では資金力以前に、富裕層としての格式の差が存在する。家柄に生じる名誉は大金を積んでも得られず、血と権威を長きに渡って高めるしかない。カリーナお嬢様はその頂点に君臨する。

匿名での参戦を宣言していたが、暗黙の了解にすぎない。匿名であろうと、権力者達はカレイドウルフの存在を強く認識するだろう。財界の王の君臨に、場は沸騰してしまう。

カレイドウルフと宗教権力者達の列強諸国を相手に、白旗は単身で挑まなければならない。


「オークションのお話、わたしもお聞きしております。お客様には大変申し訳ありませんが、当日はカリーナお嬢様に同行させて頂く予定なんです」

「宿屋の女将が、どうしてオークションに?」

「オークション会場にホテルが利用されるケースもあるんですよ。わたしもホテル経営を勉強する一貫として、見学するつもりです」

「もしもアグスタが高級ホテルにでもなったら、盛大なオークションが行われるかもしれないのか。その時は高級品を横流ししてくれ」

「不正じゃないですか!? 高級スイートを無料で用意しますから、是非参加して楽しんで下さいよ!」


 マイアの夢のある話に、場の緊張が少々緩んだ。マイアの同行まで許すとは、カリーナお嬢様はよほどこの子を気に入ったようである。宿の女将から、ホテルの総支配人になるのも夢ではないな。

スパイさせる事も一瞬考えなくもなかったのだが、彼女の夢を間違いなく潰す結果となるだろう。自分の邪な考えを即座に自重して、彼女の夢を心から応援しておいた。

彼女と夢を語っている間に、白旗の主なメンバーが揃う。白旗の仲間の一大事であり、宗教権力者との権力闘争にカレイドウルフとの経済戦争。白旗の重鎮が勢揃いで対策を練らなければならない。

今回は聖王の復活祭とベルカ自治領の治安問題でもあるので、白旗の教会関係者にも話を伺わなければならない。俺との関係が悪化した聖女様はお招きできず、セッテに代理出席して貰っている。

入院中の彼らは病院側に無理を言って空間モニターで参加、どういう訳かセッテの隣に娼婦が参席している。聖女様の立ち位置に、お前が座るなよ。


お集まり頂いた皆さんに改めてノエルの正体と、オークション開催の事を告げる。彼らはローゼというプラン対象を知っているので、説明に不自由はなかった。


『精巧に製造された美しい自動人形、と見るのであれば芸術品として扱われるのは無理もないね。僕も初めてお会いした時、ノエルさんには見惚れたものさ』

『冗談を言っている場合ではありませんよ、ロッサ。電力が失われているのであれば、ノエルさんは今無抵抗の状態。どういう扱いを受けているのか、同じ女性としても気掛かりです』

『オークションの目玉になっているんだ、その点は問題無いだろう。そこらの人間様よりも、実に丁重にもてなされているさね。傷一つでもつければ、至高にはなり得ない。
……こんな事気休めにもならないかもしれないけど身の安全は今のところ保証されているよ、忍ちゃん』

「気遣って下さってありがとうございます、ミゼットさん。私は大丈夫です、侍君がきっと助けてくれると信じていますから」


 酷い霊障を受けたヴェロッサやシスターシャッハも顔色が良くなり、老齢のミゼット女史も病院食を元気に食べている。復活祭開催の当日には、退院出来るようだ。

事情を知った彼らは自分の動揺よりもまず、忍やノエルを心配してくれた。ミゼット女史は勿論だが、同年代であろうシャッハやヴェロッサの大人の気遣いには感心させられる。

対して俺は、金策に喘ぐばかりなのだ。こうした大人の余裕も見せられるくらいには、自分の器を広げなければならない。大人になるのは、本当に難しい。


こうしたオークションに関連する法に詳しい、レオーネ氏やラルゴ老も御自分の見識を語ってくれた。


「財界人が参加するこうしたオークションでは、取引許可の出ているロストロギアも出品される。その分規制や鑑定は非常に厳しいのだが、出自不明な品も芸術的価値が高ければ取り上げられる。
ノエル君は言い方は悪いが『盗品』に該当する。管理局が手を回せなくもないのだが、今回の場合多くの著名人の目に止まってしまった事が災いとなっている。

宮本君の多くの実績により聖地における管理局の干渉力も強まりつつはあるのだが、それでも聖地における宗教権力者の力は非常に強い。ノエル君の回収には、あらゆる立場から妨害が入るだろう」

「残念ながら、オークションの取扱品の中には許可の出ていないロストロギアが密輸品として紛れているケースが有るのじゃ。それほどまでに、見極めというのが難しい。
万が一ノエル君が立場ある人間に渡ってしまった場合、法によって取り戻すのは困難と言わざるを得ないだろう。このような事、儂らの立場で言うべきではないのだが」

「カレイドウルフが出席している時点で、予測はついていた事です。誠意を見せて下さったお二人には、感謝しております」


 魔女とクアットロめ、ベルカ自治領で開催されるオークションに出品したのは法の介入を防ぐ為でもあったのか。クアットロは三役の存在を知っている、邪魔立てされるのをあらかじめ防いだ。

オークション側に問い合わせてみたのだが、出品者の意向で入札された金の寄付は既に決定されていた。ゆりかご起動による被災と聖地動乱の戦災救済、復活祭開催の支援に使われる。

あいつらが慈善活動なんぞ行う筈がない。目的はあくまで金ではなく俺、オークションの結果ではなく経過を鑑賞したい。舞台を整えるのが目的そのもので、カレイドウルフが便乗したに過ぎない。


カレイドウルフを倒し、宗教権力者達を黙らせて、魔女やクアットロに認めさせる。その為には、オークションでノエルを競り落とさなければならない。


『私がせ、聖女様にお願いして、オークションを中止するように呼びかけてもらいます!』

「そんな事まで聖女様に頼めるのか、お前!? 立場を利用した個人干渉になって、聖女の品位を貶めてしまうぞ!」

『せ、聖女様の品位なんかよりも、ご主人様のお仲間の方が大切です!』

「お前個人の見解じゃねえか、それ。肝心の聖女様の意見じゃないと駄目だ」

『では、すぐにお呼び立ていたします!』

「お前は一体どういう立場なんだよ!? こらこら、立つな、走るな。セッテ、やれ」

『はい』

「うきゃー!?」


 さすがに世話役としての立場を慮って、セッテはブーメランではなく手に持っていた漫画を回転させて娼婦の脊髄を痛打した――何で、回転させたの!?


単行本の綺麗な回転が突き刺さって、娼婦が転げまわっている。その光景を見ていた妹さんが満足気に頷き、セッテが頭を下げる。君達の謎の人間関係が非常に怖いよ。

セッテは威力を確かめた上で、回転させた漫画と自分の爪をどういう訳か見比べている。まさか自分の爪まで回転させるつもりだろうか、ちびっ子の考える武器は理解できない。

ともあれ娼婦の暴走を止めたところで、話を続ける。聖地の治安維持を日頃行っていたルーラーは、オークションにもある程度精通していた。


『今回開催されるオークションはベルカ自治領で名を馳せた方々も多く出席されており、過去に不正も発生しまして我々騎士団も調べを行っておりました。
一般的に物品に支払われる対価を購入希望者間で競うという形で行われる形式で、ファーストプライス・オークションとなっております』

「ファーストプライス……?」

「最終的に最も高い価格で入札した買い手に販売され、支払額も最も高い価格に設定される形態。あんたの想像しているオークション形式よ」


 ルーラーの明瞭な説明に、アリサが補足してくれた。俺は正直このオークション形式しか知らないのだが、本来オークションには幾つかの形式があるらしい。競い合いにも、やり方がある。

アリサの話だと16世紀前半に今のオークションがイギリスで開催され、17世紀には頻繁に開催されるようになったそうだ。18世紀にはアメリカ、18世紀後半にはヨーロッパ全土へと広がっている。

基本的に販売目的で出された物品を、最も良い購入条件を提示した入札希望者に売却。参席した買い手が提示できる購入条件を競わせる勝負こそが、オークションの醍醐味だ。

至高の芸術品の為に、宗教権力者達が非常識な買値を提示し始めている。カレイドウルフのカリーナお嬢様は珍種好き、想像を絶する金額を用意するだろう。


「多くの著名人が参席するオークションともなれば、金額の高さが権威を示す証そのものとなるのよ。至高の芸術品とまで呼ばれているノエルを保有することが、この聖地の最高権威そのもの。
カレドヴルフ・テクニクス社長に就任した良介は今、注目株。彼女を迎える事が出来れば良介の考え通り、現在猟兵団や傭兵団を囲う宗教権力者達を大人しくさせる事が出来るわね」

「ようするに、札束で叩いて相手を威圧するのでしょう。白旗の理念に沿っているとは思えませんね、自動人形とはいえ人身売買と受け取られかねませんよ」

「芸術品として飾り立てしてしまえば奇異な目で見られるでしょうけど、あたし達はノエルさんを隠し立てするつもりは一切ないわ。
ノエルさんを取り戻す事が出来れば、復活祭を大いに手伝ってもらいましょう。ノエルさんは子供達にも好かれやすいから平和の象徴となれるわよ、リーゼアリアさん」

「戦災の天使と名高いローゼさんに続き、ノエルさんまで復活祭の華とするつもりですか。人権活動家になるのでしたら然るべき団体を推薦しますよ、アリサさん」


 ――おや? こいつら二人、ほんの少しだけど親しげに見えるぞ。睨み合いは相変わらずだが、負の感情はまるで感じられない。それぞれの立場から、正当に訴えている。


教会代理人となったグレアムは立場上出席をお断りしたのだが、リーゼアリアは秘書官なのでそのまま参席させた。彼女はその時驚いた顔を見せ、結局アリサと席を並べている。

首脳会談の後俺への敵意は、疑惑に変わっている。正体を掴みかねているのが、正直なところだろう。その点、アリサとは関係を改善しつつあるようだ。何があったのか知らないが羨ましい限りだ。


状況確認を終えて、ジェイル・スカリエッティの懐刀であるウーノが意見を投げかける。


『オークションでは様々な条件が売り手側から提示される場合もあり、条件競売という形態であれば提示された条件を満たす事で売り買いが成立するケースも有ります。
金銭の競い合いでは恐れながら陛下には到底勝ち目はございません。ここは一つ、条件競売になるよう働きかけてみるべきでは?』

「あの……折角オークションが開催されるのですから、わたし達から何か品を出して取引するのはどうでしょう」

「……悪くはないけど何か出せそうなものはあるの、ナミ?」

「え、えーと、わたし達の世界にはあって、この世界にはないものを――」

「管理外世界の品を持ち込むにはオークション以外にも、管理局の検品が必要。高価な品だと、時間がかかる」


 ウーノの説明に那美が提案を出してはみるが、捜査官のルーテシアに難点を指摘される。実のところ同じ庶民である俺も、那美と同様の提案を考えてはいたのだ。

カリーナお嬢様は珍種好き、管理外世界である地球の珍しい品を持って取引を行う手段。良い発想だと思えたのだが、そうは問屋が卸さない。入国審査同様、物品も当然品定めされる。

無理もない話だ、検品もなく持ち込めるのであれば危険物だって簡単に手に入れられる。商売であるならば尚の事、出自や中身には厳しくもある。

安全かつ珍種となるとそれなりに見極めが厳しくなり、選出するのも難しい。そもそも文化や価値観こそ違えど、多様性という面で見れば異世界の方が広がっている。次元世界は地球より広大だ。


悩める一同に、アギトが手を上げた。


「アタシをオークションに出せ」

「駄目。アギトちゃんはプラン対象の一つ、オークションになんて出せない」

「あのお嬢様、最初はアタシとチビスケを狙っていたんだ。アタシを取引材料にすれば、あのお姉さんを取り戻せる。そうしろ」

「認められない。そもそも君は此度の事件における被害者に等しい、今では捜査にも協力的だ。君を封印など最初からさせるつもりはないよ、我々は」

「だったら、アタシは自由だ。何をどうされようと、アタシの勝手だろう。アタシがそうしろって言っているんだ。リョウスケ、決断しろ。
なーに、隙を見てトンズラするさ。アタシは大人しく飼われるタマじゃねえよ」


 何言っているんだ、この馬鹿。たとえそうだったとしても、俺達の元へ戻ってこれなくなる。カリーナお嬢様は真っ先に此処を疑うだろう、聖地に逃げ場は何処にもない。

カリーナお嬢様相手に逃げきれるかどうかも、怪しいところだ。あのお嬢様は底知れない。一度手に入れた芸術品を、そう簡単に手放さないだろう。俺との取引結果であれば、尚更に。

白旗に参席する面々に、愚者などいない。誰もが皆アギトの提案に賛同できず、さりとて否定できずにいる。取引材料になってもアギトの命運までは左右しない、だからこそ迷っている。


色んな提案が出されたが、カレイドウルフ攻略に繋がらない。アギトの提案が一番現実的に見える、だから決断を俺に求めている。


多分三役やアリサには、資金源の当てはあると思う。彼らが提案しないのは彼らほどの立場が動けば、カレイドウルフに目をつけられるからだ。資金の動きを見透かされるだろう。

巨万の富を用意出来たとしても、資金源の底を見られてしまえば意味が無い。カレイドウルフを威圧するほどの大金となると、彼らの立場まで揺さぶってしまう。経済界は大きく乱れるだろう。

金とはそれほどの力がある。世界を動かす魔力そのもの、金は人の命よりも重い。平和を望む彼らが、平穏を乱す金を容易く用意できる筈がない。アリサも理解しているから、口が硬くなる。



となると、庶民の俺が何とかするしかないのだが――本当にいいのかな、この提案。今回ばかりはちょっと、自信がなかった。



「アギト。お前の提案は嬉しいが、気持ちだけ受け取っておく」

「ちっ、お前ならそう言うと思ってたけど、今はあのお姉さんの事を第一に考えろよ。アタシを差し出す以外、金の当てはねえんだろう」

「あるよ」

「あるってお前……何処に?」



「戦闘機人やガジェットドローンなんて兵器を作れる金があるんだ。お前の黒幕に研究資金の名目で全額出してもらおうぜ、ジェイル」

「ファッ!?」



 なんちゅう声を上げているんだ、てめえ! 冷静沈着かつ怜悧冷徹な犯罪者が、思いっきり仰け反っている。邪悪な博士の醜態に、ウーノまで目を見張っていた。

俺の提案の意味に気づいて、アリサが髪の毛を掻き毟っている。すいません、本当にすいません。この方法しか思いつかなかったんです、許してください。

ジェイル・スカリエッティは立ち上がり、苦渋に表情を歪めて震え声で問いかける。


「……私の聞き違いだろうか。今君から、私の元スポンサーに資金提供を依頼するように求められた気がするのだが」

「そう言っているじゃないか。正体は教えてもらえなかったが、察するに管理局方面の結構なお偉いさんなんだろう。金をがっぽり出してもらおうぜ」

「犯罪者撲滅パーンチ」

「あいたっ!? 何するんだ、ルーテシア!」

「犯罪だから。もう一回言うけど、犯罪だから」


 少女ゴシックを大いに取り乱して、ルーテシアは俺に詰め寄る。細くて綺麗な指が肩に食い込んで、とても痛い。麗しき美貌を怒りに染めて、俺の膝に乗っかって詰め寄る。

三役も恐ろしい形相で睨みつけている。やはり怒りますか、そうですか。分かっている、異世界とか関係なく立派な犯罪だろう。公式上で、あれば。

犯罪に公式も非公式もあったものではないが、犯罪者なりの言い訳を述べておく。


「あんたらが教えてくれないから事情はよく分からんけど、ジェイルから黒幕の正体を聞いても動けていない理由は――法の組織に関わる、社会的重要性の高い人間なんだろう」

「だったら、何? 君が犯罪をそそのかす理由にならない」

「あんたらが動けない間に、あいつらは動くぞ。ジェイルを失って研究は停滞しているだろうが、絶対諦めない。あらゆる手段を用い、莫大な資金を用意して再び動き出すだろうな。
連中の資金を残らず掻っ攫えば、連中は動けなくなる。兵器製造を行える莫大な額が動くと事前に分かっていれば、金の流れを追って犯罪の証拠も掴める。

連中の動きを止めて、連中を追って捕まえる機会と猶予が手に入れられるぞ」

「――!」

「思い留まるな、ルーテシア君。君も何を言っているんだ、宮本君!? 法に背く犯罪者達を違法捜査で追えば、我々の大義と名目はどうなる!」

「博士が黒幕から新たに資金提供を受けるだけですよ、レオーネ氏。彼は既に犯罪者であり、余罪の積み重ねにもならないでしょう。提供された資金を、こちらは兵器利用するつもりはないのですから」

『何を言っているの!? オークションになんて出せば同じことでしょう!』

「ノエルの購入額は全て寄付されます。被災及び戦災、そして復活祭への寄付は、聖王教会管理下となります。教会と管理局、両組織と強い繋がりを持つ我々と捜査協力関係を事前に結ぶのです。
資金の浄化にはならないでしょうが、積み立てられた資金は捜査対象となります。その上で司法上の取引を行い、宗教上の観点から資金を寄付として扱います。

時空管理局と聖王教会、人の法と神の法を上手く噛み合わせれば、その捜査協力は実現出来ます。我々だけでは不可能ですが、皆さんの御協力があれば不可能ではない」

「……」


 カレイドウルフのカリーナお嬢様が俺を認めてくださった唯一の美点、人間関係。時空管理局と聖王教会、ミッドチルダとベルカ自治領の連携により実現する、世界規模の巨大な捜査網。

黒幕より運び出された資金をあらゆる方面へと流していき、金の動向を追い、黒幕を巻き込んで一網打尽にする。黒幕を支える支援者達、聖地を脅かす宗教権力者、その全てを捕らえる。

俺個人のみならず、捜査官のルーテシアでも手に負えない。クロノ達やゼスト隊長達の協力があっても難しい、壮大な捕物劇。

だが、この人達ならば行える。三役に司祭、そしてジェイル・スカリエッティ。司法に宗教、犯人まで揃えた、この面々が協力することで。


『し、しかし、陛下! 我々は既に彼らと袂を分かち、聖王のゆりかごも放棄致しました。到底、資金提供など呼びかけられません!』

「どういう企みがあったのか知らないが、どうあれ聖王のゆりかごは"起動"したんだぞ」

「! なるほど、ゆりかご起動を理由とすれば彼ら相手でも言い訳は立つ。現在ゆりかごは聖王教会の手にあるが、戦闘機人の性能実験を名目としたゆりかご略奪作戦を仮提案すれば可能だ。
何も言わず黙って姿を消したのだ、どうとでも言える。妄想に満ちた"脳みそ"連中を騙すことくらい簡単だ。ふふふふふ、こいつはいい意趣返しとなりそうだ!」

『博士まで何を嬉しそうに便乗しているのですか! だ、第一、彼らが資金の全てを提供する暴挙になぞ出るはずが!?』

「どうせもう、黒幕を支援する連中までは掴んでいるんだろう。肝心の連中の資金源については――」

「――君の"能力"であれば提供された資金の流れを追えば容易く辿り着けるだろう、ウーノ。かまわん、あらゆる口座を全て空にしたまえ、ふふふふふ」

『いやぁぁぁぁー!? 神様、助けてー!』


 ウーノが画面の向こう側で頭を抱え出した、アリサもそうだけど参謀というのは苦労させられるものらしい。俺の場合、頭脳役もアリサに頼ってばかりなので申し訳ない。

それにしても戦闘機人の性能実験を理由とした作戦か、もしかしたら心変わりしていなければジェイルは本当に実行していたかもしれない。ゆりかごではなく、別の敵を標的にして。

俺のおかげで、更生したと自惚れるつもりはない。何しろ今こいつにやらせようとしているのは、捜査を大義名分とした犯罪である。胸なんて当然張れない。


俺には否定的な立場であるルーラーも、難しい顔を崩さない。教会組とは、ジェイル達のことも既に共有している。清廉潔白な聖騎士には、到底頷ける話ではないだろう。


『悪を根本から断つという剣士殿の強い御志は御立派ですが、この捜査にはやはり大きな問題があると思われます。
確かに剣士殿の人脈であればこそ、巨大な悪を成敗する包囲網は構築されるでしょう。しかしながらこの包囲網は成功が大前提であり、万が一失敗すればあらゆる責任問題に発展します。

剣士殿の威光に陰りが生じるのではないかと、未熟者ながら強い懸念を抱いております』

「威光も何も、ノエルをもし落札出来なければ資金の流れは停滞してしまい、捜査の全てはご破産だ。その時はこのリーゼアリアが、首謀者である俺を逮捕する手筈だ」


「……は?」


 ルーラーどころか、突然指名されたリーゼアリアまで唖然としている。こいつ、何故俺がこの席にグレアムを呼んでいないのか、理解していなかったのか。

正式な教会関係者ではなく教会代理人にすぎないというだけの理由で、名目上の白旗協力者を呼び付けない訳がないだろう。グレアムは三役に意見していたのだ、名誉顧問の職は伊達ではない。

あの男であれば万が一三役が俺を庇おうとしても臆さず、俺を捕まえてくれる。俺は敵としてあいつと、このリーゼアリアの正義を信頼している。


「今の話を全て聞いていたな、リーゼアリア秘書官。お前は俺を止めようとしたが、俺が三役や教会関係者を強引に説得して、両組織を動かして金を動かそうとした。
グレアムはレティ提督と同じく監査も務めていたよな、捜査が失敗すればあいつに通報して俺を捕まえろ。いいな」

「――!? 貴方は……しかし!」

「お前の役割を忘れるなよ、リーゼアリア秘書官。お前は、俺の監視役だ。俺がもし失敗したのなら、絶対に見逃すな」

「そ、その覚悟があるのなら、こんな無茶苦茶なやり方をしなくてもいいでしょう!? アリサさんや皆さんと協力して、資金を――」


「俺は宗教権力者達を侮っていない。彼らをこの機に打倒しない限り、あらゆる手段を講じて妨害に出るだろう。民を食い物にするあの連中を、断じて許してはならない。
猟兵団の支配に傭兵団の横暴、聖地の荒廃は加速的に進んでしまっている。黒幕と同じく、こいつらの支援を根本から断つ必要がある。宗教権力者は何としても、黙らせる。
それにカリーナお嬢様を経済で倒すには、常識を覆すやり方でなければ打倒出来ない。彼女を超えない限り、ノエルは救えないんだ。

――御三方、それにルーテシア。あんた達だって同じだ。ジェイルの証言だけで黒幕を打倒できるのなら、あなた方なら立場さえ顧みずに実行に移している筈だ」

「良介君、君の言いたい事はよく分かる。けれど、世の中には相応の手続きというものがあるんじゃ」

「分かっています。俺も今この場で、あなた方に決断を強制するつもりはありません。聖王教会を動かすには司祭様の協力と、聖女様の口添えも必要となるでしょう。
もしも両者を説得して協力まで漕ぎ着ける事が出来れば、俺の提案を受け入れて頂きたい。お三方の御力と、この事件の捜査官であるルーテシア捜査官の協力がどうしても必要なんです。
全ての責任は、俺が取ります。今の俺にはミッドチルダの社会的立場があり、責任を果たせる。ノエルを救えなければリーゼアリアを通じて、グレアムに俺を逮捕させて下さい。

時空管理局の重鎮かつ聖王教会代理人を務める彼であれば、時空管理局と聖王教会の名誉を守るべく、清濁併せ呑み俺一人を盛大に断罪してくれるでしょう」


「……事が発覚すれば、私のスポンサーも怒り狂うだろうね。御三方とルーテシア捜査官の立場はなんとしても守り、君は何が何でも抹殺するだろう」


 ジェイルの静かな補足はこの場の緊張を何よりも高め、この場のあらゆる者達の表情を悲痛に歪めた。黒幕とは、それほどまでの権力を持っているようだ。

時空管理局、聖王教会、聖女様、聖騎士、司祭様、御三方、事件捜査官、そして事件の実行犯に黒幕。全ての役者が舞台に上がっているから成り立つ脚本を、俺は書いたのだ。

人間関係とは本当に、恐るべきものだ。誰かが欠けていたら、ノエルを救う可能性は無かった。全ての者達と繋がっているからこそ、両組織を巻き込んだ巨大な捜査網を構築出来るのだ。

ジェイルが心変わりしなければ、大勢の人間が人体実験をされていた。ゆりかごも、兵器として扱われていたかもしれない。黒幕は、絶対に見逃してはならないのだ。


「まあ、あれこれ言いましたけど、要はジェイルが黒幕に開発資金の名目で金を出させるだけです。元々資金提供は受けていた、その額が少し増えるだけです」

『容赦なく毟り取れと言ったその口でぬけぬけとよく言うよ、全く……どうするんだい。この坊やは、本気だよ』

「司祭様との打ち合わせ次第だが――彼であれば、説得するだろうな」

「聖女殿はもはや言わずもがなじゃろう、良介君に言われれば二つ返事で引き受けるじゃろうよ、ほっほっほ」


 えっ、なんで? 言っておくけどこの作戦、一番難しいのはそこだよ。俺を嫌っている聖女様にどうやってこんな危険な捜査の協力を仰ぐのか、一番の難所なんだよ。


ラルゴ老の朗らかな笑い声に、娼婦は明るい調子で何度も頷いている。あいつはいつも楽観的でいいよな、たく……聖女様のお気持ちを、少しは考えてもらいたいものだ。

リーゼアリアは今も顔を青褪めて、唇を震わせている。こいつもこいつで、よく分からない。


「リーゼアリア、お前は自分の正義を信じればいい」

「……私の、正義?」

「俺は間違えていると、お前は言ったじゃないか。俺が失敗すれば、お前の言葉は正しくなる。胸を張って、逮捕すればいい」

「……」


「お前はいつも、正しい人間じゃないか」

「っ――もう、やめてください!」


 俺を突き飛ばして、リーゼアリアは出て行ってしまった。あいつ、まさか泣いていたのか……? どうしてだ、あいつはいつだって正しいやり方を望んでいたはずなのに。

茫然自失となる中で、アリサ一人が悲しげな表情でリーゼアリアを見送っている。だがそれも一瞬で、アリサは手を挙げて意見した。


「カレドヴルフ・テクニクス社は今、世界中の企業から問い合わせを受けている。資金援助や開発支援の呼びかけも多いし、彼らに協力を求めるフリをしましょう」

「求める……フリ?」

「突然大金が降ってわいたら、カリーナお嬢様だって怪訝に思うでしょう。援助を求めている動きを見せれば、オークションへの資金稼ぎだと誤認させられる。
実際企業提携や財界支援は必要に今後なってくるでしょうけど、今は援助を受ける体裁を見せればいい。もしお金を受け取ってもオークションに使わず、企業運営に割り当てればいいもの」

「おお、お前はいつも天才的だな!」

「こんなの普通だからね、大企業の社長として思いつかない方がありえないから。それよりも今の話、もう少し三役や各関係者と相談して話を詰めていきなさい。
娘達の為にも、正しいやり方をしたいのでしょう。自分一人で思い悩まず、胸襟を開いて皆さんの意見を聞きなさい」

「そうだな――皆さん、どうかご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします」


「やれやれ……これほど気苦労させられるとは、当初は思わなかったよ」

「そうかの、儂は彼のこうした思い切りは好ましく思うておるよ。儂らは少々腰が重くていかんわい。おかげで、"あの者達"を好き勝手にさせてしもうた」

『だからといって、この坊やを犯罪者にしてはならん。これほど大きな捕物劇となれば納得し難いが、スカリエッティの協力も必要となるじゃろうね』


「――スカリエッティ。もしもリョウスケを裏切るような真似をしたら」

「おお、怖いね……安心したまえ、彼を裏切るなど天変地異が起きてもありえんよ。君には話したはずだ、"あの者達"の荒唐無稽ぶりを。
たとえ彼と出会わなくても、彼らと運命を共にするつもりは最初からなかった。

ルーテシア君、私はこの良き出会いを大切にするつもりだ。だからこそ罪を償い、"あの者達"に何としても罪を償わせたい」

「確かに"彼ら"にこのまま大きな力を持たせるのは危険。力を削ぐために資金を奪うという案には頷けるし、巨大組織を動かす彼らの"資本力"であればカレイドウルフの"資金力"とも勝負できる。
話としてはわかるけど――捜査官として、納得はどうしても出来ない」


 三者三様、全てにおいて頷ける案は出せなかった。だからこそ接点を見出し妥協点を探る、それが人間関係の在り方というものだろう。


この作戦、成否はどうあれ黒幕は俺を絶対に許さないだろう。金の流れを追えるのは恐らく奴らも同じ、流れ着く先には奴らがいて――俺が、居る。発狂するほどに、怒り狂うだろうよ。

最悪、法の組織を敵に回すことになる。警察が敵に回るのだと想像すると、恐ろしく思う。何だかんだ言っても、放浪していた頃から警察は敵ではなかったのだから。

出てこいよ、首謀者。剣の届く範囲にさえ来れば、戦える。このオークションで宗教権力者を黙らせ、お前らの策謀も止めてやる。


時空管理局との、戦い――もしも本当に全面対決となれば、クロノやリンディ達とも戦わなければならなくなるのか。今はまだ分からない、ともあれまずはこの聖地だ。


「お金は黒幕から奪うとして、オークション自体はどうするの? 未経験でしょう、あんた」

「俺とカリーナお嬢様には、明確な違いがある。『金を使える』人間と――『金を使い切れる』人間の差だ」



 善も悪も――あらゆる人間を盛大に巻き込んで、オークションが開催される。










<続く>








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