とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第二十六話




 異世界ミッドチルダの湾岸地区、"A73区画"と呼ばれる湾岸は開発が本格化したばかりのエリアである。聖地から程良い距離にある場所で郊外のように開放感がある区域だった。

海を見れば自然と海鳴を思い出してしまうが、単純な風景ではなく湾岸の空気にあの町と似た匂いを感じるからかもしれない。あの町は故郷ではないが、望郷の念に駆られてしまう。

案内してくれたセッテの話では半ば形骸化して軍用下されつつあった湾岸区を、ある医療法人が聖地の権力者を通じて認可を受け医療施設を建築したらしい。聖地の発展による賜物であった。

大いなる発展と進化を遂げている聖地、聖王のゆりかごと聖女の予言を賜った聖王教会は、明らかに勢力を拡大している。この湾岸区も、法律上においても聖地の一部とも言えた。

実際ユーリ達を乗せたマイアの車を走らせて此処まで来たが、実質上の国境や検問が一切なかった。時空管理局に、聖地の権力者が通じている証拠である。恐ろしかった。


「良介様、ナハトちゃん達は本当に大丈夫なのでしょうか? ずっと目を覚まさないのですが」

「夜天の人の話では、こいつらを構成する生体プログラムが一時停止しているらしい。汚染の進行を食い止めて、プログラム本体への悪影響を抑える処置だそうだ」


 時刻は夜、最小限の人数での行動。聖地の権力が拡大している現実を改めて知った俺達は、治療目的であっても隠密で行動に移った。この隠密行動は医療施設側からの条件でもある。

時空管理局捜査員のルーテシアや三役の方々には聖王教会からの紹介と断り、眠りについているユーリ達を搬送した。司祭や聖女の関係者であるドゥーエやセッテの紹介なので、一応嘘ではない。

同行者は護衛の妹さん、ミヤやアギト、このファリンのみ。弱体化した白旗を、敵戦力は間違いなく狙っている。本拠地であるアグスタも手薄には出来ず、最小限の戦力で行動するしかない。

強者達から見ればユーリ達こそ脅威であり、聖地の全病院は根こそぎ洗い出されているだろう。そういう意味では宿で寝かせておくより、この医療施設で治療を受けた方が安全だった。

聖地の権力者と通じている点は不安要素だが、あくまで権力を利用しているだけなので問題はないらしい。司祭をたらしこんだドゥーエの保証は、嫌な意味で安心させてくれた。あの女、怖すぎる。


無事怪我も完治した妹さんの能力は健在で、追手や襲撃者の"声"もなく無事到着した。自動人形オプションのファリン同行は俺の指名ではなく、本人の希望だった。


「ナハトちゃん、ユーリちゃん、ディアーチェちゃん、シュテルちゃん、もう少し頑張って下さいね。わたしも一緒に戦いますから!」

「のろうさちゃんにザフィーラも、ミヤがついていますよ。元気になったら、また頑張りましょうね!」

「うう、お友達って本当に素敵ですね……私、感動しました!」


「――正直、あのノリがウザすぎる」

「仲間や家族の存在を肯定化しつつある俺も、あの勢いにはついていけてないから安心しろ」


 自分の娘の友達は親としてはありがたいのだが、一個人としてはマイア達の暑苦しさにウンザリする。俺やアギトがげんなりする中、妹さんやドゥーエを連れたセッテは冷静に車から降りた。

近隣に大型施設こそ無いものの、海や運河に面した湾岸区は聖地の魅力を生み出しているとも言える。自然豊かなあの聖地に海の資源が加われば、より活気的な自治領となるだろう。

聖地の開発が本格化すれば、いよいよ支配権争いが現実となる。この湾岸区は今のところ空白地帯だが、俺達白旗が敗れれば間違いなく支配圏となるだろう。連中の好きにさせてはならない。


聖地の医療法で定められた医療提供施設――観光バスの到着を待っていたかのように、玄関口に一人の女性が立っていた。


「お待ちしておりました、陛下。当医療施設の医療秘書を務めております、"ウーノ"と申します」

「――あんた、あのテレビの」

「ご挨拶が遅れまして、大変失礼いたしました。妹達がいつもお世話になっております、陛下」


 異国の地ドイツのホテルで突如部屋のテレビより映しだされた、異端の交流。博士風の男性と一緒に居た女性が、慎ましく頭を下げる。容貌こそ似ていないが、姉と言われれば納得出来る。

桃子やリンディとは異質の抱擁力、母ではなく姉であれば頷ける空気。どちらかと言えば同じ提督のレティに近しい、理知的な美人。苦手ではあるが、憧れてもしまう年上の魅力があった。

テレビで見た時感じた、露骨な敵意はない。単純な度外視ではなく、観察に近しい分析の視線で俺を見上げている。一定の敬意を持った、大人の対応だった。こういう女性は、非情に手強い。


警戒とまでは行かなくも距離を取る俺の前に、セッテがトコトコと歩み出してウーノにビシッと指を突きつける。


「どうしたのかしら、セッテ。敬礼が足りない――敬礼?」

「ちょっと、セッテ。私の脊髄を軽くエグっておいて、どうして同じ姉のウーノには口頭注意なの!?」

「……」

「敬意の違いって、酷い!? 陛下を一番愛しているのは、私なのに!」


「ど、どうしたの、ドゥーエ、それにセッテまで!? もしかして陛下、また貴方なのですか!」

「何でか知らないけど、一瞬で評価が下がった!?」


 今まで数多くの女に嫌われてきた俺だが、初対面で敬意から警戒まで落ちるのは珍しい。大人だったウーノさんのおかんむりに、俺としては日本人ばりに平謝りするしかない。

セッテの変貌には多少の心当たりこそあるが、ドゥーエの変態ぶりは毎度のことだろう。姉妹の教育まで俺の責任にされても困る。いや、本当に。

とはいえさすがは若くして医療秘書にまで成り上がった女性、気を取り直して患者の応対に当たってくれた。観光バスより、ユーリ達を搬送用のベットに寝かせていく。

運転手のマイアも降りるが、隙を逃さずに注意されてしまった。


「お約束頂いている通り、当医療施設は関係者以外の立ち入りを禁じております。事前の許可がない人間を、立ち入らせることは出来ません」

「この子は俺達の関係者だ、秘密も守ってくれる」

「陛下の関係者であろうと、当医療施設では部外者に該当する人物です。許可は出来ません」

「だから、こいつは――いや、分かった。じゃあせめて、待合室かどこかに案内してほしい。聖地の状況を考えれば、一人で返す訳にはいかない」

「畏まりました。お客様、こちらへどうぞ」

「悪いな、マイア。いつもこっちの都合で振り回してしまって」

「いえいえ、全然かまいませんよ。いつもお世話になっているのは、私ですから!」


 ウーノの額面上の対応に一瞬頭に血が上ってしまったが、アリサや三役の叱咤を思い出して踏みとどまる。リーダー格の人間が集団を連れている時、個人の感情で動いてはならない。

守秘義務や情報漏洩を重んずる上で、ウーノの対応はむしろ俺達の都合からすればありがたいのだ。霊障に遭ったユーリ達の存在を表沙汰には出来ない、彼女の対応は適切だった。

実際俺が態度を軟化させた途端、ウーノは即座に対応を切り替えてくれた。相変わらず客観的に考えられない俺の浅はかさには、ゲンナリさせられる。もうちょっと、視野を広げなければ。


待合室で待つマイアにはミヤがついてくれることになり、アギト達を連れた俺は医療施設内へと案内される。どうやらこの施設は、介護療養型の医療施設であるらしい。


介護医療と聞くと特別養護老人ホーム等を思い出させるが、ようするに医療ケアや機能訓練が充実している施設という事だ。主に医療法人が運営する特有の医療施設で、秘匿性も非常に高い。

居室や浴室・トイレ等の共同設備、機能訓練室や診療室、食堂と共同リビングを兼用する共同生活室等も構成されており、表沙汰に出来ない患者の為に病院と併設されているのだ。

なるほど、ここならユーリ達を安全かつ適切に治療を行えるだろう。ドゥーエの紹介で不安極まりなかったが、思っていた以上に素晴らしい医療施設に感嘆させられた。


ユーリ達やのろうさ達を同じ女性のウーノが診断する中、俺は医療施設の長と対面する――予想通りの、男性と。


「――久し振りだね。またこうして、君と会えて嬉しいよ」

「まさかとは思っていたが、やはりあんただったか」


 夜の一族の古老である女帝に奪われて路頭に彷徨っていた時に一度、夜の一族に勝利して日本へ帰国する際にも一度。異国の地で会った男と、異世界で再会を果たす。

旧友でもなければ、旧交を温める仲でもない。期間を置いたのも一ヶ月余り、立場は非常に複雑なのに不思議と縁は途切れない。男の円満な笑みにも、陰りはなかった。

白衣を着た、長髪の男性。忍と同じ髪色と金色の瞳が、異端を示している。顔付きや雰囲気は鋭くはあるが、敵意や害意は微塵もない。むしろ無邪気にも等しい、稚気を感じさせる。


不思議な男ではある。初対面では狂気さえ感じさせたというのに、会う度に鬼気が剥がれ落ちている。天才が凡人に、鬼が人へと変わる事は、はたして堕落というのだろうか。


「何故此処に居るのか、問い質すのは愚問か」

「立場的に言えばむしろ、君がこの世界に居る方が不思議ではあるからね。随分と、忙しい身の上だ」


 茶化すというより、同情されてしまっている。やはり敵意は感じられないが、無邪気な冗談はこの男の天性なのだろう。素の一面を見せてくれるあたりは、胸襟を開いている証拠かもしれない。

心底信頼は出来ないが、護衛につく妹さんに反応はない。何かあれば警告するか、すぐに飛びかかってくれるだろう。自分の印象より、他人の鑑定を当てにする自分自身が何とも皮肉で愉快だった。

他人と深く接したことがないという点は、この男も同じだろう。だからこそこうして、無造作に親しく接してくる。小学校で知り合った、同級生のように。


例えようのない縁を懐かしんでもいたいが、そろそろ形にするとしよう。


「医者の真似事まで出来るとは思わなかった。こっちが本業なのか、あんた」

「"ジェイル・スカリエッティ"、本業を問われれば何とも迷ってしまうね。何しろ職場も、立場も、環境も全て、捨ててきた身だ。
フリーターという君達の世界の呼称は、私の今の立場を実に的確に例えているよ」


 本名だと確信できる素っ頓狂な名乗り上げに、毒気を抜かれる。なるほど、無職というのはこの男の今をよく表している。仕事から解放された喜びが、この男から満ち溢れている。

今まで行ってきた仕事が余程不満だったのだろうか。だが夜の一族の覇権争いに、積極的に関わっていたのもこの男だ。クローン技術にガジェットドローン、あの異端は異世界の技術だった。

変わらず、妹さんに反応はない。会議中カレンに出身を問い質されても、彼女は眉一つ動かさなかった。俺の護衛が人生の使命、そう言い切った妹さんに微塵の動揺もない。

ローゼも時空管理局に封印処置を強要こそされているが、自分の出身を嘆いたことは一度もなかった。ならば、俺がこの男の罪を問い質すのは筋違いだ。


「再会を楽しみたいが君の事情は切迫しているようだ、話は後にしよう。ドゥーエやセッテより事情は聞いている、ウーノに今診断させているが症状を聞く限り治療は可能だ。
この医療施設には、最新の医療機器を揃えている。生体プログラムの調整ポッドや洗浄施設も準備している、経過次第となるが早期の完治も見込めるだろう」

「事前に連絡した通り、出来れば内々に治療はお願いしたい」

「その点も考慮済みだとも、何しろ私もまた君が推測する通りの人物だ。安心したのではないかね」


 見透かされているが、その通りだった。スカリエッティを名乗るこの男が医者と判明して、少なくともユーリ達の現状が表沙汰にならない確信を抱けた。権力者と結託する事も、ありえない。

ジェイルの本質を全て知った訳ではないが、一権力者にこの男がなびく筈がない。マフィアのボスやテロリストはともかく、あのカレンまで袖にした人物だ。カレン以上の権力者はなかなかいない。

医療面の知識はともかく、技術面での精度の確かさはよく知っている。ローゼやガジェットドローン、妹さんという存在の完成度が何より証明してくれている。


ただ他人の善意を素直に受け止めるほど、俺も人が出来ていない。敵意がないから善人とは、限らないのだ。


「治療はお願いしたい。だがドゥーエ達の紹介というだけで、報酬を一切提示しない姿勢が気になる。治療費くらいは、求めるべきではないのか」

「金銭には興味が無いからね、見返りは求めない。金を稼ぎたいのであれば、医療分野は不適切だ。私にとっても興味こそあるが、やや専門外だからね。
私としては同等の条件を、提示して頂ければそれでいいよ」

「同等の……?」


「ドゥーエ達の紹介を、私は受けた――ならば君にも、私からの紹介を受けてもらいたい」


 理屈は分かるが、理解が出来ない。等価交換であることはよく分かるのだが、何を求められているのか釈然としない。有り大抵に言えば、不気味ですらあった。

と、話を聞いていたセッテが担いでいたブーメランを、背中から抜き放った。うわっ、傍らに居たドゥーエが実に嬉しそうな顔をしている。はしゃいでさえいる。

同じ犠牲者を求める、最低の笑顔だった。それでいいのか、姉として!?


「セ、セッテ、急にどうしたのだね……?」

「……」

「治療しなさい? 無論するとも、ただこれは……陛下からの申し出に条件を出すとは不届き者――不届き者とまで言うのかい!?」

「――」

「い、いつから君は、スローターアームズをそこまで使いこなせるようになったんだね!? 落ち着け、落ち着くんだ、これは君の姉の為であってだね――」


「博士に何をしているの、セッテ!? やめなさい、自分の父親なのよ!」

「えっ、父親なの!?」


 似てるか似てないかは別にして、俗世より乖離した雰囲気を持つこの男が子を持つ父であることに驚愕してしまう。セッテの父親と言われたら、ちょっと納得してしまうけど。

ジリジリと自分の父を追い詰める恐るべき我が子を、診断を終えて戻ってきたウーノが慌てて止める。ドゥーエは露骨に舌打ち、人間としてお前はそれでいいのか。

姉と妹が見苦しく喧嘩し始める中、襟元を正したジェイルが何事もなかったかのように再度条件を提示した。この男がちょっと可哀想になってきた、セッテが無敵過ぎる。


「ようするに、君が設立した例の"白旗"に人材を推薦したいのだよ。試用期間を設けてくれてもかまわない、自薦で恐縮だが優秀な子達だよ」

「……俺達をスパイするつもりじゃないだろうな?」

「解釈は君に任せるが、会えば納得すると思うよ。さて――どうする?」


 多少の逡巡はあるが、迷う必要はなかった。俺は、頷いた。


「ほう、決断が早いね。結構なことだが、この私の紹介であっても受けてくれるのかね」

「生憎と、あんた以上の人選が見当たらないんだ。頼む他はなさそうだ――ただ、治療中の同席はさせてもらうぞ。勿論、邪魔はしない」

「いいだろう。君が直接見るのかね」

「いや、俺以外の奴らに任せる。あんたの紹介を受ける際も、俺の相談役に試用させるつもりだ」

「ははは、なるほど。君の決断が、君の組織を支える支柱となっているのか。この短期間で、実に優れた組織を作り上げたようだね」

「人の縁に恵まれたんだ。恵まれた縁を自負する程度には、自分の胸を張れているんだがな」


 治療を受けるという即断は、新しい仲間を受け入れる選択の先にある。アリサや三役が叱咤してくれて選べた選択だからこそ、その先にあったこの決断も行えた。

ジェイルは感心しているようだが、そもそも選択する事自体に迷っていた自分の醜態を思えばむしろ羞恥の極みだった。アリサ達に叱られなければ、むしろこの決断さえ出来なかっただろう。

一つ成長した、というより一つ新しい選択を行えたというべきか。結局俺のような凡人は、こうして一つ一つ自分を変えていくしかないのだ。


「妹さん、アギト、ファリン。俺の娘やのろうさ達を頼んだぞ」

「それはいいけどよ、お前一人にして大丈夫なのか? あの男、過去アタシを弄りやがった馬鹿共と同じ匂いがしやがるぞ」

「――多分俺と同じく、少しずつ変わっているんだと思う。急には変わらないさ、人間ってのは」

「ちっ、面倒な生き物だな、人間ってのは。わかったよ、何かあったら大声出せよ」


 こうして、ユーリ達の治療は無事に決まった。ウーノが準備する調整ポットに一人一人収納されて、まずプログラムの正常化を図る。話に聞くと彼女は情報処理能力に優れた技術者らしい。

正常化を終えた後は、霊障による汚染の洗浄を行う。基本的にはこの繰り返しとなるが、微調整を含めると即完治とはいかないらしい。早期の回復を見込めても、やはり急な回復は難しいのだ。

となれば新しい人材は不可欠であり、自然とこの男の紹介を受けなければならない。悩んでいる俺の袖を、ドゥーエが何故かめくり上げた。


「何だよ、いきなり俺の腕を取って?」

「血液検査を受けるのでしょう。さあ陛下の生の血をくださいね、フフフ」

「検査なんだから、注射器とか使えよ!?」


 腕を掴まれているので、蹴り飛ばす。即座に拘束してくれるセッテの敏腕さに、俺よりむしろジェイルが目を見張った。どういう忠義ぶりなのか、実のところ俺にもよく分からない。

ともあれ、アホなコントをしていても仕方がない。博士の手により血液は採取されて、それぞれ5本の試験管に分別されて、検査用、生成用、鑑賞用、保存用――って、ちょっと待て!?


「太い注射器だと思ったが、何でそんなに血液を取って分別しているんだ!?」

「安心したまえ。ジュースは五本用意してある」

「異世界出身の分際でどことなく地球式だな、おい!?」


 えっ、何、俺ってそんなに深刻な病気に見えるの? 俺の血液を入れた試験管を仰々しく飾った台座に乗せ、ガラスケースに入れてドゥーエが運び出していく。俺の血液は金銀財宝か!?

一患者の血液を国宝級の宝物のように取り扱う博士達を見て、セッテは実に満足そうに頷いてから同行していった。俺をどんな聖人に思っているんだろうか、あの子は。


全員が退席して唖然とする中、俺はハッと気付いて博士を見やる。こいつ――もしかして!?


「あんたまで、俺を聖王陛下とか勘違いしているんじゃないだろうな? 自分の娘のデタラメだぞ!」

「そうだね……最初はその勘違いをしなかったといえば嘘になるが、今は認識を改めているよ」


 博士の確信を持った断定に、安堵する。勘違いスパイラルはどうやら、この男の娘の中だけで留まっているらしい。正直、ホッとさせられる。

どうも俺の仲間や知り合いは最近、変な勘違いをする傾向にあるからな。常識を持って考えればありえない事まで、思い込み等で勘違いしてしまう。優秀な奴らだが、こればかりは実に惜しい。


ちょっと考えればすぐに分かることなのに、勘違いしやがるのだ。俺のように、冷静に物事を判断してもらいたいものだ。



「セッテやドゥーエより君の活躍を聞き、聖地における今の事情をウーノとも分析した上で改めて確信を持った。

君が聖王など、断じてありえない――君という器の持ち主が、たかが聖王ごときの王座に留まる訳がない」



 ――うん?



「娘達の勘違いをどうか、許してあげてくれたまえ。生まれたばかりの子達でね、まだまだ世間知らずなのだよ。
君という至高の存在を古代の低俗な諸王と並べるなど、愚かの極みだよ。ふむ、そう考えるとセッテのあの忠義は正しいのかもしれないね」



 ――おや?



「だからこそ例のロストロギアも廃棄し、"彼ら"との関係も断った。思えばかの老人達も、妄想に取り付かれた哀れな者達かもしれない。まったく、馬鹿馬鹿しい限りだ。
とはいえ、生まれ持った因果に取り憑かれていた過去の私も同じかもしれないがね。君と知り合えて、私もようやく自分の宿命から解放されたのだよ。

歴史とは振り返るものではない、新しく刻むものなのだ――君と同じくね!」



 ――あれ?



「私が研究していた『生命操作技術』は管理局法により厳しく制限されている技術ではあるが、君達の世界とは違ってごく一部ではあるが認可はされている。
『遺伝子調整による生命選択』や『生体と機械の完全融和』さえ突き詰めなければ、機械の"調節"ではなく人の"成長"による優秀な存在を産み出せる。セッテが、実にいい例だね。

アルハザード時代において、この技術を用いて自分の後継を用意しておく事を目的としていた――過去を見習い、今に活かし、未来に照らし出す。それが、私の使命。
神すら凌駕する君の存在は何としても、後世に遺すべきだからね。私も今こそ君のために、自分の研究を正しく扱うつもりだよ。



聖王の遺伝子などではない。実に"鮮やかで、生き生きとした"君の大いなる遺伝子――『VIVID』を」



 ――えーと……?



「聖地へ来て早々に聖騎士を味方に付け、聖王教を牛耳り、聖女を虜にして、聖王のゆりかごへ辿り着き、聖王の座すら制御せしめた。なんと、素晴らしい!
運命すら平伏す君の"VIVID"に比べれば、聖王の遺伝子などゴミクズ同然だ。さっさと捨ててしまって正解だったよ、ははははははははははははは!


だから安心してくれたまえ。私は決して、そのような低俗な勘違いなどしていない」

「そ、そうだよな! よかったよ、ははははは」


 言っている事はよく分からなかったが、勘違いされていないのならそれでいいや。異世界で俺を凡人だと分かってくれる人が見つけられたのは救いであった。理解者は貴重だ。

この医療施設は交通の便は少し悪い分、人の出入りも少ないらしい。治療中ユーリ達が発見される事はまずないだろう。患者用の訓練スペースやダイニング等もあるらしく、生活にも支障はない。

広さにも余裕があって、湾岸地区の利点を活かしている。この男だけなら多少不安だが、施設の管理等はウーノさんが行っているらしい。実に頼もしい限りだった。


ただユーリやシュテル、ディアーチェはともかくとして、ナハトは俺が居ないと寂しがるだろう。出来れば静養中、手元に置いておきたいのだが――


「その点は心得ているよ。君達白旗の今後を考えれば、彼女の存在は必要不可欠だろうからね」

「ナハトの存在が……?」


「ウーノより診断結果を確認して、彼女達の詳細が分かった。その上でお節介ながら、忠告させてもらおう。
気をつけたまえ。聖地における支配地を急速に拡大している『紅鴉猟兵団』――"あの"団長と戦えるのは恐らく、ナハトヴァールだけだ」


 ユーリじゃなくて、ナハト? ニコニコ笑顔の単なるチビッ娘が、どうして猟兵団の団長と? 真意は分からないが、忠告は受け止めておいた。詳細を聞いても、曖昧に濁されてしまった。

あいつらの詳細、考えてみれば俺はユーリ達が何者なのかよく知らない。自分の娘だというだけで受け入れていて、それ以上知ろうとしていない。家族として接するのみだ。

聞けば純粋に教えてくれるとは思うが、詮索せずともいずれ分かる予感はあった。家族とは、そういうものだろう。


やがてウーノが訪れて、治療が無事終わった事を知らされて丁重に礼を述べた。娘達と会う前に、今度は俺が条件を果たす番だ。


「治療してくれたことには感謝する。改めて、条件を飲もう」

「ありがとう。では、紹介させてもらおう。ウーノ、連れてきているかね」

「はい。実を言いますと、先程から本人達も待ちかねておりました――入ってきなさい」


「陛下! 申し訳ございませんでした、此度の遅参お許し下さい。今こそ誓いを果たすべく、このチンク参上いたしました」

「逸っているぞ、チンク。陛下の前で失礼ではないか。
お久しぶりです、陛下。聖地での御活躍、聞き及んでおります――是非とも我々も、貴方の麾下にお加え下さい。必ず、お役にたってみせます」


「――紹介なんて大仰に言うから誰かと思えば、チンクにトーレじゃないか。何だ、お前達なら知らぬ仲じゃない。紹介なんぞ別に――」

「いや、私が紹介したいのは彼女達の姉妹だよ」


 我先へと俺に膝を折る二人にクスリと笑みを零して、眼鏡をかけた女性がドゥーエに寄り添う形で立っている。


「お初にお目にかかります、陛下。私は"クアットロ"と申しますの、陛下のお役に立てるようにせいぜい頑張りますわね、ふふふ――ウキャー!?」

「……」

「あら。ごめんなさい、クアットロ。セッテちゃんの事について言うのを忘れていたわ。不敬罪だと言われているわよ、フフフフフ」

「――ドゥーエ、貴方って子は!」


 チンクに、トーレ――そして脊髄を華麗にエグられてのたうち回る、クアットロさん。


聖地というか、白旗の未来に暗雲が立ち込めそうな新戦力が加わることとなった。セッテ一人で、余裕な気もするけれど。










<続く>








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