とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第四十七話





「――遅いな……」


 神崎那美との、待ち合わせの時刻。フィリスとレンの見舞いを終えてなのはやフィアッセと別れた後、俺は連絡を取った那美との待ち合わせ場所に出向いていた。

約束の時間より十分前に到着し、既に三十分以上経過している。その間連絡の一切もなく、こちらからも連絡の取りようがない。結局来るまで、待つしかなかった。

護衛という立場上フィアッセを家まで送り届けたかったのだが、高町の家には美由希が居る。さざなみ寮のリスティと同じく、俺にとって鬼門であった。遭遇するのは、破滅を意味する。

ほんの二ヶ月前までどちらも気軽に遊びに行ける場所だったのに、今では連絡を取るのも難しい。なのはにフィアッセを任せ、フィアッセを通じて那美に連絡を取るしか手段がない。


本人に直接会って携帯電話の番号を聞くつもりだったが、どうやらミスだったらしい。待たされるくらい何ともないが、何かあったのか不安になる。


「妹さんは確か、那美と面識はあったよな」

「直接的な関係はありませんが、存じております」

「"声"は聞こえる?」

「いいえ」


 自分の護衛の精度に、疑いの余地すら無い。どうやら近くにも来ていないようだ。ハッキリと否定したということは、この待ち合わせ場所へ向かっている様子もないようだ。

神崎那美はとても真面目な、良い子である。フィリスに匹敵するお人好しであり、何事に対しても責任感と義務感を持っている。人を安易に待たせるなんてありえない。

気軽に連絡が取れない状況が、疎ましい。そんな事でやきもきする日が来るなんて、夢にも思わなかった。他者との繋がりが希薄なほど、安堵していたあの頃が遠い夢のようだった。

来ないからといって、怒って帰るなんてありえない。那美へのこれまでの数々の不義理を思えば、待たされるなんて何とも思わない。単純に心配なだけだった。

今日の昼、連絡を取った時は必ず来ると言っていたのだ。その後で何か急な用事が入ったのか、それともここへ来れない何かが起きたのか――


この八月。自分も他人も含めて、不幸の連続だった。このまま何事もないと考える忍耐は、とてもなかった。


「ローゼ。ミヤを連れて、ちょっと様子を見に行ってくれ」

「神崎那美様のいらっしゃるさざなみ寮ですか、主」

「ミヤには以前寮の場所を教えているからな。寮を尋ねる必要はない、様子を探るだけだ」

「分かりました、ストーカーのお手伝いですね」

「なんてことをさせるんですか、リョウスケ!」

「自分の主を犯罪者にするな!? お前も簡単に信じるんじゃない。とっとと行ってこい、騒がしい」


 俺が直接見に行けば角が立つし、妹さんは俺から絶対に離れない。アギトは他人の人間関係によるいざこざを面倒臭がるので、二人が適任だった。

管理プランの対象であるローゼの単独行動はあまり好ましくはないのだが、時空管理局に認知されているミヤがついていれば問題はない。あのユニゾンデバイスと一緒に、石を封印したのだから。

そのまま二人を見送っていると、日が暮れそうな空を見上げてアギトは欠伸をする。


「どうするんだ、これから。このまま待ちぼうけかよ。あっついし、いい加減腹が減ってきたぞ」

「うるさい奴だな……妹さん、あの道路を渡った先にあるコンビニでアイスでも買ってきてやってくれ」

「"烈火の剣精"であるアタシに、冷たいアイスかよ!」

「そういうクレームは、目を輝かせて言うもんじゃないぞ。妹さん。これ、お金だ」

「しかし、剣士さんをお一人には――」

「俺は此処で、今から電話。一歩も動かないから、安心してくれ」

「アタシがついててやるから、心配ねえよ。一応取引してるからな、面倒くらい見てやるさ」


 アギトの頼もしい返答を聞いて、妹さんは俺から財布を預かって駆け出して行く。俺はそれほど危なっかしく見えるのだろうか、そう聞くとアギトにケラケラ笑われた。ちくしょう。

それぞれが行動に移す中、俺は携帯電話を取り上げて連絡先を検索。改めて見ると、野郎の連絡先はほぼ皆無だった。別に男友達なんぞ好んで欲しくないけど、ひ弱な感じがする。

カレン・ウィリアムズを探しだして、プッシュする。夜の一族の連中とは今晩でもパソコンを通じて会えるのだが、例の大手新聞社の件で相談しておきたかった。

ディアーナでもいいのだが、あいつはロシアンマフィアを束ねるボスだ。裏社会の大物相手に、携帯電話で普通に連絡を取るのは危険だった。何より、無駄に長話するしな。

この携帯電話は単純な市販品と違って様々なセキュリティ機能が搭載されているが、それでも盗聴される危険はある。その点カレンは、表社会に通じる顔を持っている。


彼女に教えてもらったプライベートダイヤルに繋げると、すぐに本人が出た。


『お電話ありがとうございます、王子様。私を頼って頂いて、嬉しい限りですわ』

「何故、相談事だと決めつける」

『あら、本当にプライベートでしたの。うふふ、どんなお誘いを頂けるのかしら』


 ――駄目だ、会話で勝てる気がしない。資本主義のアメリカで頂点に君臨している女だ、単純な会話でも交渉の道具にしてしまう。担保を取られない内に、本題に入ろう。

レンやフィアッセ達に話した内容をそのまま、カレンに説明する。情報屋から仕入れた情報もそのまま伝えた上で、俺なりの推測や今後の見通しを述べていく。

城島晶本人について話すべきかどうか正直迷ったが、話さなくても俺関連の事ならカレンが自分で突き止めるだろう。その際隠していたと思われるより、ちゃんと話した方がメリットがある。


ここで重要なのは、カレンに直接助けを求めないことだ。相談するくらいなら問題ないが、頼りきってしまうと間違いなくこの女は俺に失望するだろう。


カレンが俺の支援をしてくれるのは世界会議での敗北もあるが、何より支援するだけの価値を見込んでいるからだ。何の利益も考えずに投資をする馬鹿に、経済は回せない。

ご機嫌取りをするのも交渉上大事だが、カレンの場合過程より成果を重視する。今のこの電話も、その成果を出すための過程としてやり取りしなければならない。

丸投げしても解決はしてくれるだろうが、今後俺に大事な案件を絶対に任せたりしない。この先怠惰に生きていくのならともかく、俺には守るべき人達が多くいる。


旗揚げをすると決めた以上、常に他人の期待には応えていかねばならない。


『お話は分かりました。日本のマスメディアにも困ったものですが、アメリカとて常に公正中立ではございませんもの。
社会のコミュニケーション範囲が拡大していくにつれて、取り扱われる情報にもさまざまな観点が生じる。メディアの信頼が問われる時代になっているのかもしれませんわね』

「世界会議でもドイツ側がメディアをコントロールして、優位に立とうとしていたからな。情報の有用性についてはよく分かってる。
今回の場合自国をわざわざ貶めようとしている分、やり口は汚くても氷室達の方が理解出来るな」

『その大手新聞社について――少々不可解な点がございますわね』


 俺としては日本人のくせに日本を悪く言うその根性が既に不可解なのだが、愛国心なんてありそうにないカレンの疑問に引っかかりを覚えた。

電話なので声だけなのだが、こういう重要な話にはむいていない気がする。俺には似合わない感性だと自分でも思うが、相手を見て話したいものだった。

ともかく、カレンの話に耳を傾ける。


『反日を社是としている大手新聞社としては、一連の事件を通じて日本が世界主要国より絶大な評価を得た事が気に食わない。
誉れ高き御活躍をされた王子様を宣伝材料とし、日本政府は日本人の支持率のみならず、世界中で大きな評価を得ております。滞りがちだった外交もこの期とばかりに、再開されましたしね。

その点はよく分かるのです、当然面白く無いでしょう。ですが』

「ふむ」

『その評価を反転させるために、何故王子様御本人を貶めようとするのでしょう?』

「氷室の策略とはいえ、俺の顔と名前が世界中に広まってしまったんだ。サムライとか呼ばれて今、日本人が大きく評価をされている。
その偶像となっている俺本人の正体をバラせば、世界中が失望するじゃないか」

『何度もご忠告差し上げたはずですわよ、王子様。いつまでも庶民感覚で居るのはおやめ下さい』


 庶民感覚……? 意味が分からなかった。確かにカレンには会議中にも何度も忠告されてきたが、この考察がどうして庶民感覚だと断じられてしまうのか。

むしろマスメディアの脅威を感じているこの感性こそが、先月培われた大局観だと俺は思っている。メディアの力の恐ろしさを知っているからこそ、深刻に捉えているのだ。

疑問が尽きない俺に、カレンは呆れたように深く溜め息を吐いた。


『いいですか、王子様。今王子様が警戒されている大手新聞社は、王子様の仰るマスメディアの一角です。世界規模とまでは言いませんが、国際メディアの一つと位置づけても良いでしょう。
マスメディアであるからこそ、メディアの力を何よりも誰よりもよく知っております。となれば当然、お分かりになる筈なのです。

世界中に名の知れた王子様の評判、これこそが世界規模のメディアコントロールが働いた証拠であると』

「まあ実際、最初ドイツの氷室が仕掛けた情報操作だったからな」

『であればたとえ日本の大手であっても、一新聞社が流した情報程度で王子様の評判が揺らいだりはしませんわ。
そもそも経歴や学歴はともかく、一連の事件で王子様が成した功績の数々は真実ですもの。わたくしを筆頭に王子様を支援されている方々は、貴方の実績を讃えておりますのよ。
むしろ個人の過去を暴露してあげつらうような新聞社こそ、世界中のメディアがバッシングしますわ。それこそ、メディアコントロールしてしまえばいいだけの話ですもの。

貴方は世界中のメディアに支えられ、守られている。新聞社側も、この程度の認識は持っております』


 結果が全てであると、カレン・ウィリアムズは言い切った。個人のスキャンダルを面白がってバッシングする真似こそ、野蛮人の下劣な感覚だと断じる。

痛烈に指摘されて、俺は息を呑んだ。カレンの言っている庶民感覚、有名人や芸能人のスキャンダルを笑いものにする感覚。まさに、テレビを見ている庶民の感覚だった。

学歴や経歴なんて関係ないとまで言われてしまい、戸惑いを感じる。俺自身気にしていなかったはずなのだが、他人との交流を経て自身の過去を恥じる気持ちが身に染みてしまっていた。


この劣等感こそが、カレンの言う俺の弱点なのだろう。


『海外に出て夜の一族の会議に参席し、王子様は世界という大きな舞台に出られて成功されました。だからこそ、過去と今に落差を感じておられるのも分かるのです。
わたくしが再三注意をしたのは、正にこれですわ。十代で世界に進出するのは別に珍しくありませんが、今の日本において王子様はまだ成人されておられません。

仮に王子様の個人情報を手に入れたとしても、公の場に誹謗中傷してしまえば評価を落とすのはむしろその新聞社でしょう』


 頷ける話だった。大人になれば、自分の発言にも責任がつきまとう。氷室の策略であっても、世界が俺を一度は褒めたのだ。今更ダメな奴でした、とは言いづらいのだ。

例えば爆破テロや要人テロ襲撃事件での活躍が真っ赤な嘘であれば、それこそメディアの責任とばかりに一気に俺を嘘つきの卑怯者と罵倒するだろう。

だが、一連の事件での活躍そのものは本当なのだ。被害者も涙を流して、俺に感謝をしていると聞く。彼らにとって、俺個人の経歴や学歴なんてどうでもいいのだ。

救ってくれた人間がどんな過去を持っていようと、気になんてしない。考えてみれば俺だって、俺を救ってくれた海鳴の連中の過去なんてどうでもよかった。


救われた事に感謝して、褒め称える。救ってくれた事実だけが、被害者にとって絶対なのだ。


「じゃ、じゃあ、何で俺個人の情報を躍起になって手に入れようとしているんだ!?」

『だから言っておりますでしょう、不可解だと。今回その新聞社は王子様の身内を囲ってまで、貴方の情報を知ろうとしている。
これは相当リスクの高い行為ですわよ。王子様の身内が破綻しているから大きな問題になっておりませんが、下手をすると誘拐・監禁と訴えられかねませんから。

つまり相手はリスクを負ってでも、貴方を知ろうと――もしかすると、陥れようとしているのかもしれません。反日という社是とは、全く別の理由で』


 ――真夏であるというのに、背筋が凍りついた。夕暮れ時であれど暑い気温なのに、冷えた汗が流れだす。

皆目、検討がつかない。もしも反日が理由ではないのなら、新聞社は俺個人を敵視して情報を掴もうとしている。スキャンダルが通じないと分かっていても、尚の事。

何がなんだか、分からなかった。今月に入って、色々な勢力が俺の敵に回っている。優しい身内は地獄に落ちて修羅となり、俺を殺そうとしているのだ。


それが今回、大手新聞社だというのだ。恨まれる理由が全く、分からない。


「日本の評価を上げた張本人である俺が憎いというのも理由にはなるだろう」

『どれほど反日であっても、それほどまでに個人を叩こうとするものでしょうか。日本国内ならばともかく、世界各国での評価ですのよ』

「だとすると、余計に分からんぞ。どうして俺を目の敵にするんだ、その新聞社は」

『――心当たりは、ありますわ』

「! 本当か!?」

『まだ確証はありませんけれど、確実に言えることはあります。王子様を標的にしているのは、テロリスト達だけではありませんの。
今晩にでもお話しますけど、それよりも至急確認しなければならない事がございますわ』

「何だよ、もったいぶって。今すぐ言えよ、こっちだってその敵次第では対応しなければならないんだぞ」

『残念ですが、遅きに失している可能性がございます。いいですか、王子様。もし大手新聞社が王子様の敵で、王子様御本人の情報を探っていたとすると――
雇い入れた情報屋が、大手新聞社に探りを入れたのは非常にまずいです。その未成年の少女の所在と安全を確認するのは、身内のみ。そして今まで一度も、身内から問い合わせがなかった。

今月に入ってからの問い合わせ――王子様ご本人が所在不明に気付き、人を雇って探りを入れたのだと相手側に気付かれたかもしれません』

「あっ!?」


 俺個人のことは知らなくても、城島晶が海鳴の人間だというのは本人から聞いただろう。その晶について問い合わせがあれば、海鳴に家族が――俺がいるのだと、勘ぐれる。

まして新聞社に直接問い合わせていない。情報屋を通じてのルートで問い合わせたのだ。仮に情報屋の知り合いとやらが俺の敵側の人間ならば、非常にまずい。

情報屋を雇うなんて、一般人には出来ない。何としても所在を突き止めるべく専門家を雇ったのが、裏目に出てしまった。


勘ぐり過ぎたかもしれないが、もし新聞社が俺の今の所在に気付いたのなら――


『ともかく、王子様は至急お帰り下さい。そのまま無防備でいるのは危険です。今の時点でなにか不審なことが起きておりませんか?』

「いや、俺は無事――!?」


 ――待ち合わせをしていた神崎那美が、今も来ていない。行方が、分からなくなっている。


携帯電話を放り出して慌てて立ち上がり、すぐに自制する。落ち着け、パニックになるな。現状を把握するんだ。推測だけで、これ以上動こうとするな。

城島晶が俺の身内だというのは、本人が名乗ったので分かっている。だが、神崎那美が俺の知り合いだというのは、相手側には知りようがないのだ。

那美と俺との関係は魂という繋がりがあるからこそ密接なわけで、交流自体はさほどない。少なくとも先月の事件以後、表立った交流はほとんどしていない。

俺が世界で有名になったのは、先月だ。それ以前の関係なんて、調べようがない。敵は今日はともかく、最近まで俺の所在すら分からなかったのだ。

それにカレンの言うことも、今の段階では推測だ。本当に反日の可能性だって無いとはいえないし、もっと他に理由があるかも知れない。


そうだ、理由だ。この違和感の、最たる原因――俺が何故敵視されているのか、明確な理由がない。少なくとも、俺の中では。


「お、おい、どうしたんだよ!? 電話していたら、急に顔色変えやがって」

「それが俺にも、何が起きているのか分からん」

「ハァ……? 何言ってやがるんだ、お前。あれ、そういや――」

「何だよ」





「お前の護衛、アイス買いに行ったまま帰ってこないな」















<続く>








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