とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第三十一話




「剣士さん」

「……もしかして、この虫の事か」

「はい、監視されています」


 聖王教会の司祭との、管理プラン進捗会議が行われる本日。いつも通り管理対象のローゼとアギトを連れて、護衛の妹さんと一緒に聖王教会の本堂へと向かう道中での出来事。

最初は特に気にならなかったのだが、宿アグスタを出て大通りを歩き、商店街を抜けて、聖王教会が見えて来た頃にはいい加減耳障りになって来ていた。絶対に、偶然ではない。


指先に乗るほどの、小型の虫。海鳴では見られない異世界の虫が、一定の距離を保って俺達を追尾している。空飛ぶ監視カメラで見られている気分だった。


「アギト、撃ち落とせ」

「お前に言われなくてもやるよ、鬱陶しい。燃えろ――あっ!?」

「見事に、回避されましたね」

「ムカつく、こいつ!?」


 アギトが火の玉を撃つと、虫は驚くほど素早く回避する。虫の動きに感心するローゼに、アギトはますます腹を立てた。弾数を増やそうといきり立つのを、俺は止める。

一発ならともかく、町中で何発も連射したら目立ってしまう。治安維持を行う騎士団の目がないとはいえ、白旗が虫が相手でも狼藉を働いたら大義を無くしてしまう。

妹さんは俺達を追うこの虫を、監視であると断言した。虫を使って監視する術者の心当たりは、一人しかいない。


「この俊敏さ、単なる虫の動きじゃないな。遠隔操作しているとなると――お前だな、魔女」

『クスクス、ごきげんよう"あたし"』


 どういう原理で成り立っているのか、虫から声が聞こえてくる。虫が鳴いているのではなく、虫本体より発している声。虫を介しても響く、鈴鳴りの美声に余計に苛立ちが湧く。

心の奥底まで囁かれる魔女の挨拶に妹さんは緊張を強め、俺の敵には態度の悪いアギトやローゼまで強い警戒を見せている。才覚のない俺とは違い、声だけで相手の存在感が伝わってくるようだ。

あの時直接目の当たりにして気を失わずに済んだのは、奇跡に近い。自分と同一でなければ、間違いなく取り込まれていただろう。それほどまでに強く、絶対的な魔性の美を持つ少女だった。

周辺を見渡すが、この虫以外に怪しい影は一切ない。この虫にしても、攻撃の意図はなさそうだった。


「何の用か聞き出すつもりもねえ、失せろ」

『聖王教会へ向かうのね、子守なんて"あたし"の柄ではないのに」

「俺のやることに、お前に口出しされる覚えはないね」

『ええ、そうね。"あたし"達は在るがままに生きればいいもの」


 話が通じないのではない。心から通じ合えているから、会話の必要性が生じないのだ。鏡に向かって対話しても、語りかけて来るのは同じ言葉だけである。

妹さんが頷き、アギトが合図を出してくる。言われれば撃ち落とすと、彼女達は語っている。ローゼは何も言わず寄り添い、俺の盾にならんとしている。

彼女達なりに、前回の襲撃に反省と憤りを覚えているようだ。面接を装って現れた魔女、もしも彼女に害意があれば俺は殺されていたのだから。


「自分以外興味のない人間が、他人の覗き見か」

『あたしは、"自分"が可愛いもの』

「俺とお前とは違う存在だろう。だからこそ、関心を抱いているのではないのか」

『自分だからこそ、関心を持っているわ』


 すれ違ってばかりなのに意気投合する、理解不能な共感。この世に同じ人間はいないとご高説を垂れた見識者に、こいつの存在を分析してもらいたい。

男と女、剣士と魔女。血統どころか容姿まで異なっているのに、強く惹かれ合う関係。臓物に至るまで適合する存在に、俺は目を背けずにはいられなかった。

くそっ、認めてやる。俺もこいつに、強い関心を持っている。友人や家族、恋人や婚約者よりも結ばれている。性交渉なんてしたら、自慰と同じくらいハマるだろう。

奇妙な虫の向こう側で、妖艶の魔女が舌舐めずりするのが見えた。


『"インゼクト"』


「何だって……?」

『この子は、インゼクト。元来の召喚虫を、あたしが改造した自信作なのよ』

「だから何なんだ、知りたくもない」



 そう言った瞬間――虫が、消えた。



「本当に何も知りたくないのかしら、ウフフ」

「えっ――ロ、ローゼ……?」


 俺の傍に寄り添っていたローゼが、蠱惑的に微笑んで俺を見上げる。冷静沈着な美貌は仮面が剥がれ落ちたかのように、売女な色気に満ちた笑みを零している。

愛情に満ち溢れているが、普段の忠誠心が身を潜めてしまっている。俺の為なら死ねるとまで言い切った少女、愛は同列だが思いが異なってしまっていた。

困惑するしかない。これではまるで――男を妖しく誘う、魔女のようだ。


「剣士さん、首です。ローゼさんの首元に、召喚虫が取り憑いています!」


 慌てて視線を下げると正確には首元ではなくて、襟元付近に虫が取り憑いている。蚊のように一刺ししたまま、ローゼから明確な意思を奪っていた。

自動人形のローゼに、虫如きの針が刺せるはずがない。改造したと言っていたので、恐らく精巧な金属か何かなのだろう。ふざけた改造をしやがって。

信じ難い事実だが、誰がどう見てもこいつは魔女だ。虫を介して、ローゼを操っている。背中の竹刀袋を下ろし、袋を取らぬまま帯剣する。

俺は前に、妹さんは後ろに回り、アギトは宙を舞ってローゼを囲い込む。商店街を抜けたのは不幸中の幸いだった、人の目は少ない。イザコザ程度で、済ませられる。


強い緊張感が周囲を支配する中で、"ローゼ"は少しも笑みを崩そうとしない。


「どうかいたしましたか、主。"あたし"はアナタの奴隷、どんなご奉仕でもいたしますわ」

「黙れ、魔女。ローゼに何をしやがった」


「お分かり頂けたかしら。この子は改造型の召喚虫インゼクト――この子は"機械"を判別し、"機械"に寄生して、遠隔操作が行えるのよ」


 唖然とする。こいつはインゼクトを使って、真っ先にローゼを襲った。ローゼは見た目は執事服を着た少女、誰がどう見ても機械人間になんて見えない。

ローゼの事を、こいつが知っている筈がない。ローゼはゆりかご調査で騎士団を救った聖女と評判だが、敬虔な信者として敬われている。自動人形の情報は、司祭が完璧に隠蔽している。

この虫を使って、監視していた? いや、俺に興味を持ったのは最近だ。それに宿アグスタは魔導と機械のセキュリティがあるから監視なんて――あっ!?


俺の顔を見て、ローゼがクスッと上品に笑い声を立てる。


「見事だったわよ、"あたし"。高度な魔導秘術と精密な科学技術を用いた、セキュリティシステム。時空管理局や聖王教会でも、あれほどの保安システムは採用されていない。
――けれど、"魔女"が相手では役不足。"あたし"の事を思う存分、調べさせてもらったわ」


 魔導は魔女が、機械はインゼクトが寄生して解除した。だからあの時面接会場だった宿アグスタに平然と乗り込んで、俺と対面出来たのだ。突破できるやつが居るなんて、思いもよらなかった。

油断こそしていなかったが、警戒して然るべきだったかもしれない。最新型自動人形の技術に自惚れていたつもりはないのだが、ローゼの仕事ぶりには疑いもしなかった。

魔女の微笑みを、俺は今こそ理解できた。


「理解できたかしら。"あたし"は他人を信じて失敗して、あたしは自分を信じて成功した」

「……っ!」

「信じるのは自分だけ、"あたし"はそうして生きてきたのよ。他人をどれほど信じても、自分以上の理解には至れない」


 他人を信じてもいずれ裏切られる、そのような甘い考え方ではない。他人と自分、どれほど強く結び付いても自分以上に他人は信じられない。こいつは、そう言い切っている。

ここ最近他人に関心を持って生きている俺でも、自分以上に他人を信じた事はない。自分の判断と決断で他人に命運を預ける、それはすなわち自分を信じるのと同じだ。

こいつは正しくはない、それは絶対だ。だけど、間違っているとは言い切れない。自分の才能を発揮して自分勝手に生きる、それもまた人間の生き方の一つなのだから。

俺は袋に入ったままの、竹刀を突きつける。


「だからといって、他人に迷惑をかけていい筈がない」

「他人に迷惑をかけずに生きていけるのかしら、人間に」

「――っ、開き直っているだけだろう!」

「自分に正直に、生きているだけよ」

「法律が、許さないぞ」


 笑われる、少しも貶そうとしていない。俺はこいつを批判しているのに、こいつは俺を一切批判しない。見つめる目は潤んでおり、溢れる微笑は愛を囁いている。

俺の罵倒を子供の反抗期程度にしか思っていない。どこまでいっても、自分だからだ。自分が好きだという姿勢は一貫して変わらない。どんな事をしても、自分なら許せるのだ。

ナルシストなんて、生易しいものではない。病的なまでに、自分を愛している。自己愛によって抱く恋愛妄想によって、俺という人間をストーキングしている。


俺という"自分"を、心の底から愛している。


「法は許さなくても――神様なら、許して下さるのではないのかしら」

「神様だ……? 自分にしか興味が無いくせに、神を騙るな」


「他人を信じているのでしょう、"あたし"。ならば神も、信じられる――その封印を何故、解こうとしないの?」


 拳を握っていた手が、震える。聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの霊が宿った、竹刀。取り憑いてから一度も、袋から出した事がない。こいつが襲撃した、あの時も。

袋そのものに意味は無い。竹刀本体に魔導書の頁と那美の札が貼られて封印されている、そもそも取り憑いているだけだから、聖王は自分で出ていける。封印に何の意味もないのだ。

彼女はあれから、一度も声をかけてこない。世界を祟る霊であっても、正気は取り戻しているのに。


三役にも、教会組にも――アリサ達にも、聖王を見せようとしなかった。


「こちらの事情を、何もかも知っているようだな。お前は一体、何を企んでいる?」

「あたしが何を考えているのか、"あたし"には分かるでしょう。その逆――"あたし"が考えることは、あたしにもよく分かるわ。 ――あたしが支配している、この子の全ても」

「! ローゼの情報も――!?」



「神の復活を祝う祭りを、始めましょう――来なさい、"ガジェットドローン"」



 諸手を上げて神への祝福を願う少女の導きにより、大空の彼方から大量の機械兵器が飛んでくるのが見える。かつてカレンの研究施設を破壊した、指揮官ローゼの主力兵器。

大量のカプセルタイプに加えて、ドイツの空を飛んだ航空機の形状をしたガジェットドローン。よく見ると、両腕に鎌とおぼしき武器が付いた人型機種が乗っている。

召喚するのを固く禁じたローゼの兵器が、聖地を包囲しようとしている。


「一体何をするつもりだ、やめろ!」

「あら、怖い。あたしは、"あたし"と同じ事をするだけよ」

「何が同じだ。俺は聖地を平和に――」


「聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトはかつて聖王のゆりかごという戦力を使って、世界を平和にしたのよ。あたしは神の復活を祝い、聖王様と同じ事をするだけ。
この聖地で起こりつつある戦乱を収めるべく、ガジェットドローンという戦力を使用する。

逆らうものは容赦なく焼き払い、従うものは優しく受け入れる。敵を排除して味方を作り、聖地を治めて聖女の護衛となりましょう」


 こいつ、聖地全体の平和を保障する国際機関を自称するつもりか。猟兵団や傭兵団、人外や他の勢力も何もかも、ガジェットドローンで脅して黙らせるつもりだ。

まずいぞ。魔女本人がやるならともかく、こいつはローゼに取り憑いて好き勝手にやっている。このまま表舞台に出られたら、終わりだ。

管理プランも白旗も、何もかも台無しになる。あんなのが台頭したら復活祭どころじゃない、因果関係が発覚したらローゼは容赦なく封印されてしまう。


「こんな無茶苦茶やっておいて、聖女の護衛になんてなれるか!」

「なれるわよ、自信を持って言い切れるわ。今の聖地は混乱を極めている。壊滅した騎士団に変わってこのガジェットドローンが聖地を守るの、かつてのゆりかごのように。
聖地を荒らす支配者を追い出し、聖地を踏みにじる余所者を排除し、人民一人一人をガジェットドローンが守る。その全てを、このあたしが支配できるのよ。

騎士団を救った聖女が立ち上がり、人民を守って聖地を平和に導く――聖王伝説の再来、聖王教会はさぞ高らかに謳い上げるのでしょうね」

「巨大な戦力を用いて、人民を脅迫しているだけじゃねえか!」


「軍事力こそ、国際政治力。抑止力なくして世界平和を謳うなんて実に子供じみていて可愛らしいわ、"あたし"」


「くっ……」

「管理プランなんて不確かなものより、この子の存在は尊重されるのよ。"あたし"が、望んだことでしょう」



 それは――そう、かも、しれない……でも……





「魔力変換(ロギア)――炎熱(メラメラ)」





 ――えっ!?



「"火拳銃(レッドホーク)"」

「――キャア!?」



 どういう原理なのか、自分の魔力を炎に変換。灼熱に燃え上がる妹さんの拳が、ローゼの腹に突き刺さる――な、何してるの!? 何なのだ、その物凄く容赦のない攻撃!?


業炎の一撃に魔女が悲鳴を上げて、猛き炎熱に悶えてローゼの首元を刺していた虫が飛び出してしまう。

そのまま逃げ出そうとするが、空中で待ち構えていたアギトがニヤッと笑って虫を燃やす。今度こそ虫は燃え尽きて灰となり、そのまま消えていった。

ローゼが地面に倒れるのと同時に、聖地を囲んでいたガジェットドローンが徹底していった――状況は容易く、一転した。


「い、妹さん――」

「私は、剣士さんの護衛です」

「えっ……?」


 妹さんは、手を差し出す――焦げ付いた、手のひら。未完成な技だったのだと示す、何よりの証拠。されど、妹さんの表情に苦痛はない。

彼女は失礼しますと断りを入れて、俺の手を握った。


「剣士さんは、仰いました。護衛となるには単純に身を守るだけではなく、守るべき人の心中を察して行動することも大切なのだと」

「……聖女の護衛の事か」

「私は剣士さんは正しいと確信しております、ローゼさんも同じ気持ちでしょう。ならばこそ、ローゼさんが望まないやり方をするべきではありません。
人とのつながりによって聖地を守り、聖女様をお救いするのでしょう」

「あんな魔女に誑かされているんじゃねえよ。ったく、だからお前は放っておけないんだ」


 聖女を守るべく聖地を救おうとする俺を目の当たりにして、妹さんもまた俺を守るべく考え抜いて行動に出たのだ。アギトも毒舌を吐いていても、その表情は照れ臭そうに笑っている。

息を吐いた、確かにどうかしていた。方法論ばかりに囚われて、肝心のローゼの気持ちを分かっていなかった。このアホなりに必死で、騎士団を救ったというのに。

軍事力を背景にした平和を否定しないが、その結果聖王は悲劇の果てに世界を呪う結果となった。聖王を愛した人達はきっと、この悲劇的な結末を悲しんだだろう。


そうだ、たとえローゼの存在が世界平和の象徴となったとしても――本人は決して、自由にはなれない。芽生えた心は、機械のように冷えてしまうだろう。


「ローゼは大丈夫なのか、なんか燃える拳で殴られたんだけど」

「ローゼさんのタフさは億越えですので、すぐに目を覚まします」

「基準が分からない!?」

「私もまだ能力に慣れていなくて、ついよけてしまいます」

「練習したとしか思えない、場違いな台詞を言ってる!?」

「しっかし、とんだ騒ぎになっちまったな……どうする?」

「そうだな、とりあえず――」



 ガジェットドローンの大群が、"撤退"した――何故、"消えない"?



「しまった、あの野郎!?」

「どうしたんだ、いきなり!?」



「ガジェットドローンを――こっちの戦力を、奪いやがった!」



 ――この日を境に。"自動人形"ノエルとファリン、"デバイス"のミヤ、そして――



"改造型の召喚虫インゼクト。この子は機械を『判別』し、機械に寄生して、遠隔操作が行えるのよ"



ドゥーエ、トーレ、クアットロ、ウェンディが行方不明となり――首を刺した虫の"金属針"が爆発したチンクは、大怪我を負った。















――ちなみに。














「セッテは大丈夫だったのか!?」

「……?」

「来なかった、ということは――セッテはヤバいと思ったか、あいつも」










<続く>








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