とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第三十二話




 不幸中の幸いだったのは、一部始終を誰かに見られなかった事だろう。存外、他者の干渉を嫌うあの魔女が人払いしたのかもしれない。問題を起こしたのも魔女なので、礼を言う気になれないが。

大国の軍事力に匹敵するローゼのガジェットドローンを、よりにもよって魔女に奪われてしまった。ガジェットドローンは強力でも所詮は機体、改造型召喚虫インゼクトに支配されてしまった。

世界のパワーバランスを覆せる軍事力ではあるが、恐らく世界の覇権目当てには使用しないだろう。あの女は俺と同一、天下無双とはすなわち孤高の存在。世界征服など、歯牙にもかけない。

道場破りを行った俺と同じく、己の実力を鼓舞すべく強者も弱者も等しく蹂躙していく。魔物や幽霊に加えて、今後ガジェットドローンも聖地を脅かす災害の原因となるのだ。


ローゼは妹さんの"火拳銃"で支配を脱したが気絶、支配権を取り戻せるか分からないが、いずれにしても彼女を一度診て貰わなければならない。


「どうするんだ、おい。今からでも、あの魔女を追いかけるのか?」

「いや、このまま聖王教会へ向かう。ガジェットドローンによる聖地の包囲は妹さんの機転でほぼ一瞬で終わったが、一瞬とはいえ大衆に見られた事には間違いない。
魔女の追跡よりもまず、聖地の最高責任者に事情を説明して大衆を説得してもらわないとまずい。下手な憶測は、白旗の命取りになりかねない」


 正直に言うと、俺個人であれば怒りに任せてあの女を追っていただろう。別に使ってはいなかったが、人の物を取られて笑って見過ごせるほどお人好しではない。竹刀でぶっ叩いてやりたい。

ただ今の俺は白旗を掲げる立場の人間、ローゼを含めた仲間達の立場を保証しなければならない。魔女の操作であっても、喚び出したのがローゼの能力である以上釈明はしなければならない。


それに、とアギトの疑問に自分の正直な気持ちを付け加えておく。


「……俺があいつを追えば、逆にあの魔女を喜ばせてしまいそうだからな」

「……あー、何となく分かる。クソウザく、お前に粘着していたからな」


 ガジェットドローンを奪ったのも、言うなれば嫌がらせに等しいのだ。魔物や幽霊を呼べる魔女に、機械という戦力など不要だ。選択肢は広がるが、嫌がらせの域を出ない。

問題なのは嫌がらせ次第では、周囲に飛び火する可能性だ。他人を考慮しないのであれば、聖地をどれほど傷つけようと罪悪感の欠片もないだろう。祭りとは騒がしいほど楽しいのだ。

俺がこのまま追えば、あいつは喜んで相手をするだろう。その際魔物や幽霊で済めばいいが、もしも俺ならば奪ったガジェットドローンを差し向ける。騒ぎは大きくなるばかりだ。


追跡は諦めて俺は気を失ったローゼを背負い、アギトや妹さんを連れてそのまま聖王教会へ向かう。


「ガジェットドローン出現の説明はいかがいたしましょうか、剣士さん」

「聖王教会にはある程度の説明はしないといけないが、大衆には未確認飛行物体で押し通す事にしよう」

「UFOかよ!? 思いっきり大勢に見られているし、絶対魔女が今後使ってくるぞ!」

「現状も魔女の召喚について、『魔物』や『幽霊』などという曖昧な定義で扱われているんだぞ。ガジェットドローンだって、聖地の脅威として同列に扱われるさ。
最もこれはあくまで可能性の話、俺達が先に全機取り返せば済むからな」


 ――こうした俺の予測はどうしようもないほど凡庸で、客観性かつ視野に欠けた予測であったようだ。聖王教会へ取り次いだ途端、俺の愚かさが判明した。

本日の管理プラン進捗会議は一連の事件を起こした犯人ジェイル・スカリエッティの司法取引と、司祭による自由刑裁量的執行の是非を行う場でもあったので関係者一同が揃っている。

ジェイル・スカリエッティ本人、彼の事情聴取及び身元確認を行った三役、聖王教会の最高聖職位階である司祭――これだけの重鎮が揃った、"法制審議会"。

ベルカ自治領の自治権が行使された、ベルカ司法制度特別部会の場で事の重要性が明らかとなった。


「――ちょっと待って下さい。もう一度、お聞かせ願えませんか?」


「ファリンお嬢ちゃんが、世界征服を企む組織ショッカーに支配されたと言って飛び出して行きおった」

「……そのショッカーってのは何ですか?」

「なにぶん突然での、儂に聞かないでくれ。今後会った時は敵ですと、何やら泣いておったようじゃが」


 とりあえず、お茶を飲んで気を落ち着かせる。


「――それで、ノエルは何ですって?」

「常に心は旦那様と共に在りますと一言残して、出て行ったきりなのだよ。忍お嬢ちゃんは、一言も私への言及がないと泣いておったが」


 常に心は旦那様と共に在りますと一言残して。


「――司祭様は、どうしてそんなに泣いているんです?」

「『絶対に虫なんかに負けたりはしない』と、出て行く前にドゥーエ君が強く宣言してくれたのだ。何と、清楚で貞操観念の強い女性なのだろう」

「……その後、帰ってきたのですか?」

「彼女はきっと今も私を想って、戦っているに違いないよ」


 古臭く刻まれた、天井の罅を数えてみる。


「――大怪我をしたチンクは、何と?」

「敵に攫われた"王太女殿下"を救出すべく、敵の思惑に乗る形でトーレが単身飛び込んだようだ」

「王太女殿下……?」

「聖王家に関しては諸説あって真偽は明らかにされていないが、少なくともチンクやトーレは"陛下の妹"としてそう呼んでいるようだね」

「――トーレは分かったけど、クアットロはどうしたんだ?」

「『支配されているからね、しょうがないね』とセッテに伝言を残し、スキップして出て行ったね」



 ――何だ、この事態。



緊急事態なのは言うまでもないのだが、悲劇の舞台を演じている役者がどうしようもなかった。クアットロよりむしろファリンが、個人的にはぶん殴りたい。

関係者一同に深く関わっている人物の、突然の行方不明。先程の事件と彼女達の言動からして関連性は疑う余地もないが、引っかかる点も当然ある。

召喚虫インゼクト、魔女が改造したあの虫は機械を支配出来る。ノエルやファリンはローゼと同じ自動人形なので分かるとして、ドゥーエ達まで何故か支配されている。


疑問の余地はあるが、余地すらない彼らには意味不明なこの事態。俺はまず自分が持ち得る限りの情報を――"脚色"して、話した。


「……なるほど、魔女に支配されたローゼ君の高度な情報処理能力により大規模な機械兵団が聖地を包囲したのか」

「はい、ガジェットドローンと呼ばれる戦闘機械のようです。スカリエッティ博士が原案した戦闘機を、ローゼを介して魔女が持ち去ったようですね。
三役の方々には宿アグスタのセキュリティシステムを既にお見せしておりますが、ローゼは出処不明の情報処理能力を保有しております」

「スカリエッティよりガジェットドローンの設計、ラボの在処と詳細データ等は受け取って分析を進めておる。彼女の演算能力を魔女に悪用されてしまったという事か、やれやれじゃ。
ジェイル・スカリエッティ、何故ラボに保管していたガジェットドローンを放置していたのだね?」

「説明した通り、信頼出来る方々――つまりあなた方に無傷でお渡しする為ですよ。厳重なセキュリティをかけておりましたが、ローゼの能力なら残念ながら解除してしまうでしょうね」


 ローゼが召喚したのではなく、ローゼを介して魔女が呼び出したのだと説明。真実そのものではあるが、ここで重要なのはローゼは召喚出来ないという強調だ。


ガジェットドローンの召喚と、ガジェットドローンの操作は似て非なる表現だ。言葉遊びでしかないが、言葉一つで世界の趨勢が激変する事は夜の一族の世界会議で経験済み。

ローゼが召喚したとあれば管理プランの見直しとなるが、操作であれば現状維持となる。ローゼの情報処理能力の卓越性は周知の事実、三役や司祭が『評価』していたという点が大きい。

対して『召喚』は聖地における脅威を意味しており、魔物や幽霊という前例がある為『警戒』となってしまう。ローゼは管理局に封印処置を決定された身、警戒されればプランは頓挫する。

操作となれば呼び出した本人ではなく、管理責任としてジェイルが追求される。ガジェットドローンの存在は既に罪の一つとなっている、今更余罪にさえならない。


「一刻も早くラボを押さえるべきだったか……この期に及んで動きようがないというのが、悔やまれるな」

「仕方がないとは言いたくもないが、スカリエッティの話が事実であれば組織の根本に関わる大問題じゃ。特に此処はベルカ自治領、司祭殿の了解もなく動けんよ」

「まさかお三方直々に面通しが入るとは、夢にも思っておりませんでした。事情は半ば伺っておりましたが、私としても立場上限りというものがございますゆえに」


 聖王教会の最高聖職位階である司祭とも、三役は深い関係にあったようだ。どれほどの立場なのか想像の域を出ないが、組織の運営上彼らとしても大々的に動けないようだ。

頭を悩ませる方々には申し訳ないが、俺としては好都合な状況ではあった。彼らの腰が軽ければ原因は黒幕ではなく、下手をすればローゼ本人に責任追及されていたかもしれない。

俺は結局事情を聞かされていないので分かっていないが、ジュエルシード事件より続く一連の首謀者は余程の大物らしい。巨大な黒幕により、ローゼの存在は隠れてしまっている。

ガジェットドローンやローゼを製作した博士が、事態解決の相談役にさえなりかねない状態だ。誰が犯人なのか知らないが、そいつに全部押し付けられる。まあ、ローゼについては被害者なのだが。


「自動人形を支配する召喚虫インゼクト、状況の前後からしてファリン君やノエルさんもこの虫に支配されたと見るべきか」

「本人から直接聞かされていなければ、儂らも何が起きたのか分からなかったじゃろうな」


 ――正直に言えば、冷や汗ものだった。俺は説明していなかったのだが、どうやらファリンの奴が自分から"改造人間"だと三役に自慢していたらしい。この馬鹿さ加減が、結果的に功を奏した。


普段よりローゼが姉妹として接していたので疑問には思っていたようだが、三役と関係を深めたファリンが自己申告してノエルも姉として紹介を受けたようだ。おかげで三役が司祭に説明出来た。

"改造人間"というヒーロー表現が、どうも三役には悲劇的な意味合いに取られたらしい。管理外世界で謎の組織より改造を受けた姉妹と聞けば、そう思うのも分からなくはないのだが。

確かに自動人形は夜の一族でも出所不明なので謎という表現は間違えていないのだが、ちょっと心苦しくもある。事前に本人が言っていたおかげで、この場で追求されずに済んだのだが。


だが当然、俺の方が知らなかった事実だってある。


「ファリンやノエルはともかくとして、何でクアットロ達まで行方不明になったんだ? 状況からして、連中も巻き込まれたようにしか見えないぞ」

「ドゥーエ君も執務中、妙な虫に襲われて飛び出していったんだ。ま、まさか、人体にまで影響があるのかね!?」

「……何故か、セッテは無事だったようだけど」


 入院中の聖女に変わり、急遽代理出席しているセッテ。聖女本人の意向で俺も事態を受けて迎えに行ったのだが、本人は何事もなかった顔で最敬礼してくれた。

一応の発言権は認められているのに、陛下の許可無く発言しないと不動の態勢を貫いている。会議の場なので、ブーメランは今回持ち込んでいない。

ジェイル・スカルエッティが三役を一瞥、三役は重い溜息を吐いて首肯。三役の反応を受けてジェイルは、再び熟考。


その後――セッテを一瞥、本人が頷いてようやく顔を上げる。このくだり、何でいるんだよ!? 発言の許可を、セッテに求めるな。


「私の家族であるトーレ達の身体には、身体能力を強化するための機械部品が組み込まれている」

「身体強化用の機械部品!? それって、ローゼ達と同じ自動人形ということか!」

「いや、彼女達は人間だよ。人の身体と機械を融合させて、安定した武力と技術を得ているんだ」

「馬鹿な!? それは倫理的な面で大きく問題を抱えている違法技術ではないか!」

「人為的な力を介在させてしまえば、確かに違法ではあるのだろうね」

「? 何だよ、その変な言い回し」


「ふふ、技術転化を決定させた本人に問われると少々こそばゆいのだが……確かに私はかつて「戦闘機人」と呼ばれる、常人を超える能力を得た人間の研究を行っていた。

ベルカ旧暦の頃より開発が試みられた人型兵器でね、完成の域に達した物はほぼ存在しないという難技術だ。非合法組織では未だに開発が進んでいて、多くの違法研究者が戦闘機人を開発している。
とはいえ実用まで漕ぎ着けた例はなく、大抵は失敗に終わってしまっている。人体実験が不可欠という面から見ても、タブー視されている技術だ。司祭殿が、仰るように。

私は言うならばその失敗作、「戦闘機人」になり損ねた者達をメンテナンスしたのだよ」

「……そ、それが、トーレ達だと?」

「かつての私には"スポンサー"がいたのだが、その"スポンサー"も当たり前だが私一人に限らず、厳選してはいるが他の違法研究者にも出資して戦闘機人を製作させていた。
研究を始めたばかりの私にも人体実験用に失敗作が"流用"されてね、彼らからすれば失敗作の後始末をする上でも一石二鳥だったという事だ。


私は誕生段階で肉体が調整されてしまった彼女達に対して、長期使用における機械部分のメンテナンスを行ったのだよ」


 人体に機械を埋め込む事自体は、医療分野において俺の世界でも実用化されている。人工臓器なんてものまであるらしいが、人体である以上拒絶反応は当然出てくる。

まして戦闘用の機械部品であれば医療とは異なり、ファリンの言う人体改造に等しい。人体は極めてデリケート、機械なんて容易く用いられるものではない。

この男はそのずば抜けた才覚を持って機械と人体の融合化に成功したのだ、失敗作として廃棄されたトーレ達を救う事で。


「失敗作を見事健全な状態にまで立ち直らせたのであれば、その時点で完成ではないのか?」

「戦闘機人の定義はあくまで、安定した数の武力を揃えられる技術である事だ。失敗作の流用では必ずしも、武力や能力が確立されるとは限らない。
だからこそ私も流用した技術を前提として、本格的に戦闘機人の研究を行うつもりだったのだ」

「行うつもり、だった……? 何故、やめてしまったんだ」



「つまらない」



「は……?」

「完璧な生命を創り出す、馬鹿馬鹿しい。完全かつ完璧なる人間、絶対の王は既にこの世界に君臨しているではないか!
君という至宝の存在が既に確立されているというのに、なにゆえ私がわざわざ戦闘機人などという存在をいちいち作り出さなければならないのかね!!」

「待て待て、えっ――技術転化を決定させた本人って、俺?」

「当然だよ、君という人間は一人しかいない。ゆえに、私は此度の事件に対して非常に憤りを覚えている」

「えええっ!?」


 こいつ、人体実験をしなかった理は優しさではなく俺だと言い切っている。あっちの世界でお前とは二度ほど話した程度じゃないか、他人に流されやすいゆとり世代か!

ウーノ、ドゥーエ、トーレ、クアットロ、セッテ――他機関の非合法組織に属する、違法研究者に開発された被害者達。彼女達をメンテナンスして、ジェイルは家族となった。

ジェイルの話では研究を断念した後も何人かメンテナンスをして、トーレ達とは別に各所で管理。その後、司法組織に引き取られたそうだ。問題は、断念した理由である。

人体実験の話でも眉一つ動かさなかった博士が、怒りに拳を震わせている。


「君と同一の存在――ありえない。君という人間が二人もこの世に居るなど、断じて許されない!」


「い、いや、でも、実際本当に――」

「魔女め、よりにもよって彼と同一などと騙るとは! 傲岸不遜にして無知蒙昧な輩が私の最高傑作まで支配したのだ、これを侮辱と言わずしてなんという!!
三役の方々並びに司祭殿、この私に任せてくれたまえ。魔女は必ず私が断罪し、奪われてしまったガジェットドローンは全て奪取した上で提供すると確約しよう!」

「な、何を言うんだ!? お前は犯罪者だぞ、司祭であるこの私がそのような真似を許すとでも――」


「ドゥーエは必ず私が無事に救出しよう。愛する貴方の元へ!」

「お三方、公判協力型協議においてあなた方の申し出に合意しよう。ジェイル・スカルエッティ、君に関する全ての罪を許し、人権を保証する事を司祭の名に置いて誓う。
どうか、どうか――彼女を救って下さい!」


 敬語になった!? おいおいおい、それでいいのか聖王教会。司祭が涙を流して博士とガッツリ握手、セッテが小さな手でパチパチと賛同の拍手をしている。何だ、これ。


聖王教会への司法取引は一番困難だと頭を抱えていたのに、見事に合意となった。しかも無条件取引に近く、三役が定めた合意書に鼻歌交じりにサインしている。ゴキゲンか!

ドゥーエが攫われた=ジェイル・スカリエッティの関係者だと判明したも同然なのに、司祭様は感涙して博士と談笑までする始末。あんまりな茶番に、三役は呆れ返っている。


「初めてだよ……ここまで私をコケにしたおバカさんは……おのれぇぇぇぇぇぇ、魔女めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!
ぜったいに、ぜっっっっっっっっっったいに、許さんぞ! じわじわとなぶり殺しにしてくれる!!

貴様の身体を切り刻んだ上で、脳細胞の全てを酷使して考えつくあらゆる拷問を行ってやるぞぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「めちゃくちゃキレてる!? セッテ、何とか言ってやれ」

「殺す」

「本当にハッキリ言った!? 司法の場だから!」


 俺と同じ存在だということが、彼らの逆鱗に触れたようだ。俺のような凡人、世界中にたらふく転がっておりますよ……?

自作であるガジェットドローンを奪われた事よりも、魔女が俺と同一である事が許せないらしい。魔女もまさか、ジェイル・スカリエッティという男を敵に回すとは思わなかっただろう。

ローゼのメンテナンスは元より、宿アグスタのセキュリティも含めて全て今後は彼が万全の体制を敷いてくれる事となった。やる気1000%で、目がギラギラしている。

セッテなんて珍しく頬を興奮で紅潮させ、涙をポロポロ流し、フーフーと鼻息を可愛らしく荒くしている。こんなに感情を露わにして怒るとは珍しい、悔し泣きで声が大きく震えている。


「陛下を裏切った、許さない」

「もしかして犯人だけじゃなく、他にも怒っている!? 魔女に支配されているだけだよ!」

「それは違う。先程も言ったがトーレ達は戦闘機人になり損ねた者達、身体及び戦闘能力を機械が補強しているだけの人間にすぎないのだよ。
インゼクトが支配できるのは、あくまで機体だ。身体は操れても、心までは支配出来ない。チンクは固有能力により虫を爆破して難を逃れ、トーレは王太女殿下救出の為にわざと飛び込んだ」

「だったら、ドゥーエやクアットロは?」

「ドゥーエは"能力上"身体への負荷が大きくてね、機械への依存率も彼女が一番高い――これは、推測ではあるのだが」


 ジェイル・スカリエッティは本当に珍しく優しい微笑みを浮かべて、俺に小声で耳打ちした。


「彼女は君に、"本当の自分"を見せられなかったのだよ」

「本当の……?」

「彼女は変身偽装能力を持っている、支配されれば能力は解除されてしまう――恥ずかしかったのだよ、君に見られるのは」


 本末転倒だった。逃げてしまうと事態が大きくなり、俺だって追ってしまう。聡明な彼女だ、すぐに分かるだろうに咄嗟に照れてしまったのだと博士は笑う。

緊急時にのんきな乙女心だと怒るべきなのだが、何だか毒気を抜かれてしまった。常に人を小馬鹿にしがちなあの女にも、そんな羞恥心があったのだろうか。

その結果敵の術中に嵌まったのだというのだから、余計に馬鹿馬鹿しく思える。だが、怒る気はなくした。


「ちなみに、クアットロは本当に操られた可能性は高いね」

「どうして……? あいつだって戦闘機人なのに――」


「――操られている可能性は高い、そうだね!」

「――お、おお、そうだ、そうだぞ、絶対操られているにきまっている!」


「……」


 博士と二人必死で主張する俺達を、セッテが剣呑な視線で見つめている。クアットロの生死はこの瞬間決まるのだと、俺達は魂で理解してしまった。何で裏切り者を弁護しなければならないのか。

それにしてもあいつ、本当に何で裏切ったんだ? 身体は支配されているにしても、状況からして魔女の支配に便乗したようにしか見えない。何を企んでいる?

考えてみればあいつの事を、俺は殆ど知らない。クアットロはそもそも白旗の理念には共感していなかった。チンク達の姉妹だから味方だと、安易に決め込んでしまっていたのだ。


迂闊ではある。魔女にあれほど反論していたのに、俺は他人と向き合えていなかった――自分の剣、聖王の魂にさえも。


「ローゼが心まで支配されたのは、彼女が自動人形の"最終機体"だからだ」

「忍の話だと、確か最終機体は"人間として生きる為に作られた"自動人形だったか」

「知っていたなら話が早い。何が人間なのか、その定義を先人は『心』であると定めた。持てる技術の粋を費やして、『機械で作られた』心を製造したのだよ。
そのメカニズムを残念ながら解き明かすことは出来ず、私も随分苦心させられた。人間にとっては永遠のテーマであるのかもしれないな。

いずれにしても、彼女は心そのものが言うなれば機械で出来ている。人間だって脳が支配されれば、どうしようもないだろう」

「なるほど、ローゼの『特別性』が今回仇となったわけか。機械の心となると、AI搭載のデバイスもやばそうだな――デバイス?」

「――あの脳天気バカ、やばいんじゃないか?」


 ほのぼの顔のミヤが、脳裏に浮かぶ。後で所在を確認するが、あいつは俺に近しい存在だ。魔女に真っ先に狙われそうだった、洗脳されやすい正直者だからな。


「アギト君については、恐らく大丈夫だろう」

「どうしてだ」

「相性の問題だ。彼女は炎で相手は虫、本体接触型は同能力とは相性が悪いのだよ」

「へっ、たかが虫如きに負けるかよ。よかったなお前、あたしが頼りになるデバイスで。まあ安心しろよ、とりあえずアタシはお前の味方でいてやるから」

「何でそんな嬉しそうなんだよ」


 俺の肩に乗っかって、アギトはゴキゲンで俺の頬をペシペシ叩く。こいつとはもう一ヶ月以上の関係だが、戦いの連携だけではなく私生活でも随分上手くやれるようにはなっていた。

ノエルやファリンに心が芽生えた理由は、今も定かではない。謎であるがゆえに魔女もインゼクトを通じて心の出処を辿ることが出来ず、身体の自由しか奪えなかった。

ローゼだけは唯一、心の機能を明確に持った人形だ。俺だってうどん食わせて名前を与えただけの忠誠、魔女が支配するのは容易かったのかもしれない。


いずれにしても、彼女達は救出しなければならない。


「魔女の目的は定かではありませんが、いずれにしても攫われた仲間達は救出しなければなりません。同時に魔女が起こしている一連の事件への対応も不可欠でしょう」

「魔女が召喚する魔物が、聖地の必要悪となってしまっている。このままでは奪われてしまったガジェットドローンもまた、歓迎される脅威となりかねないね」

「司祭殿。ガジェットドローンという新しい脅威が生まれた以上、ここは一つ思い切った決断が必要ではないじゃろうか」

「……ご意見、よく分かります。しかしながら自治領における民への配慮も必要でして、いたずらに危険を煽るというのも――」


 俺の意見にレオーネ氏やラルゴ老も申し入れしてくれるが、司祭は難渋を示すばかり。司祭本人の優柔不断ではなく、聖王教会の苦慮が窺えた。

教会は神の名の下に平等ではあるが、宗教権力者という存在がある限り上下関係が存在してしまう。宗教は組織に発展すると、無償では行えないのだ。

魔女の存在が公になれば、魔物は単なる悪となってしまう。魔物が悪となれば討伐が必須となり、強者達の仕事を無くし権力者の旨味が無くなってしまう。そして、教会への支援も失われる。

煮え切らない態度は停滞となるばかりなのだが、この時ばかりは俺の馬鹿な脳でもピンときた。この停滞を、逆に利用すればいい。


「ならば司祭様、民にも喜ばれる現状打開案があります。聞いてくださいますか?」

「おお、そのような素晴らしい案があるのでしたら是非とも聞かせてくだされ」


 相手の弱みに付け込む形で多少心苦しいが、復活祭の提案を出して現状の聖地における開催の意義をここぞとばかりに推奨する。最初に無茶な提案をして後で妥協案を述べる、古臭いやり方だ。

聖女及び騎士団壊滅での治安悪化には、司祭も頭を悩ませていたのだろう。加えて彼の愛する秘書まで行方不明となったのだ、孤独と焦燥はより一層彼を追い詰めてしまっていた。

俺が提案をして、三役が利点と運営手段を説明。リニスが作成したプレゼン資料も非常に良く出来ており、何よりカレイドウルフ大商会全面協力は司祭の心労を大いに和らげる要因となった。

ベルカ自治領最大商会であるカレイドウルフの名は、並み居る宗教権力者を黙らせられる。となれば後は、聖王教会内部関係者への説得だけだ。


「分かりました、検討させて頂きましょう。教会への説得については、私にお任せ下さい」

「各方面への説得工作は、こちらで行います。連絡は密に取らせて頂きますので、今後とも宜しくお願いいたします」

「こちらとしても最大限支援するつもりですじゃゃ。つきましては今後の運営を円滑に進める上で、かねてより申し出ておりました人員の増加を受け入れて頂きたい」


 時空管理局本部からの増員をちゃっかり申し入れるこの老獪ぶりに、苦笑いがこみあげてしまう。人の上に立つのであれば、こうした営業も必要となる。見習わなければならない。

その後三役が司祭殿と相談して、ジェイル・スカリエッティの監視と魔女の対策を兼ねて、時空管理局より『執務官』が一名派遣となった。クロノであればいいのだが、あいつは難しいかな。


だが、ここで計算外かつ――当然の、提案をされてしまった。


「なるほど、執務官殿が来られるのであれば大いに助かりますな。現地には名誉顧問の方もおられますし、上手く協力して復活祭を運営していきましょう」

「は……?」

「ギル・グレアム名誉顧問ですよ。三役の方々に加えてあのグレアム提督の御協力とあれば聖王教会としても頼もしい限りですよ、はっはっは」


 はあああああああああああああああああああああああああっ!? ふざけんな、あいつは敵じゃボケ。絶対に加えられるか――そう言いたいのだが出来ない。司祭からすれば、ごく当然だからだ。


執務官まで追加要請するほど人材に困っているのであれば、現地滞在する名誉顧問には何故協力を求めないのか、不思議に思うだろう。ただでさえ、白旗は今深刻な人材不足なのだから。

ここで管理局の複雑な内部事情をさらけ出せば、復活祭開催に不安を煽ってしまう。執務官追加も拒否されかねない、うぐぐぐぐ。三役との仲も取りまとめる約束をしちまった。


こうして復活祭はギル・グレアムや護衛の仮面男、もしかするとリーゼアリアも含めて――戦力不足だった白旗に最悪の人材追加をされて、開催される運びとなった。










<続く>








小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。


<*のみ必須項目です>

名前(HN)

メールアドレス

HomePage

*読んで頂いた作品

*総合評価

A(とてもよかった)B(よかった) C(ふつう)D(あまりよくなかった) E(よくなかった)F(わからない)

よろしければ感想をお願いします











[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ]





Powered by FormMailer.